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また急に澪が立ち止まって喋り始める。
私も足を止めて、澪の言葉に耳を傾けた。
目を少し伏せながらも、力のこもった言葉で澪は続けた。

「昨日の事……なんだけどさ」
「……梓の事か?」
「うん……。ごめん。私、先輩らしくなかったと思う」
「そうかもな……」
「頭では分かっててもさ、焦っちゃって自分じゃどうにもならなくて、苛立って……。
それで……」

澪が少し口ごもる。
私は黙って澪の次の言葉を待つ。
黙ってはいたけど、私は嬉しかった。
澪も澪で梓の事を考えてないわけじゃないって分かったから。
いや、むしろ梓の事を考えていたから、澪も苛立ってしまってたんだろう。
それを澪自身も分かっているんだ。
だから、口ごもりながらも言葉を続けてくれた。

「梓が何か悩んでるのは分かる。何とかしてあげたいと思う。
思う……んだけど、梓は何も言ってくれなくて、それ以上私には何も出来なくなって……。
梓に苛立っちゃってる私に一番苛立っちゃって……。
昨日……、ううん、ここ最近、先輩として最低だったと思う……」
「自分で分かってるんなら大丈夫だよ、澪。
後はそれを梓に伝えてあげればいいんだよ。
分かってても、難しい事だけどさ……」
「そうだよな……。そうなんだよな……」
「そうだよ」

そう言いながらも、私は次の言葉を言い出す事が出来なくなった。
自分の言っている事は正論だと思うし、間違ってないと思う。
澪も私の言葉に納得してくれてるだろうし、難しい事だけどそれを実行しようと思ってくれてるはずだ。
だけど。
私は考えてしまう。
自分で言っておいて、それを自分で実行出来ているのか、って考えてしまう。
既に澪に我儘を押し付けてしまってる私にそんな事を言えるのか。
言ってしまっていいんだろうか……。

と。
その沈黙は急に破られた。
耳を澄ませば聞こえるくらいの微かな声が校舎の廊下に響いたからだ。
普通に話してたら気付かなかっただろうけど、
黙っていたおかげと言うべきか、その呻くような声は妙に私達の耳に響いた。
しかもその呻き声は長く続いて、一度気にしてしまうともう耳から離れなくなってしまった。

「な……、何?」

さっきまでの様子とは一転、別の意味で不安そうな表情を浮かべて澪が呟く。
こんな時でも性格の本質的なところは変わらないらしい。
私はちょっと嬉しくなって、からかうように言ってやる。

「さあなー。お化けかもなー」
「お、お化けって……、そんな非科学的な……」
「世界の終わりの方が十分に非科学的じゃんか。
呻き声の正体、確かめに行ってみようぜ」
「いやいや、もしかしたら誰かが腹痛で苦しんでるだけかも……」
「そっちの方が大変じゃんか。
もしそうだったら、保健室に連れて行ってあげないといけないだろ」
「あっ……、しまった……」

自分の言葉が墓穴を掘ってしまった事に気付いた澪が、
不安一杯という感じの表情を見せる。
私はそれに苦笑して、多分、澪の言葉が当たりだろ、
とフォローしながら、呻き声の発生源を探してみる事にした。

周囲を見渡しただけで、発生源は案外に簡単に見つかった。
見つかった……んだけど、その発生源の場所が普通過ぎたから、
つい私はガッカリして呟いてしまっていた。

「何だ、オカルト研かよ……」

いや、別にオカルト研が悪いわけじゃないんだけど、もっと意外な展開を期待してた私的には拍子抜けだった。
オカルト研の部室からなら呻き声が聞こえてもおかしくないからなあ……。
うん、おかしくない……か?
まあ、いいや。

「ほら澪、何か大丈夫そうだぞ。
呻き声が聞こえるの、オカルト研の中からだし」
「何が大丈夫なんだよ!」
「いや、病人や怪我人が居なさそうって意味で。
一大事じゃなくて何よりじゃないか」
「その代わり、呻き声の正体がお化けの可能性がぐっと高くなったじゃないか…」
「私としてはそれでも全然オッケーだぜ?」
「私は嫌だ!」
「でもほら、もしかしたらお化けじゃなくて宇宙人の方かも……」
「どっちにしろ嫌だ!」

相変わらず我儘な幼馴染みである。
だけど、やっぱり安心した。
そういえば澪をこんな感じに弄るのは、すごく久しぶりな気がする。
何か落ち着くな。
こういうのが好きなんだよなあ、私って……。

私はその落ち着いた表情を澪に見せないよう、わざとらしく笑いながら言った。

「まあまあ。とりあえずオカルト研の様子だけ見てみようぜ?
チラッと見るだけにしとくから、澪も来いよ。
呻き声は何かの魔術っぽい儀式の声だよ、きっと。
ベントラーベントラーみたいな」
「儀式……ね……。それなら、まあ、ちょっと見るだけなら……。
もしかしたら腹痛とかの可能性も少しは残ってるわけだし……。
でも、儀式だったら邪魔しちゃ駄目だからな。ちょっと見て終わりだぞ。
あとベントラーは魔術の儀式じゃないけどな」
「わーってるって。……って、恐がるくせに詳しいな、おまえ」

突っ込んだ後、あれだけ騒いでおいて今更だけど、
オカルト研の子達に気配を悟られないように、私達は静かにオカルト研の部室に近付いていく。
勿論、その動機の半分はオカルト研の身を心配しての事だ。
学園祭をきっかけに折角仲良くなれたんだ。
あの子達にも何かあったら心配じゃないか。
いや、純粋な好奇心からって動機も半分あるけどさ。

だけど、お化けとか宇宙人とか、そんな贅沢は言わないから何か面白い儀式が見れればいいなあ。
その程度のほんの少しの不純な期待を持って、私はオカルト研の部室の扉をそっと開いた。
おはようございまーす、ってね。と、そんな本当に軽い気持ちで。
でも、そんな不純な思いを持っていたのが悪かったのかもしれない。
オカルト研の中では、私には思いも寄らなかった衝撃的な光景が広がってた。
死体が転がっていたとか、宇宙人が居たとか、チュパカブラが背びれを振動させて飛び回っていたとか、
そういう非常事態は幸いにと言うべきか起こってはいなかった。
それでも。
その時、私が目にした光景はそういうのを目撃するのと同じくらい、衝撃的なものだった。

「ぶふぉっ!」

オカルト研の部室の扉の間からその光景を目にした瞬間、私は思わずむせてしまっていた。
自分でも不細工だと思う酷い声が漏れてしまう。
それも仕方が無かった。
と言うか、これでむせない人間なんているか!
誰だって驚くよ! 私だけじゃなくて、絶対誰だって驚くって!
こんなの想像もしてなかったし!
普通なら自分の目を疑うし!
はっきり言って、おかしーし!

……とにかく。
オカルト研の部室の中には二人の女子が倒れていた。
一瞬、病気か怪我で倒れてるのかと思ったけど、そうじゃなかった。
勿論、事件に巻き込まれているようでもなくて、二人は元気そうに動いていた。
そうなんだよ。動いてるのが問題だったんだ。
何をしてるんだろうって少し不審に思ったけど、その疑問もすぐに解決した。
解決してしまった。
何でかって、その答えは簡単だ。
何故なら二人とも半裸だったからだ。
いやいや、半裸っていう表現は大人しかった。
正確に言うと、申し訳程度に下着を着けているっていうほぼ全裸の姿で、
二人の女子生徒が抱き合うような距離でお互いに動いてたんだ。

つまり……、その……、あれだ。
お互いに動くって言うのは……、
えっと、お互いにお互いを触り合ったり、お互いの唇を重ね合ったり、
何か舌とか出してお互いの舌に触れ合ってたり、つまりそういう事をしてたんだよ!
何だよ、もう!
しかも、よく見たらその女子ってオカルト研の子達じゃないし!
他人の部室で鍵も閉めずに誰だよ、ちくしょう!

ああ、もう……。
いいや、もう。
何か疲れた……。
こんな他人の、しかも女子同士のなんて見てられないよ。
そりゃ私だって女子高に通ってる身だし、そういう関係の女子がいるって噂を聞いた事もあった。
誰と誰がそれっぽいかって話題で盛り上がった事もある。
別に女同士でそういう関係になっても、いいんじゃないかなとは思う。
ほら、私ってロックな女のつもりだし。
だけど、聞くと見るとじゃ大違いだ。
何だか見ちゃいけないものを見てしまったって気になってしまう。

私は大きく溜息を吐いて、その場から去ろうとして……、その動きが止まった。
それは私の意思で止めたわけじゃなかった。
私の動きを止める誰かが居たからだ。
私の服を掴んで離さない誰かが居たからだ。
当然、その誰かが誰なのかは分かり切っていた。
澪だ。
澪は私の服を掴んで、食い入るみたいにオカルト研の中の女子二人を見つめていた。
その表情はとても……、その二人の姿をとても羨ましそうに見ているみたいだった。

「ちよっと……、離せよ、澪……!」

オカルト研の部室の中の二人に気付かれないよう私は囁いたけど、
その言葉を聞いていないのか、聞いていて拒否しているのか、とにかく澪は私の制服を掴んだまま離さなかった。
何処までも澪は裸で絡み合う二人をずっと見つめていて、
その表情は前に一度、澪以外の人間が浮かべた事のある表情によく似ている気がした。
それは一年の頃のムギの表情だ。
さわちゃんと唯が接近して、その二人の様子にうっとりしていたムギの表情。
多分、それは憧れだ。自分では手の届かない場所に居る人達への届かない想いだ。

詳しく話した事はないんだけど、ムギはそういう女の子同士の関係が好きらしかった。
ムギ自身が女の子同士の関係を誰かと築き上げたいのかどうかは分からない。
単にそういう関係の女の子同士を見ているのが好きなだけなのかもしれないし、それはどっちでもいい事だ。
ムギが何を好きだろうと、何を望んでいようと、ムギは私の大切な親友なんだから。
だけど。
そう思っている私でも、今の自分の胸の鼓動は止められそうになかった。

誰かの濡れ場を初めて目撃したからじゃない。
女同士の関係が現実にある事を知ってしまったからでもない。
勿論、それらが原因でもあるけど、それだけじゃなかった。
それ以上に胸が痛いほどに騒ぐ理由があった。
私は躊躇いながら、オカルト研の部室の中の二人に視線を戻す。

「お姉さま……」
「ほら、タイが曲がっていてよ」

裸の二人(よく見ると一人は長い黒髪で、もう一人はショートヘアで眼鏡を掛けていた)は抱き締め合い、
お互いに愛おしそうな表情で囁き合って、お互いの肉体を弄り合っていた。
そんな格好でタイとかそういう問題じゃないだろ!
しかも、何だよ、その演技掛かった口調は……。『お姉さま』だし……。
まあ、部室に鍵が掛かってなかった事から考えても、
例え誰かに見つかっても見せつけてやろうというくらいの感覚なんだろうな。
それで多少演技臭くても、そういう自分達に酔ってるんだろう。

……いやいや、そんな事は関係ない。
そんな事よりも重要なのは、その二人を澪がずっとムギに似た表情で見つめ続けている事だ。
幼馴染みだからって、澪の全てを知ってるわけじゃない。
私の知らない澪の姿だって、沢山あるんだろう。
だけど、こんな状況で澪がこんな行動を取るなんて、私の知らない澪にも程があった。
あんな甘々な歌詞を書くだけあって、澪は恋愛に対して人一倍敏感だ。
自分だけじゃなく、他人の恋愛にも敏感で、誰かの恋の話題が出るだけで赤面するくらいだった。
なのに、そんな澪が今、他人の、しかも女同士の濡れ場を目撃して、憧れる様にじっと見つめている。
違うだろ、澪。
そこは部室の中の二人の見物を続けようとする私を、
「失礼だろ!」ってお前が赤くなりながら殴るところだろ。
何だよ……。そんな私の知らないお前を見せないでくれよ……。

でも、それだけならまだよかった。
それだけなら幼馴染みの知らない一面を見てしまって、私が少し寂しくなってしまうだけの事だった。
気付かれないように、もう一度私は澪の表情をうかがってみる。
ムギに似た表情。だけど、ムギとも少し違う澪の表情。
もしかして……、と思う。
胸の奥に秘めていた私の考えが浮かび上がってくる。
だから、私の胸は痛んでるんだ。

「あっ……」

気付かれないようにしていたつもりが上手くいかなかったらしい。
視線に気付いた澪と私の目が合って、その一瞬後に澪は赤くなって視線を逸らした。
気が付けば私も視線を伏せていた。何だか顔が熱い。私も赤くなっちゃってるんだろうか。
正直に言うと、今までそれを考えてなかったわけじゃない。
でも、そんな事、誰にも言えるもんか。
澪が私の事を好きなんじゃないかって。
そんなの自意識過剰過ぎる。
こんな私が同性の幼馴染みに好かれてるって考えるなんて、それ自体恥ずかしくて口に出せるか。

ただ、噂になった事は何度かあった。
いつも傍に居て、皆にコンビとして認められている私と澪。
悪気は無いんだろうけど、そんな関係を見て、私達二人の恋愛関係を想像する子は少なくなかった。
特に下級生かな。
曽我部さんから聞いた話によると、
澪ファンクラブの中には澪の恋人が誰なのかという派閥があって、
それには唯やムギ、梓に果てはさわちゃんや和まで候補が居て、誰が澪の恋人なのかで争ってるんだそうだ。
いや、勿論、極一部の話なんだろうけれども。
と言うか、女同士なんだが……。
そして、その派閥の中で一番大きいのが澪の恋人は田井中律派……、つまり私の勢力らしかった。
ちなみに曽我部さんも私の派閥なんだそうだ。
それは何と言うか……、ありがとうございます……?

当然だけど、本来ならそれは笑い話の一つだ。
少し不謹慎だけど、何事もない生活の中で自分達で想像するだけなら何の問題も無い事だ。普段なら。
だけど、今は世界の終わりの直前っていう非常事態だった。
前にクリスティーナこと紀美さんがラジオで話してたけど、
『終末宣言』以来、自分の特殊な趣味や性格、性癖を告白する有名人は増える一方だ。
勿論、それは有名人だけの話じゃなくて、私の周りの人達でもそうだった。
私の友達の中ではボーイズラブってのが好きだって告白した子が居たし(皆、知ってたけど)、
父さんも友達(男)が急に好きだって告白してきたから驚いたって言っていた(妻を愛しているからって断ったらしい)。
皆、最後くらいはありのままの自分で居たいんだ。
ひょっとすると、オカルト研の中の二人も『終末宣言』後にこういう関係になったのかもしれない。

私にもその気持ちは分かる。
私には特に隠している性癖とかはないけど、
あればきっと誰かに言っておきたいと考えてたと思う。
澪はどうなんだろう……って、私は思う。
澪は追い込まれないと本当の実力を出せないタイプだし、
追い込まれないと本音もあまり口にしない。
でも今は……、人類全体が追い込まれてる状況だ。
まさか、だよな。
澪は別に私の事を好きとかじゃないよな?
澪はただ初めての女同士の濡れ場に驚いて、目を離せなくなってるだけだよな?
あの『冬の日』の歌詞も私の事を書いてたわけじゃないよな……?

そう考えてしまうから、私の胸は痛いほど鼓動しまっている。
澪に好かれるのが嫌なんじゃない。
澪の事は好きだ。
当然、恋愛対象としてじゃない。親友として、幼馴染みとして、大好きだ。
女同士の関係に抵抗があるわけでもない。
ムギの台詞じゃないけど、本人同士がよければいいと思う。
それが自分自身の事になると分からないけど、
もし誰かに告白されたりしたら本気で考えてみてもいいとも思う。
だけど、その誰かがもしも澪だったら……。
そう考えると、どうしても私の胸は痛くなる。
痛いんだ、とても。


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最終更新:2011年10月31日 20:47