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伝えたくない言葉だった。
けれど、伝えたい言葉だった。
これが偽りの無い、澪に対する私の本音だ。
澪と恋人になるのは悪くないと思えた。
悪くないけれど……、良くもないって思ったんだ。
私は澪の告白が嬉しかった。澪と恋人になりたいと思った。安心できるって思えた。

でも、同時に思い出したんだ。
澪と自分の唇を重ねる直前、自分が涙を流したのを。
ほとんど同時に澪も泣き出してしまっていたのを。
長い事、私は私の涙の理由が分からなかった。
澪の涙の理由も分からなかった。
今はもうその涙の理由を確信している。
確信できたのは、軽音部の皆と話せたからだ。
唯もムギも梓も、苦しみながら、悩みながらも同じ答えを出していた。
皆が同じ答えを出していて、私の答えもそうなんだって気付けた。
だからこそ、あの時は泣いてしまってたんだ、私も、澪も。
世界の終わりが間近だからって、その選択だけはしちゃいけなかったんだ。
いや、しちゃいけないわけじゃないか。
選択したくなかったんだ、簡単な選択肢を。

「澪の告白は嬉しかった。
嬉しかったんだ、本当に……」

私は言葉を続ける。
どうしようもなく我儘な私の答えを澪に伝えるために。
上手く伝えられるかどうかは自信が無いけど、
少なくとも私が何を考えているかだけは分かってもらえるために。

「澪の事は好きだ。
澪はずっと傍に居てくれたし、一緒に居るとすごく楽しい。
そんな澪と恋人になれたら、どれだけ楽になれるかって思うよ。
でも、今の私達にそういうのは違う。違うと思う。

気付いたんだ。
一昨日、私が澪と恋人になろうとしたのは、世界の終わりから逃げたかったからなんだって。
澪と恋人になれば、世界の終わりの事なんて考えずに、澪と二人で笑顔で死ねるって思った。
自分の不安から目を逸らすために、私は澪を利用しようと思っちゃってたんだよ。
世界の終わりが近いんだし、そういう生き方も間違ってないんだろうけど……。
嫌だ。私は嫌なんだよ。澪をそんな風に利用したくなんかないんだよ……。
大切な幼馴染みを、そんな扱いにしたくないんだ。
今更……、今更な答えだと思うけど……、それが私の答えなんだよ」

澪は何も言わない。
私の瞳を真正面から見つめて、ただ私の言葉を黙って聞いている。
澪が何を考えているのかは分からない。
でも、少なくとも、私の言っている事の意味は分かってるはずだと思う。
澪は頭がいいし、一昨日、私と同じように涙を流したんだ。
澪も心の何処かでは、私と同じ答えを出していたはずなんだ。
私達は今、恋人同士にはなれないんだって。

「何度でも言うよ。
私は澪の事が好きで、傍に居たい。澪が本当に大切なんだ。
でも、それは恋人同士としてって意味とは違う。
一昨日、私はおまえと恋人同士になろうと思って、
雰囲気に流されるままにキス……しようとして、気が付けば泣いてた。
あの時はその涙の理由が分からなかったけど、今なら分かるよ。
急に澪と恋人になるなんて、何かが違うって心の何処かで分かってたからなんだ。
そんなの私達らしくないって気付いてたからなんだ。
だから、私はそれが悲しくて泣いちゃってたんだ……」

「私達らしくない……かな」

澪が久しぶりに口を開いて呟いた。
それは反論じゃなくて、純粋な疑問を言葉にしてるって感じの口調だった。
私はゆっくりと首を縦に振って頷く。

「うん……。私達らしくないと思う……。
澪もそれを分かってたから、あの時、泣いてたんだろ?
少なくとも、あの時、私はそういう理由で泣いたんだ。
私達が私達でなくなる気がして、それが嫌だったんだと思う。
軽音部の皆と話しててさ、思ったんだ。
唯もムギも梓も、世界の終わりを目の前にした今でも、これまでの自分で居たがってた。
皆、世界が終わるからって、自分の生き方を変えたくないんだ。

それは私達も同じなんだよ、澪。
もうすぐ死ぬからって、死ぬ事を自覚したからって、急に生き方を変えてどうするってんだよ。
そんなの、今まで私達がやってきた事を否定するって事じゃんか。
あの楽しかった時間全部を無駄だったって決め付けるって事じゃんか。
私達が私達じゃなくなるって事じゃんか。
嫌だ。そんなの嫌だ。私はそんなのは嫌なんだよ……」

私の想いは伝えた。
すごく不安だったけれど、とりあえずは私の考えを伝える事ができた。
多分、澪も私の言う事を分かってくれたはずだ。
いや、最初から分かってたのかもしれない。
分かってたけど、それを認めたくなかっただけなんだろう。

「でもさ、律……」

不意に澪が小さく呟いた。
少しだけ辛そうに、でも、自分の想いを強く心に抱いたみたいに。

「終末から目を逸らしたいって意味があったのは、否定しないよ。
逃げようとしてたのは確かだと思う。
でもね……。
それでも、私は律と恋人になりたいと思ってたんだよ?
女同士だからそんなのは無理だって分かってたけど、でも……。
ずっと前から、私は律の事が……」

それも嘘の無い澪の想いなんだろうと私は思う。
世界の終わりから目を逸らすための手段だとしても、
完全に何の気も無い相手に恋心をぶつける事なんて澪は絶対にしない。
『終末宣言』の前から、澪は少しだけ私の事を恋愛対象として好きでいてくれたんだろう。
でも、それは私にとって急な話で……、
澪の事は好きだけど、澪と恋人になるっては発展し過ぎた話で……。
だから、私は自分でも馬鹿だと思う答えを澪に伝える事にした。
この答えを聞けば、多分、誰もが私を馬鹿だと思うだろうし、私自身もかなりそう思う。
だけど、それこそが私に出せた一番の答えだし、私の中で一番正直な想いだから……。
私は、
その答えを、
澪に伝えるんだ。

「女同士なんて私には無理だよ、澪……。
親友に急にそんな事を言われたって、
いきなり恋愛対象として見る事なんてできないよ……。
最初は恋人になろうとしておいて本当に悪いけど、無理なんだよ……」

ひどく胸が痛む言葉。
伝えている方も、伝えられる方も傷付くだけの辛い言葉だった。
私の言葉を聞いた澪は、自分の席にゆっくりと座り込んだ。
机に肘を着いて、絞り出すみたいにどうにか呟く。

「そっか……。
そうだよな……。迷惑だった……よな……。
ごめん……な、律……。
私が勝手に律を好きになって……、こんな時期に戸惑わせちゃって……。
本当に……ごめ……」

最後の方は言葉になってなかった。
澪の声は掠れて、涙声みたいになっていた。
多分、本当は泣きそうで仕方が無いんだろう。
それでも私に涙を見せないようにしてるんだろう。
もう私の負担になりたくないから。
もう私を戸惑わせたりしたくないから……。

だけど、私は澪に伝えなきゃいけない事がまだあった。
澪を余計に傷付けるだけかもしれないけど、それも私の本音だったから。

「まったく……、本当に迷惑だよ。
こんなに私を迷わせて、私を戸惑わせて、
もうすぐ世界の終わりが来るってのに、こんなに私の心を揺らして……。
おまえって奴はさ……」

「ごめ……ん。り……つ……。
ごめん……なさ……」

「おかげでまた考えなくちゃいけない事ができちゃったじゃないか」

「え……っ?」

「私がおまえの事を恋愛対象として好きになれるかって事をさ」

「り……つ……?」

「私は澪と恋人にはなれないよ。今は……さ。
だって、そうじゃん?
おまえと知り合ってから大体十年くらいだけど、
その十年間、おまえとは幼馴染みで、ずっと親友で、
そんな奴をいきなり恋人だと思えってのは無理があるだろ、そりゃ。

実を言うとさ、
澪が私の事を好きなんじゃないかって思う事もたまにはあったけど、
そんな自意識過剰な事ばっか考えてられないし、確信が無かったから気にしないようにしてた。
でも、世界の終わり……終末がきっかけだったとしても、おまえは私に告白してくれただろ?
おまえが私とどういう関係になりたいのか、私はそこで初めて知ったって事だ。
おまえとは長い付き合いだけどさ、
私とおまえが恋人になるかどうかを考えるスタートラインは、私にとってはそこだったんだ。
それがまだ一昨日の話なんだぜ?

だから、考えさせてほしいんだよ、澪。
考える時間が無いのは分かってるし、どんなに頑張っても三日後までに出る答えでもない。
だけど、時間が無いからって、焦っておまえとの関係を結論付けるのだけは嫌なんだ。
それだけは嫌なんだ。絶対に絶対に嫌なんだ。
そんな適当にこれまでのおまえとの関係を終わらせたくないんだよ。
馬鹿みたいだし、実際に馬鹿なんだろうけどさ……、
その答えを出せるまで、私達は友達以上恋人未満って関係にしてくれないか?」

私はそうして、抱えていた想いの全てを澪にぶつける事ができた。
これが私の出せた我儘で馬鹿な答え。
馬鹿だけど、嘘偽りの無い私らしい答えだ。
正直、こんな答えを聞かされた澪の身としては、たまったもんじゃないだろうと自分でも思う。
世界の終わりが近いのに、何を悠長な話をしてるんだって怒られても仕方が無い。
怒ってくれても、構わない。
でも、焦って結論を出す事だけは、
これまでの私達を捨てる事だけは、絶対に間違ってると私は思うから。
だから、これが私の答えなんだ。

「それじゃ……」

澪が震える声で喋り始める。
目の端に涙を滲ませながら。

「それじゃ少年漫画みたいじゃないか、律……」

そうして澪は、泣きながら、笑った。
これまでの辛そうな顔じゃなくて、
呆れながら私を見守ってくれてた少し困ったような笑顔で。
私も苦笑しながら、小さく頭を掻いた。

「しょうがないだろ?
私は少女漫画より少年漫画の方をよく読んでるんだから。
でも、確かに友達以上恋人未満って関係は、少年漫画の方が多いよな。
少女漫画は一巻から主人公達が付き合ってたりするもんな。

だから、勘違いするなよ、澪。
私が言ってるのは、そういう少年漫画的な意味での友達以上恋人未満の関係だからな。
付き合うつもりが無い相手を期待させるだけの便利な言葉を使ってるわけじゃないからな?
私が澪となりたい友達以上恋人未満ってのは、恋人になる一段階前っつーか……。
恋人になる前に、何度もデートを重ねてお互いの想いを確かめ合ってる関係っつーか……。
ごめん。上手く言えてないな、私……」

「……大丈夫。分かってるよ、律。
私を期待させるだけ期待させて便利に使うなんて、
そんな器用な事ができるタイプじゃないもんな、律は。
それにさ、律の表情を見てると、
私との事を本気で考えてくれてるんだって、分かるよ……。
同情や慰めで私と恋人になるんじゃなくて、
終末から目を背けるために恋人との蜜月に逃げ込むわけでもない。
律はただ私の想いをまっすぐに受け止めようとしてるんだって分かるんだ。
心の底から、私との関係を考えようとしてくれてるんだって……。
そんな律だから、私はさ……」

そこで言葉が止まって、また澪の瞳から涙がこぼれた。
でも、それは単なる悲しみの涙じゃない。
涙を流しながらも見せた澪の顔は、これまで見た事が無いくらい晴れやかな笑顔だった。

「やだな、もう……。
涙が止まらないよ、律……。
恥ずかしいよな、こんなに涙を流しちゃって……」

「いいよ。どれだけ泣いたっていい。
恥ずかしがらなくても、いいんだよ。
こう言うのも変だけど、今の澪の顔、すっげー綺麗だよ」

それは私の口から自然に出た言葉だった。
泣きながら笑って、笑いながら泣いて、
すごく矛盾してるけど、そんな澪の表情は見惚れてしまいそうになるくらい綺麗だった。
だから、私の言葉は何の飾りも無い私の本音だった。
……んだが、気が付けば、私の頭頂部が澪の拳骨に殴られていた。
さっきまで座ってたくせに、わざわざ一瞬のうちに立ち上がって、私の頭を殴ったわけだ。

「何をするだァーッ!」

私の方もわざわざ誤植まで再現して、澪に文句を言ってやる。
いや、マジでかなり痛かったぞ、今のは。
これくらい言ってやっても罰は当たらないだろう。ネタだし。
だけど、澪の奴は顔を赤くして、あたふたした様子で私の言葉に反論を始めた。

「だ……、だって律が恥ずかしい事を言うから……!
すごい綺麗とか……、真顔でそんな恥ずかしい冗談を言うな!
こんな時にそんな事言われたら、冗談でもびっくりするじゃないか……!」

「いや、別に冗談じゃなかったんだが……って、あぅんっ!」

最後まで言う前にまた澪に叩かれ、私は妙な声を出してしまう。
自分で言うのも何だが、「あぅんっ!」は我ながら気持ちの悪い声だったな……。
それはともかく、本音を言ってるのに、
どうして私はこんなに叩かれないとならんのか。

「何をするんだァーッ!」

今度は誤植を訂正して澪に文句を言ってみる。
あの漫画を読んでない澪がそのネタに気付くはずもなく、
顔を赤くどころか真紅に染めて、更に動揺した口振りで澪が続けた。

「だから……、そんな恥ずかしい冗談はやめろって……!
どうしたらいいか、分からなくなっちゃうじゃないか……!
やめてよ、もう……!」

「恥ずかしい冗談って、おまえな……。
これくらいの事で恥ずかしがっててどうすんだよ。
恋人同士ってのは、もっと恥ずかしい事をするもんなんだぞ」

呆れ顔で私が返すと、澪はまた自分の椅子に座って、黙り込んでしまった。
顔を赤く染めたまま、視線をあっちこっちに動かしている。
どうも澪の許容できる恥ずかしさの限界を超えてしまったみたいな様子だ。
その瞬間、私は気が付いたね、澪が変な事を考えてるんだって。

「おい、澪。おまえ今、変な事考えてるだろー?」

「へ、変な事って何だよ……」

「私が言う恋人同士の恥ずかしい事ってのは、
夕陽の下で愛を語り合ったり、「君の瞳に乾杯」って言ったり、
そういう背中が痒くなるような恥ずかしい事って意味だぜ?
今、おまえが考えてる恥ずかしい事って、そういうのじゃないだろ?
例えば、そうだな……。
前に見たオカルト研の中の二人みたいな事、想像してただろ?
いやーん、澪ちゃんのエッチ」

「なっ……、か、からかうなよ、馬鹿律!」

叫ぶみたいに言いながら、澪が自分の拳骨を振り上げる。
もう一度拳骨が飛んで来るかと思ったけど、
澪はそうせずに、拳骨を振り上げたままで軽く吹き出した。
それはこれまでの笑顔とは違って、面白くて仕方が無いって表情だった。
微笑みながら、澪が嬉しそうに続ける。


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最終更新:2011年10月31日 22:50