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朝、私達は三人で軽音部の部室でお茶を飲んでいた。
純ちゃんは居ない。
登校後、純ちゃんは私達と別れ、ジャズ研の部室に向かっていた。
ジャズ研も最後のライブを開催するから、そのための練習に行くらしい。
こんな時期に純ちゃんが登校してた理由は、ある意味で私達と同じだったってわけだ。
しかも、純ちゃんが言うには、そのライブは純ちゃんを中心に行われるんだそうだ。
そりゃほとんど毎日登校してるはずだよ。
ジャズ研のライブの開催は金曜日の午後。
会場は講堂らしく、もう既に使用届の提出もしているそうだ。
どの部も考える事は同じってわけだな。
世界の終わりに反抗したいのは、別に私達だけってわけじゃない。
私達のしている事は、何も特別な事じゃないんだ。
やっぱり皆、最後に何かを残したいんだと思う。
それは形として残るものじゃないけど、それでも何かを残そうとする事は無駄じゃないはず。

いや、私としては、別にその行為が無駄でも構わない。
私達はこれまで放課後を無駄に過ごして来た。
軽音部を設立して、たまに練習はするけど、ほとんどの時間をお喋りに費やして、
合宿に行っては遊んで、休日にはやっぱり雑談に花を咲かせて、それを梓や澪に怒られたりして……。
正直、音楽にまっしぐらに生きて来れたなんて、冗談でも口に出せない。
一言で言えば、私達にとっての放課後のほとんどは、人生の無駄遣いだったんだよな。
だけど、それでよかったと思う。
無駄だけど、楽しかった。
辛い事も少しはあったけど、皆と出会えて、最高に面白かった。
退屈する暇なんてないくらい、充実した無駄な時間を過ごせた。
その無駄が、私にとってすごく大切なものになったんだ。
だから、私達の最後のライブが無駄な行為でも、私は全然構わない。

それよりも気になるのは、やっぱり純ちゃんのライブの方だ。
純ちゃんの演奏は何度か聴いた事はあった。
でも、これまでの純ちゃんの演奏は、
ジャズ研の先輩達の伴奏的なパートである事が多く、
純ちゃん自身の本当の実力はいまいち掴みづらかった。
相当に練習を積んでるみたいだし、かなり上手い方だと思うんだけど、
伴奏的に演奏するのとメインで演奏するのでは、印象もかなり違ってくるだろう。
これは是非ともジャズ研のライブを観に行かなきゃいけない。
純ちゃんも私達のライブを観に来てくれるんだから、
私達もジャズ研のライブを観に行くのが礼儀ってもんだ。
それに新入部員(予定)の真の実力を把握しておくってのも、部長の大事な仕事だしな。

でも、何よりジャズ研のライブが観たい理由は、
今更だけど純ちゃん自身に興味が出始めたってのが一番かもしれない。
これまでは単なる梓の友達としてしか見てなかったんだけど、
昨日見せてくれた心から梓を心配する純ちゃんの姿がすごく印象的だった。
単なる友達なんかじゃない。
純ちゃんは梓の親友で、深く繋がってる仲間なんだなって思った。
単純だけど、私はそんな理由で純ちゃんに興味を持った。
それに梓の仲間だってんなら、私達の仲間でもあるってもんだ。
新しいお仲間としては、しっかりと相手の事を知っておかなきゃな。

「どうしたんですか、律先輩?」

ムギの淹れてくれたFTGFO何とかって紅茶を飲みながら、梓が首を傾げた。
新しい軽音部の仲間が増えた事が嬉しかったせいか、私の顔が緩んでしまっていたらしい。
「何でもないよ」と私は首を振ったけど、
私の席の斜め向かいに座ってるムギはその私の誤魔化しを見逃してくれなかった。

「でも、りっちゃん、すごく嬉しそうよ?
何か素敵な事でもあったの?
言いたくないなら仕方ないけど、よかったら教えてほしいな」

ムギにそう言われちゃ、教えないわけにはいかなかった。
そもそも、隠し通さなきゃいけない事でもない。
私は自分の笑顔の理由をムギ達に伝える事にした。

「いや、昨日も話した事なんだけど、
純ちゃんが軽音部の新入部員を見つけてくれたってのが嬉しくてさ。
ついつい顔が緩んじゃったわけですよ、部長としては」

完全に真実ってわけじゃないけど、嘘を吐いてるわけでもない。
深く話せない事情を知ってるムギは、それを察して柔らかい笑顔を浮かべてくれた。

「そうよね。それって本当に素敵な事よね。
りっちゃんが笑顔になっちゃうのも分かるな。
私だって、嬉しくて自分が笑顔になっちゃうのを抑えられないもの。
……でも、純ちゃんってすごい子だよね。
私達があんなに探しても見つからなかったのに、新入部員を二人も見つけてくれるなんて……。
すごいなあ……、新入部員かあ……。
ねえ、梓ちゃんは新入部員ってどんな子だと思う?
どんな子だったら嬉しい?」

「え、私ですか……?
どんな子でも嬉しいですし、想像もできませんけど……。
そうですね……。
できればムギ先輩みたいな子か、それが無理なら大人しい子だと嬉しいです。
ムギ先輩みたいに気配りのできる子だと私も安心できますし、
大人しい子なら私でも色々と教えてあげられるんじゃないかって思うんです。
逆に活発な子や、私を振り回すような子はちょっと……」

そこで言葉を止めた梓は、わざとらしくチラチラと私の方を見た。
その目は明らかに私を挑発していた。
確実に私の突っ込みを待っていた。
こいつ……、誘ってやがる……。
そこまでされちゃ、私の方としても突っ込む事に関してやぶさかじゃない。
私は机を軽く掌で叩いてから、大声で言ってやる。

「それって私みたいな子はノーサンキューって事かよ!」

「別に律先輩みたいな子とは一言も言ってませんよ」

「いや、言ってただろ! 私の方を見てもいただろ!」

「知りません。律先輩の自意識過剰じゃないんですか?」

「おい中野! コラ中野!
いい加減にしないと、ガラスの様なハートを持った部長が泣いちゃうぞ中野!」

「律先輩のは強化ガラスの様なハートだから、大丈夫なんじゃないですか?」

「強化ガラスでも、割れないだけでヒビは入るんだぞ!」

「あ、強化ガラスって自分で認めましたね、律先輩」

「中野ー!」

言葉だけだと辛辣な言い争いっぽいけど、私と梓の顔は笑っていた。
ふざけ合っているのはお互いが承知の上での言い争いなんだ。
昨日から梓の発言はいつもに増して生意気になっていた。
ムギ達と私の部屋に泊まった時も、何度梓が生意気な発言をしたか数え切れない。
でも、それは私に対して反骨心を持ち始めたからの発言じゃない。
いや、反骨心が無いとは言い切れないけど、どちらかと言えば甘えに近い発言に思える。
長く不安を抱えてた反動もあるんだろう。
梓は私に憎まれ口を叩く事で、これまでの勿体無かった時間を取り戻してるんだと思う。
好きな子にちょっかいを出して相手の興味を引いて甘える……。
そんな小学生みたいな行動が、梓の愛情表現の一つなんだろうな。
梓がその愛情表現を私に示してくれるのは勿論嬉しいんだけど、
これまた昨日からそんな私達を妙に嬉しそうに見守るムギの視線が気になるのは私だけか?
何か非常に生暖かい視線を感じるんだが……。

「なあ、ムギ……?」

どうにも気になって、
頬に手を当てて私達を見つめるムギに声を掛けてみたけど、
残念ながらムギは私達を見つめたまま何の反応も見せなかった。
どうやら何かに夢中になり過ぎて、私の声が聞こえてないらしい。
超うっとりしてる。
と言うか、そういや久々に見たな、こんなムギ。
一年の頃は頻繁に見せてた姿だけど、二年に上がってからは、
他の事に興味を持ち始めたのか、単に誤魔化し方が上手くなったのか、
こんなうっとりした感じのムギの姿を見せる事は少なくなっていた。

「あの……、律先輩……?」

流石に妙過ぎるムギの姿が気になり始めたんだろう。
梓が不安そうに私の方に視線を向けた。

「ムギ先輩、どうしたんですか?
何だかうっとりしてるみたいに見えますけど……」

一年の頃のムギの姿を知らない梓だ。
私以上に妙な様子の今のムギを不審に……、じゃなくて、不安に思うのも無理はなかった。
しかし、このムギの姿をどう説明したらいいのか、私自身にもよく分からん。
私は頭を掻きながら、どうにか梓に上手く伝えるふりはしてみる。

「別に心配はないんだけど、
いや、なんつーか……、ムギってそういうのが好きな人なんだよ。
最近はあんまりそんな様子もなかったけど、どうも突発的に再発しちゃったみたいだな……」

「そういうのが好き……って、どういうのが好きなんですか?」

「えーっと……、だな……。
「女の子同士っていいな」っつーか……、
「本人達がよければいい」っつーか……、
ムギってそういうのが好きなんだよ。どんと来いなんだよ。
ほら、アレだ。みなまで言わせるな」

「女の子同士……?」

私の言葉を反芻するみたいに梓が呟く。
流石にすぐに理解できる事じゃないだろうし、いきなり理解されたらそっちの方が嫌だ。
十秒くらい経っただろうか。
私の言葉の意味を理解したらしい梓が目に見えて慌て始めた。

「えっ? あの……、えっ?
私と律先輩が……?
女の子同士の関係に……? ええっ?
私は別に……、そんなつもりじゃ……。
でも……」

理解してくれたのは嬉しいが、梓の動揺は私の予想とは違う原因のようだった。
見る限り、どうやら梓はムギが女の子同士の関係が好きな事よりも、
梓と私がムギにそんな関係として見られてるって事に動揺してるらしい。
そっちかよ。
まあ、流石に私に気があるって事は無いにしても、
意外と梓自身も女の子同士の関係に興味があるって事なのかもしれない。
同性の幼馴染みに告白されて、そいつの恋人になろうとした私に言えた事じゃないけど……。
澪の事を思い出して、私は少しだけ視線を伏せてしまう。
もうすぐ私は澪と一日ぶりに再会する。
それはすごく不安な事だけど、でも、それは澪と再会してから考えればいい事だ。
私はもうあの時の自分の涙の理由を分かってるんだ。
後はそれを澪に伝えるだけでいい。

軽く梓に視線を戻してみる。
決心を固めた私の視線を違う意味の視線と勘違いしたのか(何とは言わないけど)、
挙動不審に周囲に視線を散漫とさせながら、梓が早口に捲し立てるみたいに言った。

「そ……、そういえば、唯先輩達遅いですね!
一日空いちゃったから、唯先輩達に会えるの楽しみです!
二人とも今日は来てくれるんですよね?」

こいつ誤魔化した。
焦って誤魔化した。
いや、まあ、別にいいけど。

それに唯達が学校に来てくれるか気になるのも本音ではあるんだろう。
誤魔化して振ってきた話題ではあるけど、
そう言った梓の顔はやっぱりまだ不安そうに見えた。

「ああ、心配しなくても大丈夫だぞ、梓。
昨日ちゃんと確認しといたしさ」

言いながら、私はポケットから自分の携帯電話を取り出す。
テレビや電話を含め、電波障害は昨日の夕方辺りには無くなっていた。
紀美さんの言葉じゃないけど、多分、電波職人さんのおかげなんだろう。
まあ、本当に電波職人さんのおかげかどうか分かんないし、
そもそも電波職人さんってどんな仕事の人達の事を指すのか不明だけど、
とにかく電波の復旧に関わってくれた人がいるなら、その全員に感謝したい。

ただ、電波が復旧したとは言っても、電話が繋がりにくい状態には変わりがなかった。
そんな状態で唯達に連絡を取るのも、いつ切れるか不安でもどかしいだけだ。
だから、私は電波の繋がりがよさそうな時間を見計らって(単なる勘だけど)、
唯と澪に梓の悩んでたのはキーホルダーを失くしたからだったって事、
でも、私達が梓と話し合って、その梓の不安をどうにか晴らしてやれた事、
その二つの用件だけを簡潔に書いた短いメールを出した。
詳しい事は直接会って話せばいい事……、
いや、直接会って話した方がいい事だからな。

唯と澪もその私の気持ちを分かってくれたのか、
私の送信からしばらく後に二人から短い返信が届いた。
返信の内容は『ありがとう。明日は絶対学校に行くから』って、二人とも大体そんな感じだったかな。
だから、大丈夫。梓が不安になる必要はない。
二人とも約束を守ってくれるタイプなんだし、
形や対応はそれぞれ違ってても、梓の事を心配してたのは確かなんだから。

「心配するなって。
大体、まだ十時にもなってないじゃんか。
今日早く目が覚めちゃったからって、私達が来るのが早過ぎただけだよ。
ほら、昨日唯達からのメールもしっかり届いてる」

私は唯達からの返信メールを開いて、隣に座ってる梓に見せる。
受信メールを人に見せるなんて本当はマナー違反だけど、
不安になってる梓になら唯達もきっと許してくれるだろう。
梓もマナー違反だって事は分かってるんだろう。
申し訳なさそうな顔をしながら、
私の見せたメールを早々と読んで、すぐに私の携帯から目を逸らした。

「すみません、律先輩。
先輩達の事を信じるって言ったのに、まだ不安がっちゃって。
駄目ですよね、こんなんじゃ……」

「心配するなって言ってるだろ?
唯達がキーホルダーや今までの態度の事で梓を怒るとは思わないけど、
万が一おまえを怒るようなら私も一緒に謝るよ。
部員の不祥事は部長も謝るのが筋ってもんだしさ。
それに謝るのは慣れてんだよな、私」

「それ自慢になってませんよ、律先輩……。
でも、ありがとうございます。
もう……、大丈夫です。
唯先輩も澪先輩も優しいから、私を怒らないんじゃないかって思います。
だけど、私、しっかり謝りたいです。
よりにもよってこんな時に、迷惑掛けちゃったのは確かですから。
だから、謝らないといけないって思います。心から謝りたいんです。
それでやっと、私……、また軽音部の部員に戻れるんだって、そう思います」

そこまで決心できてるんなら、大丈夫だろう。
私は強い光を灯した梓の瞳を見つめながら、軽く微笑んで頷いた。
誰だって自分の失敗を認めて、謝るのは不安になる。
私だって梓と同じ不安を胸に抱えてる。
私もこれから澪に会って、謝らなきゃいけないからな。
とても不安で、今にも逃げ出したいけど……、
でも、梓も私も逃げないし、逃げたくない。
それこそ私達が私達のままでいるために必要な事だからだ。

何となく視線をやってみると、
いつの間にか素に戻っていたムギが真剣な目を私達に向けていた。
これから謝らなきゃいけない私達を見守っててくれるつもりなんだろう。
ありがとな、と胸の内だけでムギに囁いて、私もこれからの事に覚悟を決めた。

急に。
手に持った携帯のバイブが振動し始めた。
突然の事に驚いた私は、少し焦りながら携帯の画面を確認するとメールが一件届いていた。
覚悟を決めたばかりで情けないけど、こういう不測の事態くらいは焦らせてくれ。
急に鳴ったら焦るだろ、普通。
まあ、それはともかく。
当然の事だけど、確認してみた画面には見慣れた名前が表示されていた。
それは問題なかったんだけど、その差出人のメールの内容が問題だった。
いや、別に不自然な事が書いてあるわけじゃない。
メールの内容自体は誰でも一度は受けた事があるはずの内容だ。

でも、そのメールは不自然だったんだ。
結構長い付き合いになるけど、
あいつからこんな内容のメールを受け取るのは私も初めてだった。
特に傍に梓が居る事が分かってるはずなのに、
私だけにこんなメールを送って来るなんて、不自然を通り越して不審なくらいだ。
一体、どうしたっていうんだよ、あいつは……。
その不審なメールの差出人は唯。
メールの内容は『今から三年二組の教室で二人きりで会いたい』というものだった。


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最終更新:2011年10月31日 22:42