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妙な所で耳聡い奴だ。
聞き流してもいい所だったと思うけど、唯にとっては聞き逃せない話なのかもしれない。
そういえばメールで梓が家に泊まった事は書いてなかったしな。
別に隠さなきゃいけない話でもないし、私は正直に唯に説明する事にした。

「いや、昨日、梓が私の家に泊まりに来たんだよ。
私が誘ったからってのもあるけど、梓も私と話したい事がまだまだあったみたいでさ。
キーホルダーの事で、この一週間、ろくに話もできなかったしな。
だから、少しでもその時間が取り戻せればって、私も思ってさ。それで……」

「ずるいよ、りっちゃん!」

「いや、ずるいっておまえ……」

「私だってまだあずにゃんとお泊まり会なんてした事ないのにー!
しかも、『私の部屋』って事は、りっちゃんの部屋に泊まったって事だよね?
ずるいずるい! 私も私の部屋であずにゃんとお泊まり会したいー!
あずにゃんとパジャマパーティーしたいー!
あずにゃんとパジャマフェスティバルしたいー!」

「落ち着け」

軽音部で梓と一番仲がいいのは多分唯だ。
それを考えると、梓は誰より先に唯の部屋にこそ泊まりに行くべきだったんだろう。
実際に梓は、憂ちゃんの部屋には何回か泊まりに行った事があるらしい。
ただ唯のこの様子を見ると、梓じゃなくても唯の部屋に泊まるのは若干躊躇うな。
何をされるか分からんぞ。
その意味では、梓は賢明だったとも言えるかもしれん。
念のため、私は唯にそれを訊ねてみる。

「一つ訊いておくが、
その梓とのパジャマフェスティバルとやらで何する気だ」

「別に何も変な事はしません!
猫耳付けてもらったり、お風呂に一緒に入ったり、
私のベッドで一緒に寝たりしてもらうだけなのです!」

「それが既に変な事だという事に気付こう」

「えー……。
憂にはたまにやってもらってる事なのに……」

「そうか……。
おまえと憂ちゃんの関係に関してはもう何も言わんが、それを梓に求めるのはやめてやれ。
妹と後輩は違うものだからな。
違うものに同じ行為を求めるのは、お互いを不幸にするだけだぞ……」

「りっちゃんが珍しく知的な発言をしてる……」

「珍しくとは何だ!」

少し声を強くしてから、私は両手で唯の頬を包み込む。
それから指で唯の頬を掴むと、
「おしおきだべー」と言いながら外側に力強く引っ張った。

「いひゃい、いひゃいー……!
ごへんなさいー……!」

そうやって痛がりながらも、唯の表情は笑っているように見えた。
私が両側に頬を引っ張ってからでもあるんだけど、
それを前提として考えても、やっぱり唯の顔は嬉しそうに微笑んでるように見えた。
唯をおしおきしながら、私も気付けば笑顔になっていた。
これが軽音部なんだよなあ……、って何となく嬉しくなってくる。
いや、世間一般の軽音部とは大幅に違ってるとは思うけど、
こういうのこそが私達で作り上げた、私達だけの軽音部なんだ。

「もーっ……。
ひどいよ、りっちゃん。
お嫁に行く前の大切な身体に何してくれるの?」

十秒くらい後に頬を指から解放してやると、
唯は自分の頬を擦りながら軽い恨み事を口にした。

「心配するなって。
四十過ぎてもお嫁に行けてなかったら、私が責任取ってやるよ」

「えっ、りっちゃんがお嫁に貰ってくれるの?」

「いや、聡に嫁がせてやる。
そして私は小姑として、田井中家嫁の唯さんをいびってやるのだ。
あら、唯さん。このお味噌汁、お塩が濃過ぎるんじゃありませんこと?」

「りっちゃんの弟のお嫁さんか……。
それもありかもー」

「ありなのかよ!」

「いやー、りっちゃんの家族になるのって何か楽しそうだしー。
それに、そうなると私がりっちゃんの妹になるんだよね?
りっちゃんの事をお姉ちゃんって呼ばなきゃだよね。
ね、お姉ちゃん」

「自分で振っといて何だが、もうこの話題やめにしないか。
何つーか、それ無理……。
唯にお姉ちゃんって呼ばれるとか、正直無理……」

「あっ、お姉ちゃん、赤くなってるー」

「だから、やめい!」

また私が軽くチョップを繰り出すと、
唯が楽しそうに笑いながら頭でそれを受け止める。
もう何が何やら……。
色々と悩んでた事もあったはずだけど、
軽音部の仲間と居ると、特に唯と居ると悩みが何もかも吹き飛んじゃう感じだ。
簡単に言うと唯が空気を読めてないだけなんだろうけど、
世界の終わり直前の空気ってのは本当は読む必要なんてないのかもしれない。
唯と居るとそんな気がしてくるから不思議だった。
私は溢れ出る笑顔を止められないまま、笑顔で続ける。

「もういいから、早く音楽室に行こうぜ。
梓もムギもそろそろ待ちくたびれてる頃だよ。
それに心配しなくても大丈夫だぞ、唯。
昨日は別に梓と二人きりでパジャマフェスティバルをしたわけじゃないんだ。
ムギと純ちゃんも泊まりに来て、四人でお喋りしてたんだよ。
梓と二人きりのパジャマフェスティバルは、今度おまえが存分にやればいい」

「そうなんだ……。
それもちょっと残念かなー。
あずにゃんとりっちゃんが、
私の知らない所でラブラブになったのかと思って楽しみにしてたのに……」

「おまえは一体、何を求めてるんだ……。
まあ、とにかく、そんなわけで早く戻ろうぜ。
私なんか誤魔化して出て来ちゃったわけだから、そろそろ不審に思われてるだろうしさ」

「そういえば、どうやって誤魔化して出て来たの?」

「『そろそろ唯か澪が来る頃だろうから、ちょっと校門まで見に行ってくる』ってさ。
澪はまだ来てないけど、今からおまえと一緒に戻れば嘘にはならないだろ。
過去を捏造する事で有名な私ではあるけど、
ネタ無しでの誤魔化しや捏造は意外と心苦しいんだよ。
私ってば結構善良で臆病な小市民だからさ」

「どうもご迷惑をお掛けしました、りっちゃん隊長」

「分かればよろしい、唯隊員」

「あ、でも、迷惑掛けついでに最後に一つだけ訊きたいんだけど、いいかな?」

「何だね、唯隊員」

「あずにゃん、どうやって納得してくれたのかなって。
キーホルダーを失くして、一週間も捜し回ってて、
そのキーホルダーはまだ見つかってないんだよね?
でも、あずにゃんはりっちゃんのおかげで、キーホルダーを失くした悩みが解決したんでしょ?
私、それを一番聞きたくて、りっちゃんに教室に来てもらったんだ……」

そう言った唯の表情は、今まで見た事が無いくらいに真剣だった。
一番聞きたかったってのも、本心からの言葉なんだろう。
だったら、私にできるのは唯の言葉に真剣に答えてやる事だけだ。

「別に私のおかげじゃないよ、唯。
梓は私達を信じてくれたんだ。言葉に出すのは少し照れ臭いけど、私達の絆ってやつをさ。
梓はキーホルダーっていう形のある思い出じゃなくて、
形が無くて目にも見えない私達の思い出や絆を信じてくれる気になってくれたんだ。
私は梓がそれを信じられるように、ほんの少し梓の背中を押してあげただけ。
その絆を私自身も信じようと思っただけなんだ。
私にできたのはそれだけの事で、それを信じられたのは梓自身が強かったからだよ」

「そっか……。
でも、それならやっぱりあずにゃんが安心できたのは、りっちゃんのおかげだよ。
形が無いものを信じさせてあげられるなんて、すごく大変な事だよ?
やっぱり、りっちゃんはすごいなあ……。流石は部長だよね……。
だって……」

「だって……?」

私が呟くと、唯は机に掛けていた自分の鞄の中にゆっくりと手を突っ込んだ。
それから鞄の中にある何かを探し当てると、おもむろにそれを私に手渡した。
何かと思い、手渡されたそれに私は視線を向ける。

「写真……か?」

自分自身に確かめるみたいに呟く。
いや、確かめるまでもない。唯が私に手渡したのは、確かに写真だった。
軽音部の皆が写った一枚の写真。
写真を撮るのが好きな澪が所属してる我が軽音部だ。
部員の皆が写った写真は別に珍しくも何ともないけど、その写真は何処か不自然な写真だった。
その写真の中では、私だけ前に出てておでこしか写ってなくて、唯、澪、ムギは後ろで三人で並んでいる。
勿論、部員皆の写真なんだから、梓もその写真の中に居た。
でも、その梓の姿だけが不自然に浮いている。
空気や雰囲気的な意味で浮いてるんじゃなく、梓の上半身だけが本当の意味で宙に浮いていた。
別に心霊写真ってわけじゃない。
私達四人が写った写真に、別撮りの梓の写真を貼り付けてるってだけの話だ。
つまり、単純な合成写真ってやつだ。

「私ね……」

私がじっくりとその写真を見つめていると、不意に唯が囁くみたいに喋り始めた。

「昨日、憂とその写真を作ったんだ……。
あずにゃんの悩みが何なのかは分からないけど、
離れてたって私達はずっと一緒だよ、ってそれを伝えようと思って……。
別々に撮った写真でも、こんな風に一緒に居られるみたいにねって。
でも、この写真、もう無駄になっちゃったかな……?」

そこでようやく私は唯が寂しそうな顔をしてる本当の理由に気付いた。
自分が間違えた事を言ったとは思っちゃいないけど、
ある意味で私の言葉は失言だったのかもしれない。
私が私で梓の悩みに向き合ってる時に、
唯も別の方法で梓の悩みに向き合おうとしてた。
目指した場所は一緒だけど、二人の選んだ道は別々で、
しかも、ほんの少しのタイミングの問題で、
私の選んだ道が梓の悩みを晴らしてあげられる結果になった。
梓が形の無い絆を信じてくれる結果になった。
唯の選んだ道も間違っていないのに、
結果的には唯の選んだ方法は私と正反対になってしまっていたんだ。
だから、唯はほんの少し寂しそうなのかもしれない。
私を羨ましく思ってしまうのかもしれない。

でも、羨ましいと思ってしまうのは、私も一緒だ。
私は手を伸ばして、唯の頬を軽く撫でる。

「何言ってんだよ、唯。
思い出の品が必要なくなっちゃうなんて、そりゃ極論だろ。
形の無いものを信じるのは大切な事だけどさ、形があるものだって大事だよ。
何のためにお土産があるんだ。何のために世界遺産は残ってるんだ。
自分達のしてきた事を形として残したいからじゃんか。
自分達の思い出を目に見える形にしておきたいからじゃんか。
私達だって、旅行先だけじゃなく、
撮る必要がほとんど無い時でもたくさん写真を撮ってたのは、
思い出を形にしておきたかったからだろ?
色んな事を忘れたくなかったからだろ?
だからさ、おまえの作った写真は無駄にはなんないよ。
梓もきっと喜ぶ。
キーホルダーの代わりってわけにはいかないだろうけど、
新しいおまえとの絆として大切にしてくれるよ」

「でも……、ううん、そうだよね……。
あずにゃん、喜んでくれるよね……。
ごめんね。私、りっちゃんの事が羨ましかったんだ。
私が考えてたのより、ずっと素敵な方法であずにゃんを支えてあげられるなんて、
すっごく羨ましくて、ちょっと悔しかったんだ……。
あずにゃんの事、ずっと見て来たつもりだったのに、
あずにゃんの事でりっちゃんに先を越されちゃったから……。
それが悔しくて、それを悔しがっちゃう自分が、何だか一番悔しかったんだよね……。
ごめんね、りっちゃん……」

「馬鹿、私だっておまえの事が羨ましかったよ、唯」

「私の事が……?」

うん、と私は唯の言葉に頷く。
選んだ道は違うけど、違うからこそ羨ましかった。
私には唯とは違う方法で梓を支える事ができた。
でも、唯は私とは違う、私には思いも寄らない方法で梓を支えようとしてた。
それが羨ましくて、ちょっと悔しくて、とても嬉しい。

「特に何だよ、おまえ。
こんな写真作っちゃってさ……、カッコいいじゃんかよ。
何、カッコいい事やってんだよ、唯。
ホント言うとさ、私なんか、梓の前でオロオロしてただけだったんだぜ?
梓の悩みが何か分からなくて、梓の悩みを探る事ばかり考えてた。
でも、違ったんだな。他の方法もたくさんあったんだよな。
梓の悩みが何なのか分からなくても、
おまえみたいな方法で支えてやる事だってできたんだ。
新しい思い出で、悩みを一緒に抱えてやる事だって……。
私はそれを思い付かなかった自分が悔しいし、それを思い付けたおまえが羨ましいよ。
だから、お相子だな。
私もおまえも、自分にできない事をしたお互いが羨ましいんだ。
悔しい事は悔しいけどさ、今はそれを嬉しく思おうぜ。
二人とも梓の事を真剣に考えて、別々の解決策を見つけられたんだからな。
それってすごい事じゃないか?」

「すごい……かな。
ううん、すごいよね。
後輩を助けてあげられる方法を先輩が別々に二つも思い付くなんて、
そんなに大切に思われてるなんて……、あずにゃんの人徳ってすごいよね!」

「そっちかよ。
……でも、確かにそうだな。
生意気だけどさ、そんなあいつが大切だから、私達も一生懸命になれたんだよな。
あいつが居なきゃ、私も私でいい部長を目指せなかったかもしれない。
その意味では梓に感謝しなきゃな」

「りっちゃんは最初から私達の素敵な部長だよ。
勿論、澪ちゃんやムギちゃんも素敵な仲間だもん。
やっぱり軽音部のメンバーは誰一人欠けちゃいけない素敵な仲間達だよね」

「あんがとさん。
おまえこそ、素敵な部員だよ、唯。
そもそもおまえが居ないと軽音部は廃部になってたわけだしな。
そういう世知辛い意味でも、私達は誰一人欠けちゃいけない仲間だ」

「それを言っちゃおしまいだよ、りっちゃん……」

笑いながら「まあな」と言って、唯に手渡された写真にまた目を下ろす。
いつ撮った写真かは思い出せないけど、若干写真の中の私達の姿が今よりも若く見えた。
大体、梓抜きで集合写真を撮る事なんて、
二年生になってからはほとんどなかったはずだから、
この写真は私達が一年生の頃に撮った写真なんだろう。
合成された梓の写真も多分梓が一年生の頃の写真に違いない。
いや、梓の写真の方は自信が無いけど。
梓ってば、中身はともかく、外見が全然変わってないからなあ……。

しかし、それより気になるのは写真の中の私の姿だ。
唯達は並んで仲睦まじそうに写ってるのに、何故だか私だけおでこしか写っていない。
いや、前に出過ぎた私が悪いのは分かってるけど、何となく納得がいかなかった。
私は腕を組み、頬を膨らませながら唯に文句を言ってみる。

「ところで唯ちゅわん。
どうして私だけ顔も写ってないこんな写真を選んだのかしらん?
もっと他にいい写真があったんじゃないのかしらん?」

「えー、いいじゃん。
だって、この写真が一番私達らしいって思ったんだもん。
りっちゃんだって、一番りっちゃんらしく写ってるよ?」

「私らしい……か?」

「うん!」


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最終更新:2011年10月31日 22:45