自信満々に唯が頷く。
その様子を見る限り、少なくとも冗談でこの写真を選んだわけじゃなさそうだ。
「りっちゃんらしい」って、そう言われちゃ私の方としても何も言えなくなる。
恥ずかしながら、確かに私らしいとは自分で思わなくもないし……。
仕方が無い。
唯だって真剣にこの写真を選んだんだろう。
納得はいかんが、これが私達らしい姿だってんなら、私もそれをそのまま受け入れよう。
でも、まだ納得できない……と言うより、もう一つだけ分からない疑問が残っていた。

「それで、唯?
何でこの写真は私達が一年生の頃の写真なんだ?
梓の写真はいいとして、私達が一年の頃の写真じゃなくても他に色々あっただろ?」

「分かってないね、りっちゃん。
これはね、私達とあずにゃんが違う学年で産まれて来ちゃって、
学校で同じ行事を過ごす事はできなかったし、私達が先に卒業もしちゃうけど……。
だけど、学年は違っても、
この写真みたいに心は一緒に居る事ができるからって、
いつまでも仲間だからって、そういう意味を込めて作った写真なんだよ」

「おー、すげー……」

「……って、憂が言ってました!」

「私の言ったすげーを返せ!」

声を張り上げながら、私は妙に納得もしていた。
考えてみれば、憂ちゃんも梓と同じく後に残される立場だ。
妹だから当たり前だけど、憂ちゃんは梓以上に何回も唯に取り残されてきたんだ。
その寂しさを知ってる憂ちゃんだからこそ、
梓の事を心配できたし、梓が一番喜ぶだろう写真の選択もできたんだろうな。

まったく……、梓の奴が何だか羨ましいな。
憂ちゃんにも純ちゃんにも心配されて、
軽音部の皆から気に掛けられて……、それだけ誰からも大切にされてるって事なんだろうな。
私は少しだけ苦笑して、手に持っていた写真を唯に返す。

「さ、そろそろ本当に帰ろうぜ。
その写真、早く梓に渡してやれ。きっと喜ぶぞ。
憂ちゃんが言ってた云々は……、まあ、おまえが言いたければ言えばいいんじゃないか。
色々と台無しな気もするが、それはそれで唯らしいしな」

言ってから、私は和の席から立ち上がろうとして……、
急に唯に制服の袖を引かれた。
何かと思って目をやると、
「ほい」と言いながら唯が写真を私にまた渡そうとしていた。

「何だよ、私にその写真を梓に渡させる気か?
そんなの駄目だよ。
おまえ自身が梓に手渡す事に意味があるんだからさ」

諭すみたいに私が言うと、急に真剣な表情になった唯が頭を横に振った。
その唯の表情はこれまでのどの表情よりも寂しそうに見えた。

「違うよ、りっちゃん。
あずにゃんに渡す写真はちゃんとあるから大丈夫。
憂がパソコンで何枚も作ってくれたから、あずにゃんにはそっちを渡すよ。
だからね、その写真はね……、りっちゃんのなんだよ?」

「私……の……?」

「りっちゃんも私達の仲間でしょ?
それとも……、私達といつまでも仲間で居たくない?
高校生活が終わったら……、
ううん、おしまいの日が来たら、私達の仲間関係はおしまいになっちゃうの?」

「そんな事……、あるわけないだろ……?
私達はいつまでも仲間だよ、唯……」

「……だよね?
だから、私はりっちゃんにもこの写真を持ってて欲しいんだ。
実はね、この写真、あずにゃんのためだけじゃなくて、
りっちゃんにも渡したくて作ったんだよ?」

予想外の唯の言葉に、私は何も言えなくなる。
これまで考えてもなかった展開に、自分の胸の音が大きくなっていくのを感じる。
唯は寂しそうに微笑んだまま、続ける。

「りっちゃんさ……、最近、すっごく悩んでたでしょ?
あずにゃんの事もだけど、他にも多分色んな事で……。
分かるよ。最近のりっちゃん、すごく辛そうだったもん。
勿論、あずにゃんの事は心配だったけど、私はりっちゃんの事も心配だったんだ。
あずにゃんと同じくらい、りっちゃんの事も大切だから……」

別に嫌われてると思ってたわけじゃないけど、唯の発言は衝撃的だった。
唯は一緒に居ると楽しくて、すごく大切な友達だけど、
そんな風に考えていてくれるなんて思ってなかった。
私の事をそんなに見てくれてるなんて、考えてなかった。
考えるのが恐かった。
だって、そうだろ?
仲がいいと思ってる友達の中での自分の位置がどれくらいかなんて、恐くてとても考えられない。
だから、私はその辺について深く考えないようにしてた。
梓の件でだって、例え梓に嫌われてても、自分が梓を大切に思ってればそれでいいんだと思ってた。
私が誰かの大切な存在になれるだなんて、そう思うのは自意識過剰な気がしてできなかった。

でも、唯は私の事を、私が思う以上に見てくれていた。
私の事を大切だと言ってくれた。
それだけの事で、胸の高鳴りが止まらない。
言葉に詰まる。
泣いてしまいそうだ。
そうして何も言わない私を不安に思ったのか、唯が自信なさげに呟く。

「私、軽音部の部長でいてくれたりっちゃんにすごく感謝してるんだ。
りっちゃんが居なきゃ音楽を始める事なんてなかったと思うし、
澪ちゃんや、ムギちゃん、あずにゃんやギー太とだって会えてなかったと思う。
私の高校生活、本当に楽しかったのはりっちゃんのおかげなんだ。
だからね、私はりっちゃんの事が大好きだよ。
大好きだから心配で……、とっても心配で……。
でも、今日久し振りに元気そうなりっちゃんを見られて、すごく嬉しかった。
りっちゃんは……、どう?
私にこんな風に思われて、迷惑じゃない?」

迷惑なわけがない。
でも、口を開けば泣いてしまいそうで、言葉にできない。
写真を受け取ってから私は和の席にまた座り込んで、
今にも涙が流れそうになりながらも、それでも唯の瞳だけはまっすぐに見つめる。
これだけで唯に伝わるだろうか?
泣いてしまいそうなほど嬉しい私の想いを伝える事はできただろうか?

誰からも大切に思われてないって思ってたわけじゃない。
それほど悲観的な考え方はしてないつもりだ。
でも、暴走しがちで皆に迷惑ばかりかけてる私が、こんな私が大切に思われてるなんて……。
それが、こんなにも、嬉しい。

それを気付かせてくれたのは唯だ。
唯は単純で、正直で、普通なら照れて言い出せない事でも平然と言い放つ子で……。
そんなまっすぐに感情や想いを表現してくれる子だから、唯の言葉には何の嘘も無い事が分かる。
唯以外の皆も私の事を考えてくれてるって気付ける。
私達はいつまでも仲間なんだって、確信できる。

「迷惑じゃ……ない。あり……」

やっぱり言葉にならない。
自分の想いを言葉にして伝えられない。
でも……。
唯は嬉しそうにいつもの笑顔を浮かべて、私の右手を両手で包んでくれた。




唯には先に部室に行ってもらって、私は少しだけ教室に残る事にした。
胸が詰まって、皆の前には顔を出せそうになかったからだ。
まだ泣いてるわけじゃないけど、ちょっとした事で大声で泣き出してしまいそうだ。
それは悲しみの涙じゃないけれど、皆の前で見せるのはちょっと恥ずかしかった。
ネタや悲しい涙ならともかく、
嬉しさから出る涙はあんまり人前で見せたいもんじゃないからな。

今頃、唯は謝る梓を笑って許して、いつもと変わらず梓に抱き付いてる事だろう。
いや、いつもとは言ってみたけど、そういえばこの一週間、唯は梓に抱き付いてない気がする。
梓が悩む姿を見せるようになってから、多分、一度も抱き付いてないはずだ。
自由に見える唯だって、空気が読めないわけじゃない。
梓が笑顔を取り戻せるようになってからじゃないと抱き付けなかったんだろう。
だから、唯は今、笑顔を取り戻した梓に存分に抱き付き、強く抱き締めてるに違いない。
これまで抱き付けなかった分、そりゃもう強く、強く……。
梓もそんな唯の姿に安心して、私と同じように嬉しさの涙を流しそうになってるかもな。

もしかしたら、唯だけじゃなく、ムギも梓に抱き付いてるかもしれない。
ムギだって梓の事を心配してたんだし、ムギが梓に抱き付いちゃいけないなんて決まりも無い。
唯が嬉しそうに梓に抱き付いてるのを見ると、私だってたまに梓に抱き付きたくなるもんな。
三人はそうして、今まで心を通わせられなかった時間を取り戻してるはずだ。
世界の終わりを間近にして、それでもギリギリでいつもの自分達を取り戻す事ができるはずだ。

できれば私もその場に居たかったけど、そういうわけにもいかなかった。
それは三人に涙をあんまり見せたくないからでもあったけど、
それ以上に私には最後に伝えなきゃいけない答えがまだあったからだ。
梓の悩みをきっかけに、私達放課後ティータイムは深く自分達の事について考えられた。
長い時間が掛かったけど、皆がそれぞれの答えを出して、
それぞれが世界の終わりに向き合って、どう生きていくか決める事ができた。
変な話だけど、梓が悩んでくれた事で、私達はまた強く一つになれたんだと思う。
だから、私がこれから伝えなきゃいけないのは、単なる個人的な問題の答えだ。
別にその答えがどんなものでも、私達が放課後ティータイムである事は変わらない。
必ず伝える必要がある答えでもない。
答えを伝えなくても、曖昧なままでも、私だけじゃなく、
あいつだって最後まで笑顔のまま、放課後ティータイムの一員でいられるはずだ。
曖昧なままで終わらせてもいい私達の最後の個人的な問題。
それはそれで一つの選択肢だけど、私はそれをしたくはなかった。
馬鹿みたいな答えしか出せてないけど、私はあいつにそれを伝えたい。
それが、私と私達が、最後まで私と私達でいられるって事だから。

だからこそ、私は教室に残ったんだ。
二人の関係にとりあえずでも、結論を出してみせるために。
予感があった。
いや、予感と言うより、経験則って言った方が正しいかもしれない。
経験則ってのは、経験から導き出せるようになった法則って意味でよかったはずだ。
その意味で合ってるとして、私はその経験則から教室に残った。
あいつは登校した後、間違いなく最初にここに来る。
部室に顔を出すより先に、私と二人きりで会おうとする。
皆の前で笑顔でいられるために、最初に私と話をしておきたいって考える。
それで何処に私を呼びだそうか考えるために、とりあえず教室に足を踏み入れるはずだ。
……って私が考えるだろう事を、あいつは分かってる。
分かってるから、今、あいつは自分を待つ私に会いに教室に向かっている。
そうして教室に向かって来るあいつを、私は待つ。
そんな風に私達はお互いが何を考えているか分かってしまっている。痛いくらいに。
だから、待つ。
心を静め、高鳴る胸を抑えて、自分の席に座ってその時をじっと待つ。
多分、その時はもうすぐそこにまで迫ってる。

それから数分も経たないうちに。
耳が憶えてるあいつの足音が近付いて、
教室の扉が開いて、
少し震えた声が、
教室に響いた。

「……おはよう、律」

ほら……、な。
私は立ち上がり、声の方向に視線を向ける。
震えそうになる自分の声を抑えながら、言った。

「よっ、澪。
……久しぶり」


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最終更新:2011年10月31日 22:47