~琴吹邸~


斎藤「子犬の横にはあなた~♪」


執事の斎藤は庭掃除に勤しむ。冬になり木々は枯れ葉を落としていく。


紬父「ノリノリだな、斎藤」


斎藤「はっ…!旦那様」


紬父「紬達はまだか…」


斎藤「そうですなぁ…、もうこちらには向かっていると思いますが…」


紬父「うむ」


斎藤「ふふ、早く可愛い孫娘に会いたいご様子」


紬父「ちっ…違うもん!」

斎藤「ふふふふふ、旦那様顔が真っ赤ですよ」


紬父「ぬぬぬ…、いやさ…年末の挨拶は礼儀じゃん」

斎藤「ふふふ、私も楽しみですよ。勿論、紬お嬢様と会うのも」


紬父「ゴホン、来たら知らせるように」


斎藤「かしこまりました」

斎藤「(琴吹グループの社長も、一人の父親であったか…)」


紬母「斎藤さん」


斎藤「はっ、奥様」


紬母「紬達はまだかしら?」


斎藤「到着したらお知らせいたしますよ」


紬母「そう、じゃあお願いするわね」


斎藤「(奥様も待ちきれないみたいだなぁ)」フフッ


斎藤「さて…さっさと終わらせよう」


紬「(渋滞…)」


出発してしばらくは賑やかだった車内は静まり返る。唯と澪は寝てしまったようだ。


梓「ママ、まだかな?」


紬「うん…もうちょっとだと思うんだけど…」


梓「梓ね、抱っこしてほしい」


紬「うん、おいで」


梓「ママのお腹にはね、あのね…赤ちゃんがいるんだよ」


紬「うん、梓ちゃんはお姉ちゃんになるのよ」


梓「ほんとに!?」キラキラ


紬「梓お姉ーちゃん」


梓「えへへっ」


渋滞で車が進まないものでストレスが溜まるが、我が子の屈託のない笑顔に癒される。


律「へへへ」


梓「あーパパー!何笑ってるんですかー」


律「なんでもないよ」


先程まで険しい表情だった旦那も、梓のお陰で顔がほころぶ。
それを見てこちらも嬉しくなって思わず笑ってしまう。


紬「うふふっ」


梓「ママもーなんで笑っているんですかー」


紬「梓ちゃん、しーっ。お姉ちゃん達寝てるから…」

梓「あっ…しーっ」


律「(空いてきたかな)」


渋滞が緩和されたようだ。車が動き出す。

景色が変わっていく。けれど、見覚えがある景色。


紬「(懐かしいなぁ…)」


はしゃぐ子供達をよそに、しばし、感傷に浸る。
高校はどうなっているのだろうか…、現在の軽音部はどんな感じなのだろうか。

律「ムギの母校てここら辺だったよな」


紬「ええ」


紬「(こっちではりっちゃんは男の子だから…)」


桜ヶ丘は女子校である、当然、夢の世界での律は他の学校だったのだろう。


律「軽音部だっけか、ムギのイメージじゃないけどなぁ」


紬「そうね…、すごい楽しかった」


律「何やってたんだ、ピアノか」


紬「うん、正確にはキーボードだけど」


律からこんな質問をされると、惚けているんじゃないかと変な気持ちになる。


律「さてさて…着きましたよ」


紬「運転お疲れ様でした」

律「あぁ」


紬「(なんかドキドキ…)」

10年後の自分の両親といよいよ対面である。


唯澪梓「着いたー!」


律「相変わらず広いな」


子供達と手を繋ぎながら歩いていく。
家の門までは若干の距離がある、するとその途中に…

斎藤「約束したじゃない、あなた約束したじゃない…」ハッ


律「久しぶり、斎藤さん」

紬「斎藤…また歌ってる」クスクス


斎藤「お…お嬢様…、若旦那…立派になられて…」フルフル


澪「こんにちは」ペコリ


斎藤「こんなに大きくなられて…」


唯「さいとー、おひげ伸びてる」


律「こら、挨拶だろう」


唯「あっ…こんにちはぁ」

斎藤「こんなに大きくなられて…」フルフル


梓「梓です、こんにちは」フリフリ


斎藤「こんなに大きくiry」フルフル


紬「斎藤、大丈夫?」クス


斎藤「はっ…立派に成長されたお子様を見たらつい…」


紬「元気で何よりね」


斎藤「紬お嬢様もお変わりなく…」


執事は歳のせいか涙もろくなっているようだ。
庭掃除の時に歌う癖は10年前と変わってはいなかったが


律「お義父さん達は?」


斎藤「はい、少々お待ちを…」


斎藤は懐からドラを取り出した。


紬「えっ…」


斎藤「紬お嬢様御一行のおなりー!!」ジャーンジャーン


ドラの音がこだまする。子供達は思わず耳を塞ぐ。


斎藤「野郎共ー!!戦じゃ戦じゃー!!」ブオォー


どこから取り出したのか、矢継ぎ早に法螺貝を吹き始めた。


紬「ちょっと…!斎藤…!そんなにハッスルしなくても…」


斎藤「はあっ…はぁ…」ゼエゼエ


法螺貝の音が静まりかえる頃、続々と使用人達が集まってきた。


律「うはは、すげぇなぁ」

唯「きゃははは」


澪「すごい、いっぱい人が来たよ」


紬「(何、この演出)」


梓「ママ…」グイグイ


紬「梓ちゃん、大丈夫だからね」


面白がる律達だが、梓は驚いてしまったようだ。
すかさず、むぎゅぎゅむぎゅう

使用人達は整列し、門まで一列に並んだその先には、なぜか仁王立ちで待ち受ける人影が…



紬「パパ…」



10年後の父親がいた。



紬父「…久しぶりだな」キリッ


紬「(なんで…仁王立ちしてるのかしら…)」


先程からの凝った演出に困惑する紬。


唯澪「じいじー!」


子供達は父に駆け寄る。


紬父「はーい、じいじですよー」


紬「ブホォ」


思わず吹き出してしまった。孫は可愛いのだろう、クールだった父の表情が豹変する。


澪「澪ね、もうすぐ小学生なんだぁ」


唯「唯は年長さん!」


紬父「そうかそうか、大きくなったなぁ」


頭を撫でながら、笑顔で話を聞いてあげてる父を見て紬は微笑む。


紬「パパ…ふふっ」


律「お久しぶりです、お義父さん」キリッ


紬父「あぁ、久しぶりだね律君」キリリッ


律「今年もお世話になりました、来年もよろしく…」

紬父「まぁ、固い挨拶は抜きだ。上がってくれ」


紬父「斎藤…」


斎藤「はっ」


紬父「いい法螺貝だった」

斎藤「お褒めに預かりまして」


紬「…」イライラ


紬「そういえばママは?」

斎藤「おかしいですね、私の法螺貝に狂いはないはずですが…」


紬「近所迷惑だからやめなさい」


斎藤「いやしかし…敷地が広すぎて近所がないんですが」


紬「斎藤…いい?」


斎藤「は…」


紬「子供達の教育によくないわ、いい大人が法螺貝を吹いて…真似したらどうするの?」


斎藤「はっ…」


紬「けど、上手くてちょっと感心しちゃった」


斎藤「お褒めに預かりまして」


律「(飴と鞭か…やりよるわい)」


執事とのやり取りを見て、律は思う。
なんか…すっごいお嬢様ーって感じ?がすると。


紬「それじゃ、子供達と遊んであげて」


斎藤「それが…旦那様が連れていっちゃいましたよ」フフッ


紬「はやっ」


律「まあ、とりあえずお義母さんに挨拶しようぜ」


紬「うん…そうね」


孫娘に会って嬉しそうにしてくれる父親を見て、内心は嬉しかった。
キャラが変わったのには最初は戸惑ったが、子供達が懐いてくれるようにクールなキャラを辞めたのだろう



~リビング~


紬「ただいまぁ」


紬母「あらあら、むぎゅう…律君もお久しぶりね」


律「ご無沙汰してます」


紬母「出迎えれなくてごめなさいね、お料理してたのよ」


紬「私も手伝う」


紬母「だーめ、妊婦さんは疲れちゃうから休んでなさい」


紬「むぎゅぎゅ…」


律「たはは…」


照れ臭そうに頭をかく律。飲み会でのセクハラ部長の言動ような母に律はたじたじだ。


紬「…」ジー…


これが10年後の母か…とまじまじと見てしまう。
美容にうるさいせいか、あまり歳をとったふうには見えなかった。


紬母「ん、なぁに?」


紬「あっ…いやっ…、ママ綺麗だなぁって…」


紬母「嬉しいこと言ってくれるじゃない」


律「ふぁ…」


紬母「律君、疲れたでしょ?ちょっと休んだら?」


律「そっすね、それじゃあ…」


紬母「紬、部屋に案内してあげて」


紬「あ、はぁい」


紬「私の部屋の場所知らないんだ?」


律「いやー、ムギの家は大きすぎてさ…迷っちまうんだよ」


確かに、我が家であるマンションに比べたら、実家は広すぎる。ちょっとしたホテルに来たような気分になる。


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最終更新:2011年10月27日 22:15