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異常な空模様に惹かれ、私達五人はグラウンドにやって来ていた。
風は強かったけど、台風って呼べるほどの風速でもなかった。
ムギや梓の髪がそこそこ靡く……、その程度の風速。
つまり、異常な速度の風が吹いてるのは上空だけなんだろう。
世界レベルで考えればあり得ないって事は無いんだろうけど、
日本ではまずあり得ない速さで多くの雲が流れていた。

世界の終わりを告げる前兆……ってか?
そうとしか思えない雲の動きに、私はとても複雑な気分になる。
不謹慎だけれど、私はその雲の動きをすごく綺麗だと思っちゃったから。
終わる前の美しさなのに、それは残酷なくらい綺麗だったんだ。
多分、皆もそう感じてるんだろうと思う。

私はしゃがみ込んで。
梓はただ静かに顔を上げて。
ムギは少しだけ首を傾げて。
唯は右手を飛行機に見立ててみたいに掲げ。
澪は結局フードを被ったままで。

五人とも、静かに空を見上げている。
皆の顔に悲しみや諦めの表情は浮かんでないし、
多分、私もそんな顔はしていない。
誰もが静かに、空を流れる雲を見上げている。
世界の終わり……、終末の予兆を実感している。
世界は本当に終わるんだな……って、頭じゃなくて心で理解する。
恐くないと言ったら嘘になる。
でも、今は恐さより、残念な気持ちの方が大きかった。
折角皆と仲良くなれたのに、
かけがえの無い仲間達ができたのに、
その関係は終わる。もうすぐ終わる。
それが残念でしょうがない。

私は立ち上がり、皆と肩を並べる。
右から、ムギ、梓、澪、唯、私って順番で並ぶ。
空模様が気にはなるけど、もう空を進んで見上げはしない。
終末の予兆については、未来の私達については、十分に実感できた。
だから。
今から私達が見るのは、今生きる私達と今生きる私達のしたい事だ。

「終わっちゃうんだね、私達の世界……」

正面を向いたまま、唯が呟く。
終わる世界を名残惜しいと思ってる……、
そんな感じの表情で唯は淡々と呟いていた。

「そうだな……」

唯の言葉に私が答える。
日曜日に世界が終わる。それはもうほとんど確定事項なんだ。
それまでに私達がやらなきゃいけない事は、まだたくさん残されてる。
だったら、前に進まなきゃな。
その先にあるのが、世界の終わりでも。

「そっかー……。それは残念だなあ……」

気が付けば、唯が呟きながら私の手を握っていた。
私も握り返す。強く。
もう私達の絆を見失わないために。
視線を向けると、澪達もそれぞれ隣のメンバーと手を繋いでいた。
軽音部一同、放課後ティータイム一同、強く手を握り合う。

全員が手を繋いだのを見届けると、唯が軽く笑った。
自嘲でも諦めでもない、純粋で幸せそうな笑顔で。
そんな笑顔で、皆の顔を見回しながら自信ありげに言った。

「でも、大丈夫だよ。私達は放課後ティータイムだもん」

「おいおい……。根拠になってないぞ、唯……」

澪が少し呆れたみたいに唯の顔に視線を向ける。
だけど、唯は自信に満ちた表情を崩さなかった。
澪の顔に自分の顔を近付けて、唯が不敵に続ける。

「甘いよ、澪ちゃん。
根拠ならちゃんとあるのです」

「えっ……、本当に根拠なんてあるんですか?」

梓が意外そうに声を上げた。
梓も唯の発言はいつもの無根拠な自信からのものだと考えてたみたいだ。
いや、かく言う私も、唯のその発言に根拠があるとは考えてなかった。
こんな時期だから意味の無い自信でも持てる唯は心強いし、
それでいいと思ってたんだけど、どうやらそういうわけじゃなかったらしい。

「何々? 教えて教えて」

ムギが好奇心に満ちた顔で唯の顔を覗き込む。
否定から入らず、まず好奇心から物事に臨むそのムギの態度は、
世界の終わりを目前にしてもいつものままで、私にはそれがとても嬉しかった。

「ふっふっふ……、だったら皆に教えてあげましょう」

自信満々な態度を崩さず、嬉しそうに唯が笑う。
少しだけ澪から手を離し、ピースサインで空に手を掲げると、すぐに掌を開いた。
いつの間に書いていたのか、
掌には我等が放課後ティータイムのマークがマジックで書かれていた。

「何故ならば!
放課後ティータイムはいつまでも放課後だからなのです!」

「意味が分かりません……」

梓が呆れた顔で突っ込むと、澪も困った顔で苦笑した。
その二人の反応には不満があったらしく、唯が眉を軽く吊り上げて補足説明を始める。

「もーっ、あずにゃんも澪ちゃんも分かってないんだから……。
だからね、いつまでも放課後って事は、言い換えたら永遠に放課後って事でしょ?
つまり、放課後こそ、放課後ティータイムの真骨頂の時間って事なんだよ」

それだけで全てを説明したつもりらしく、
「ふんすっ!」と唯は自信満々のままに謎の鼻息を鳴らした。
鼻息……か?
とにかく久しぶりにその得意の鼻息を鳴らすくらい、唯には自信のある説明だったらしい。
どちらかと言うと唯側に近い私は、唯の言おうとしてる事は何となく分かる。
でも、真面目なタイプの澪と梓は唯の言う事が分かってないみたいで、首を傾げていた。
どうにか澪達に唯の発言の真意を説明してやりたいが、
感性に満ちた唯の発言を噛み砕いて説明できるほど、私も感性的じゃないからなあ……。
どうしたものかと悩んでいると、意外な所から助け舟がやって来た。

「世界の放課後……?」

確かめるみたいなその小さな声は、ムギが呟いたものだった。
唯が嬉しそうにムギの方に顔を向けて微笑む。

「そうそう! さっすがムギちゃん!
私が言いたいのはね、そういう事なんだよ!
おしまいの日に世界が終わっちゃうって事は、
つまり世界中の授業が全部終わっちゃうって事でもあるよね?
だったら、世界が終わっちゃった後に始まるのは……」

「世界の放課後……か」

唯の言葉を継いで、私は呟いてみる。
これまた唯らしい言い回しだなと、感心しながら思う。
そういや、前に漫画で読んだ事があるけど、
終末の予言の日の事をラグナロク……、神々の黄昏って言うんだっけ。
神々の黄昏と世界の放課後……。
言い方の違いはあるけど、言ってる事は大して変わらない。
そうなると、確かに私達が世界の終わりを恐がってるわけにはいかないな。
他の誰が世界の終わりを恐がってても、私達だけはその世界の放課後を恐がっちゃいけないんだ。
だって……。

「私達は放課後ティータイム……、だもんな。
放課後ティータイムの活動は、唯の言うように放課後が真骨頂だ。
その放課後を恐がるなんて、放課後ティータイムの名が廃るってやつだな」

私が言うと、唯が満面の笑顔で私に抱き着いてきた。
自分の言葉を理解してもらえたのが、心の底から嬉しかったらしい。

「ありがとう、りっちゃん!
分かってもらえて、すっごく嬉しいよ!」

「どういたしまして、唯。
そんなに喜んでもらえるとは思わなかったけどな……」

「放課後が真骨頂って、五時から男ですか……」

呆れ顔の梓が、わざわざ古い言葉を使って突っ込んでくる。
五時から男っておまえな……。
いや、梓の言ってる事は、全面的に正しくもあるけどさ。

「でも、確かにそれだな」

話の成り行きを見守ってた澪が、不意にとても楽しそうに言った。
私達の中で世界の終わりを一番恐がってるのは澪のはずだけど、
唯の言葉はその澪の不安を簡単に振り払ってしまったらしい。
それが唯の人柄で魅力なんだろうな。
澪の悩みを完全には解決してやれなかった私としては、ちょっと悔しいけどさ。

「よっしゃ」

抱き着いてきた唯の身体から少し離れて、私は気合を入れるみたいに呟いた。
部員に引っ張られてるだけじゃ、示しが付かないってもんだ。
一応、私はこれでも部長なんだからな。
両手を上げて、宣言するように言ってみせる。

「放課後ティータイムとしちゃ、
世界の放課後を気にしてるわけにはいかないぞ、皆。
明日のライブのために精一杯やるぞーっ!」

「おーっ!」

私の言葉に続き、皆が腕を掲げる。
世界の終わりへの不安を吹き飛ばしていく。

「私達の最後のライブ!」

「おーっ!」

ムギが続ける。
私達はここに居る。世界が終わろうと、それだけは否定させない。

「最高のライブを!」

「おーっ!」

梓も力強く宣言する。
放課後は私達の真骨頂。誰の記憶にも残らなくても、私達が死ぬまで私達を憶えている。

「絶対、歴史に残すライブ!」

「おーっ!」

少し赤くなりながら、澪も腕を掲げる。
いや、死んでも記憶に残してやる。
どんな形になっても、私達が生きた証として私達の曲を残してやるんだ。

「終わったらケーキ!」

「おーっ!」

こんな状況になっても、唯が予想通りの宣言をかましてくれる。
この前の学園祭の時は戸惑わされたけど、残念ながら二度目は無い。
唯がそう宣言するのを分かってた私達は、これまでで一番大きい声で掛け声を合わせてやる。
おやつに釣られてるみたいだけど、結局はそれが私達の本質だ。
馬鹿馬鹿しいとは思うけど、その本質だけは世界が終わっても変えてやらない。

気合を入れ終わった私達は、皆で顔を合わせて笑い合う。
世界の終わり……、終末……、世界の放課後……、何でもいい。
もうそんな物に私達を止めさせない。
人はいつか死ぬ。
そんな事は分かってたつもりだったけど、その実は何も分かってなかった。
死ぬのを間近にして、私は気付く。
命は誰にとっても限りあるものだ。

いや、いつか死ぬ……どころの話じゃない。
下手したら一秒後には死んでる可能性もある。
それこそ一秒後に頭に隕石が直撃してる可能性だってあるんだ。
こう言うのも変なんだけど、きっと私達はまだ幸せなんだろうと思う。
自分の死ぬ時期が分かり、それに向けて準備ができるなんて、できそうでできる事じゃない。
不慮の事故で死ぬ事より、戦争や病気で死ぬ事より、それはきっと幸福な事なんだ。
だからこそ、もう迷わない。
思い出に浸りもしないし、約束に心奪われる事もしない。
思い出も約束も人生に必要な物ではあるけど、それは今を生きるために必要な物ってだけだ。
今を生きるための材料なのに、それに縛られてちゃ、何の意味も無い。
だから、私達は今を生きようと思う。

もう一度、私達は手を繋ぎ合う。
私達が今生きているって事をお互いの肌で感じ合うために。
生きてるんだって感じ合えるために。
と。

「あっ、唯ーっ!」

手を繋ぎ合う私達に、誰かが声を掛ける。
手を繋いだまま、私は声のした方向に顔を向けてみる。
声がした場所では、和が風に髪を靡かせながら立っていた。
隣には和と仲がいいらしい高橋さんも居る。

「どうしたの、和ちゃん?」

まだ私の体温を感じていたかったんだろう。
珍しく駆け寄らず、私と手を繋いだままで唯が和に訊ねた。
軽く微笑みながら、和が応じる。

「生徒会の仕事が一段落したから、さっき音楽室に唯達の様子を見に行ったのよ。
でも、誰も居ないじゃない?
どうしたのかと思ってたら、窓からグラウンドに唯達が居るのを見つけたの。
こんな所で皆で手を繋いで、一体、何をしてるの?」

「ちょっと邪神復活の儀式をしてたんだよ」

部員の皆の絆と温もりを確かめ合っていたとは、流石に恥ずかし過ぎて言えない。
ふと思い付いたボケを私が口にすると、軽く微笑んだままで和が返した。

「そうなんだ。じゃあ私、生徒会室に戻るわね。
邪神が降臨したら呼んでくれるかしら」

「突っ込めよ!」

「……冗談よ、律」

「和の冗談は冗談なのか本気なのか分かりにくいんだよ……」

「それに終末が近いからって邪神を復活させるより、
ムスペルを率いたスルトと交渉をした方がいいんじゃないかな?」

ぼやくみたいに私が呟くと、
和の隣に立っている高橋さんがよく分からない事を言い始めた。

「スル……、え? 何?」

「スルト。北欧神話に登場する巨人の事。
邪神復活って事は、ヘルヘイムのヘルを復活させようとしてたんでしょ?
終末……、つまり、ラグナロクを止めるのなら、ヘルよりもスルトを止める方がいいと思うの。
ヘルヘイムも脅威的な軍勢を率いてるけど、ムスペルは世界を燃やし尽くすレベルだもの」

「あの……、えっと……、その……、
何て言うか……、ごめん……?」

高橋さんが何の話をしているのか、全然分からない。
ひょっとして私が邪神復活とか適当な事を言ったのが悪かったんだろうか。
何が何だか分からないまま、私はとりあえず高橋さんに頭を下げる。
スルト……、じゃない、
すると、高橋さんが風に揺れる眼鏡を掛け直しながら微笑んだ。

「冗談よ。ごめんね、りっちゃん」


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最終更新:2011年11月01日 00:01