――金曜日


今日は澪が私の家に泊まりに来ていた。
いやいや、別に友達以上恋人未満として、色んな事をしようと思ったわけじゃないぞ。
澪が私とパジャマフェスティバルをしたいと言ってきたからってだけだ。
ムギ達との話をした時には平静を装ってたけど、
本当は澪も参加したくてしょうがなくなってたらしい。
そういや、前に私がムギと二人で遊んだ時も、
「私もムギと遊びたかった」って、誘ってたのに文句を言われたな。
今も昨日、ムギとどうやって過ごしたのかとか訊いて来てるし……。
澪の奴……、ひょっとして、私よりムギの事を好きだったりするんじゃないか?
ちょっとだけそんな考えが私の頭の中に浮かぶ。

……はっ、いかんいかん。
それじゃ、何だか私が澪にやきもち妬いてるみたいじゃないか……。
私はそんな照れ臭い気持ちを隠すために、立ち上がってラジカセのスイッチを入れる。
幸い、そろそろ紀美さんのラジオの時間だ。
軽快な音楽が流れる。

「胸に残る音楽をお前らに。本当の意味でも、ある意味でも、とにかく名曲をお前らに。
今日もラジオ『DEATH DEVIL』の時間がやって来た。
この番組も、今回入れて残り二回。
日曜休みだから、土曜が最後の放送って事になるわね。
勿論、お付き合いするのは、いつもの通り、このアタシ、クリスティーナ。
終末まではお前らと一緒!
後二回、ラストまで突っ走ってくから、お前らも最後までお付き合いヨロシク!

……いやあ、にしても、思えば遠くに来たもんだ。
飽きたら早々に打ち切ってもらおうと思ってたのは内緒の話だけど、
これまたやってみると中々コクがあって、濃厚なのに、不思議と飽きが来なかった。
って、料理番組の感想みたいだけど、でも本当にそんな感じ。
一ヵ月半って短い間だったけど、この番組もリスナーのお前らもアタシの宝物。
残り二回の放送が心底名残惜しいわよ。

でも、勘違いしないでよね、お前ら。
終わるのはラジオ『DEATH DEVIL』の終末記念企画だからさ。
来週からはラジオ『DEATH DEVIL』の終末後記念企画が始まる予定なのよ。
超絶パワーアップ予定でさ。
そんなわけで、来週月曜から新装開店なんで、引き続き本番組をヨロシク。

あ、ディレクターがそんなの聞いてないって顔してる。
そりゃそうよね、言ったの今が初めてだもん。
いいじゃんか、ディレクター。
言ったもん勝ちだし、まだこの番組続けたいじゃん?
リスナーの皆も望んでると思うし、誰も損しない素敵企画だと思うけど?

……お。
苦笑いしてるけど、ディレクターからオーケーサインが出たわよ、お前ら。
おっし、これで本決まり。
ラジオ『DEATH DEVIL』破界篇は次回で終了。
来週からラジオ『DEATH DEVIL』再世篇にパワーアップして再開予定って事で。
ちなみに破界篇の『かい』は世界の『界』で、
再世篇の『せい』は世界の『世』って書くからお前らもよく覚えといてね。
何でかって?
いや、あんのよ、そういうゲームが。
深い意味は無いから、それ以上はお前らも気にしないで。

分かってるって。
別に終末の事を忘れてるわけじゃないよ。
日曜日の陽が落ちる前には、終末が……、世界の終わりがやって来る。
誰も望んじゃいないけど、とにかく足音響かせて、まっしぐらに終わりがやって来る。
でもさ、未来の事は誰にも分かんないじゃない?
九分九厘世界が終わるらしいけど、それは確定した未来じゃない。
『未来』ってのは、『今』になるまで永久に『未来』なんだから、
それがどうなるか不安に推論してたって無意味でしょ?
日曜日に世界がどうなるかは、結局は日曜になってみるまで分からない。
だったら、別に来週の事を予定してても、悪くないんじゃない?
馬鹿みたいだって自分でも分かっちゃいるけどさ。

え?
どしたの、ディレクター?
九分九厘じゃ全然決まってないも同然だって?
九分九厘……、あ、ホントだ。
九分九厘じゃ一割にもなってないじゃん。
こりゃ失礼。
いや、アタシの友達がさ、99%の事を九分九厘って言うのよ。
ついその口癖が感染しちゃったみたいね。
馬鹿みたいと言うか、ホントに馬鹿で申し訳ない。
正確には九割九分九厘終末がやって来るって話だけど、
それにしたって確定してないのは確かなんだし、確率の話をしててもしょうがないわよ。
……確率を思いっ切り間違えてたアタシが言うのもなんだけどさ。
あははっ、まあ、勘弁してちょうだい。

話はちょっと変わるけど、お前らパンドラの箱の話って知ってる?
有名な話だから知らない人は少ないと思うけど、
その箱を開けたら、世界にあらゆる災厄が飛び出して来たって話ね。
箱を開けたら、艱難辛苦、病別離苦、そんな感じの四苦八苦が世界に蔓延しちゃった。
四苦八苦は仏教用語だけど、それは今は置いといて。
それだけ災厄が一気に飛び出たけど、
一つだけパンドラの箱の中に残ってた物があったらしいのよ。
それは『希望』……、なーんて言い古された話をしたいわけじゃない。
箱の中に残ってた物が何なのか色んな説があるみたいだけど、
一説によると残ってた物は『予知能力』なんだって説もあるらしいのよね。

確かに人が『予知能力』なんて手に入れちゃったら、最高の災厄だと思わない?
先の事が分かんないから、人生ってやつは面白いし、人は生きていけるんでしょ?
馬鹿みたいって言うか馬鹿だけど、
アタシ達は先の事が分かんないから、どうにかながらでも生きて来られた。
終末が近付いてても、馬鹿話どころか来ないはずの来週の話までできる。
未来の事が分からないから……、そういう事ができるのよね。
人間って、そういう馬鹿な生き物でいいんじゃないかって、アタシは思うのよ。
だから、思う存分、未来の話をしようじゃない?
例え存在しない未来でも、『現在』を生きられるならそれもアリでしょ?

……しまった。
やけに真面目な話になってしまった。
ひょうきんクリスティーナと呼ばれるくらい、
ひょうきんに定評のあるアタシとした事が……。
ま、アタシはそう思うってだけの個人的な意見よ。
お前らはお前らの思うように生きてくれれば、それでオーケー。
自由を求めて、自由に生きてくのがロックってやつだしね。

さってと、そろそろ今日の一曲目といきますか。
今日の一曲目も終末っぽいって言ったら、終末っぽいのか?
歌詞を見る限り、内容が全然理解できないけど、
もしかしたら終末の曲なのかもしれない……と思わなくもない曲。
そんな変わり種の今日の一曲目、愛知県のジャガー・ニャンピョウのリクエストで、
サイキックラバーの『いつも手の中に』――」




「りっちゃんが着たがってたあの高校の制服、お友達から借りられたのー」

それなりの楽器の練習の後、お茶の準備をしながら、
いつもと変わらないほんわかとした柔らかい表情でムギが微笑んだ。

「えっ? マジで? ホントに?」

少し大袈裟に私はムギに尋ねてみる。
勿論、疑ってるわけじゃない。
確かあの高校の制服の話をしたのは、確か『終末宣言』前の約一ヵ月半前の事だ。
言い出しっぺの私ですら半分忘れ掛けてたのに、
ムギがその約束をずっと覚えてくれれたって事に私は驚いていた。
それもただの一ヵ月半じゃない。
世界の終わりまで残り少ない時間の中で、
ムギは私との約束を果たそうとしてくれてたんだ。

「ありがとな、ムギ!」

申し訳ないんだか、嬉しいんだか、
何とも言えない気持ちになって、私はお茶の準備をするムギに後ろから軽く抱き着いた。

「ちょっと……、危ないよ、りっちゃん」

叱るような口振りだったけど、口の端を笑顔にしながらムギが言った。
お盆にお茶を乗せたムギに抱き着くのが危ないのは分かってる。
でも、抱き着きたかったんだ。
それくらい私の胸は色んな気持ちでいっぱいだった。
ムギはいい子だな、本当に……。

「おい律……、危ないぞ?」

「わーってるって、み……」

その言葉に返事しようと顔を向けた私は、一瞬言葉を失った。
そこには嫉妬に燃えてるってほどじゃないけど、若干不機嫌そうな顔の澪が居たからだ。
昨日友達以上恋人未満になっておいて、
よりにもよってそいつの前で他の子に抱き着くのは、確かにあんまり褒められた事じゃないよな……。
別の意味でも危なかったか……。

「ごめんごめん、ちょっと危なかったな」

「気を付けろよ、律」

「ああ、分かってるって」

言いながら私がムギから離れた直後くらいに、
澪が不機嫌そうな顔から軽い苦笑に表情を変えていた。
少しは嫌だったんだろうけど、不機嫌な表情は半分演技だったらしい。
ムギ相手にやった事だし、澪自身もそんなに心が狭い奴ってわけじゃない。
軽い警告の意味で不機嫌そうな演技をしたんだろう。
澪自身が嫌だからと言うより、
将来的に深い仲になる誰かの前でそういう事をするなって事を、私に教えてくれたみたいだ。
やれやれ。
澪は私の母さんかよ……。
そう思わなくもないけど、私を心配してやってくれた事だし、悪い気はしなかった。
まあ、将来的にそんな深い仲になる予定があるのは、今は澪しかいないんだけどな。

「でも、あの高校の制服が着られるのは嬉しいよな。
ありがとう、ムギ」

澪がムギに軽く微笑み掛ける。
「いえいえ」とお盆に置いたお茶をそれぞれの机に置きながら、ムギが会釈した。
その二人の様子はとても仲の良い友達そのもので、
澪がムギに対して嫉妬してるって事もやっぱりなさそうだ。
心なしかムギが私達を見る目も、いつもより生温かく見える。
ひょっとして……、私と澪の関係、気付かれてる……?
いや、別に隠す事じゃないんだけどさ……。

「遂に私達があの高校の制服に袖を通す時が来たか……」

「何を大袈裟に言ってるんですか、唯先輩」

「えー……。
あずにゃんはあの高校の制服を着るの楽しみじゃないの?」

「楽しみですけど、そんな大袈裟に言うほどじゃないです」

「もー。あずにゃんのいけずぅ」

「何がいけずですか……」

不意に顔を向けると、唯と梓がこれまた仲が良さそうに会話していた。
先輩と後輩としては少しどうかと思うが、
それでも久しぶりにそんな唯と梓の姿を見るのは純粋に嬉しかった。
私がボケて、澪が注意して、ムギが皆を思いやって、唯と梓が子供みたいにじゃれ合う。
そんな時間を取り戻せた事が、今は本当に嬉しい。

「ところで、その制服は何処にあるんだ?
明日持って来てくれるのか?」

笑顔になりながら、私は目の前のムギに訊ねてみる。
お茶の準備を終えたムギも軽く微笑みながら返す。

「ううん、あの高校の制服はもう持って来てあるの。
さわ子先生の衣装と一緒に、ハンガーで掛けてあるんだ。
本当は制服を着るのは明日がいいかなとは思ってたんだけど、
今日の方がいいかもって思い直したんだ。
多分、明日はさわ子先生の衣装をたくさん着る事になると思うし……」

「だろうなー……」

少し呆れながら、私は小さく呟いた。
昨日、土曜日にライブを開催する事を皆に伝えると、
即座に部員全員が手を上げて快くライブへの参加を決めてくれた。
皆ならそうしてくれるだろうと思ってはいたけど、やっぱり嬉しかった。
その時、少し泣き出しそうになってたのは、誰にも内緒だ。
ついでに言えば、昨日家に帰った後、
広辞苑で『役不足』の意味を調べた時の私の表情も誰にも内緒だ。

とにかく、ライブに部員が全員参加する事が決まった後、
私達は信代やいちご、聡や憂ちゃんとか、そんな思う限りの知人に連絡を取った。
観に来てはくれなくてもいい。
ただ私達が最後にライブを開催する事だけは、皆に知っておいてほしかったから。
でも、全員とは言わないけど、
多くのクラスメイトや友達が私達のライブを観に来てくれると言ってくれた。
こんな時期なのに、私達の最後のライブを観てくれる……、そんな皆に心から感謝したい。

勿論、さわちゃんも私達のライブを観に来てくれると言っていた。
「最後のライブに相応しい、素敵な衣装を持ってくわよ!」と余計な言葉まで添えて。
いや、余計な言葉って言ったら、すごく失礼だとは思うんだけど……。
思いはするだけど……さ。
それでも、澪と梓が珍しくそのさわちゃんの衣装を着る事を反対しなかった。
むしろ自分から進んでその衣装を着たいって言い出したくらいだ。
当然、そのさわちゃんの衣装を心から着たいわけじゃなくて、
その衣装を着る事で、これまでさわちゃんにお世話になった感謝の気持ちを示したいからだ。
その気持ちは私だって同じだった。
澪と梓が反対しないんなら、
私だって最後の……高校最後のライブくらいは、さわちゃんの好きにさせてあげたいんだ。

そんなわけで、ムギの言葉は本当に正しい。
確かに今日の内に着ておかないと、
明日あの高校の制服を着るどころか、目にできるかどうかすら危うい。
早めに、今すぐにでも着ておかないと、
折角のムギの努力を全部水の泡にしちゃう事になる。

「じゃあ、お茶飲んだらすぐにあの高校の制服に着替えようぜ、皆。
練習もあの高校の制服でやろう。
急がないと、衣装合わせとか言って、さわちゃんが来るかもしれないしな」

少し焦って私が言うと、皆が非常に神妙そうな表情で頷いた。
私達の心は今こうして一つになった。
一つになり方が、非常に微妙だが。


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最終更新:2011年10月31日 23:59