──────

澪「スターサイドホテル完成記念式典……か」

表向きは、だろうな。
世間に告知されているオープン日よりも一週間は早い日にちだった。

澪「待ってろよ……律」

ちゃんと会って、それからいっぱい文句言ってやらなきゃ気がすまない。

一週間後に控えた売買ゲーム……それまでにやらなきゃいけないことは山ほどある。

私に今ある気持ちは、間違いなく不安だけじゃなかった。

渇望していたものが、すぐ側に迫っている悦びも、確かに胸の中にはあったのかもしれない。


某日 夜9:00 スターサイドホテル前────

澪「ここか……」

スターサイドホテルと言えばちょっと前に作業員の転落死が新聞の紙面に乗っていたっけ。
あんな大きな事件だったのに紙面じゃかなり小さかったのが今となって理由が浮き彫りになる……。

おそらく前にもこんな頭のおかしいギャンブルを行なったのだろう……。

黒服「」

澪「あ、あのぉ~……」

黒服「名前は」

澪「あ、秋山澪です」

黒服「……お前が最後だ。これをつけて中に入って説明を待て」

そう言われて渡されたのは143と入ったゼッケンだった。

中に入ると広々としたエントランスに……

人、人、人っ……!

おそらくこの売買ゲームに参加する参加者、143名が犇めく。

「絶対勝つぞぉ……勝つんだぁっ」

「神様アアアアアッ」

「ふっ……どうやらエスポワール組はいないようだな」


などと一様不乱にことを述べている。

澪「(さすがに女の人は私だけかな……)」

しかし、澪の予想に反して一人……支柱にもたれ掛かってただその時を待つものがいた。

和「……」

澪「(あれ……もしかして!)」

澪「和! 和じゃないか!」

和「っ!? 澪……? 」

澪「まさかこんなところで会うなんて! 奇遇というか……あはは」

和「……あなた、わかってないわね」

澪「えっ……?」

澪「あっ」

ここで目に入る、和のゼッケンの番号、一番を。

和「理由は聞かないわ……けど遊びに来てるじゃないのよ」

澪「うん……」

和「私は……唯の為にも勝たなきゃならない……絶対に」

澪「えっ?」

和「何でもないわ。いくら知り合いでも久しぶりの再会でもここじゃ敵同士よ。それを覚えて起きなさい」

澪「和……」


「えーそれでは説明を始めさせて頂きます」


「その前に自己紹介を。私このホテルを任された黒崎と言うものです。以後お見お知りを」

黒崎「説明は一回しかございませんので良くお聞きになってください」

黒崎「当ホテルのゲーム、売買ゲームは自らを賭けて行なってもらうゲームなのはもう皆様ご存知でしょう」

「「「……」」」

澪「(驚きがない……ってことは紹介者から先に話されたのか。それを承知しても尚参加するってことは……ここに集まってるのは100や200の借金で来てる人達じゃないってことか……)」

黒崎「簡単に言えばただこのホテルを登り、最上階のスイートルームに来てもらえればゲームはクリアです」

澪「(たったそれだけ……?)」

「それだけで借金はチャラなのか!?」

黒崎「いえいえ、最上階はただの換金所、換金するためには景品が必要でしょう?」

「どういうことだ!?」

黒崎「このホテルは後一週間もすれば一般の方達に来ていただく場所……そこを君達の為にあれこれ改造して登りにくくするなんて真似は出来ません。
よってパチンコ屋の様なシステムにさせて頂きました」

「つまり……?」

黒崎「このホテルの中には様々なギャンブルがご用意されています。そこに入り支配人と勝負をし、勝てばこのリングがもらえます」

澪「(リング……?)」

黒崎「これを頂上で換金するシステムです」

黒崎「持てる上限はございません。この銀のリングが1つ1000万、金のリングが1つ2000万で買い取らせて頂きます。
ただし一回参加し、勝たれたギャンブルは二度と参加出来ませんのであしからず」

澪「(つまり私の場合5000万に届くリングを得てから最上階に行けばいいのか……)」

「おい! これって1億も夢じゃないってことか!?」

「いやいや金のリング10個で2億だぜ? ギャンブルがいくつあるかしんねーけどよ!」

騒ぎ立つエントランス、しかし

黒崎「なお、一度でも敗北した場合、こちら側との売買成立となり、あなた達の身柄は確保、こちら側の自由になりますのでご了承ください」

それを聞いた瞬間、鎮火────

さっきの勢いはどこへ行ったのか、会場は静けさに包まれている。

澪「(欲張って次に次に行けば台無し……か)」

黒崎「説明は以上となります。尚、リングの強奪等を避けるためホテル内には至るところに監視カメラが設置、その様な行為に及んだものは即売買が成立するのでご了承ください」

「……」

黒崎「制限時間はこれより6時間。では、良い時間をお過ごしになってください」

一礼し、即席に用意された壇上から黒崎が去ると、いよいよ始まる、売買ゲーム。

だが、一同どうしていいのかわからず、ただ呆然としたり、キョロキョロしたりするものばかりだった。

その中でいの一番にギャンブルを始めた者がいた、

和「……やるわ、これ」

真鍋和──

黒服「さようで」

唯一エントランスにあったギャンブル、その名も……。

黒服「エレベーターくじ引きにようこそ」

黒服「ルールは簡単。このホテルのエントランスにあるエレベーターの数は7つ。その内の4つが正解、3つはハズレ、どこに乗るのかはこのくじで決めてもらう。
成功すれば銀のリング1つ。
ハズレはその降りた先に俺の仲間が待ち構えていて力ずくで強制ログアウトだ」

和の前にある横に綺麗に並んだ10本の線。

和「……7つのエレベーターなのに10本?」

黒服「エレベーターに乗れない残念賞もある。ちなみに場所が決定してからも乗る乗らないはギリギリまで本人が決めていい。ただ、くじを引けるのはこの一回のみだ」

和「ふ~ん……」

澪「先に上の階を見て、黒服の人がどこにいるか確認してからやれば……」

和「澪、あなた聞いて……」

黒服「ははは、いいとこに目をつけるな。だが仲間が配備されるのは君達が乗って10階を押す直前だ。
当然通しなども防ぐ為エレベーターの扉は閉めてから、だがね」

澪「なるほど……」

和「澪も参加するの? お勧めはしないわよ……これ。
くじ引きで場所が決まるんだから運に身を任せる競馬や宝くじと一緒よ。確率性がないわ」

澪「でも、和は参加するんだろ?」

和「ええ。とりあえずくじ引きをしてどこの場所に当たるか確認だけ……ね」

澪「……じゃあ私も参加するよ」

和「言っとくけど……どうなっても責任は取れないわよ」

澪「わかってる」

黒服「お二人様参加ですね?」

和澪「はい」

その澪達がそのギャンブルを受けると宣言した途端、他にも何人かがそれに便乗する形で参加。

このゲームの参加者で唯一女性の二人が参加した、という何の根拠もない印象に導かれた者達8名と、澪、和が加わった計10名でエレベーターくじ引きは開始されることとなった。

黒服「参加した順番でどうぞ」

和「なら私からね、一番左で」

黒服「まだ引き抜かないでください。当たりが出きったらくじ引きの楽しさがないのでね、一斉にでお願いしますよ」

和「わかったわ」

澪「次は私か……じゃあ……」

澪「(和の隣だけは駄目だな……恐らく和は確信があってあそこを選んだ。なら……)」

澪「左から三番目で」

決まる、乗るエレベーターを決めるくじ引き。

黒服「では、引いてください」

一様に紐を引っ張ると、その先には紙が結びつけられていた。

黒服「紙がついてる方は当たりです。エレベーターに¨乗れる権利¨が与えられました」

和「……」

澪「(和は当たりか……そして、私も)」

黒服「こちらに見えます東側のエレベーター、左から、A、B、正面玄関の奥にあるのが左からC、D、E、ここの正面にある西側のエレベーターが左からF、Gとなっております。
その紙に書いてあるエレベーターにしか乗る権利はありません。乗る乗らないは自由です。
残り5分以内に決めてください。では、計測開始」

和「……」

澪「和も当たったんだ。どこ?」

和「Bね。この隣」

澪「私はCだったよ」

和「……そう」

澪「……どうするの? 私は……」

和「澪、さっきも言ったでしょ。ここじゃ敵同士だって。余計なものを抱えてる余裕はないの」

澪「和……」

和「ごめんなさい。私もいっぱいいっぱいなのよ。それじゃあね……お互い生きていたら最上階で会いましょう」

澪「乗らないの?」

和「ええ。多分ハズレだから。そしてあなたのは多分……いえ、自分で考えて決めなさい」

そう言うと和は人混みに消えて行った……。

黒服「時間です。乗りますか? 乗りませんか?」

澪「……乗ります」

結局乗らなかったのは和、一人。
残りのくじ引き当選者は全員が自分が当たりだと信じてエレベーターに乗り込んだ。

「いいよな~お前当たりで。俺なんて乗る権利すらなかったんだかよ。4/7で1000万ならかなりの確率だろ。
いいな~おい」

「へへ、悪いな。お前が女の子達に挟まれたいとか言って二番目選ぶから悪いんだよ」

「ちっ……二兎追うもの一兎も得ずかよ」

澪「(これから売買されるかもしれないのに余裕だな……負けたことをまるで考えていない、典型的なギャンブラーか)」

黒服「では、閉めます」

澪「ふふ」

私も、人のことは言えないか。

黒服「では、10のボタンを押してください。尚、10階以外に停止した場合即失格、即売買となりますのでご注意を」

私は言われた通り10のボタンを押す。しばらくするとエレベーター特有の上昇感が体に伝わる。

2...4...6...8...10

到着。

このまま開けずに待っていてもこの先に黒服がいるなら無理やりにでもこじ開けて、私と律をバイバイさせてくるだろう。

でも、エレベーターの中は穏やかなぐらい静けさを保ったままだった。

私一人が、今、この中で生きている。

その実感を噛み締めながら……外に出た。

和「」

澪「っっっっっ!!!?」

和「私よ」

澪「なんだ和か……びっくりさせないでよ」

和「あの黒服と間違えられるなんて心外ね」

澪「どうしたの?」

和「……ちょっとした確認と、1000万獲得のお祝いにね」

澪「じゃあ……!」

白服「おめでとうございます」

差し出されたのは銀のリング。

澪「あ、ありがとうございます」

それを首にかけるとようやく一息つけた。

和「しかし、お隣は悲惨ね」

「離せ!!! 嫌だぁぁぁっ!!! 死にたくないっ!!! たすけ……ああああああっ」

黒服数人に囲まれなすすべなく運ばれていくさっきの男。

和「あれが売買成立、負けた者の末路よ……」

澪「……」

和「これからどうなるのかは知らないけど……多分良くて借金の額を返すまでか……悪ければ一生奴隷の様な暮らしでしょうね」

和「私達も負ければああなる、いえ、女としての尊厳なんて吹き飛ぶぐらいおぞましいことをさせられるわ……」

澪「……」

和「悪いことは言わないわ。それを換金してここから出」

澪「まだ……無理なんだ」

和「ほんとにわかってるの!? 失敗すれば死ぬと同じなのよ!? 自分の命より大切なものなんて……」

澪「あるよ、私には」

和「……まさか」

澪「うん……。律を取り戻す為ならどんな怖くたって……どんなに危なくったって……私は渡るよ」

和「澪……やっぱりあなた変わってないわね」

澪「そうかな?」

和「ええ」

和「さっきの撤回するわ。自分の命より大切なもの……確かにあるわよね」

澪「和……」

和「協力したいのは山々だけど、ここはさっきの以外完全一人用ギャンブルばっかりみたい」

澪「もう見回って来たの?」

和「ある程度はね。だから一回やったギャンブルのゲームの内容くらいしか教え合えないわね」

澪「それで十分だよ。何より私は和と敵同士なんて……嫌だから」

和「澪……。そうね、こんな地獄の底で会ったのも何かの縁だし、協力して行きましょう」

澪「うん!」

和「……じゃあ行きましょうか」

澪「そうだな」

変わってない、か。

残念だよ、和。

和はすっかり変わったみたいで。

澪「なあ和、さっきのエレベーターくじ引き、なんで自分はハズレだってわかったんだ?」

和「言ったでしょ? 何となくよ」

澪「そっか……」

澪「(嘘が下手だな、和は)」

さっきのエレベーターくじ引き、あれはどう考えても運なんかじゃない。
仕組まれていた。

引いた順番は関係ない、問題は引いた場所と当たりの有無、そして何故7つのエレベーターに対して10本のくじ引きがあったか……それらを考えたら必然的に浮かび上がる。

まず引いた場所がこう

12345678910
和男澪?男?????

さっき話していた私と和に挟まれてくじ引きを引いた男は左から二番目、その男と話していた男は確か左から五番目のくじ引きを引いていた。

そして結果はこう。

12345678910
○×○×○?????
B C D?????

五番目の男はくじ引きでは当たりを引いたが場所はD、そして売買された。
こうして見れば明らかだ。
つまりあのくじ引きは引いたくじ引きが当たりの場所のエレベーター=当たりになっていたと見て間違いない。

私の隣のくじを引いた人はハズレだったことを見てもほぼ間違いないないだろう。
だから和はくじ引きで当たりを引きながらもBが出た瞬間、勝負から降りたのだ。隣のくじ引きがハズレ、つまりBは売買とわかっていたんだ。


そう、この売買ゲームはギャンブルに見せ掛けただけの……言い換えるならギャンブルゲーム……!

確率などではなく必然で辿り着ける仕様になっているのだ。

それを和は私に隠している。

多分和も感じているんだ、この先こんな簡単に行くわけない、と。
だから残している、手札を。
自分の有能さを見せない、彼女らしいと言えば彼女らしいがそこに優しさはもうない。

悪いな、和。

さっき和は私のこと変わってないって言ったけど……そんなことないんだ。

澪「……」

外側は高校の時の私で、

裏側は大学で培われた私を、

この二面性を利用してここを突破する……律の為に、他の誰を犠牲にしても。


3
最終更新:2011年10月27日 00:31