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私は救いを求めて周囲の皆を見渡してみる。
誰か……、誰かこの状況を打開できる奴は居ないのか……?
そうだ。
どんな服装でも自在にコーディネートするさわちゃんならどうだろう?
さわちゃんなら、この梓のインチキ臭さを緩和する融和策を考え……、いや、駄目だ。
「このインチキ臭さがいいんじゃない」とか言いながら、
猫耳やメイド服やリボンやフリルなんかを更に付加させて、
何処を目指してるのか分からない、痛々しくて新しい梓を誕生させちゃいそうな気がする。
そう考えながら、私は疑念に満ちた目でさわちゃんに視線を移してみる。
やっぱりと言うべきか、さわちゃんはインチキ臭い梓をうっとりした目で見ていた。
この人……、本気で眼鏡梓をコーディネートする気だ……!

こうなると、やっぱり私が梓の眼鏡姿のインチキ臭さを直接伝えるしかないのか。
それが優しさなんだろうし、場の空気を和ませるのが部長の役割ってやつだ。
軽い感じに言えば、少しは頬を膨らませるだろうけど、
梓も私の言葉を素直に受け止めてくれるはずだ。
さあ、梓に伝えよう。
眼鏡姿を恥ずかしがってた私が言うのも何だけど、
ツインテールの髪型をした梓の眼鏡姿は途轍もなくインチキ臭いんだって。
深呼吸をしてから、私はゆっくりと皆の顔を見回す。
唯と澪が梓の眼鏡姿に私がどんな反応をするのか、期待を込めた表情で私を見ている。
憂ちゃん、和、高橋さん、アキヨもじっと私の言葉を待ってるみたいだ。
梓を含めた十人……、眼鏡の奥の二十の瞳が私を見つめていた。

十人……?
一人多くないか?
確か音楽室で弁当を食べていたのは、私を含めて十人だったはずだ。
何と……!
十一人いる…だと…!?
少し動揺して、私はもう一度皆の顔を見回してみる。
えっと……、音楽室に居るのは……、
私、唯、憂ちゃん、ムギ、澪、さわちゃん、いちご、梓、アキヨ、高橋さん、和だろ……。
ん?
もう一度、落ち着いて数えてみよう。
私、唯、憂ちゃん、ムギ、澪、さわちゃん、いち…

「おまえか、若王子いちごーっ!」

気が付けば、つい叫んでしまっていた。
私があんまり突然に叫んじゃったもんだから、
アキヨと澪が驚いて身体を硬直させてたけど、驚いたのは私だって同じだった。
唐突な上に馴染み過ぎだろ、いちご……。
勿論、その驚きは唯達も同じだったみたいだ。
いつの間にか眼鏡を掛けて弁当を食べているいちごの姿を見つけると、
私と同じくいちごの姿に気付いてなかった何人かが驚きの声を上げ、澪に至っては半分気絶していた。

「おまえは何でいきなりこんな所に居るんだよ……」

半分気絶した澪の肩を抱えながら、私はおずおずといちごに訊ねてみる。
いちごは私の言葉に反応せず、憂ちゃんの弁当のおむすびを淡々と食べ続ける。
女の子座りな上に両手でおむすびを頬張るそのいちごの姿は、悔しいくらい絵になっていた。
って、そんな事は今はどうでもよかった。
私は意を決して、もう一度いちごに訊ねようと口を開く。

「だから、何でおまえは……」

その言葉はいちごが急に私の方に掌を向ける事で制された。
しばらく黙ってて、という意味らしい。
釈然としなかったけど、こういう時のいちごには何を言っても無駄だろう。
私は小さく溜息を吐いて、
とりあえず手の中の澪の肩を揺さぶりながら待つ事にした。
澪の意識がはっきりし始めたのと同じ頃、
いちごは手に持っていたおむすびを完全に食べ終わっていた。
軽く私に視線を向け、淡々とした口調でいちごが喋り始める。

「食べてる時に話し掛けないで。行儀が悪いでしょ」

お利口さんか、おまえは!
そう言いたいのを私はぐっと堪える。
まずは疑問をいちごにぶつける方が先決だと思ったからだ。

「それでおまえはどうしてここに居るんだよ」

「居たら駄目?」

「いや、そういうわけじゃなくて、ここに居る理由をだな……」

やきもきしながら私が言うと、
いちごが表情を変えずに自分の隣に座っている人物に視線を向けた。
その人物とは、いちごの存在に驚いてなかった内の一人……、さわちゃんだった。
一斉に私達の視線をさわちゃんに集中させると、
さわちゃんは「てへっ」と可愛らしい感じに舌を出しておどけた。

「実はね、さっきお弁当を頂いてる時に、音楽室の外に人の気配を感じたのよ。
誰かと思って見に行ってみれば、若王子さんじゃない。
折角だから音楽室の中に誘って、一緒にお弁当を食べてもらう事にしたのよ。
いいじゃない。クラスメイトじゃないの」

「それは教師として正しい行動だと思いますが、それを皆に伝える事を忘れないで下さい。
報告、連絡、相談のホウレンソウを欠かさないで下さい」

わざわざ敬語まで使って、私はさわちゃんに伝えてやる。
悪びれた風でも無く、さわちゃんは楽しそうに笑う事でそれに応じた。

「いやー、若王子さんの眼鏡姿に見入っちゃってて……」

「うんうん。それは分かるよ、さわちゃん!」

急にさわちゃんに賛同したのは目を輝かせた唯だった。
身を乗り出しながら、少しだけ興奮した様子で唯が続ける。

「前からお姫様みたいに可愛いって思ってたけど、
いちごちゃんにこんなに眼鏡が似合うなんて思ってなかったよ!
お姫様なのには違いないんだけど、
それに知的な感じが加わったって言うか……、とにかくすっごく可愛いよ!」

「流石は唯ちゃん。
分かってるじゃない。可愛い物を見極める目はやっぱり確かね」

可愛い物を愛するという点では似通った二人が、
初めて目にするいちごの眼鏡姿を見ながら、だらしなくにやける。
何をやってるんだ、と思わなくもないけど、その点については私も同意見だった。
眼鏡を掛けたいちごの姿は、こう言うのも悔しいけど、はっとするくらい可愛かった。
言うならば、まさしくモエモエキュン……ってか?
いちごも一応ツインテールではあるんだけど、
梓とは違っていちごのツインテールだと眼鏡も似合うから不思議だ。
可愛い子は何をやってても可愛いから得だよなあ……。
別に梓が可愛くないってわけじゃないけど、いちごはどうにも別格なんだよな。

いやいや、いちごの可愛さに見惚れてる場合じゃない。
私は意識がはっきりした澪をその場に置き、いちごの近くにまで歩いていく。
梓にいちごの隣を空けてもらい、私はいちごの隣にそのまま腰を下ろす。
いちごが軽く私に視線を向けた。

「何か用?」

「結局、いちごが何しに来たのかと思ってさ」

「様子を見に」

「様子……って軽音部の?」

「うん」

「それならそう言ってくれりゃいいじゃんか。
こんな驚かすような事しなくても、
普通に訪ねてくれればいちご姫をもてなしてたのに……」

「驚かすつもりなんてない」

少しだけいちごの声が変わった。
声色はほんの少し低く、声の速度もゆっくりになっている。
表情も無表情には違いなかったけど、何処か強張ってるみたいにも見える。

「律が気付かなかったんでしょ」

いちごが続け、私から視線を逸らす。
そこでようやく、いちごが不機嫌になってるんだって事に私は気付いた。
言われてみれば、さわちゃんの様子を見る限りは、
さわちゃんもいちごも、別に私達を驚かそうとして隠れてたわけじゃないみたいだ。
いや、そもそもいちごは隠れてたわけじゃない。
自分の存在こそ主張しなかったけど、普通に音楽室の中で座ってただけなんだ。
憂ちゃんや和を含む何人かはいちごに気付いてたみたいだし、
単にアキヨや唯と話すのに夢中になってた私が、いちごの姿に気付かなかっただけらしい。
これはいちごに悪い事をしてしまったかもしれない。

私は私から目を逸らすいちごの背中を軽く擦った。
この前、いちごが私にしてくれた事だった。
そうしたのは、こうすればいちごが私の方を向いてくれるはずだと思ったのもあるけど、
何より私がいちごの存在や優しさを忘れたわけじゃないって事を伝えたかったからだ。

「ごめんな、いちご。怒らないでくれよ。
まさかいちごが部活の様子まで見に来てくれるなんて思ってなかったんだよ。
気が回らなくてごめんな。それ以上に、ありがとな。
私達の事を気に掛けてくれるなんて嬉しいよ」

「別に、怒ってない」

またいちごが私に軽く視線を向ける。
無表情なままではあるけど、声色は柔らかくなってる気がした。
少しは私の事を許してくれたんだろうか。
いちごの顔を覗き込んでから、私は微笑む。
気難しいクラスメイトだけど、私達の事を気に掛けてくれてる。
私を助けてもくれた、優しい子なんだよな。
その事がとても嬉しかった。

「律は」

不意にまたいちごが呟くみたいに言った。
いちごの背中に手を置きながら、私はいちごの瞳を覗き込んで見る。
何故だか、眼鏡の奥の瞳が少し潤んでるように見えた。

「律は大丈夫なんだね」

火曜日の事を言ってるんだろう。
確かに火曜日の私の様子は酷かったよな。
吐いた上に青白い顔もしてたみたいだし、精神的にも最悪だった。
いちごが私のその後を気にするのも無理は無いだろう。
これはいちごに前向き元気なりっちゃんを見せてやらないとな。
だから、私は何かを言うよりも、歯を見せるくらいただ大きく笑った。
私の心からの笑顔を見せたかった。
恐怖と絶望に負けそうだった私を最初に引き戻してくれたのは、誰あろういちごなんだ。
今、私が皆と笑えてる最初のきっかけをくれたのは、いちごだったんだ。
ありがとう、いちご。
その想いを込めて、私にできる最高の笑顔をいちごに向けていたい。

しばらくその顔を向けていると、いちごがとても意外な表情を見せた。
口の端を上げて、目尻を柔らかく下げて、
軽くとだけど、それは確かに……、初めて見るいちごの笑顔だった。

「よかった」

いちごがそう言って、すぐにまたいつもの無表情に戻った。
でも、笑ってくれていたのは確かなはずだ。
その瞬間、私はとても自意識過剰な考えを抱いていた。
ひょっとすると、いちごは軽音部じゃなくて、私の様子を見に来てくれたのかもしれない。
他の誰よりも私の事を気にしていてくれたのかもしれない。
だから、私がいちごの姿をすぐに見つけられなかった事に、不機嫌になってたのかもしれない。
恥ずかしくなるくらい自意識過剰だけど、私にはそう思えてならなかった。
何だかすごく照れ臭い気分になりながら、私はまたいちごの背中を擦る。

「ありがとな。本当にありがとう、いちご」

「いいよ。律が元気なら。
元気じゃない律は、律じゃないから」

「何だよ、それ」

言って私が笑うと、いちごは少し目尻を細めた。
すごく温かい雰囲気。
胸がいっぱいになりそうだ。

不意に。
恐ろしいほど多くの視線を感じた。
私は恐る恐る周囲を見回してみる。
気が付けば、私達を様々な感情が宿った視線が包んでいた。

まず和と高橋さんが苦笑して、
ムギはうっとりとして、
アキヨは照れた様子でチラチラと、
憂ちゃんは顔を少し赤く染め、
さわちゃんと唯は若干楽しそうにしていて、
梓が心配そうに澪と私の顔を交互に見ている。
そして、澪は……、えっと……、その……、何だ……。
嫉妬に狂った顔とかならまだよかったんだけど、
よりにもよって今にも泣き出しそうな表情で私達に視線を向けていた。

気まずい……。
別にいちごと私がそんな関係ってわけじゃないし、
いちごだってクラスメイトとして私を心配してくれただけなのに、何だかすごく気まずい。
澪には後で二人きりになった時にフォローしておく事にするとして、
私はどうにか話を誤魔化すようにいちごに話を振ってみた。

「そういやさ、いちご。
前も聞いた話だけど、いちごは何しに毎日学校に来てるんだ?
バトン部の活動もしてるみたいだけど、毎日じゃないみたいだしさ。
でも、いちごは毎日登校して来てるだろ?
よかったらでいいんだけど、それがどうしてなのか教えてくれないか?」

「あ、それは私も気になるな」

私の言葉に続いたのは高橋さんだった。
そういえば、高橋さんも図書室でたまたまいちごに会ったって言ってたよな。

「そうね。もしよければ、私にも教えてもらえるかしら?
若王子さん、先週くらい生徒会室に見学に来たじゃない?
若王子さんが生徒会室に来るなんて意外だったから、驚いたわ。
何か込み入った事情があるのなら、話を聞くのは諦めるけど……」

そう言ったのは和だ。
和の言葉通りなら、いちごは図書室だけじゃなく、生徒会室にも出没してたらしいな。
そういや、そもそも何でいちごは火曜日に音楽室の近くに居たんだ……?

「いちごちゃん、毎日、何してたの?」

「教えてくれると嬉しいな」

「図書室や生徒会室に若王子さんって組み合わせも意外よね」

質問がいちごに集中する。
普段から謎の多いいちごなだけに、
皆いちごの真意が気になって仕方が無いみたいだった。
勿論、私もそうだけど、私が振った話題なだけに、
それを無理矢理いちごに答えさせる形になるのは、言い出しっぺとしていちごに悪い気がする。
両腕を左右に広げ、「ストップ、皆」と言おうとした瞬間、いちごが口を開いた。

「じゃあ、律にだけ教えてあげる」

「へっ? 私っ?」

思わず私は間抜けな声を出してしまっていた。
まさかいちごがそんな事を言い出すとは思わなかった。
まあ、全員に知られるよりは、誰か一人にだけ話す方が気が楽なんだろう。
いや、いちごってそういう事を考えるタイプだっけ?
もう一度覗き込んでみたいちごの表情からは何も掴めない。

「いいなー、りっちゃん。
いちごちゃんは私の心の友なのに、りっちゃんだけずるいなー」

羨ましそうに唯が呟く。
いつからいちごとおまえが心の友になったんだ。
もしかしたら、唯にとってはクラスメイト全員が心の友なのかもしれないけどさ。

「悪いな、唯。
おまえはいちごの心の友かもしれんが、私はいちごの心の故郷だからな」

冗談のつもりだったけど、
その言葉を聞いた澪がまた泣き出しそうな表情になった。
おいおい、またかよ……。
でも、澪の気持ちも分からなくはないか。
今までの関係ならともかく、
友達以上恋人未満っていう複雑な関係の今じゃ、細かい事が気になっちゃうんだろうな。
それは私も同じで、私もムギと澪の関係を気にしちゃったりもしてたからな。
そんな事があるはずないと分かってても、どうしても不安になっちゃうんだ。
それだけ澪が私にとって特別な存在になってきてるって事なんだろう。
勿論、それはまだ口に出して澪には言えないけど……。


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最終更新:2011年11月01日 00:06