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いきなり過ぎる。純ちゃんは何を言ってるんだ。
私は梓を苛めてない。苛めるはずなんかない。
でも、自信を持って「苛めてない」と言えない自分も確かにいた。
梓が軽音部に入って以来、私は小さな後輩ができた事が嬉しくて、
梓をいじったりからかってきたし、何度も迷惑を掛けてきたとも思う。
だけど、それは全部梓が可愛くてやってきた事だ。
梓の事が好きだから、からかいながら一緒に楽しみたかった。

梓はそれをどう思っていたんだろう?
やっぱり迷惑で頼りない部長だって思ってたんだろうか?
もしかしたら、自分は苛められてると思っていたのかもしれない。
だから、この時期になって、私から何度も逃げ出しているのかもしれない。
梓は私に苛められてると思ってたのかもしれない。
私に苛められてるって純ちゃんに相談したりもしてたのかもしれない。
……私は梓にどう思われてるんだ?
どんなに決心しても、結局は何度も考えてきた壁にぶち当たる。
無限に迷路を迷い続けてるみたいに、無限に何度も……。

「違うよ!」

唐突に廊下に大きな声が響いた。
私の声でも、純ちゃんの声でもない。
勿論、私と純ちゃんのやりとりを後ろから見ていたムギの声だった。
振り返って見てみると、ムギが今にも泣きそうな顔で胸の前で拳を握り締めていた。

「違うよ、純ちゃん……!
りっちゃんは梓ちゃんを苛めたりしてない。
苛めたりなんかしない!
りっちゃんは……、りっちゃんはとっても梓ちゃんの事を大切に思ってるもの!
りっちゃんは私達の自慢の部長なんだから……!
勿論、私だって梓ちゃんの事が大切で……。
だから……、だからね……、りっちゃんは……!」

それ以上、言葉にならない。
涙を堪えるので精一杯なんだ、って思った。
何だよ……。
ムギは世界が終わる事も我慢できるのに……、
それだけの強さがあるくせに……、
私の事なんかで泣きそうにならないでくれよ……。
涙を流しそうにならないでくれよ……。
でも、思った。
梓にどう思われてるのかは分からないけど、
少なくともムギは私をそういう風に見てくれてたんだって。
梓を大切にしてると思ってくれてたんだって。
こんなに皆に支えられてる私を自慢の部長だって思ってくれるんだって……。

だから、私は言った。
少なくともムギの前では自慢の部長でいられるように。

「私はさ、純ちゃん……。
これまで梓を苛めた気はこれっぽっちもないけど、梓にどう思われてるか分からない。
ひょっとしたら、梓の方は私の事を嫌な先輩だって思ってたのかも……。
でもさ、本当にそうだとしたら私は梓に謝るよ。
だって、私は梓が大切だし、梓にとっても自慢の部長になりたいからさ」

まったく……、私は何度も回り道をし過ぎだった。
どんなに決心しても、結局は何度も考えてきた壁にぶち当たる。
無限に迷路を迷い続けてるみたいに、無限に何度も……。
でも、発想の転換が得意なひらめきりっちゃんと言われる私とした事が、
どうしてこんなに単純な事に気が付かなかったんだろう。
無限に迷い続けて何度も壁にぶつかるなら、その壁を壊せばいいだけの事なんだ。
どう思われてるかなんて、結局は本人に聞くしかないんだ。
そして、今がその時だった。
いや、ひらめきりっちゃんって呼び名を考えたのも、今だけどな。

「ごめんな、何度も何度も……。
でも、もう大丈夫。大丈夫だよ。
無理もしてないし、落ち着いて梓と話せると思う。
もしも梓に本当に嫌われてたらさ……。
その時はムギが慰めてくれよな」

私は軽く微笑みながら、まだ泣きそうな顔をしてるムギの頭を撫でる。
私は本当に無力で、一人じゃ何もできない。
仲間がいなきゃ、何もできやしない。
でも、仲間がいるから……、もう大丈夫だと思う。
またいつか迷う事もあるだろうけど、その時もきっと仲間がいてくれるだろう。

「うん……。
うん……!」

泣きそうな顔で、ムギが笑う。
その顔を見て、ムギは本当に可愛いな、ってこんな時だけど私は思った。
可愛くて、無邪気で、優しくて、強くて……。
そんなムギが部員でいてくれて、よかった。

唇を引き締め、純ちゃんに視線を戻す。
上手く伝わったかは分からないけど、
私達の梓に対する想いが少しでも伝わってたらいいなと思う。
純ちゃんはもう少しだけ真剣な顔を崩さなかったけど、
いつしか安心したような笑顔になっていた。

「変な事を聞いてすみません、律先輩。
だけど、確かめておきたかったんです。
今日、私、最近の梓の様子が気になって学校に来たんですけど、
さっき廊下を泣きそうな顔で走ってく梓を見たんです。
私が声を掛けても、返事もしないですごい勢いで走り去って行きました。
すごく……辛そうな顔で走って行ったんです」

「確かめておきたかった……、って?」

「まさかとは思ったんですけど、
もしかしたら、梓は軽音部の皆さんに苛められてるんじゃないかって思ったんです。
そんな事はないって信じてます。
信じてましたけど……、あんな顔の梓を見るとどうしても不安になっちゃって……。
律先輩だけじゃなくて、ムギ先輩にも失礼な事をしてしまって……、本当にすみませんでした」

「ううん、いいの。
純ちゃんは本気で梓ちゃんを心配しててくれたんでしょ?
だから、いいの。
私の方こそ、大きな声を出しちゃってごめんね……」

ムギが申し訳なさそうに頭を下げる。
純ちゃんの方は少し動揺した表情になって、胸の前で手を振った。

「い、いえいえ!
失礼な事をしたのは私の方なんですから、謝らないで下さい。
悪いのは私の方なんで……!
でも……」

「でも?」

「苛めはないにしても、梓が悩んでるのは軽音部の事だと思うんです。
この一週間、梓の様子がおかしいのは皆さんも分かってると思います。
私もそれを何度か梓に訊ねてみたんですけど、
梓ってば辛そうに「大丈夫。何でもないから」って答えるんですよ。
何でもないはずないのに、梓ってば何を言ってるのよ、もう……!」

苛立たしそうに純ちゃんが地団太を踏む。
何も言わない梓に苛立ってるってのもあるんだろうけど、
そんな親友に何もしてあげられない自分にも苛立ってるんだろう。
これまでの私達がそうだったみたいに……。

だけど、そうなると梓は軽音部どころか、親友にも何も相談してないみたいだ。
この調子だと家族にも何も伝えずに、自分一人で悩みを抱え込んでるんだろう。
一体、何をそんなに悩んでるってんだ……。
って、そういやさっき純ちゃんが気になる事を言ってなかったか?
私はおずおずとそれを純ちゃんに訊ねてみる。

「なあ、純ちゃん。
梓の悩みが軽音部の事……、ってのは?」

「あ、いえ、確証はないんですけど、何となくそう思うんです。
私が軽音部の事を話題に出す度に、梓が本当に辛そうな顔をするんですよ。
梓、『終末宣言』の前から皆さんの卒業が近付いてるのが寂しいみたいで、たまに憂鬱そうでした。
最近の梓の様子は何だかその憂鬱が悪化したみたいに見えるんです。
私が軽音部の話をしようとすると、怯えてるみたいに小刻みに震え出すくらいなんです。
梓は必死にそれを私や憂に気付かれないようにしてるみたいですけど……」

「そっか……。
そりゃ確かに軽音部で苛めがあるんじゃないか、って純ちゃんが思っても仕方ないな。
でも、軽音部の事で、一体何の悩みがあるんだ……?
私の事が嫌いなら、もうそれでもいい。
だけど、話を聞く限りじゃ、どうもそんな程度の問題じゃなさそうだし……」

「梓はその何かを終焉よりも恐がってると思います。
梓にとって、終焉より、自分の死よりも恐い何かって、何なんでしょう……。
それもそれが軽音部の事でなんて……。
悔しいなあ……。こんな事ならもっと早く軽音部に入っておけばよかった……」

「純ちゃん、軽音部に入ってくれるつもりだったの?」

私が訊ねるより先に、ムギが言葉に出していた。
何だかその声色には喜びが混じってるような感じもする。
ムギの言葉に、純ちゃんは「しまったなあ」と呟いて苦笑した。

「梓には言わないで下さいよ?
実は私、皆さんが卒業した後、憂と一緒に軽音部に入部するつもりだったんです」

「憂ちゃんも?」

「はい。私が頼んだら憂は梓のためならって、快く引き受けてくれました。
私もジャズ研の事は惜しいですけど、やっぱり梓を放っておけませんから。
これ本当に梓には言わないで下さいよ?
こういうのは相手に知られないでやるのがカッコいいんですから」

照れ臭そうに純ちゃんが笑う。
梓もいい親友を持ったんだな、と嬉しくなってくる。
私の隣にいるムギも嬉しそうだ。
でも、その純ちゃんの笑顔が少しだけ曇った。

「まあ、終焉のせいで、その計画も無駄になっちゃいましたけどね……」

終焉……、世界の終わりは私達からあらゆるものを奪っていく。
計画や予定、未来を奪い去る。
だけど……。

「無駄にさせないよ」

私は言った。
まだ遅くはないはずだ。まだ間に合うはずなんだ。

「世界の終わりを止めるのは無理だけど、純ちゃんのその気持ちは絶対に無駄にしない。
軽音部に入ろうとしてくれてた事は秘密にするけど、
それくらい梓の事を思ってくれた親友がいた事だけは絶対に梓に伝える。
無駄にしちゃいけないんだ」

純ちゃんの瞳を覗き込んで、私は心の底から宣言する。
強がりじゃないし、純ちゃんのためでもない。
私がそうしたいと感じたいから、そうするんだ。

「カッコいい……」

不意に純ちゃんがそう呟いたけど、すぐにはっとして自分の口元を押さえる。
私は悪戯っぽく微笑み、照れた様子の純ちゃんの前で右手の親指を立てた。

「お、私に惚れ直したかい? 私に惚れると火傷するぜ?」

「え……、遠慮しときます! 私には澪先輩がいるんで!」

そりゃ残念だ、と私が頬を膨らませると、純ちゃんが小さく笑う。
それから聞き取るのが難しいくらい小さな声で、何かを呟いた。

「もう……、面白いなあ、律先輩は……。
本当に先輩なのかな、この人は……。
でも、そんな律先輩が梓も好きなんだよね……。
ちょっと悔しいけど、律先輩なら……」

「ん? どしたの?」

「律先輩。
実は私、梓が今どこにいるか知ってるんです」

「本当っ?」

「はい。梓を追い掛けて、どこに入っていくかも見届けましたから。
ここから距離はありませんし、まだそこにいるはずです。
でも……」

そこで言葉を止め、純ちゃんは人差し指を立てて凛々しい顔になった。
何だか年上のお姉さんのような仕種だった。

「最初に言っておきますよ?
これから私は先輩達に梓の居場所を教えます。
でも、それは先輩達に梓の事を任せるって事じゃありませんよ。
多分、梓の抱えてる悩みは軽音部の事だから、
私は先輩達に梓の居場所を教えてあげるんです。
軽音部の悩みじゃ、私には梓に何もしてあげられないじゃないですか。
だから、軽音部の問題は軽音部の皆さんで解決して下さい」

そう言った純ちゃんの頬は少し赤味を帯びていた。
梓の問題を私達に任せるのが悔しく、
同時にそれを素直に表現できない自分が恥ずかしいんだろう。
その気持ちは私にも分かる。
もしも澪が何かの悩みを抱えていて(今抱えてる悩みじゃなくて、あくまで仮の話で)、
それを解決できるのが自分じゃない誰かだったとしたら、私も悔しくて堪らないと思う。

気が付けば私は口を開いていた。
純ちゃんを気遣ったわけじゃなく、素直な気持ちが言葉になっていた。

「分かってるよ。任されたなんて思ってない。
そうだな……。
言うならこれは軽音部の私達と、梓の親友の純ちゃんの共同作業なんだ。
純ちゃんは軽音部の問題に口出しできないから、私達が梓と話をする。
私達は梓の悩みが軽音部の何かだって事を分かってなくて、それを教えてもらえた。
これから梓の居場所も教えてもらえるしな。
だからこれは、誰が欠けてもできない律ムギ純の共同作業なんだよ」

伝えるべき事は全て伝えたつもりだ。
純ちゃんがそれをどう受け取ったかは分からなかったけど、
しばらくして純ちゃんは困った顔で微笑んでくれた。

「律ムギ純って……。
他に言い方なかったんですか?」

「え? 駄目だった?
私的に会心の出来だったんだけど……」

「全然駄目ですよ。カッコよくないです。
でも、共同作業って言葉は気に入りました。
意外とやりますね、律先輩」

「意外とってどゆことかなー……」

手を伸ばして、純ちゃんのモコモコしたツインテールをくしゃくしゃに弄ってやる。
癖毛を弄るのはあんまり好ましいと思われないだろう事だったけど、
純ちゃんは梓がたまに見せる甘えたような表情を見せた。
こう見えて、純ちゃんもやっぱり後輩なんだな。

「最後に一つだけ聞きたい事があります」

私にツインテールを弄られながら、純ちゃんが真顔で私とムギの顔を見渡して言った。

「先輩達は梓の事をどう思ってるんですか?」

「大切な仲間だ!」

「大事な後輩よ!」

私とムギの答えが重なる。
流石に一言一句同じとはいかなかったけど、二人の想いは一緒みたいだった。
私達の答えを聞いて、純ちゃんは満足そうに頷く。

「分かりました。これから梓の居場所を教えます。
軽音部の部室で待ってますから……、
絶対に笑顔の梓を連れて帰って来て下さいよ?」

「当然だ!」

「勿論!」

また私とムギの言葉が重なって、純ちゃんが嬉しそうに笑った。


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最終更新:2011年10月31日 22:34