紬「澪ちゃん……!」
澪「うっ……はぁ……また……やっちゃったな……っ…!」
澪「こんなチャンス……二度とないのに……ツイてない……」
律「澪……!」
視界の隅で、りっちゃんが澪ちゃんにすがりついている。
澪「唯……聞こえてるか……?」
澪「”ゴースト”が……壁を、抜けた時がチャンスだ……」
唯「憂を倒せば……」
澪「クラスSAへの扉が……開く……うっ……!」
澪「梓にも……よろしくな、唯」
律「澪……お前……」
私は、拳銃を構える。
私は正気なの?
憂に銃を向けるなんて、考えられない。
アヴァロンの中じゃなくて、もしも今が現実だったらどうするの?
憂はここにいる。
だったらここは現実じゃないの?
私は何をしようと……してるの。
澪「”放課後ティータイム”の壊滅は……唯のせいじゃないんだ……」
澪「あの時、真っ先に……怯えていたのは……私だったんだ……」
澪「梓に……それを伝えたかった……っ」
澪ちゃんがバーチャル空間の中で息絶え、死亡した。
そして、憂が壁の中に消えた。
唯「……みんな……」
紬「唯ちゃん」
振り返ると、ムギちゃんが、私に自動拳銃を投げ渡した。
唯「ムギちゃん……」
紬「使って。役に立つわ」
律「唯!」
唯「りっちゃん」
りっちゃんは、私に向かって、ぐっと拳を突き出した。
律「”ゴースト”は待ってくれないよん」
律「しくじるなよ、唯!」
唯「ありがとう、りっちゃん!」
私は、憂の消えていった方へと走っていった。
向こうの壁が光っている。
よく見ると、憂がいる。
私は十字の通路で立ち止まると、憂を捜した。
拳銃を構え、トリガーに指を添える。
そのまま、わたしはぐるぐると回り始める。
”ゴースト”は、どこだ。
唯「……っ!!」
3回目に振り返ったとき、私はトリガーを引いた。
二発、三発、四発、五発。
”ゴースト”に銃弾を浴びせ、私はその姿を睨む。
たとえ憂だったのだとしても、ここはアヴァロン。架空の、仮想空間。
数秒後、”ゴースト”は赤く色を変え、死亡、消滅した。
唯「……」
私は、”ゴースト”の消えた跡に向かって歩いていく。
すると視界が消え、私の意識もフェードアウトしていく。
私の意識の中に、文字が現れた。
”Welcome to Class Real”
……”現実”クラスへようこそ。
目を覚ますと、私は端末を頭にかぶりベッドに寝そべっていました。
私はすぐに端末を外して、起きあがる。
唯「あれ……?」
”Welcome to Class Real”
どうして? ここ……個室じゃないの?
唯「アヴァロン、接続が切れたのかな……」
そう言いながら視線を回しているうちに、私は全身の血の気が引いてきた。
下着姿の私は、今、自分の家の、私の部屋にいる。
もともと私の部屋にあったはずの家具がいっさい無くなって、端末とベッドだけが置かれている。
部屋の隅には、机と、モニター……それと黒い箱。
私は怪しげに思って、窓の方へと向かった。
窓のカーテンを開けてみよう。
そう思い、縦長の窓のカーテンを開けた。
唯「……!」
窓の向こうには、煉瓦の壁。
それ以外、何も見えない。
”Welcome to Class Real”
私は慌てて机のところへ戻り、黒い箱を開けた。
中には……黒いワンピース、拳銃一丁とマガジンひとつ。
とりあえずワンピースを着て、拳銃を腰にしのばせた。
紬「やはりゲートをくぐれたのは、唯ちゃんだけだったようね」
唯「!?」
モニターに、ムギちゃんが映っていた。
唯「……ムギちゃん!?」
唯「ねえムギちゃん……ここがSAなの?」
紬「クラス・リアル」
紬「膨大なデータを要求する、テストフィールド」
紬「開発者たちは様々な意味をこめて、そう呼んでいたわ」
唯「さまざまな……意味?」
紬「コンプリートの条件はただひとつ……」
紬「未帰還者を始末することよ」
あずにゃんを……始末する?
紬「装備と、スキルのパラメータは初期に戻っているわ」
紬「携行できるのは拳銃と、ワンマガジンの弾薬だけ」
紬「ニュートラルは自由な意志を持ち、殺傷すればただちにゲームオーバー」
紬「時間は無制限だけど、コンプリート以外にここを出る方法はないの」
紬「唯ちゃんが無事戻れたときには、スカウトの件を考えたいわ」
ムギちゃんが微笑む。
唯「どうして私を送り込んだの?」
紬「……その答えは、唯ちゃんの中にあるわ。そうでしょ?」
答えは……私の中。
私は……あずにゃんと憂を捜しにきた。
紬「それじゃ、始めましょうか。後ろを見て」
言われたとおりに振り向くと、そこにはライブコンサートのチケットと、憂の写真が置いてあった。
唯「憂……」
私と憂が、仲睦まじく一緒に写った写真。
そして、あるバンドのライブのチケット。
紬「梓ちゃんはそこに現れる」
紬「健闘を祈るわ……唯ちゃん」
私はムギちゃんの言葉を聞き終えると、部屋を出た。
何も変わらない家の中。
二階の廊下のドアは、みんな開け放されている。
念入りにクリアリングしながら、一階へとたどり着く。
家の中には、誰もいない。
そして玄関を開け放つと、まばゆいまでの光が漏れてきた。
外の光景は……言うならばそう……。
唯「あの頃みたい……」
よく声をかけられるおばちゃんも、いつもの光景のように道を掃いている。
何がなんだかわからなくなりながら、私は壁づたいに歩く。
はたから見たら不審だけど、ここは”アヴァロン”。ニュートラルでない私にとっては、戦場。
でも、道を歩き続けていると、ここは安全だということがわかるようになってきた。
”ねえ唯ちゃん……クリアできそうでできないゲームと、クリア不可能に見えて可能なゲーム”
”どちらがい良いゲームかなんて、言うまでもないでしょ?”
私は拳銃を絶対に落とさないようにしよう、と心に決めて、堂々と道を歩き出した。
いつもの通学路。
踏切がしまり、電車が通る。
私はぴょんぴょんと跳ねながら、通り過ぎるのを待つ。
入学式の日、遅刻と勘違いした私はこの道を走り抜けた。
そんな楽しくて仕方がなかった過去を思い出す。
街をゆく人はにわかにニュートラルとは信じられない。
まるで、現実世界。
現実がもう一つあるような気がしはじめて……。
クラスAの時には感じないほどの強烈な現実感。
……本当の現実はここなんじゃないのかな?
唯「そんなわけない!」
ここはクラス・リアル。
アヴァロンのテストフィールド。
にこやかに井戸端会議をするおじいちゃんおばあちゃんを見て、さらにわからなくなる。
唯「……信じられない」
この世界と、アヴァロンをプレイしている現実の世界のギャップが。
……この世界の方が、ずっと綺麗で、現実的だ……。
そして私は桜高の前にたどり着いた。
派手な屋台、正門、桜高の生徒たちが楽しそうに歩き回る。
唯「学校祭の日だ……」
私の手にしたチケットは、学校祭のライブのチケット。
唯「軽音部……なの?」
私は、体育館へと慣れた足取りで向かっていく。
私が演奏しないなんて、なんだか変な感じだな。
体育館の中はまだ空いていたけど、あずにゃんの姿は見つからなかった。
私は、校舎の方へと歩いていった。
亀と兎の像がある階段を上っていく。
校舎内には、不思議と誰もいない。みんなライブ会場へ行ったのかな?
静まりかえった4階。
音楽準備室……軽音部部室の前で、私は深呼吸した。
ドアを開けて、私は部屋の中に入っていく。
ティーセットの置かれた茶箪笥、六つ寄せ集めた机。
ドラムセット、そしてアンプ。
全てがあの日のまま、残っている。
私たちの部室。
軽音部、”放課後ティータイム”の部室。
唯「……ねえ、あずにゃん……」
溢れそうになる涙を必死で堪えながら、私は後ろをふりむいた。
唯「そこにいるんでしょ?」
部室の開け放されたドアの前に、小柄な女の子が立っている。
長い、ツーテール。凛とした目元。
桜高の制服を着た、あずにゃんがそこにいた。
梓「……お久しぶりです。唯先輩」
体育館では、ライブが始まる。
体育館全体を沸き立たせるリズムが、音楽室にも届いてくる。
あずにゃんは椅子に腰掛けると、私を見つめた。
私も、あずにゃんを見つめる。
梓「ワンピース、似合ってますよ。先輩」
唯「あずにゃんこそ、制服可愛いよ」
もうひとつの世界で廃人になった愛しい後輩と、やっと会えた。今すぐにでも抱きつきたい。
そう思いながらも、それができないことを憎んだ。
そんなことしたら、私はもうこの世界から抜け出すことはできなくなる。
これから私は、あずにゃんを殺さなければいけない。
――キミを見てるといつもハートどきどき
きっと、私たちに本当にそっくりな、女の子たちが一生懸命にライブをしています。
それが楽しくってしょうがなくって。
それが自分の今一番したいことで。
――揺れる思いはマシュマロみたいにふわふわ
いっつも仲間とお茶会をして、真面目に練習もして、バイトもしたりします。
真面目にやらなきゃ、って怒られたりもするけど、みんな大好きです。
――いつもがんばる君の横顔、ずっと見てても気づかないよね
梓「どうして、ここに来たんです」
梓「私が……私がいるから……ですか?」
――夢の中なら二人の距離縮められるのにな
唯「それが理由じゃないかな、あずにゃん」
唯「いけなかった?」
――あゝカミサマお願い、二人だけの夢の時間をください
梓「先輩だけは判っていたはずです」
あずにゃんは寂しそうな笑みを浮かべて言いました。
唯「そのつもりだったよ。だからこそ……私もソロの道を選んだ……」
――お気に入りのうさちゃん抱いて、今夜もオヤスミ
梓「それだったらどうして!?」
唯「あずにゃんは”ロスト”した、悲惨な未帰還者に過ぎないんだよ」
現実の区別を必死につけながら、私は続ける。
――ふとした仕草に今日もハートずきずき
唯「アヴァロンを究めたい……」
唯「そのためには今で満足しちゃってる仲間はすでに負担だったんだよね」
あずにゃんの表情が……ぴくりと変わった。
唯「”放課後ティータイム”は、プレイヤーの憧れで、羨みの的だった……」
――さりげな笑顔を深読みしすぎてオーバーヒート
唯「だからこそあずにゃんは、解散するきっかけが欲しかったんだよね」
唯「そこまでしてあずにゃんがしたかったことは……病院のベッドで廃人になることだったの?」
あずにゃんは私を睨みつけた。
梓「……私の、どこが廃人なんですか?」
梓「”クラス・リアル”……先輩にももう判るはずですよ」
そうは思いたくない。
ここは本当の世界よりももっともっと綺麗で、楽しかったとしても……。
私はここは現実ではないと知っている。
――いつか目にしたキミのマジ顔、瞳閉じても浮かんでくるよ
梓「世界とは、思いこみにすぎないんです」
梓「違うですか!?」
梓「ここが現実だとして、どんな不都合があるですか?」
あずにゃんはそれが当然だと言わんばかりに続けた。
気持ちは私にだってわかる。私だってそう思えたらならどれほどいいか。
あずにゃんともっと一緒にいたかった。
唯「あずにゃんは自分にそう言い聞かせて、ただ逃げてるだけだよ!」
梓「先輩と議論するつもりはないです!!」
あずにゃんが声を荒げる。
梓「気づかないですか」
梓「そもそも唯先輩のパートは何だったですか?」
唯「え……」
私はいきなりすぎる問いに戸惑った。
梓「ベクトルを間違えて大事にして、ビンテージと間違われた……」
梓「唯先輩のギターはどうしたんです?」
ギター……私の……ギター。毎晩いじっていた?
服を着せ替えたりした?
添い寝もしちゃう……?
唯「……え、どうして……私……」
唯「忘れ……てたの」
部屋にギターは置いていなかった。
どこかにしまったから? いや、そんなことした憶えはない。
私は、ギー太を忘れている。どうして……そんなことがありえるのか。
唯「違う、現実はここじゃない……あずにゃん……」
あずにゃんが私を見つめる。
睨んではいない。私の心の奥底まで見透かそうとするような目。
梓「唯先輩、撃たれたことはあるですか?」
梓「その身体で、本物の苦痛を教えてあげましょうか」
あずにゃんが拳銃を引き抜いた。
唯「……どうしても?」
私もゆっくりと拳銃を引き抜く。
梓「どちらかが死んで、その死体が消滅しなければ……」
梓「それを確かめるんです」
――夢でいいから二人だけのスイートタイム欲しいの
同時に拳銃を構え、引き金を引いた。
唯「あず……にゃん……?」
梓「せんぱい……」
――あゝカミサマどうして、好きになるほど夢の時間はせつないの
聞こえた銃声は、ひとつだけ。
あずにゃんは苦痛に顔を歪ませながら、床に倒れ込みました。
あずにゃんは……撃たなかった。
――とっておきのくまちゃん出したし今夜は大丈夫かな
唯「あずにゃん……あずにゃん……!!」
私は銃を投げ捨ててあずにゃんにかけより、抱きしめた。
梓「……ゆいせんぱい……私……胸がすごく、痛いです」
固く握った小さな手を広げると、7発の銃弾が床に転がった。
唯「あずにゃん……」
梓「……ゆい……せんぱい……」
弱々しく、笑ってみせる。
ブレザーの間からのぞくシャツは、鮮血で真っ赤に染まっている。
――あゝカミサマお願い
梓「事象に……まどわされ……ちゃ……ダメなんです」
梓「ここが、ゆいせんぱい、の……”現実”なんで……す」
――いちどだけの
私の腕の中で、あずにゃんは消えていった。
唯「バイバイ、あずにゃん……」
唯「あずにゃんの帰る場所は、あずにゃん自身が知ってるから。大丈夫だよ」
私は立ち上がると部室を出て、階段を下っていった。
――奇跡の時間ください
私はあずにゃんの拳銃に弾薬を装填して、体育館入り口へと向かう。
学校祭だというのに、人混みはいつの間にか消えていた。
誰もいない体育館のドアを開けると、体育館の中に日の光が差し込む。
――ふわふわ時間
私は座席の間を進んでいく。
ステージの上には、置き去りのドラムセット、アンプ、キーボード……そして二つのギター。
そしてステージの真ん中には、憂がいた。
憂が、私に向かって優しい笑みを浮かべる。
唯「……憂」
憂「アヴァロンへようこそ……お姉ちゃん」
いま英雄が旅立ちを迎える
いま九人の女神とともに、霧の水面に舟は旅立つ
影の楽園、アヴァロンへ――
W e l c o m e t o A v a l o n +
L O G I N
~END~
最終更新:2010年01月25日 21:09