The game is named after legendary island where
the souls of departed heroes come to rest : Avalon.
アヴァロン――
林檎の樹と霧の彼方の伝説の島。
九人の女神とともにある聖霊の島。
――リセット不能の幻のフィールド、<スペシャルA>。
<アヴァロン>を究めようとするプレイヤーは……スペシャルAを目指す。
梓も――
「右へ迂回して牽制をぉっ!! <放課後ティータイム>の戦闘に、リセットはないんです!!」
「唯先輩……唯センパイ!! ユイセンパイ!!!」
<大鴉>の咆吼、あずにゃんの絶叫、絶望。
モルガン・ル・フェ……伝説の島アヴァロンを支配する、女神たち。
傷ついたアーサー王を黒い舟で、水の果てアヴァロンへ運んだ九人の女神たち。
妖姫モルガンは、ノルスガリスの王女、荒れ地の女王そして守護者である湖の姫。
求めよ、さらば與えられん。尋ねよ、さらば見出さん。叩け、さらば開かれん。
クリアできそうでできないゲームと、クリア不可能に見えて可能なゲーム。
どちらがい良いゲームかなんて、言うまでもない。
その微妙な均衡点を探り、改善改良を重ね……それを維持する。
いま英雄が旅立ちを迎える。いま九人の女神とともに、霧の水面に舟は旅立つ。
影の楽園、アヴァロンへ――
「世界とは、思いこみにすぎないんです」
「ここが現実だとして、どんな不都合があるですか?」
――<現実>からの<撤退>か、<虚構>への<帰還>か?
「その身体で、本物の苦痛を教えてあげましょうか?」
――人間が情熱を傾けることの価値は、それが現実であるか虚構であるかを問わない。
そして<アヴァロン>はその必要性を十分に満たすシステムであり得た――
■アヴァロンとは?
広義にはシチュエーションとしての戦闘を含む体感ゲームを総称し<アヴァロン>と称する。
飛躍的な発展を遂げた大脳生理学の成果を導入することによって、プレイヤーは視覚や聴覚を経由することなく、
大脳皮質への低周波による直接励起によってゲーム内の時空間を体感する。
プレイヤーは任意に選択された状況下において個人またはその所属する集団単位で戦闘に参加、戦技を競う。
≪フラグ≫と呼ばれる特定の目標または全ての標的を倒すか、あるいはプレイヤー自身が<死亡>することによって終了する。
ゲーム内の現実はプレイヤーによって擬似的に体感された架空の世界に過ぎない。
しかし、その<死>の体験による心理的・生理的影響の危険性は早くから指摘された。
多くの地域で非合法化されながらも、不安定な政治、経済という状況の下、熱狂的ブームを巻き起こした。
そして若者たちの間に、≪パーティ≫と称する非合法集団を形成させ、無数のゲーム中毒患者を生みだした。
A V A L - O N ! *02
けいおん! × アヴァロン SS-2
灰 色 の 貴 婦 人
Glay Lady
Based on the book by
Mamoru Oshii
Kakifly
#01
乙女の国
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Tir na mBan
この世界は強烈な既視感に包まれていると、私は思う。
その既視感の原因はこの世界ができるだけ共通のパーツやテクスチャを使って創られているから、と言う人もいるらいしけど……。
そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない……。
私……
平沢憂には、その原因が空にある気がしてならない。
ドーム上の天蓋に写る黄昏の空は、いつも微妙な明るさに満ちていて、見上げる人の心を映し出す巨大な鏡のよう。
<アヴァロン>と名前をつけられたこの世界が、永遠の黄昏空に相応しい世界なのだと思うけれど――
――私にはこの空が記憶の何かに繋がっている気がしてしまいます。その記憶が、この世界の外のものなのかどうかは、わからないけど。
私はブローンポジションのまま、駅舎の庇の上から周囲の様子を眺めている。
ここはクラスA――<C28>
前世紀末の中欧にある市街地のような、<アヴァロン>の典型ともいえるフィールド。
守護神の彫像、弾痕でえぐられた石造りの建物、放置されたT-72。
こんな街がモデルとして選ばれたのは、処理の高速化の追求の現れだけとは思えない。
<永遠の戦場>――設計者たちの特異な美意識が、プレイヤーたちを魅了しつづけたのだと私は思う。
耳に挟んだちょっとサイズが大きいインカムには何も連絡が入らない。
私は駅舎内へのセーブポイントへの撤退ルート確保……という任務を退屈に感じさえしていた。
そのとき、どこからかけたたましいアラームが響いてきた。
「……!?」
敵との遭遇につきものの銃声がない。
どこかのパーティの<シーフ>が、怪しいボーナスコンテナの解錠に失敗したのかも。
「迷惑だな……もう」
クラスBならともかく、このクラスAでそんな失敗をする人は、まずそうそういない。
そうしているうちに、聞き慣れたAKの銃声が鳴り響き、前方のアーケードの中から<ニュートラル>たちが湧いて出てくる。
その後ろから、銃を乱射しつつ後退する6人のプレイヤー……そしてその後ろには、トカレフで武装した<ルーター>の大群。
ルーターの数はうんざりしてしまうけど、何より私を失望させたのは後退するプレイヤーのひどい戦いっぷりだった。
撤退戦というのは、部隊の規模が大きいほど難しくなる。
さらに戦域を離脱するためには、攻撃を仕掛けるときをはるかに上回る損害を覚悟しなければならない。
連携を一歩間違えれば、戦線の崩壊……そして潰走を招いてしまう。
戦場におけるパーティの行動……一度撤退に移ったが最後、それぞれの練度がものを言う。
正直に言うと、PPsh短機関銃で効果的なバースト射撃をしている指揮官の人と、RPDで支援をしている<ファイター>の二人以外……
みんなカスです。
敵の追撃を抑制する火力の連携がもっとも重要なのに、殿をつとめるべきファイターたちは怯えきり、無駄な乱射を繰り返す。
マガジン交換の間隙を突かれて敵の無謀な接近を許す。
最悪の状況。
薬にするべきパーティプレイというシロモノは欠片もなくなり、次々と脱落し、全滅してしまう。
「このカスみたいな程度でよくクラスAに来る気になったね」
私が高見の見物を決め込んでいると、インカムに叱声が飛び込んできた。
「マークス! 援護はどうした!!?」
特徴的にしゃがれた女の人の声は、私を雇ったパーティの主宰者のもの。
つまり、目の前で悲惨な遁走を実演しているこの馬鹿なパーティが、私のクライアントで、このミッションは失敗する……そんなところ。
「マークス、まだかァ!?」
私は舌打ちして、愛用のFALの銃床を肩に引きつけ、サイトを視界に入れた。
トリガーを絞れば、銃口から火の玉を吹き上げながら、30口径特有の凄まじいリコイルが私の全身を叩く。
お姉ちゃんじゃないけどリズムよくテンポを刻み、敵に弾丸を送り込むと数体のルーターがポリゴンをまき散らしながら吹き飛んだ。
パーティの逃げ足に、拍車がかかる。
メンバーをどなりつけながら走る彼女たちの顔がわかるほどになると、私はFALを掴むと、庇から飛び降りる。
高さ8メートル。私は数瞬宙を舞い、頑丈なコンバットブーツが石畳を叩く。
ハイレベルな戦士のパラメータならば、この程度の荒技は楽にこなせる。
私は放棄された戦車に走りながら叫ぶ。
「RPDは私といっしょに踏ん張ります! 残りはセーブポイントまでっ!」
戦車を掩体にして、RPDが時間を稼ぐ。
唯一根性のありそうな彼は掃射を始め、その横をクズが走り抜ける。
RPDのM43はFALの308NATOの弱装弾のようなものだけど、対人用としては十分。
何より毎分700発ほどの発射速度により、接近戦では驚異的な威力を発揮する。
そして敵の勢いが衰え始めるけれども、それは弾薬が尽きるまでの話。
あっという間に弾薬は底をつき始め、私の手元には308のマガジンひとつ、RPDには100連マガジンひとつ。
私は308の威力を最大限に引き出すために、密集した敵に弾を撃ち込みつづけた。
弾丸重力150グレインの威力は凄まじく、射線に重なったルーターがまとめてポリゴンになって弾け飛ぶ。
「どうしたんですか!?」
ふと振り向けば、逃げたはずの5人が固まって止まっている。
「あの中も連中で一杯よ!!」
うんざりするほどのルーターが、数カ所の入り口から湧いて出てきている。
私はその場に座り込みたくなる。
貴重な弾薬をこんな奴らごときに消費するのが許せない。
何よりこんな救いがたいほどの馬鹿たちの愚劣さと、そんな連中に雇われた私自身の馬鹿さにうんざりする。
こんなところで防御陣形をとったところで、救援もくるはずがないのでは意味すらないのは子供でも判る。
あの馬鹿たちがあのまま駅舎に突入していれば、所詮ルーター相手。半数は生還できたはず。
全ての弾薬を使い果たしルーターに虐殺されるという恥辱を受けるか、<トルーパー>の部隊に一蹴されるか。
もちろん、私はどっちも嫌だし、こんな奴らと心中する気もさらさらない。
「俺のAKSの弾薬がもうないんだ!!」
青ざめた<シーフ>が、指揮官に詰め寄っている。見たところ、この人が警報を鳴らした張本人らしい。
「このままじゃ全滅だ……リセットしよう!!」
指揮官の顔色が変わった。
<リセット>はいわば最終選択肢であって、<アヴァロン>最大の特徴ともいえる緊急脱出コマンド。
撤退を宣言したプレイヤーは、即座にシステムから解放され、パラメータは最新のセーブデータに戻される。
プレイヤー単独でかけるリセットは<死亡>と大して変わりはない。
「リセットしたいの?」
私はパーティの人間に問いかける。
リセットはパーティ内で、全く違う意味を持つ。
「リセットをかけるような無能な指揮官に、今後誰がパーティに参加したいと申し出るかな?」
<あの時のお姉ちゃん>と同じように、<アヴァロン>でしみついた険悪な視線が彼女に突き刺さる。
パーティプレイを原則としておきながら、撤退の判断は個人にゆだねられる。
この独特のシステムのために、多くのパーティが相互不信に陥り、解散に追い込まれた。
それを開発者のプレイヤーへの単純な悪意と考えることも、プレイヤーに課したひとつの試練とも捉えられるけれども、
少なくともクラスAにいるような人間……私のような人間たちは最大の恥辱と考えている。
個人データに記された死亡回数などはただのパラメータに過ぎない。
でも撤退の記録は、まぎれもない臆病者の刻印となる。
たとえ死に招かれても繰り返し戦場に復活する英雄たち。
それこそが、英雄の魂の眠るアヴァロンの名を託した開発者の思いであって、それを信じることのみによってこの虚構はゲーム以上の何かであり得た。
身内から逃亡者を出すことは、指揮能力と統率力に欠けることを証明する証拠になる。
戦闘力に見劣りする<ビショップ>は、パーティを主宰することで戦場に立つ。
無能の烙印を押された指揮官が、優秀なプレイヤーを集めることは難しい。
「リセットをかけよう! 逃げようぜ!?」
<使えないシーフ>が騒ぎ、指揮官は答えるかわりに短機関銃の一連射でルーターを薙ぎ払った。
目が完全につり上がっている。誰よりもこのシーフを射殺したいんだろうな。
赤く充血した目で、明らかに不満を訴えるシーフと、同じような表情を浮かべる<員数だけのファイター>。
私は宝石のように貴重なRPDに目配せすると、戦車の転輪に足をかけた。
「マークス……!?」
指揮官が悲鳴のような声を洩らし、私を見上げる。
何も言わず半球状の砲塔へよじ登り、キューポラの上にぺたりと座る。
車載機銃のハンドルを握り、右グリップを手前に捻り、身体を捻ると重い銃架が滑り出す。
俯仰ハンドルを思い切り回し、最大俯角をかけた機関銃の銃口を、敵の集団にと向ける。
私の取り付いている機銃はDsh-K……もともとは対空機銃として設計されたものの、水平射撃での対車両戦闘でその破壊的な威力を発揮する。
12.7mm50口径、弾丸重量は308弾の5倍を超える700グレイン。毎分500発前後の発射速度。実に2トン近い巨大なマズルエネルギー。
その火力は歩兵一個小隊をあっという間に捻り潰し、挽肉に変えてしまう。
「……プレイヤーには二種類しかいないよ」
「逃げるか、逃げないか……!」
私は咆吼して、トリガーを叩く。
「うああああああああああああァッ!!!!」
世界が閃光と轟音に包まれた。
ルーターの壁が、蒼白い閃光を放ちながら崩れていく。
私はトリガーを握り潰さんばかりに絞り続け、巨大なマズルフラッシュが視界をチカつかせる。
私はこんな英雄行為は大嫌いだ。
身体を張って仲間を救うような自己犠牲精神の持ち主なら、傭兵なんてやっていない。
何より……お姉ちゃんのような英雄には絶対になっちゃいけない、って決めたから。
歩兵戦闘基本の<アヴァロン>において、ボーナスともいえる重火器は無敵の英雄を生み出すマジックアイテム。
でも、バーサーカーの寿命は短いものと相場は決まっている。
「お願いお姉ちゃん……私を護って……!!」
小さな身体に襲いかかる恐怖から必死で逃れようと、私は掃射を加え続けた。
「……ううっ……んん……」
覚醒の感覚の不快さだけにはなれることができない。
それが最低最悪のゲームからの帰還であれば、なおさらのこと。
重苦しい空調のうなり声が私の不快度指数をさらに上げ、鼻を刺すような消毒薬の匂いが臨界点間近に引き上げた。
ヘッドギアから頭を抜いて、合成革張りのベッドにしばらく寝ころんで、私は天井を見上げる。
じわじわと、つま先あたりまでまで感覚が戻ってくる。
「無事に帰還できて何よりね、憂ちゃん」
天井からぶら下がるディスプレイに視線を移すと、見慣れた若い女の人の顔が浮かび上がる。
ゲームマスターと呼ばれるこの人がプログラムされた疑似人格であることは<アヴァロン>に関わる人ならたいてい知っている。
そのモデルは開発者であると信じる人もあるし、アーサー王伝説になぞらえて「漁人の王」とか「不具の王」と呼ぶ人もいる。
私にとっての彼女はと言えば、私を未だに名前で呼んでくれる数少ない一人で、それを許す程度に敬意と親しみを感じさてくれる。
「ありがとう、さわ子先生」
私は、彼女をこう呼ぶ。お姉ちゃんの部活の顧問の先生にそっくりだから。
冷え切ったタイルの上に裸足で降りれば、全身がぶるっと震えるほどの寒気を感じる。
下着姿の私の寒々とした姿を想像せずにはいられない。
そのまま一服、という人も多いそうなんだけど、あいにく私はタバコを吸わない。
この監房のような部屋には、ディスプレイとベッド、ダクトの這った壁や中央の溝にむけて傾斜したタイル張りの床しかない。
タイル張りである理由は、清掃の作業がしやすいようにとのことらしい。
プレイヤーの中には、<アヴァロン>の与える刺激……とりわけ恐怖や<死>に対して生理的な反応を起こす人が少なくない。
汗をかくのはともかく、覚醒したあとに嘔吐してしまったり、プレイ中の失禁、さらにあんまり考えたくないものを漏らしたり……。
天井に設置されたパイプから浴びせられる消毒液のシャワーは、初期レベルのプレイヤーのほとんどが体験するいわゆる<洗礼>となっている。
それを恐れて裸になってベッドに上がる人もいるけど、普通は下着で上がるのが最低限のマナーということになっている。
不特定多数の人の生理現象を受け止めたベッドなのだから、服を着たまま上がりたくないのは当然だけど。
私はゆっくりとズボンを穿きながらディスプレイに表示されたデータを眺めた。
なんとなく、だけどここに来るときはズボンを穿くことが多い。スカートは控えめにしている。
「少なくともあなたは、パーティを最後までエスコートしてみせたわ、憂ちゃん」
さわ子先生がいつもと変わらぬ口調で慰めてくれるけれども、私はあんまり嬉しくはない。
「帰還5人、死亡2人、よりにもよってルーターになぶり殺しなんですよ? 先生」
「あの状況では最小限の犠牲だったわ。全員の生還はいかにあなたといえども困難だった」
「困難だけど不可能ではなかった……ってことですか?」
「憂ちゃん、あなたは私を困らせて嬉しいの?」
私は思わず口をゆがめて笑った。
昔も誰かに言われたことあるけど、私って案外加虐性癖あるのかも……。
実際この女性が人工知能なのだったら、設計者は間違いなく天才で……冷笑家だったんじゃないかな。
「こんな日もあるわ、憂ちゃん」
「あいにくだけど……」
私は上着の袖を腕に通しながら答えた。
「私のミッションはまだ終わってないから」
<傭兵>としての真価が問われるのは、むしろこれからだった。
私は一度だけ振り返って、廊下へと出て行った。
「次のアクセスを待っているわ、憂ちゃん」
ロビーは、回線の空きを待つ人々で混雑していた。
昔は「さまよえる仲間の卓」などとちょっとお洒落な名前で呼ばれていたらしいけど、
今はオフでも徒党を組んでお揃いのジャケットやタトゥーをキメて群れているような奴らが屯している……要するにゴミ溜めだ。
「おーい、308!」
最終更新:2010年01月25日 21:17