紬「ここ、ここ」
律「紬って書いてあるな」
ドアを開けてみると、変わらない自分の部屋があった。
紬「(綺麗…、斎藤が掃除してくれてるのかな)」
使われていないはずなのに、机やピアノには塵一つない。
紬「わぁ、ベッドも変わらな~い」ピョンモフモフ
律「?」
はしゃぐ紬を見て、律は不思議そうな顔をする。半年前に来たばかりなのに…
紬「律ちゃん、おいで」
律「いや、いいよ。ムギも疲れてんだろ」
紬「へーきだから、ね」
律「はいはい、じゃあお邪魔しますよー…」
必殺「膝枕」が炸裂した。普通の枕よりほどよい柔らかさの上に、人肌の温もりで律を包みこむ。
律「わぁ…ムチムチだぁ」
紬「ふふふ、それは褒めてるの?」
律「ああ、重くないか?」
紬「ううん、軽いぐらいよ」
律「そりゃよかった」
再び欠伸をすると、律は目を閉じる。紬は、まるで子供を寝かすように頭を撫で撫で
紬「(律ちゃんは良い子だねんねしな~…)」ナデナデ
律「…」スー…
心地よさそうに眠りについた律であった。
律「…」スースー
紬「(頬っぺた柔らかい…)」プニプニ
紬「(それにしても、気持ちよさそうに寝てるわ…)」プニプニ
長距離を運転した上に、おそらく年末のギリギリまで仕事があったのだろう。
紬の膝の上で熟睡して1時間少々が過ぎた。
紬「あふ…」
早起きしたせいか、少々眠くなってきた。
しかし、この体勢を崩すわけにはいかない。律の安眠を妨げてしまうからだ。
紬「(頑張れ紬…負けるな紬…)」
自分に言い聞かせてるところに、紬の部屋のドアが開いた。
唯「ママ」ピョコ
紬「あら唯ちゃん、じいじと遊ばないの?」
唯「ちょっと休憩だよ」
紬「うふふ、そう」
唯「パパねんねしてるー」
紬「うん、だからちょっと静かにね」
唯「はい、しー…」
唯は部屋の中をキョロキョロと見渡すと…
唯「ママのピアノ弾いていい?」
紬「ええ、いいわよ」
唯「ママも来てー、教えてー」グイグイ
紬「あ…えぇと…」
律には悪いが、子供に付き合うのは母親の役目。
律を起こさないように、膝から降ろした。幸いにも熟睡してるせいか起きる気配はない。
紬「じゃあ一緒にね」
唯「うんっ」
そう言うと唯は屈託のない笑顔を向けてくれた。
部活で使っていたキーボードは家に、家にはグランドピアノがある。このピアノは紬が幼少時代からあるものだ。
紬「よいしょ」
唯を膝の上に乗せて椅子に座る。スキンシップは大事なんだ
唯「ママ、あのねあのね。これがドだよ」
紬「わぁ、すごいわね。どこで教えてもらったの?」
唯「幼稚園で!これがレだよ」
紬「うんうん」
我が子の成長に、つい目頭が熱くなる。
唯「ドレミファソラシド…」
紬「(唇が尖ってる)」キュンキュン
唯の小さい手が音色を奏でていく。表情は真剣そのもの。
唯「ママのピアノ聞きたいなぁ」
紬「じゃあ…ふわふわ時間で」
唯「ふわふわ?」
紬「そう、ふわふわ」
家事ばかりでキーボードを触ることは少なくなったであろう10年後の自分は、うまく弾けるのだろうか…
紬「~♪」
唯「わぁ」
唯は目を輝かせる。
何度も繰り返し練習したからだろう。演奏を体が覚えていた。楽譜もなしでスラスラと弾くことができた。
紬「…ふわふわ時間っと」
唯「ママ…すごいね!」
紬「えへん、そうでしょう」
唯「唯、ママみたいに上手くなりたいな」
紬「いっぱい練習すれば大丈夫よ」
唯「そっかぁ、そうだよね」
紬「…」
紬は複雑な心境であった。現実の唯と同じようにギターを習わせるはずだったのに、だが、唯はピアノに夢中である。
紬「じゃあ、いっぱい練習しよう」
唯「うん」
ギターを習うことは強制することは諦めよう。ピアノでも弾き語りができるもん。
唯「えと…こう?」
紬「そうそう」
幼少時代に母親に習ったように、教えていく。
我が子ながら、なかなかセンスがある。
紬「(将来が楽しみね)」
2人でピアノをやっていたら、なんやなんや夕方になってた。
唯「うん!たん!うん!たん!」
紬「ふふっ」
この数時間で、大分上達してきたようだ。
圧倒的集中力!
律「どれ…上手じゃねぇか」
紬「あっ…起こしちゃった?」
律「んにゃ、よく寝れたから大丈夫」
唯「パパ、おはよー」
律「おう」
紬「この短時間ですごい上手になったの、ね」
唯「ねー」
律「ふむ、さすがムギの子だな」
唯の頭をゴシゴシと撫でる。そんな微笑ましい光景を引き裂くかのようにあの音が響き渡る。
ブオォォオーーー
紬「!」ハッ
律「おっと、また斎藤さんかな」
紬「(斎藤…さっき辞めるように言ったのに…)」
ブッブッブオォォオーー
唯「きゃはは、ごはんーだって」
紬「(すごい音感だわ…)」
齢五つにしてこの音感…。紬は身震いした。
この子は将来、とんでもない化け物になるんじゃないかと…。
律「どら、じゃあピアノはおしまいにして行くかい」
――――
紬父「ふぃー…」
唯「あー!じいじー」
紬父「おう、唯」
父親が遅れて登場。
子供達と遊んで汗をかいたせいか風呂に入ってたのだろう。
紬父「おーい、ビール」
紬母「はいはい」
律「注ぎますよ」
紬父「すまないね」
紬「じゃあ、私は律ちゃんに」
律「お、サンキュー」
すかさず律にビールを注ぐ。
自分は遠慮しておこう。悪阻が来たら気持ち悪いし、元から弱いから…
紬「斎藤も、はいっ」
斎藤「これはこれは…ありがとうございます」
紬「一年間お疲れ様」
斎藤「そのお言葉で苦労が報われます」
紬「来年も頑張って」
斎藤「はい」
一通り注ぎ終わった後は、食事を頂くことにする。
紬「(ママの料理おいし…)」モシャモシャ
自分も母親になったが、料理の腕前はまだまだ母に及ばない。様々な工夫がなされている。
紬「ねぇねぇ、このサラダのドレッシングの作り方教えてほしいんだけども」
紬母「うん、これはね…」
食事をしながらしばし、談笑する。
2時間後…
紬父「いやいや、律君もう一杯」
律「お義父さんも進んでないんじゃないんですかぁ?」
紬父「じゃあ注いでよー」
律「どうぞどうぞ」
紬「(あんなに呑んじゃって…)」
ビールから始まり、だんだんと焼酎や日本酒など強いお酒に変わり、2人のテンションはアゲアゲ状態。
紬母「ねぇねぇ、紬」ツンツン
紬「なに?ママ」
紬母「子供達、もう寝かしてあげたら?」
紬「そうね…」
大人と違って、子供達は遊び疲れたのかめっきり静かになっていた。
斎藤「お嬢様、私が寝かしつけておきますので、どうかご歓談を…」
紬「ええ…でも」
斎藤「大丈夫ですよ。ごゆっくり」
紬「じゃあ…お願いね。法螺貝は吹かないでね?」
斎藤「はい」
斎藤は眠たそうな子供達を抱え、リビングを後にした。去り際に、梓が手をフリフリしてたのはちょっとキュンときた。
紬母「あなた、呑んでばっかいないで、あれ」
紬父「そうだった」
紬律「?」
紬父「ちょっと待ってな」
待つこと3分。
何やら箱を持ってる。
少し遅いクリスマスプレゼントでも言うのだろうか…。はっはっはっ…冗談が上手なことで
紬父「はい」
紬「なにかしら…」
律「これは…ランドセル!」
紬母「来年は澪ちゃんが小学生になるから…2人で選んできたのよ」
紬父「気が早かったかな、澪の好きな色にしといたから」
律「ありがとうございます、お代は払いますので」
紬父「いや、いらないいらない」
律「しかし…」
紬母「紬も入院するから、そちらにあてて」
律「はあ…」
紬父「さぁ、まだまだ呑むぞー。律君」
紬「(ありがとう…パパ、ママ)」
思わぬサプライズ。
本当に演出が上手いんだから…琴吹家。
紬「ママも呑んだら?」
紬母「あらあら、私を酔わせてどうする気?」
紬父「ははは、古いんだよお前」
紬母「お?」
紬父「いや、すいませんでした」
熟練の夫婦漫才を披露する父と母に、紬と律は顔を見合わせ微笑む。
しかし、同時に紬は時間を気にしていた。
紬「夜9時…」
紬父「ふぇぇ…もう飲めないや」
紬母「もう爺だからねぇ」
紬父「あんだとぉ…」
すっかり酔い潰れた父。
あれからも飲み続け、時刻は10時を過ぎたところ。
紬母「二人とも、先にお風呂いいわよ。私はこの酔っ払いを介抱しなきゃだから」
紬「じゃあ…律ちゃん行こ」
律「しょうだね」
律もさすがに呂律が廻らなくなっていた。
紬「じゃあ…おやすみなさい、パパママ」
紬母「はい、また明日ね」
紬父「よい夢を…」フリフリ
紬と律はリビングを後にし。着替えを取りに部屋に向かう。
最終更新:2011年10月27日 22:17