「しまったっ……!!」
すぐに立ち上がり走り出すも、遅すぎた。
ガン・ポッドから発射された砲弾が私の真横で爆発し、私の小さな身体は爆風に煽られて吹き飛ばされた。

<大鴉>は悠々と低空飛行をかまし、掃射した後の砂地をメインローターの爆風で巻き上げながら次の掃射のため飛び去ろうとする。
「……げほっ……ぐっ」
砂を吐き出して、私は半分土砂に埋まった身体を引き起こそうと全身の力を振り絞った。
未だに身体が引きちぎられて<死亡>していないのが不思議で仕方ない。
大きな金属片がいくつか太腿に刺さっているがまだ死亡判定も出ていないようだし、何よりまだ動くことはできる。
下半身を襲う激痛に耐えながら、投げ出されていたFALを鷲掴みにすると、私はよろよろと<大鴉>に向かった。
倒れそうになりながらも座位について、FALを構える。
もうこれ以上逃げても、今度こそ機銃の直撃弾で私は木っ端微塵にされるだけだ。

<大鴉>は私の死期を嘲笑うかのようにのんびりと旋回を始めた。

私はFALの銃床を肩に引き寄せ、半ば無心でサイトを覗き込んだ。
<アヴァロン>の黄昏の色彩の中でまばゆい光を跳ね返し輝くキャノピーグラスが向きを変え、切り立った顔をこちらに向けた。

機首を下げ、掃射の態勢に入った<大鴉>が、私を見下ろす。


「お姉ちゃん……お願い護って……!!」
呟きながら引き金を絞ると、ボルトが後退し、私のFALは甲高い音を上げながら弾丸を放った。
レシーバーから排出された薬莢が、くるくると回りながら砂の中に消えていく。

「……お姉ちゃん……!!」
<大鴉>は迫る。


私が第二弾を放とうとしたとき……私は声を聞いた。
「ここにいるよ、うい」
誰かが、私を後ろから抱きしめていた。
「ごめんね、遅れちゃって」
そう小さな声で呟いて、FALのグリップを握る私の手にそっとその手を添えた。
「着弾はした。二発目を撃ち込めばキャノピーの中を弾丸が跳ね回るよ……」
「……うん」
信じられないことかもしないけれど、お姉ちゃんがいる。
「落ち着かなきゃ、次の弾を当てるのは難しいよ」
「私が撃て、って合図を三回出したら、引き金を引いて」

後ろから私を支えてくれるお姉ちゃんを感じながら、私は再びサイトを覗き込んだ。
狙うべき着弾点は、反射が乱れている正面ガラスの弾痕。

「撃て……」
お姉ちゃんが後ろにいるんだ。
私は<大鴉>を撃墜しなければいけない今の状況を呪った。
今すぐにだって振り向いて、お姉ちゃんに抱きつきたい。

「……撃て……」

周囲の音が遠ざかり、私の意識はお姉ちゃんと<大鴉>……それ以外何も感じられなくなった。
次の弾は当たる……そんな根拠もない確信が、私の中に広がっていった。

「……撃て」
引き金を引いた。


銃声の残響が消え去った頃に、<大鴉>は動きを止めた。
そしてゆるやかに制御を失い、巨体がよろめきながら横転を始めた。

「憂」
私は後ろを振り向けなかった。
全身の力がすっかり抜けて、涙が止まらなくなった。
声を殺して泣きじゃくる私に、お姉ちゃんはいつかのように私をぎゅっと抱きしめた。
「泣かないで……憂」
「今は泣きやむまで一緒にいてあげられないかもしれないけど……」
お姉ちゃんにやっと会えたのに……私は何も言えない。
たくさん、数え切れないほどたくさん話したいこともあるのに。
「でも忘れないで、憂」
「私は憂が<アヴァロン>にいる限り、いつも憂のこと見てるから」
目を閉じて肯くと、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「グレイレディ!」
「……再会するときの合い言葉にしよ」

背中の感触がふっと離れ、お姉ちゃんの気配が遠のいた。

「お姉ちゃん……!!」
私は泣きながら声を上げる。
それが無駄だと判りきっていても。

「求めよ、さらば與えられん」
「……またいつか会おうね、憂」
別れの言葉を告げると、お姉ちゃんの気配は消え去った。

「危ないぞ伏せろ!!」
別の声が聞こえて、私は誰かに引き倒された。
<大鴉>が横転しながら地面にぶつかって、ローターを弾き飛ばしながら爆発した。
地の底から衝撃がわき上がり、全身を貫いた。

凄まじい爆発音が続いて、私の泣き叫ぶ声をかき消した。
しばらく、私は放心状態になっていた。
お姉ちゃんのことで頭がいっぱいになって、静けさを取り戻した荒野の中で一人倒れたまま。

どうして、お姉ちゃんがここにいたんだろう。
本当に<大鴉>は撃墜されたのか。
どうすればお姉ちゃんともう一度会えるんだろう……。

何分経っただろうか、危険地帯に長くはいれないと私は半ば戦場の本能で起きあがった。
「大丈夫か? 憂ちゃん……」
澪さんが心配そうに私の傍らに座り込んでいた。

「逃げてって言ったのに……危ないですよ、こんなところにいちゃ」
「全員で帰還する、って言っただろ?」
TH64からマガジンを抜き、残弾をチェックしながら言った。
……二機目の<大鴉>の爆発のときに私を引き倒して衝撃波から救ってくれたの、澪さんだったんだ。
「さっきは、ありがとうございました」
「一人で<大鴉>を撃墜してみせたんだ。感謝してるのはむしろ私たちだよ、憂ちゃん」
「本当にありがとう」
話し方と態度、そして何より雰囲気が最初会ったときと随分変わっていた。
私を認め、平沢唯の妹として気を許してくれたのかもしれない。
<大鴉>の撃墜はお姉ちゃんがいてくれたからこそだけれど。


「……どうやってパイロットを狙うような真似を?」
「お世辞、ですか?」
「そんなのじゃない……本音だよ」
「あんなことをやってのける可能性のある人間は、私の知る限り二人しかいない……」
澪さんが地面に放置していたTH64のマガジンを拾って、袖で拭いながら言った。
「唯か梓の二人だけだ」
私は言葉を失い、しばし沈黙が流れた。


「……ここでは称賛の文字は出ない、行こう」
「ここには私たちしかいない。ここでの戦闘は端末に中継されることもない……」

私も太腿に鈍い痛みが走るのを我慢して立ち上がった。
<大鴉>を仕留めても何も表示されない……つまりあの最高の栄誉であるはずの<Mission Complete>の電光文字は、観客向けのイベントだと言わんばかりだ。


<アヴァロン>の本質が「演じること」……つまりロールプレイであるなら、その演じられた劇を観賞する客を必要とする。
プレイヤーたちは、舞台に立つ俳優であると同時に、その演じられた劇を観賞する観客でもある。
だが、たったいま<大鴉>の撃墜によってクライマックスを迎えた劇の観客など、誰もいなかった。
<大鴉>の残骸はしばらくすれば消滅し、この区画はデフォルトに戻されて、私たちの戦った事実はシステムのどこかに記録されるだけだ。

傭兵になってから、私は様々なパーティに加わってそれなりの経験を積み、数え切れないほどの修羅場も越えてきた。
でもそんな私にとっても、こんな奇妙な作戦は初めてだった。
何らかの手違いによってもう一機の<大鴉>が現れたことは彼女たちにとっても大きな誤算だったのだろうが、それ以外は完璧に練り込まれた戦術で無駄がなかった。


「この湧出点を見つけたのは偶然なんだけど、ここにたどり着くためのループパターンを解くのには半年以上かかったんだ」
「ルートを確立してからがまた大変だった。あれが湧出するタイミングのアルゴリズムを解析するのにさらに半年」
「あの娘たちを戦術に特化させるための訓練にさらに時間がかかった……」
無駄のない……いわば嵌め技に近い戦法を確立するにも、それなりの投資が必要だということなのだろう。
私はさきほどの戦闘で最初の一機を撃墜したときの6人の驚異的な集弾率を思い出した。
30口径の反動を制御するための技術を習得するまでに、一体どれだけの弾薬を消費したことか……その訓練のためのアクセス料金だけでも想像のつかない額になるはずだ。

「それに、この方法は、頻繁にやるとシステム側に対抗措置を取られる……今日のように」
「今回どうして対抗措置に出られたのかはわからないけど……そろそろ間を開けるか端末を変えないといけないんだ」
パーティの戦術とは、所詮はいかに巧妙にシステムの裏をかくかという一点に尽きる。
「濡れ手に粟ってわけにはいかないからね」

「しかも常に墜とせるとは限らない……尻尾を叩き損ねることもある」
私は澪さんの言った交戦規定を思い出した。
誰も逃げない、全員で戦い、全員で帰還する、そして逃げる奴は殺す。
確かに簡単だった。そしてその通りに行動したからこそ、この大和撫子たちは無感動で無表情の日本人形のような集団となったのに違いなかった。

「ねえ、澪さん」
「何?」
「ガトリング機銃で撃たれると、どんな感じ?」
内心の怯えを覚られぬように注意しながら訊いた。
「まず確実に吐く。それから神経性のショックを起こしてしばらく立てなくなる、それだけだよ」
平然と答える澪さんは、やはり昔と全く違う人になった気がする。


「もう一つ聞いていいですか?」
「いいよ、憂ちゃん」
さっきから質問ばかりで澪さんに鬱陶しがられないかと心配になったけど、澪さんはとくに煩がるわけでもなかった。
「フルオートの30口径なら、TH64よりもG3の方が信頼できると思うんだけど」
「ふふっ、FAL使いの言葉とは思えないな」
澪さんが顔をほころばせて答えた。銃の話になると表情が変わるのは、やはり澪さんも紛れもない<アヴァロン>のプレイヤーの一人なのかもしれない。
「……<アヴァロン>を始めて、今やすっかり銃オタクになっちゃった感じで、困っちゃうな」
先ほどの自分の表情に何か思うところがあったのか、澪さんは少し困ったような表情で言った。
「G3のプレス製レシーバーは過度の射撃で変形を起こしやすいんだ。こんな使い方してたら、すぐダメになっちゃう」
「憂ちゃんのFALと同じ削り出しレシーバーと、ティルトボルト・ロッキングの組み合わせが一番信頼できる」
ティルトボルト・ロッキングシステムは前進したボルトの後端が降下し、レシーバーと結合して発射時の圧力に抗する方式で、旧式だが数多くのライフルに採用された実績ある方式だ。
「それに、バイポットは使い勝手もいい。ちょっと強度不足だけど」
TH64の外見上の特徴のひとつであるバイポットは半ば軽機関銃のような運用を考慮して設計されたもので、自衛隊の専守防衛思想の産物でもあったらしい。
「それなら、FALOにはしないんですか? バレルも長いし、バイポットも頑丈です」
それを聞いた澪さんは一瞬困ったような表情を浮かべた。
「うーん、君にはどう見えたのかは知らないけど、この娘たちは分隊支援火器を持てるレベルじゃないんだ……というよりもそれが目標って感じかな」
「これ以上は企業秘密だ、ごめん」

私もそれ以上は聞かないことにした。
私たちのパーティは小走りで荒野を駆け抜ける。

私は無言で起ち上がると、FALに装弾していることを確認して、旋回する<大鴉>に向かって歩き出した。
「何をするつもり!?」
「私が<大鴉>の注意を引きますから、その間に離脱してください」

実力と信用が全ての世界において、傭兵は決して逃げないということが要求される。
私だって曲がりなりにも傭兵で、自分の実力をそれなりに自負している。

私は<大鴉>に向けて308を数発撃ち込むと、全速力で走り始めた。
視界の際では、澪さんたちが戦域から離脱するために走り出していた。

<大鴉>が私に気づき、ローターヘッドのヒンジを稼働させて角度を変えながら横滑りして旋回を開始した。
私が大きな岩の裏側に滑り込んだ瞬間、地形をえぐり取りながら爆風が砂煙を噴き上げる。
私を中心に空中を滑りながら、<大鴉>は執拗にガンポッドの連射を加えた。
口の中が砂の味でいっぱいになって、身体が砂の中に埋まりそうになる。


怪物の寝首を掻こうとした猪口才な騎士たちが恐怖と苦痛から逃れられる手段はない。
砂と汗が混じり泥のようなものが詰まった首筋をジャリジャリを鳴らしながら、私はFALのマガジンを交換した。
強装弾……発射薬の量を増やし威力を高めた弾薬だが、使用しすぎると銃の発射機構にダメージを与えてしまう。
308の強烈な貫通力をこれで飛躍的に高めることができるが、それでもこの化け物に有効な攻撃を加えることは不可能に近い。

もしも敵に損害を与えられるとすれば……コックピットを狙う他ないだろう。
曲面で構成されたバブルキャノピーの強化ガラスは耐弾性を有するが、正面は切り立った平面ガラスがはめ込まれている。
もしもここに強装弾を命中させ、防弾ガラスにヒビを入れることができたならば、次弾で貫通することもできるかもしれない。
<大鴉>が私の正面に旋回をかけ、掃射を始めようとする。


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最終更新:2010年01月25日 21:29