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また少しだけ二人で黙る。
それは多分、これから向き合わなきゃいけない事があるって、お互いに知ってるからだ。
しばらく経って、後ろの澪がほんの少し震え始めて、でも、強い言葉で澪が言った。

「私は律に傍にいてほしいんだ」

「……傍にいるよ」

「うん……。それは嬉しいけど、そうじゃないんだよ。
私……、私はもっと違った形で律と一緒にいたい。
私は……、律の事が好きだから」

「……私だって好きだよ」

「それは友達として……だよね?
私は、そう……、上手く言えないけど……、そうじゃなくて……。
そう……だな……。えっと……。
例に出すのは変だと思うけど……、
私は律と……、今日見たオカルト研の中の二人みたいになりたいんだ」

オカルト研の中の二人……。
その澪の言葉で最初に思い浮かんだのは、裸で絡み合う二人の姿だった。
いや、それは勿論、単なる分かりやすい例えで、
澪が言いたいのはそういう意味じゃないのは分かってるんだけど、
どうしてもあの裸の二人を思い出してしまう。
仕方ないじゃないか。
忘れるにはまだ時間が全然経ってないし、それくらい衝撃的な光景だったし。
何も言わない私の姿を見て、澪も自分が何を言ったのか気付いたんだろう。
顔が見えないから分からないけど、多分顔を真っ赤にしながら焦って訂正した。

「いや、オカルト研の中の二人っていうのは、違くて……。
そういう意味じゃなくて……。
あ、でも……、そういう意味に、なっちゃう……のかな……。
私は律が好きで……、
友達よりも……、親友よりも深い関係になりたくて……。
つまり……ね?
それは……、恋人……って事に……なる……のかな。
恋人……って事はやっぱりあのオカルト研の中の二人みたいに……。
いや、でもでも……」

私の後ろで澪はまた自分の発言の恥ずかしさに悶え始める。
私も何だか顔中が熱くなるのを感じながら、
澪の言った事を頭の中で何度も噛み締めていた。
律と恋人になりたい。
はっきりと言ったわけじゃないけど、澪はそういう意味の事を言った。
多分、私はその澪の言葉が嬉しかったと思う。
赤くなってるんだろう自分の顔を隠したくなるくらい、
澪に悟られないように自分の震えを止めるのが大変なくらいに、
多分、私は嬉しかった。

でも。
恋人というのがどんな物なのか、私は知らない。
恋愛漫画を読んだ事はあるし、
普通の女子高生より遥かに少ないだろうけど、恋愛モノのドラマも何本か観た事はある。
ただ、大抵の恋愛モノは主人公と相手役の恋模様や修羅場はよく見られるけど、
主人公が相手役を好きになった理由を深く表現した作品は少なかった気がする。
相手役が好みだったからとか、少し優しくしてもらえたからとか、
そんな理由で恋に落ちるもんなのか? って、私は何度も思ったもんだ。
格好いいな、と思う男子も何人かいた事はあるけど、
それだけで恋に落ちた事もないし、男子を恋愛的な意味で好きになった事もなかった。
恋を知らない女……なんて、まるで安い恋愛モノのキャッチフレーズみたいだけど、
そういう意味で私は確かに恋を知らない女なんだよな。

澪の事は好きだ。
幼馴染みで親友だし、澪とはもっと仲良くなりたいっていつも思ってる。
その先に澪との恋愛関係を期待してたのかどうかは分からないけど、
少なくともこれまでも、これからも私の人生から澪を外して考えるのは無理だった。
私の心のずっと深い所に澪がいるし、多分澪の深い所にも私がいる。
もう今生の別れになるような話は二度と切り出したくないし、
澪とはもう離れたくないよ……。
だから、私は澪に言ったんだ。できる限り私の想いが届くように。

「なあ、澪。
手を放してくれないか?」

「えっ……。
ご……ごめんなさい、私……。
律の気持ちも考えずに……、律の迷惑も考えずにこんな……、
ごめ……ん……」

澪が消え入りそうな声で呟いて、私を抱き締めていた手から力を緩める。
今にも泣き出してしまいそうな小さくて震える声。
きっとすごく悲しい顔をしてるんだろう。
でも、私は澪から身体を離して、向き合ってかなり久し振りに澪と顔を合わせて。
行き場を無くした澪の手を取って、できるだけ優しく包み込んで。
伝えられるように。
そうじゃないんだと。

「違うって、澪。
ほら、おまえだけ後ろで私の様子を見られるなんて、ずるいじゃん。
私にも澪の顔を見せてくれよ」

「えっ……」

やっぱりすごく悲しそうな顔をしてた澪が戸惑った表情に変わる。
こんな時に私と顔を合わせるなんて、恥ずかしがり屋の澪には難しい事だろう。
だけど、私は澪と顔を向け合いたかった。
私だって顔が赤い自分を見られる恥ずかしさに耐えてるんだ。
澪にだってその恥ずかしさには耐えてほしい。
まだ何が起こってるのか分からないといった感じで澪が呟く。

「り……つ……?
えっと……、私は……ごめん、その……」

「私はさ、澪の事が好きだよ」

「えっ……」

澪が驚いた表情に変わる。
まさかそんな事を言われるなんて思ってなかったんだろうか。
確かに私も自分の口からそんな言葉が出るなんて思ってなかった。
でも、その私の言葉に嘘はなかった。
私は澪が好きだ。大好きだ。
それが恋愛感情なのかどうかは分からないけど、
私と恋愛関係になりたいと、あの恥ずかしがり屋の澪が言ってくれた。
だから、私は澪の気持ちに応えていいんだと思った。

「澪は私の恋人になってくれるんだろ?」

「……いいの?」

「いいよ。
……澪こそいいのかよ、私なんかで。
もっと素敵な誰かは他にたくさんいるだろ……?」

そうだ。
澪には私なんかより他に相応しい相手がいるはずだ。
ずっとそう思ってた。
だから、こんな世界の終わりを間近にして、
私なんかが澪の傍にいていいのかって思えてしまって辛かった。
でも、澪は言ってくれた。
私の両手を握り返して、伝えてくれた。

「ううん……、そんな人なんていないし、
例えどんなに素敵な人がたくさんいたとしても、
私は……、その誰よりも律がいい。律の傍がいい。
律が一番いい」

「そっか……。
ありがとう……」

ずっと近くにいた私と澪。
女同士ではあるけれど、この気持ちに嘘はないはずだ。
私達の結末は恋人同士という関係でいいはずなんだ。
二人とも分かってる。
もう私達には時間が無い。解決してくれる猶予もない。
はっきりとさせないまま世界が終わるって結末に至っていいはずがない。
本当の事を言うと、私は澪の事を恋愛対象として好きなのかまだ分からない。
でも、それでいいんだ。
恋愛モノの作品で、恋に落ちるきっかけが腑に落ちないのも、そういう事のはずなんだ。
恋に落ちるきっかけなんてなくて、愛に理由なんてなくて、
恋人として付き合っていくうちに、本当の恋愛感情を抱くようになるはずなんだ。
もうすぐ世界が終わる。
それまで自分を好きでいてくれる人の気持ちに応え続けるのが、一番いい選択肢だと思ったから。
私は、澪の、恋人になろうと思う。

澪と無言で見つめ合う。
かなり色の濃くなった夕焼けに二人で照らされる。
二人の顔が赤いのは、その夕焼けのせいだけじゃない。
お互いに恋人になれた気恥ずかしさと緊張に頬を赤く染めながら、
すごく自然に……、誰かに操られるみたいに唇を近付けて……。
………。

瞬間。
何故だか目の前がぼやけた。
水の中にいるみたいに、焦点がはっきりしない。
何が起こったんだ……?
澪の手を握っていた右手を放して、私は自分の目尻を擦ってみる。
それで私はやっと気付いた。
自分が涙を流してる事に。
あれ……?
何でだ……?
どうして私は涙を流してるんだ……?
澪と恋人になれた嬉し涙なのか……?
いや……、違う……? 哀しく……て……?
いいや、駄目だ、泣くな、私!
こんな時に泣いてどうするんだ。
私は澪と恋人になるって決めたんだ。
こんな涙なんて澪に見せられないんだ!

私は急いで何で流れるのか分からない自分の涙を拭って、
もう一度澪と視線を合わせようと瞳を動かして……、
そこでまた気付いた。
澪も涙を流していた。
嬉し涙なんかじゃなく、澪が悲しい時に何度か見せたのと同じ顔で涙を流していた。

二人で、
顔を合わせて、
泣いていた。

どうして泣く?
何で泣いちゃってるんだよ、私達は……!
もう時間が無い私達を、どうして涙なんかが邪魔するんだよ……!
世界が終わるって聞いた時も、
今日の朝に死を実感した時にも流れなかったくせに、どうして……!
どうして、こんな今更……!

「違……っ。
こんな……泣いてなんか……」

止まらない涙を拭いながら、私はどうにか言い繕おうとする。
涙を流しながら説得力はないけれど、これを涙だと澪に思わせたくなかった。
これは汗なんだ。
単に澪と唇が近付いたから緊張して流れただけの汗なんだ。
どんなに無理があっても、そうでなくちゃいけないんだ。

だけど、やっぱり私のその言葉には無理があった。
澪も自分の涙を拭いながら私から手を放すと、
急いで自分の鞄を担いで私の部屋の扉を開けた。

「律、ごめん……」

「澪……、これは違くて……、その……」

「ごめん、今は……、帰らせて……。
本当に……ごめん……」

澪がそう言う以上、私には何もできなかった。
何かをしようにも、私の邪魔をする涙は次から次へと溢れ出て来てしまって、何もできなくなる。
涙の海に溺れて、動き出せなくなる。
部屋から出て行く時、澪は最後に一つだけ言った。

「明日、学校には行けない……。
ごめん……。律を嫌いになったわけじゃ……ない。
でも……、無理……。無理なの……。
こんな時に……、本当にごめんなさい……」

私の部屋の扉が閉まり、私は一人部屋の中に取り残される。
結局、最後まで、意味の分からない二人の涙は止まらなかった。
もうほとんど残されていない私達の時間が、どんどん削ぎ取られていく。

「何だよ……。
何だってんだよ……」

夕焼けが落ちても、
部屋を月明かりが照らすようになっても、
私はベッドに顔を埋めてわけの分からない涙を流し続けた。
何度も、ベッドに拳を叩き付けながら。


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最終更新:2011年10月31日 20:59