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「何か……、こういうのってすごく久しぶり……。
そんなに前の話じゃないはずなのに、懐かしい感じまでしてくるよ。
何だか、嬉しい。
律の言ってた事が、何となく実感できる気もするな。
多分だけどさ、
もし一昨日に私達があのまま恋人になってたら、今みたいに笑ってられなかった気がする。
今までの私達とは、全然違う私達になってた気がする。
律にはそれが分かってたんだな……」

「そんな大層な意味で言ったわけじゃないけどさ……。
でも、私はそれが嫌だったんだと思うよ。
勿論、恋人同士になって、
全然違う自分達になるのも悪くはないんだろうし、
そういう恋人関係もあるんだろうけど……。
私は澪とはそういう関係になりたくなかった。

もしもいつか私達が恋人になるんだとしても、
これまでの幼馴染みの関係の延長みたいな感じで私は澪と付き合いたい。
それこそ少年漫画みたいにさ。
よくあるじゃん?
十年以上連載して、長く意識し合ってた幼馴染みが、
最終回付近でようやく恋人になるみたいな、そんな感じでさ……。
それでその幼馴染みを知ってる仲間達から、
「あいつら本当に付き合い始めたのか? これまでと全然変わってないぞ」とか言われたりするわけだ」

「ベタな展開だよな」

「誰がベタ子さんやねん!」

「いや、ベタ子さんとは言ってないけど……」

「私は澪とそんなベタな関係になりたいんだけど……、
澪は嫌じゃないか?」

少し不安になって、囁くように訊ねてみる。
これは完全に私の自分勝手な我儘なんだ。
これまでの澪との関係をもっと大事にしたい。
いつか恋人になるんだとしても、澪との関係に焦って結論を出したくないって我儘だ。
だから、それについての答えを、私は澪自身の口から聞きたかった。
どんな答えだろうと、それを澪に言ってほしかったんだ。

「嫌じゃないよ」

いつも見せる困ったような笑顔で、
いつも私を見守ってくれてる笑顔で、澪は小さく言ってくれた。

「嫌なわけないよ。
律がそんな真剣に私の事を考えてくれるなんて、それだけですごく嬉しいんだ。
焦って今までの私達の関係を壊しそうになってた私を、律が止めてくれたんだから。
一昨日、もしも律が私を恋人にしてくれてたとしても、今頃きっと後悔してた。
そうして後悔しながら、終末を迎えてたと思うよ。
だから……、私は律とこれから友達以上恋人未満の関係になりたいよ」

そう言った澪の本当の気持ちがどうだったのかは分からない。
女性は何でも結論を急ぎたがる、って感じの言葉を聞いた事がある。
確かにそうだと私も思わなくもない。
少女漫画なんか、特にその傾向があるような気がする。
さっき澪に言った事だけど、少女漫画は一巻から主人公達が付き合ってる事が多い。
こんなの少年漫画じゃ考えられない事だよな。
それくらい女の子達は(いや、私も女の子だけど)、曖昧な関係に満足できないんだ。
早く結婚するのも、自分から結婚を迫るのも、女性の方が遥かに多いみたいだし。
迷うくらいなら、とにかく早く結論を出して、とりあえずでも安心したい子が多いんだ。
それが女の子の本音なんだろうと思う。

私はどっちかと言うと少年漫画を読む方だし、
弟がいるせいか考え方もちょっと男子っぽいかな、って自分でも思う。
それで澪との結論を急ぎたくなかったのかもしれない。

だけど、昔から女の子っぽい性格の澪は、
強がってはいるけど、その実は誰よりも女の子な澪は、
私の答えを本当はどう思っていたんだろうか……。
本当はやっぱり私とすぐにでも恋人になりたかったんじゃないだろうか。
傷の舐め合いみたいな関係だとしても、
世界の終わりまで安心していたかったんじゃないだろうか。
そう考えると、私の胸が痛いくらい悲鳴を上げてしまう。

でも。
それはもう考えても意味の無い事だった。
本音が何であれ、澪は私の考えと想いを受け止めてくれた。
私と友達以上恋人未満の関係になると言ってくれた。
私にできるのは、その澪の気持ちに感謝して、
これからの澪との事を心から真剣に考える事だけだ。

「週二だ」

私は澪の前で指を二本立てて、不敵に笑った。

「え? 何が?」

「だから、週二だよ、澪。
今週はライブで忙しいから、来週から週二でデートするぞ。
覚悟しろよ。色んな場所に付き合ってもらうからな。
勿論、単に遊びにいくわけじゃない。
友達以上恋人未満ってのを意識して、恋人みたいなデートを重ねるんだ。
そこんとこ、よく覚えとけよ」

来週の約束……。
恐らくは果たせない約束……。
でも、その約束は私の心に、ほんの少しの希望を持たせてくれて……。

「ああ、分かったよ、律。
来週から週二でデートしよう。
私達、友達以上恋人未満だもんな。
……言っとくけど、遅刻するなよ?」

屈託の無い笑顔で、澪が左手の小指を私の前に差し出す。
「わーってるって」と言いながら、私は自分の小指を澪の小指に重ねる。
願わくば、この約束が本当に果たせるように。




かなり長い間、二人で視線を合わせながら小指を絡ませていたけど、
いつまでもそのままでいるわけにもいかなかった。
二人で名残惜しく指切りを終えて、
それから私は澪が書き終えたと言っていた新曲の歌詞を見せてもらう事にした。

新曲の歌詞はこれまでの甘々な感じとは違って、
ロックってほどじゃないけど、少し硬派な感じの歌詞に仕上がっていた。
確かにこれまでとは違う感じの歌詞にしたいと言ってたけど、
まさかこんなに普段と印象の違う歌詞を澪が仕上げて来るとは思わなかった。
過去じゃなくて、未来でもなくて、
今を生きる、今をまだ生きている私達を象徴したみたいな歌詞……。
残された時間が少ない私達の『現在』を表現した歌……。
頭の中で、ムギの曲と澪の歌詞を融合させてみる。
悪くない。
……いや、すごくいい曲だと思う。
これまでの私達の曲とはかなり印象が違うけど、これもこれで私達の曲だと思えるから不思議だ。
早く皆と合わせて、澪の歌声を聴きながらこの曲を演奏したい。
ただ、激しい曲なだけに、私の技術と体力が保つかどうかが少し不安だけどな。
まあ、その辺は何とか気力と勢いでカバーするという事で。

はやる気持ちを抑えて、肩を並べて二人で音楽室に向かう。
音楽室まで短い距離、私達はどちらともなく手を伸ばして、軽く手を繋いだ。
お互いの指を絡め合うほど深く手を繋げたわけじゃない。
流石にそれはまだ恥ずかし過ぎるし、
例え私が澪とそうやって手を繋ごうとしても、澪の方が真っ赤になっちゃってた事だろう。
だから、私達は本当に軽く手を繋いだだけ。
二人の手を軽く重ねて、軽く握り合っただけだった。
でも、それがとても心地良くて、嬉しい。
それが『現在』の私達の距離。
友達以上で、恋人未満の距離。
背伸びをしない、恋愛関係に逃げ込んでもいない、極自然な距離なんだ。

もしも世界が終わらず、これからも続いていったとして、
私と澪が本当に恋人になるのかどうかは分からない。
単なる友達じゃないのは間違いないけど、
それを単純に恋愛感情に繋げるのはあんまりにも急ぎ過ぎだろう。
それこそ私達は女同士だし、私が女の子相手に恋心を抱けるかも分からない。
もしかしたら、友達以上恋人未満を続けていく内に、
お互いに自分の恋心は勘違いか何かだったと気付くのかもしれない。
でも、私の幼馴染みを……、
澪を大切にしたい事だけは、私の中でずっと前から変わらない事実だ。
多分、訪れない未来、例え私達が恋人同士になれなかったとしても、
私は澪と一生友達でいるだろうし、澪も私の傍で笑っていてくれるだろう。
先の事は何も分からないけど、その想いと願いだけは私の中で変えずにいたい。

音楽室に辿り着く直前、
澪が繋いでいた手を放そうとしたけど、私はその澪の手を放さなかった。
友達以上恋人未満って関係はまだ皆には内緒にしとこうとは思う。
でも、二人で手を繋いで音楽室に入るくらいなら問題ないはずだ。
特に何処まで分かっているのか、
唯とムギは私達の関係を心配してくれていたから、
これくらいアピールした方が二人にも分かりやすいはずだ。
私達はもう大丈夫なんだって。
軽音部の問題は、今の所だけどこれで全部解決したんだって。
何の心配もなく、最後のライブに臨めるんだって……な。

隣の澪は顔を赤くしてたけど、
音楽室に入った私達を待っていたのは、私達以上に仲が良さそうな二人だった。
言うまでもなく、唯と梓の事だ。
私が澪と話している間に全ての事情を話し終わったんだろう。
唯がここ最近見られなかった嬉しそうな表情を浮かべ、
梓に抱き着きながら、キスをしようとするくらいに顔を寄せていた。
梓はと言えばそんな唯の顔を右手で押し退けながらも、
左手では唯に渡されたんだろう写真を大事そうに掴んでいる。
こういうのツンデレ……って言うんだっけ?
まあ、とりあえず二人とも仲が良さそうで何よりだ。

私達が若干呆れながら唯達の様子を見てると、ムギが嬉しそうに駆け寄って来た。
唯と梓もそれに続いて私達に駆け寄って来る。
三人が肩を並べ、繋がれた私と澪の手に揃って視線を向ける。
ムギが嬉しそうに微笑み、珍しく梓が私に抱き着いて来る。
唯が「妬けますなー、田井中殿」と茶化しながら笑う。
澪が顔を更に赤く染めて、私が「おうよ!」と澪と繋いだ手を頭上に掲げる。
五人揃って、笑顔になる。
心の底から、幸せになれる。

とても長い時間が掛かった。
世界の終わり……終末っていう、
対抗しようもない強大な相手の恐怖に私達が怯え出してから、本当に長い遠回りをした。
本当に気が遠くなるくらいに長い長い遠回り……。
だけど、そのおかげで、取り戻せた私の絆は、これまで以上に深く強くて……。
今なら、身震いするほどの最高のライブができる。
そんな気がする。
勿論、それには今日明日と精一杯練習しなきゃいけないけどなー……。
でも、やってやる。やってみせる。
私達のために、ライブに来てくれる皆のために、『絶対、歴史に残すライブ』にしてやる。
まずは唯がミスしそうな新曲のあのパートを注意しかないと、だな。

不意に。
「盛り上がってる所、悪いんだけど」という言葉と一緒に、誰かが音楽室に入って来た。
そんな事を言うのは、勿論、我等が生徒会長しかいない。
私が和に視線を向けると、既に唯が和の方に駆け寄っていた。
早いな、オイ。
まあ、これもこれで、私達と違った仲の良い幼馴染みの関係って事で。

「どうしたの、和ちゃん」と嬉しそうに唯が和に訊ねる。
苦笑しながら、「ちょっとね」と和が私と視線を合わせる。
瞬間、和が滅多に見せない晴れ晴れとした笑顔を見せた。
本当に嬉しそうな表情……。
今の私と和の間で、二人だけが分かる笑顔の理由……。
それが分かった途端、意識せずに私も笑顔になっていた。
高鳴る鼓動を抑えられない。
私は笑顔のまま、和以外の全員の顔を見渡す。
皆、何が起こってるのか分かってない表情を私達に向けている。
いや、一人だけ……、唯だけちょっと不機嫌そうだ。
私と和がアイコンタクトで語り合ってるのが気に入らないんだろう。
自分だけの大切な幼馴染みの和を、私に取られちゃった気分なんだろうな。
でも、私がその理由を話せば、きっと唯も皆も笑顔になる。
講堂の使用許可が取れた事を、
最後のライブの最大の会場を用意できた事を皆に話せば……。

私はもう一度、皆の顔を見回す。
最高の仲間達に、私の言葉を伝える。

「なあ、皆……、前々から話してた事だけど、
軽音部で最後のライブを開催したいと思うんだ。
もう会場の用意もできてるから、安心してくれ。
だからさ……、今更だけど聞かせてほしい。
皆……、
しゅうまつ、あいてる?」


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最終更新:2011年10月31日 22:51