今日の1時限目は体育。


教師「じゃあ、今日は相撲やっから」


律「なにぃ…!」


信代「ふふふ」ニヤリ


信代の独壇場である。
律といちごが二人がかりで挑んだとしても、勝てるかどうか…。


教師「じゃあ、最初、若王子とそこの…」


指名されたのは信代といちご。


律「(そんな…いちごが…)」


土俵に上がった2人の圧倒的体格差。
このままでは生命の危機だ。


信代「手加減しねぇぞ…前からクールビューティさが気に入らなかったんだ」


いちご「……」プルプル


まるで助けを求めるように律を見るいちご。
チワワのようにプルプルと震え、怯えている。


教師「じゃー始めっぞー」

律には、教師の笛が処刑の合図にしか聴こえてならなかった。


信代「ふんっ」


いちご「……!」サッ


正面から張り手をする信代。
それを上手くかわし、横に回り込む。


律「よし…!いっけぇ!」

いちご「(距離を詰め、一気に決める…!)」


懐に飛び込み、押し出し………のはずだった。


信代「かわしてくれるたぁ、中々だ」ニヤリ


いちご「動かない……!」

いちごの渾身の体当たりだったが、信代は微動だにしない。

「暖簾に腕押し」という諺があるが、これは「信代に腕押し」であろうか。


いちご「えいっ…!えいっ…!」


信代「へへっ…効かないね」


いちご「そんな…」


信代「ふぬぅぅ!!」


両手でいちごの首を締め上げる。


いちご「あっ…んっ…」


信代「ヒャハハ…!いいぞいいぞ、その苦しそうなその表情!」


最早、試合は授業と呼べるものでは無くなっている。修羅と化した信代は、高笑いをしながらいちごに容赦ない攻撃を加える。


いちご「はっ…はぁ…はぁ…」


徐々に、いちごの呼吸が弱くなっていく。
酸欠状態に陥いり、顔色が悪くなっていく。


信代「(中々しぶといな…)」


いちご「あ…むー…!」プクー


信代「あん?」


いちごの口からフーセンガムが膨らむ。
体内に残された僅かな酸素を送り込み、大きさを増していく。


いちご「ぷ…むー…!」プクー


信代の顔を覆うようにガムは破裂した。


信代「ぐあっ…」


堪らずいちごを離す信代。

律「よし!今がチャンスだ!いっけーいちご!」


律「あ…!」


いちご「ゲホッ…ゲホッ…ハァ…ハァ…」


もはや、いちごは攻撃に移れる状態ではなかった。
死力を尽くし、ガムを膨らませたのだろう。


信代「くっ…小癪な真似を…!」


顔からガムを剥がし終えると、鬼のような形相でいちごを見据える。


信代「よく耐えたほうだが…さよならだ、クールビューティ…」


いちご「ハァ…ハァ…デブ…」ボソッ


信代「!」カチン


信代「死ねぇぇええ!!」ドドドドド


律「やっ…やめろー…!!」


律の制止も虚しく、信代の突進がいちごを直撃した。


いちご「きゃっ……!!」

いちごの断末魔が響き渡る…。鈍い音と共に、土俵の外に弾き出された。


律「い…いちごー…!」


咄嗟に駆け寄る律。


いちご「はっ…りっちゃ…」


律「馬鹿!なんでギブアップしなかったんだよ!」


律はいちごに問い詰める。
信代に締め上げられた時点で勝敗はほぼ決まっていたはずだった。


いちご「だって…負けたくなかった…だもん」


律「へ…?」


いちご「相手がどんなに強くても…どんなに不利な状況だろうと…」


律「けっ…けどさ…あのまま続けたら…」


いちご「うん…。けど、ギブアップせずとも結局負けちゃったね…」


目から涙がこぼれる。

律はいちごの性格を把握した。昨日の太鼓の○人の腕前も…、この負けず嫌いな性格があそこまで上達できたのだろう。


いちご「うぇ…りっちゃ…悔しいよ…」ポロポロ


律「大丈夫だから」


いちご「え…?」


律「お前の敵はとってやるからさ」


いちご「だめ…りっちゃが死んじゃう」


律「いちごがここまでやられて、黙ってるわけにはいかないよ」


律「運動神経には自信あるんだぞー?」


いちご「けど…」


律「そんな顔するなって」

心配するいちごの頭をポンと叩く。
相手が強敵であるほど燃え、負けず嫌いな性格はお互い様のようだ。


いちご「じゃあ…約束…」

小指を差し出すいちご。


いちご「絶対に勝ってね…」ユビキリゲンマン


律「ふふっ、任せとけって」ウソツイタラハリセンボンノーマス


指切りを終え、いよいよ戦場に向かう律。


律「じゃな」


いちご「うん…」


不安で堪らない。
しかし、これ以上止めたところで律は引き下がらないだろう。

いちごはただ愛する人の背中を見送るしかなかった。


律「(手が震えてる…)」


この震えは武者震いか、あるいは恐怖からなのか…。両方であるとしても、先程の惨劇を目の当たりにした手前、恐怖の感情の方が強い。


信代「次は貴様が相手か」

律「ああ、よくもいちごを可愛がってくれたな」


信代「雑魚すぎてつまらなかったがなぁ」ニヤニヤ


律「…!」


いちごを馬鹿にされて、歯ぎしりをする律。
しかし、怒りを抑え冷静に

律「(落ち着け…勝負は熱くなったら負けだ…)」スゥーハァー


信代「ぐはは、お前は少しは楽しませてくれよな」


律「そういや…最近…」


信代「なにぃ?」


律「また体格よくなったなぁ、信代」


信代「お前…!生きて帰れると思うな…」


律「(これでいい、信代は熱くなってる)」


絶対的不利を少しでも緩和するため、まずは心理戦に出た律。


いちご「(りっちゃ…)」ハラハラ


いちご「…!…雨」


試合が始まろうとした時、雨が降り始める。
果たしてこの天候が吉と出るか凶とでるか。


教師「じゃあ、始めっぞ」

今まで空気だった教師が試合開始を宣言した。


信代「うらぁ!」


律「くっ…!」


先制の張り手。
すかさずガードする律。


律「(なんて重い一撃だ…)」


信代「雨中決戦か…それも悪くねぇ」


律「(パワーじゃ負ける、なら…)」


信代「もういっちょいくぞぉ!」


信代の腕は空を切る。
懐に入り込み、ボディブローを叩き込む。


律「とぇぇぇい!」


信代「ぐっ…」


いちご「(上手い…!あれ…?)」


綺麗に決まったはずだった、しかし、苦悶の表情を浮かべるのは律のほうだ。


律「っっ……!」


信代「ちょっと効いたぜ…へへ」


律「(こいつ…ただの[ピザ]じゃねぇ…!)」


律が拳を入れたのは、脂肪の塊…否。
確かに固い筋肉の手応え。
並々ならぬ鍛練を積み、作りあげた脂肪にコーティングされた筋肉の鎧。


信代「前々から貴様のクラスの元気印ですっつう態度が気に入らなかったんだ」

律「(やられる…!)」


懐に入り込んだ律を目掛け、信代の手刀が炸裂する。

律「ぐぁっ…!」


信代「壊しちまったかー悪い悪い」ニヤニヤ


律のトレードマークであるカチューシャはいとも簡単に割れた。
割れた破片が刺さり、額から流れる血。


信代「うぅーん…いいねぇ、血を見ると興奮するぜぇ…」ゾクゾク


律「ううっ…」


信代「まー大丈夫だ、雨が流してくれるからよぉ」


律「余裕だな…ええ?」


信代「倒れない度胸は褒めて…」


律「うあぁあああ!!!」

信代「!」


再び懐に飛び込み、拳を繰り出す。

もうやけくそだ。このままでは負けるのはわかってる。
ならば今、体に残された全ての力をこのラッシュにかける。


律「(頼む…効いてくれ…!)」


祈るようにただただ拳を浴びせ続ける。信代も流石にこの猛襲には後退し、土俵際までジリジリと追い込まれる。


信代「ぐっ…!いい加減に…」


律「(もう少し…もう少し…!)」


信代「しろぉ!」


律「うぁっ…!」


信代のカウンター気味に律の顔面にヒットする。


よろめく律は胸倉を掴まれ、追い討ちをかけるように膝蹴りがお腹に入る。


律「ぐはっ…ゲホッ…ゲホッ…」


信代「ハァ…ハァ…見事な攻撃だった、危なかったぜ」


信代「だがよぉ…決して私の肉体は打ち破れない!」

律「ぐっ…!」


いちごがされたように首を締め上げられる。


信代「ここまで追い込んだご褒美だ…!ジワジワといたぶってくれる!」グググ

律「はっ…あ…」


いちご「りっちゃ…!」


あと少し…あとわずか数十センチで勝利を掴めたのに、形勢は逆転してしまった…。

額からの出血と、首を絞められ、段々と意識が薄れていく。


律「(皆…まだ学祭のライブあったのにな…)」


薄れゆく意識の中、律は思う。


律「(思えば…迷惑ばかりかけてたなぁ…部長なのにさ…ごめんな…)」


律「(いちご…また泣きそうな顔してやがる…)」


律「(敵討なんて…言ってさ…このざまだ…)」


律「(これから…沢山遊ぶはずだったのに…)」


律「(夏だから…海とかお祭り行ったりさ…また太鼓の達人もやりたいな…)」

律「(ここでお別れなんて…嫌だ…!!)」


信代の腕を掴み、ぐっと力を入れる。

とうに力を使い果たした、なのに、この力はどこから湧いてくるのか。


信代「なっ…!」


律「へ…へへ…」ニヤリ


信代「(この状況で…笑ってやがる…)」ゾクッ


雨に濡れ、額から血を流した律の笑み。
それを見た信代は、背筋が凍る気がした。


信代「随分と嬉しそうだが…頭狂っちまったか?」


律「違うね…夏休みの予定さ…考えてたんだ…」


信代「あん?」


律「この試合に勝った後な…」


信代「お前、今の状況を把握してるか?」


律「ゲホッ…いちごを泣かした責任は…取ってもらうぞ」


信代「ふん、授業も終わりが近い…楽になれよ」


信代は律を掴んだまま、土俵際に静かに歩いていく。


いちご「(りっちゃ…よく頑張ったね、もういいから…これ以上苦しまないで…)」


ボロボロに変わり果てた律を見て、いちごは心の中で労いの言葉をかける。


律「まだ…」


信代「ジ・エンドだ」


信代が土俵の外に律を放り込もうとした次の瞬間…


ピカッ!


信代「ひぃっ!」


雷鳴が鳴り響き、その音に驚き信代は絞めてた手を離してしまった。


律「神様って…いるもんだな…へへ」


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最終更新:2011年10月27日 22:30