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さわちゃんの衣装の中に埋もれて、
あの高校の制服はさりげなくハンガーに掛けられていた。
実はムギが言うには、一週間前には既に友達から借りていたらしい。
でも、私達のそれぞれが悩みを抱えている事に気付いていたムギは、
皆の悩みが少しでも解決するまで、制服の事は誰にも言わないでおこうと思ったんだそうだ。
あの学校の制服を着るなら、皆揃って、笑顔で着られる方がいい。
「変な我儘で皆に秘密にしてて、ごめんね」と苦笑しながらムギが言ったけど、
そのムギの変な我儘を悪く思う部員なんていなかった。
大体、それは変な我儘じゃなくて、ムギの思いやりなんだから。

私達はムギの思いやりに感謝しながら、部室の中であの高校の制服に着替え始める。
一緒に大浴場にだって入ってる仲だ。
変な照れもなく、皆手早く着替えを終えていった。
特に部室で水着に着替える事も躊躇わない唯とムギの着替えは、そりゃ早かった。
物凄い早着替えだった。
唯なんか上下の下着丸出しになってから、誰の視線も気にせずそのまま着替えてた。
決して悪い事じゃないんだけど、妙に複雑な気分になるのは何故だろう。
唯よ……、今更だけど、女子高とは言え、
女子は人前では普通ブラジャーとパンツを丸出しにせず、上下片方ずつ着替えるもんなんだぞ……。
唯らしいっちゃ、唯らしいんだけど……。

でも、唯がそんな見事な着替えっぷり(脱ぎっぷり?)を見せてくれたおかげで、
残る私達も初めて着るあの高校の制服を戸惑わずに着替える事ができた。
初めて着る服って、どんな服でも少しは戸惑うもんなんだけど、流石は唯だ。
伊達にメイド服ですら、即座に着方を覚える女じゃない。
その能力と情熱をもっと他で生かせればいいんだけど、それでこそ唯でもある。

「りっちゃん、カックイー!」

制服に着替え終わった私の姿を見て、唯が珍しく私に対する称賛の声を上げた。
普段が普段だから、またからかわれてるのかと思ったけど、
私の姿を褒める唯の輝いた瞳には嘘が無いように見えた。
どうやら純粋に褒めてくれてるらしい。
まあ、私自身ってより、制服自体が格好いいからってのもあるんだろうけど。
それでも、褒められるのに悪い気はしない。
私は少し照れ臭い気分になりながら、目の前の制服姿の唯に言ってやる。

「ありがと、唯。唯も似合ってるぜ」

「でっへへー、そっかなあ。
私、そんなに似合ってる?」

「そうですね、似合ってますよ、唯先輩。
何だかすごく優等生みたいに見えます」

私の言葉に乗っかる形で、これまた制服に着替え終わった梓が言った。
梓のその言葉に、唯がまた頭を掻いて照れ始めたけど、唯は気付いてるのだろうか。
優等生みたいに見えるって事は、普段は全く優等生に見えてないって事に……。
事実だから、しょうがなくもあるが……。

「律先輩も似合ってますよね。
すごくまともな女子高生に見えますよ」

悪気の無い顔で、梓が無邪気な声色で続ける。
唯が普段優等生に見えてないってだけならまだしも、
私の方はまともな女子高生にすら見えてなかったのかよ!
いや、確かに普段は制服を着崩してるけどさあ……、
そんなに言うほどまともな女子高生に見えてなかったのか……。
突っ込む気になるより先に、すごく落ち込むぞ。
着崩すだけなら、あの生徒会長の和も結構やってるのに……。
これが人望の差か……。

初めて着る服だし、私としては珍しく制服の上着のボタンまで締めてたけど、
どうにも悔しいので全部外して、スカートの中に入れてたシャツも出してやった。
タイ……と言うか、
制服のネクタイも緩めて、会社帰りのサラリーマンみたいにしてやる。

「あー、折角まともな女子高生みたいだったのにー……」

今度は梓じゃなくて、唯が残念そうに呟いた。
ブルータス、おまえもか。
……ブルータスってのが誰かはよく知らないけど。
しかし、そんなに私がまともな女子高生に見えてなかったとは……。
だが、構わん。
これが私のスタイルだ。
残り少ない高校生活、世界の終わりが来ようが来まいが、最後まで貫き通してやるぞ。
唯と梓は精々真面目に制服を着こなすがいいさ。

「つーん」

わざわざ声に出しながら、腕を組んで唯達から視線を逸らしてやる。
別に怒ってるわけじゃないけど、このくらいの自己主張はしておかなきゃな。

「悪口言ったわけじゃないんだよー。
ごめんよー、りっちゃ……」

唯が謝りながら私に駆け寄って来ようとして、その声が途中で止まった。
どうしたんだろう、と私が唯に視線を戻すと、
唯は少し驚いた顔で私の後ろの方に視線をやっていた。
唯の隣に居る梓も、意外そうな表情でその方向を見つめている。
その視線を辿るみたいに振り返ってみると、
その唯達の視線の先には、私と同じようにあの高校の制服を着崩したムギが居た。
上着のボタンを外し、ネクタイも緩めていて、どうにもムギっぽくないその姿。

「どうしたんだよ、ムギ?
そんなに制服を着崩したりして……」

つい不安になって、私はムギに訊ねてしまう。
いくら何でも、ムギっぽくないにも程がある。
何かの心境の変化か?
恋する乙女は好きな男のタイプによって印象を変えるらしいが、そういう事なのか?
その私達の不安そうな視線に気付いたムギは、困ったように苦笑して言った。

「ご……、ごめんね、皆。
前からりっちゃんの制服の着方、してみたいなって憧れてたんだ……。
でも、授業中にやったら、叱られちゃうじゃない?
それで今までりっちゃんの真似ができなくて……。
だから、折角の機会だし、りっちゃんみたいに制服を着てみようと思ったの。
……でも、ごめんね。私には似合わなったよね……。
やっぱりこの着方はりっちゃんがやってこそだよね……。
すぐに着替え直すから、ちょっと待っててくれる……?」

本当に残念そうなムギの声色。
かなり落ち込んでるみたいに見える。
似合わないなんてそんな事ない。
私がそれを伝えようと口を開くと、それより先に唯と梓がムギに駆け寄っていた。
真剣な表情で唯と梓がムギに伝える。

「そんな事ないよ、ムギちゃん!
変な顔しちゃって、私達の方こそごめん!
ムギちゃんのそんなカッコ見るの初めてだから、ちょっと驚いちゃっただけなんだよ。
すっごく似合ってるから、そのままのカッコでいよ?
いいでしょ、ムギちゃん?」

「そうですよ、ムギ先輩!
その格好のムギ先輩の姿も、意外性があって素敵です!」

……私に対する態度とは天と地ほどの差があった。
でも、別にそれが嫌ってわけじゃない。
私も唯達と同じ気持ちだ。
いつもムギに助けられてる私達だ。
ムギがしたい事なら、何でも手助けしてあげたい。
制服を着崩したムギの姿が似合ってるってのも確かだしな。
お嬢様っぽいムギの見せる(実際にお嬢様なんだけど)少し背伸びをしたその姿。
意外性があって驚くけど、とても可愛らしくて、素敵だと思う。

「……本当?」

自信なさげにムギが呟く。
そのムギの手を取って、唯が優しく微笑んだ。

「ホントだよ、ムギちゃん。
すっごく可愛いもん。着替え直すのは勿体無いよ。
私の方からもお願い。そのままのカッコでいてよ、ムギちゃん」

「……りっちゃんは、私がりっちゃんの真似して、嫌じゃない?」

唯に手を取られながら、ムギが意を決した表情になって言った。
私に断られたらどうしようかと思ってるんだろう。
まったく……。
いつも頼りになるくせに、こんな時だけ気弱になるんだからな、ムギは。
ムギは多分、自分の外見とか、家柄とか、色んな事が周りの皆と違ってる事を気にしてる。
皆の仲間になりたくて、皆と同じ事をしてみたいと思ってる。
だからこそ、皆と同じ事をして、
それでも自分の姿が浮いていたらと思うと、不安で仕方が無いんだろうと思う。
人と違う事は強味になる事もあるけど、ほとんどの場合不安に繋がっちゃうものなんだ。
だから、私はムギに言ってあげるんだ。

「嫌なわけないだろ?
ムギが私の格好に憧れてたって言ってくれるのも嬉しいよ。
どんどん真似してくれよ、ムギ。
何ならカチューシャだって貸してやるぞ?」

「……うん。ありがと、りっちゃん。
ごめんね。ありがとう、皆……」

それでようやく、ムギはまた笑顔になってくれた。
私達が大好きな、ムギの柔らかくていつまでも見てたい笑顔に。

悩み事は人それぞれ。
世界の終わりを間近にしても、悩みの形はそれこそ千差万別。
失くしたキーホルダーの事や、成功させたいライブの事や、
人と違う自分の事や、そして、恋の事なんかをそれぞれ悩んで……。
馬鹿みたいだけど、それが私達が私達のままでいるって事なんだろう。

「……で?」

私は部屋の隅の方で、
私達の様子をうかがってた黒髪ロングに視線をやってみる。
黒髪ロングは居心地の悪そうに壁際に身を寄せ、目を逸らす。

「おまえの方は何でそんな恰好をしてんだよ、澪」

「いや、その……、あの……」

歯切れ悪く澪が呟く。
そんな恰好と言うのは、あの高校の制服に着替えた澪の姿の事だった。
澪も私やムギと同じように制服を着崩し、
濃紺の上着のボタンを外して、シャツを出した上にネクタイを緩めている。
それだけなら、まあ、いいとして、
何故か澪はその上から更にフード付きのパーカーを重ねていた。
フードまで被って、明らかに場違い感丸出しだ。

いや、それも別にいい。
重要なのは、その薄紫っぽいパーカーは澪の私物って事だ。
それは何度か澪の部屋で見掛けた事があるけど、
澪自身が着ているのを目にした事が無いパーカーだった。
いつの間にか、さわちゃんの衣装と一緒にハンガーに掛けていたらしい。

「照れてるのか?
別に制服くらいなら恥ずかしくないじゃんか?
恥ずかしいにしても、上からパーカーなんか着ちゃったら、
制服借りて来てくれたムギにも悪いだろ?」

「いや、そうじゃなくて……」

私達の会話が耳に入ったらしい。
ムギは私達の方に近寄ると、優しい声色で澪に囁いた。

「いいんだよ、澪ちゃん。
恥ずかしいなら、そのままでも。
フードを被ってる澪ちゃんも新鮮で素敵だもん」

「ち、違うんだよ、ムギ。
恥ずかしいとか、そんなんじゃなくて、私は、ただ……」

恥ずかしい事からは逃げがちな澪としては、珍しく食い下がっていた。
この調子だと、本当に恥ずかしいからパーカーを着てるわけじゃないらしい。
でも、そうなると、澪がこんなにしてまでパーカーを着てる理由が分からない。
一体、どういう事なんだ……?
私が不審そうな視線を向けると、遂に観念したようで、澪がぼそぼそと呟き始めた。

「……たんだ」

「え? 何? どした?」

「あの雑誌でMAKOちゃんが、この制服の上からパーカーを着てたのが可愛かったんだ……」

沈黙。
天使が通ったかのような沈黙が音楽室を包む。
澪が顔を真っ赤にして、フードを更に深く被って縮こまった。

MAKOちゃん……。
確か澪が読んでるファッション誌の読者モデルの名前だったはずだ。
何度か澪の部屋で読んだ事があるけど、
確かそのMAKOちゃんが今の澪みたいな恰好をしてた時があった気もする。
だから、澪はこの制服を着るのに乗り気だったんだな。
制服を買うのは無理としても、パーカーだけは自前で用意して……。

「澪ちゃんって、結構ミーハーだよね」

悪気の無い表情で、唯が楽しそうに口にする。
実際悪気は無いんだろうけど、その唯の言葉は澪にとどめを刺すのに十分だった。
パーカーに手を掛け、急に暴れるみたいにして立ち上がる。

「いいよ! 似合わない事して悪かったよ!
脱ぐよ! 今すぐ脱ぐから待っててよ!」

「いやいや、そこまでせんでも……」

私は暴れる澪の腕を取って、どうにか動きを止めようと力を入れる。
でも、体格のいい澪を小柄な私の力で抑えるのは少し無理があって、
澪のパーカーがもう少しで脱げそうになった瞬間……。

「あーっ!」

唯が不意に大声を出した。
あまりに突然の事に、私も澪も、ムギや梓ですらも驚いて動きを止める。

「ど……、どうしたんだよ、唯……」

私はおずおずと唯に訊ねてみる。
奇行には事欠かない唯だけど、少なくともこんな風に突然大声を上げる事はそうはない。
つまり、よっぽどの事があったって事だ。

「見てよ、りっちゃん! 凄いよ!」

唯が人差し指を窓の方向に向けて、また大きな声を上げる。
私も窓の方に視線を向ける。
窓の外の光景を見た瞬間、唯が大声を上げるのももっともだと私は思った。
澪達も呆然として、窓の外の光景を見ていた。

「うわ……」

つい私の口からそんな声が漏れ出していた。
それくらい、印象的な光景だった。

「空が……」

私に続くみたいに、澪が呟く。
空は変わらず青かった。
だけど、その青い空に流れるたくさんの雲は、
これまで見た事が無い速度で流れていて……。
例えるなら、テレビで観るVTRの早回しの空模様。
そんな早回しの雲が、
現実の時間で、
青い空を流れていた。
まるで、
世界の終わりを告げるみたいに。


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最終更新:2011年11月01日 00:00