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夜道、聡の後ろ、ママチャリの荷台に乗って、私は運ばれていた。
さっき何で聡は自分のマウンテンバイクじゃなくて、
どうして母さんのママチャリに乗ってるんだろうと思ったけど、
それは私を後ろに乗せるためだったんだな。
確かにマウンテンバイクじゃ二人乗りは難しいだろう。
ちゃんと先まで考えてる聡の行動に私は何とも言えない気分になる。

「ごめんな、聡。
迷惑掛けちゃったな、また……」

荷台で揺られ、私は小さく呟いた。
後先を考えない自分の行動と、先まで見据えた弟の行動を比べてしまうと、
こんな自分が本当に梓を助けてやれるつもりだったんだろうか、とつい自虐的になる。
空回りばかりしてしまう自分。
情けなくて、不安で、溜息ばかりが出て来て、止まらない。
そんな私に向けて、聡は自転車を漕ぎながら軽く笑った。

「いいよ。姉ちゃんに迷惑掛けられるのは慣れてるしな」

「何だよ、もう……」

私は頬を膨らませてみるけど、言い返す言葉は無かった。
聡の言う通りだ。
私はいつも後先考えずに動いちゃって、人に迷惑を掛けてばかりだ。
友達だけじゃなく、弟の聡にだって……。
世界の終わりの直前のこんな夜道、
軽口を叩いているけど聡だって恐かったはずだ。
それなのに私を見付けて、駆け付けてくれるなんて、
私と違って本当によくできた弟だと思う。

「ごめん……な」

無力感が私の身体に広がりながら、消え入りそうな言葉で言った。
走り回って疲れ果てたせいもあるけど、勿論それだけじゃなかった。
世界の終わりまで残り四日。
日曜日は実質的に無いも等しい日だと聞いてるから、
普通通りに過ごせるのは土曜日が最後になる。
私はその土曜日を後悔なく過ごせるんだろうか。
最後のライブを悔いなくやり遂げられるんだろうか。
……今の状況じゃ、どう考えてもそれは無理そうだ。
だから、私は「ごめん」と言った。
「ごめん」としか言えなかった。
聡にだけじゃなく、何もしてやれない澪と梓に。
最後のライブを楽しみにしてるムギと唯に。
私を気に掛けてくれている全ての人に。

「おいおい、姉ちゃん。
そんなに落ち込まないでくれよ。俺、気にしてないしさ」

笑顔を消して、真剣な表情で聡が言ってくれる。
ふざけた感じじゃなくて、本気でそう思ってくれているみたいだった。
その様子が、私にはまた心苦しい。

「だけど……、聡にだって最後の日まで、
したい事や、それの準備なんかもあるだろ?
それをこんな……、私の考えなしの行動に時間を取られちゃって……。
そんなの……、いいわけないじゃんか……。
だから……」

「いいんだって。
だって、姉ちゃんだもんな。
そんな姉ちゃんでいいんだよ、俺」

「……どういう事?」

「姉ちゃんってさ。
自分に何か起こった時より、誰かに何か起こった時の方が心配そうな顔してるよな。
自分の事より、誰かの事を心配してるって思うんだよな。
だから、気が付いたら動いちゃってるんだよ、姉ちゃんは。
考えなしではあるけど、考えるより先に誰かの事を心配しちゃってるんだよ。
それってすごく馬鹿みたいだけど……、すごく嬉しいんだ」

何も言えない。
聡の言葉が正しいのかどうかは分からないし、
自分が何を考えて梓を追い掛けたのかも分からない。
聡が言ってくれるように、
梓の事が心配でそれ以上の事を考えられなかったのかもしれないし、
もしかしたらそうじゃない可能性もある。
でも、迷惑を掛けてばかりなのに、聡はそれを「すごく嬉しい」と言ってくれた。
それだけで私は救われた気になって、何だかとても安心できて、
気が付けば前でペダルを漕ぐ聡に手を回して、全身で抱き付いてしまっていた。
とてもそうしたい気分だった。

「ちょっと、姉ちゃん……。
くっ付くなよ、暑苦しいぞ……」

嫌がってるわけじゃない口振りで聡が呟く。
姉とは言っても、年の近い異性に抱き付かれて照れてるのかもしれない。
そんな反応をされてしまうと、私の方も少し恥ずかしくなってくる。
だけど、まだ聡から離れたくもなくて……。

「あててんだよ」

ちょっと上擦った声で、前に唯から流行ってると聞いた事のある漫画の台詞を言ってみる。
「あててんのよ」だったっけ?
まあ、いいか。
とにかく私は恥ずかしさを誤魔化すために、そうやってボケてみた。
だけど……。

「何をだよ」

と、そうやって聡が真顔で返すから、私は悔しくなって軽く聡の頭を小突いた。
「何すんだよ」と聡が非難の声を上げたけど、私はそれを無視した。
いや、自分でも分かってんだよ……。
最近、梓にすら追い抜かれそうで辛いんだよ……。
前に色々あって梓に胸を触られる事があった時、
これなら勝てると言わんばかりの表情を浮かべられた時の屈辱を私は忘れん。
流石に梓になら負ける事は無いだろう、と思いたいけど、
今じゃ化物レベルの澪だって中学の頃は私よりも小さかったんだ。
油断は出来ない。
豊胸のストレッチやら何やらは当てにならないけど、
少なくとも栄養だけは確実に摂取しておかないとな……。

そう思った瞬間、急に私のお腹が大きく鳴った。
考えてみれば、夕飯も食べてなかった。
夕食抜きで泣き疲れた上に三十分以上も走り回ったんだ。
そりゃ私のお腹も大声で鳴くよな。
仕方がない。それは必然的な生理現象なのである。
生理現象なのである……のに、振り向いた聡がとても嫌そうな顔で言った。

「うわー……。
姉とは言え、女の人のそんなでかい腹の音を聞きたくなかった……」

「うっさい。誰だって鳴る時は鳴るんだ。
澪だって、唯だって、ムギだって、梓だって鳴るんだ。
おまえの好きなアイドルのあの子だって、腹が減ったら腹が鳴るんだ」

「嘘だ!
春香さんはお腹を鳴らしたりなんかしない!」

「昭和のアイドルかよ……」

呆れて私が突っ込むと聡は小さく笑った。
どうやら冗談だったらしい。
流石にアイドルでもお腹を鳴らすという現実くらいは分かってたか。
それは何よりだ。たまに分かってない人もいるからなあ……。

そうして二人で小さく笑いながら、自転車で帰り道を走る。
たまに不満を口にしながらも、聡は後ろでくっ付く私を振り払いはしなかった。
私の好きにさせてくれるつもりなんだろう。
今更ながら、聡と二人乗りをするのはとても久し振りだと気付いた。
特に聡が漕ぐ方の二人乗りは初めてのはずだ。
聡も私を乗せて二人乗りできるくらいに成長したんだな、と何だか姉みたいな事を思ってしまう。
って、実際にも姉なんだけどさ。

「そういえば……」

不意に気になって、私は気になっていた事を訊ねる事にした。
少しだけ聡に回す手に力が入る。

「どうして私があんな所にいるって分かったんだ?」

「超能力だよ。
姉ちゃんも知ってるだろ?
双子には超常的なシンクロ能力が……」

「冗談はよせい。と言うか、私ら双子じゃねーし」

「はいはい、分かったって。
いや、部屋で漫画読んでたらさ、急に家の中がバタバタ騒々しくなったんだよ。
何かと思って部屋から出てみたら、姉ちゃんが家から出てくところじゃんか。
まるで親と喧嘩して家出してく娘みたいだったぞ?
それで一応、父さんに事情を聞いてみようと思って部屋に行ったら、父さんと母さん寝てたし……。
しかも、姉ちゃんに電話掛けようと思ったのに圏外だし……。
それで母さんのママチャリ借りて、姉ちゃんを追い掛けてきたんだよ。
結構捜し回ったんだぞ? 姉ちゃんって足速いよな」

「家出娘みたいだったか、私?」

「うん。とても必死で、何かに焦ってて、すごく泣きそうな顔に見えたし」

「……泣いてねーよ」

「見えたってだけだよ」

「泣きそうな顔に見えた……か」

弟の聡にそう見えたって事は、私は本当に泣きそうだったのかもしれない。
それは梓の事が心配だったからってのもあるんだろうけど、
これ以上、何かを無くしたくないっていう自己中心的な悲しみが原因でもあるような気もした。
聡は私が誰かを心配すると、考えるより先に動くと言ってくれた。
それは私自身もそう思わなくもないけど、
その心の奥底では誰かを失う事が恐くて、
自分が悲しみたくなくて、居ても立ってもいられなかっただけかもしれない。
勿論、そんな事を口に出す事はできなかった。

だけど……、それでも……。
聡は一人で怯えていた私の所に来てくれた。
それだけは本当に嬉しくて、私はまた全身で強く聡を抱き締めた。
そんな私の姿に、また聡が苦笑して言う。

「痛いよ、姉ちゃん」

「あててんだよ」

「肋骨を?」

「肋骨が当たったら、そりゃ痛いわな……。
って、何でやねん!」

「だから、冗談だって。
でも、何はともあれ、家に帰ったらゆっくり休めよ、姉ちゃん。
ライブやるんだろ? 体調管理も大事な仕事だぜ」

「ライブやるって伝えたっけ?」

「前にたまたま会った澪ちゃんに聞いたんだよ。
澪ちゃん、すごく楽しみにしてるみたいだった」

「澪ちゃん……ねえ」

「いや、澪さんな、澪さん!」

焦って聡が訂正する。別に恥ずかしがらなくてもいいのにな。
最近、聡は澪の事を『澪さん』と呼ぶようになった。
小学生の頃までは『澪ちゃん』と呼んでいたのだが、
中学生男子にとって、年上の女をちゃん付けで呼ぶのは抵抗があるものらしかった。
我が弟ながら、よく分からない所で繊細な男心だ。
いや、今はそれよりも……。

「そうか……。
あいつも楽しみにしてくれてるのか……」

私は声に出して呟いてしまっていた。
私だけじゃなく、聡もそう感じるって事は、
澪も本当に最後のライブを楽しみにしてくれてるんだろう。

「成功させたいな……」

本当に、成功させたい。
笑って、終わらせたい。
楽しみにしてくれてる皆の期待に応えたい。
そうして、最後に私達の結末を見せ付けたい。
世界に刻み込んでやりたい。
私達は軽音部でよかったんだと。
そのために越えなきゃいけない壁は大きいけど、
ライブを成功させたいのは自己中心的な理由ばかりかもしれないけど、
それでも……。

私の考えを感じ取ってくれたんだろうか。
不意に優しい声色になって、聡が言った。

「とにかく頑張ってくれよ、姉ちゃん。
ライブ、俺も観に行こうと思ってんだからさ」

「いいのか?」

「何だよ。俺が観に行っちゃ駄目なの?」

「いやいや、そうじゃなくて……。
実はさ、まだ確定じゃないけど、ライブは土曜日にやる予定なんだよ。
土曜日……、つまり世界の終わりの日の前日だぞ?
いいのかよ? 聡にだって予定があるんじゃないのか?」

「残念だが、無い!」

「うわっ、言い切りおった!
言い切りおったぞ、我が弟め!」

「実はさ、俺が世界が終わるまでにやりたかったのは、あのRPGのコンプリートなんだ。
いや、焦ったよ。始めたばかりの頃に『終末宣言』だったからさ。
大作RPGでコンプまで300時間は掛かるって聞いてたから、本気で頑張ったんだよ。
でも、それもこの前、鈴木と手分けして終わらせたから、後の予定は何もないんだ。
いや、本当はあったのかもしれないけど……」

「何かあったのか?」

「これ恥ずかしいから、あんまり言いたくないんだけど……」

「何だよ?」

「同じクラスの女子に告白したら、振られた。
だから、もう予定はないし、できる予定もないんだよな」

「あちゃー……」

言いたくない事まで言わせちゃっただろうか?
私は申し訳なくなって聡の顔を覗き込んだけど、
月明かりに照らされる聡の顔は何故かとても清々しく見えた。

「まあ、駄目で元々だったしさ。
告白できただけで十分……、なんて言うほど割り切れてはないけど、すっきりはしたよ。
だからさ、姉ちゃんのライブを観に行くよ。
鈴木達も予定無さそうだし、誘ってみる。
実は鈴木の奴、「おまえの姉ちゃん可愛いな」って言ってたから、多分姉ちゃんに気があるぞ?」

「マジな話?」

「うん。髪が長くてスタイルいいし、ツリ目な所も本当に可愛いって……」

「それ澪じゃねえか!」

「いや、実は姉ちゃんが澪さんと遊んでる時に見掛けた事があって、
「あれが俺の姉ちゃんなんだ」って鈴木に言ったら、
澪さんの方が俺の姉ちゃんだって勘違いされて、何となく訂正できなかった……」

「訂正しとこうぜ、そういう時は!」

「安心して。ライブの日に訂正しとくから」

「それ恥ずかしいの私じゃねえか!
やめてくれ……。
その鈴木君が幻滅した目で私を見るのが想像できる……」

げんなりと私が呟くと、本当に楽しそうに聡が笑った。
本当に生意気な弟だ。
でも、そんな所がやっぱり私の弟だな、って思えて、何だか私も笑えた。
これだけは『終末宣言』前からも変わらない私達の関係。
変わり行く世界で、変わらないものもあるんだ。
本当は私も変わらなきゃいけないのかもしれない。
でも、『変わらない』事がその時の私には嬉しかった。


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最終更新:2011年10月31日 21:01