何かの技の名前みたいだが、当然ながらそんな事は無い。
敬語を使うのも忘れて、梓がそんな我を忘れた声を上げるのも当然だ。
それもそのはず。
ムギの指差した先には、半径五十㎝近い大きな穴が掘られていた。
勿論、この穴は私が掘った物でも、唯や澪が掘った物でもなかった。
梓もそれくらいは分かってるんだろう。
軽い化物でも見るような視線をおずおずとムギに向ける。
梓に視線を向けられたムギは、困ったような微笑みを浮かべながら、恥ずかしそうに続けた。
「私、皆でタイムカプセルを埋めるのが夢だったの……。
タイムカプセルを埋めるのなんて初めてだから、
嬉しくて、張り切り過ぎちゃって……、つい穴を深く掘り過ぎちゃったの……」
「そ……、そうなんですか……。
すみません、ムギ先輩……。
何だか私、出しゃばった真似をしちゃったみたいで……」
「ううん。私の方こそ、梓ちゃんの申し出を無駄にしてごめんね……」
「い……、いいえ、謝らないで下さい、ムギ先輩。
あの……、えっと……、お疲れ様でした……」
その言葉の後、梓とムギの言葉は止まった。
無理も無い。
傍から見てた私達ですらびっくりしてるんだ。
事態を全く知らなかった梓の驚きは、私達よりも遥かに大きいはずだ。
何しろさわちゃんに差し入れを持って行った梓と別れてから、合流するまで二十分も経ってないんだ。
まさかその間にこんなに深い穴をムギが一人で掘るなんて、梓も夢にも思わなかっただろうな。
いつもあれだけ重いキーボードを平然と持ち運んでるんだ。
ムギが力持ちだって事はよく知ってたけど、まさかここまでとは思ってなかった。
「穴は私が掘りたい」というムギに、体育館倉庫で見つけたスコップを手渡して約七分。
たったそれだけの時間で半径五十㎝近い穴を掘るなんて、驚異的と言わずに何て言えばいいんだろう。
かなり固いはずの地面をプリンみたいに掘ってくんだもんなあ……。
ムギは絶対怒らせないようにしよう……。
そんな事を考えた、ムギと出会って三年目の冬。
少しだけの沈黙。
私も澪も梓もムギも、何を言うべきなのか迷ってしまってる。
放課後ティータイムの仲間達は言葉を失う。
約一名を除いて。
「穴掘るの、ムギちゃん一人に任せてごめんね。
でも、ありがとう。これでタイムカプセルを埋められるよ!」
その約一名とは言うまでもなく唯だった。
何事にもって程じゃないけど、ほとんどの事には動じない性格の唯が何だか羨ましくなる。
唯の言葉に心が落ち着いたようで、ムギが軽い微笑みを浮かべた。
「ううん、気にしないで、唯ちゃん。
穴を掘るのは、私がやりたくてやった事だもん。
私の方こそありがとう、唯ちゃん。
タイムカプセルを埋めるって夢を叶えさせてくれて」
「いえいえ、こちらこそー」
ムギのまっすぐな言葉に、唯が照れ笑いを浮かべる。
いつもなら突っ込みを入れてたところだけど、今回は別にいいかと思った。
唯のやる事はいつも突然で、いつも無茶苦茶で、
でも、それがいつも面白くて、いつも楽しくて、いつも嬉しい。
多分笑顔になりながら、私は腕を上げて宣言する。
「よっしゃ。
穴はムギが掘ってくれた事だし、タイムカプセルを埋める事にしようぜ。
と言うか、まずはタイムカプセルに入れる物の選別から始めなきゃいけないんだけどな。
梓の鞄の中に入ってる物全部を入れるのは無理だもんな」
目配せをしてみると、流石に鞄の大きさを自覚している梓が小さく縮こまった。
梓も変な所で一生懸命になるよなあ……。
でも、タイムカプセルに心を躍らせてるのは、私も同じだった。
やってる事が小学生レベルではあるけど、子供の頃に戻れたみたいで何か楽しい。
気が付けば、梓の置いていた鞄をムギが軽々と持って来ていた。
そのままムギが鞄を開き、私も鞄の中身を覗き込んでみる。
「色々持って来たよなあ……」
思わず呟いてしまっていた。
梓の鞄の中には部室に置いていた私達の写真や、
余ってたピックや五線譜、学祭でさわちゃんが用意してくれたHTTのTシャツなんかが入っていた。
あの短い間で、よく掻き集めて来たもんだ。
「おっ、これは……」
面白い物を見つけた私は、呟きながら鞄の中からそれを取り出してみる。
中身の入ったCDケース……、我が軽音部思い出のディスクとはつまり……。
「うわあっ!」
妙な声が上がったかと思うと、
そのCDケースがいきなり私の手からひったくられた。
ひったくったのは、勿論澪だ。
横目に様子をうかがってみると、
澪は顔を真っ赤にしてそのCDケースを胸の中に抱いていた。
私は若干呆れて、澪の肩を叩いて軽く声を掛けてみる。
「おいおい……。そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃんか……」
「やだ! タイムカプセルでも、これを残すのだけは絶対に嫌!」
「将来的には、きっと笑える一品になってるって」
「やだやだ! 本気で嫌だからね!」
「み……」
「いーやーだーっ!」
取り付く島も無かった。
まだこんなに心の傷が残っていたのか……。
まあ、一度封印が解かれたとは言え、再封印されたブツだ。
澪にとっては、本気で誰の目にも触れさせたくない代物なんだろう。
そう。そのCDケースの中のディスクの正体は、
梓が入部するより前に制作した新入生歓迎ビデオだった。
何故か澪にナースのコスプレをさせて撮影されたいわくつきの一品だ。
そういや、本当にあれ何でナース服だったんだろう……。
当時、さわちゃんの中でブームでも来てたんだろうか。
どうでもいいけど。
「澪ちゃん、落ち着いて」
心配そうにムギが澪の肩に手を置く。
泣きそうな顔で、澪がムギの方向に振り返って言った。
「こんなの残したくないよ、ムギ……。
梓もどうしてこんなの持って来たんだよ……。
こんなのずっと封印しててよかったじゃないか……」
澪が責めるような視線を梓に向ける。
梓も澪に責められる事は分かってたみたいで、
申し訳なさそうな顔を浮かべながら、大きく頭を下げた。
「すみません、澪先輩。
でも、私、軽音部の思い出はできる限り残しておきたくて……。
特にそのディスクは私達の数少ない映像ですから、絶対に残しておきたいんです」
「梓の言う事も分かるけど、だからって……」
「心配しないで下さい、澪先輩。
澪先輩だけに恥ずかしい思いはさせません。私も封印を解きます」
言って、梓がポケットの中から、また中身の入ったCDケースを取り出した。
澪が胸の中に抱くCDケースと同じく封印されしもう一枚……。
「あ、それちょっと前に作ったビデオ?」
唯が嬉しそうにそのCDケースを指差すと、真剣な表情で梓が頷いた。
私も胸の前で腕を組んで、梓に向けて神妙な声色で呟いてみる。
「軽音部にようこそにゃん……のやつだな」
「今はそこには触れないで下さい、律先輩」
「はい、すみません、梓後輩」
悪い事は言ってなかったはずだが、怒られてしまった。
釈然とはしないが、今は黙っておく事にしよう。
梓は視線を澪の方に戻すと、静かな声色で続けた。
「澪先輩がそのディスクを残すのが恥ずかしいなら、
私も私の恥ずかしいディスクを残します。恥ずかしいけど、残したいんです。
私達が軽音部で活動した記録ですから、
未来の私達じゃなくても、誰かに観てもらいたいって思うんです。
これは私の我儘ですから心苦しいんですけど、
でも、どうかそのディスクをタイムカプセルに入れさせてもらえませんか?」
真剣な表情と、真摯な態度だった。
一度大切な物を失くしてしまった梓なんだ。
残された思い出の品を大切にしたいという気持ちが、誰よりも強いんだろう。
私は軽く微笑み、ムギの隣で澪の肩に手を置いた。
「観念するしかないな、澪。
後輩がここまで言ってくれてるんだ。
願いを聞き届けてやらなきゃ、女が廃るってもんだ」
「それは……、私もそうしてあげたいけど、でも……」
「分かったよ、澪。
おまえの気持ちも分かる。
それじゃ、梓には悪いけど、その代わりに一年の頃の学祭のビデオを……」
「わーっ!
分かったよ! もう我儘言わないよ!
一年の学祭のビデオ入れるくらいなら、こっちのディスクを入れてくれよ!」
澪が真っ赤になりながら、胸に抱いてたディスクを私に手渡す。
勝った……!
脅したみたいで居心地が悪いけど、
澪に早く決心させるためにはこれが一番いい方法のはずだった。
澪としても梓の願いを叶えてやりたかったんだろうけど、
一度嫌がった手前、自分から引き下がりにくかったみたいだしな。
梓が申し訳なさそうに私と澪の顔を交互に見てたけど、
気にするなって意味も込めて、軽く梓にそのディスクを手渡してやった。
梓の言ってる事は確かに我儘ではあるけど、間違ってないんだ。
こういうのは、後輩が言っていい我儘なんだと私は思う。
私は軽音部で後輩になった事が無いから、
模範的な先輩ってやつが分からないけど、
私自身はそういう後輩の我儘を笑顔で聞き届けてやれる先輩でいたい。
「そういえば……」
ムギに支えられて立ち上がりながら、澪が不意に小さく呟く。
「さっき唯はこのタイムカプセルを、
未来の人達へのプレゼントって言ってたよな?
どういう事なんだ?」
それは私も気になってる事だった。
タイムカプセルってのは、当たり前だけど未来の自分達に残すための物だ。
百歩譲って自分達じゃない未来の誰かに残すのはいいとしても、
その人達へのプレゼントってのがよく分からない。
澪に合わせて私も首を傾げると、唯が急に真剣な表情を浮かべて言った。
相も変わらず、馬鹿みたいな速度で雲が流れる空を見上げながら。
「うん、実はね……。
ほら、明日がおしまいの日だよね?
世界から皆が消えて居なくなっちゃう日なんだよね?
私も、りっちゃんも、澪ちゃんも、ムギちゃんも、あずにゃんも、
憂も、和ちゃんも、純ちゃんも、さわちゃんも、皆……、皆……。
って事は、タイムカプセルを残しても、もう私達にこのタイムカプセルは開けないよね……。
誰も開けられなくなっちゃうよね……。
それってすっごく悲しくて寂しい事だよね……?
でも、私、思ったんだ。
世界から皆が居なくなって、生き物全部居なくなっちゃって、
しばらくこの世界から生き物が居なくなっちゃっても……。
いつかは新しい生き物が生まれて来るはずだよね?
理科の授業でやったけど、この地球も最初は生き物が一種類も居なかったんだよね?
それでも、よく分かんないけど、生き物は何処かから生まれて、
私達みたいにお茶を飲んだり、音楽を演奏できるくらいに進化したんでしょ?
だったら……、だったらね?
きっといつかは私達みたいにタイムカプセルを残そうって思う、
今の人間みたいな生き物も生まれてくるって思うんだよね。
だから、このタイムカプセルは、そんな人達へのプレゼント。
ずっと昔、こんな人達が居たんだって、想像して楽しんでもらうためのプレゼントなんだ。
……勿論、私達のタイムカプセルを、
未来の私達じゃなくても、誰かに受け取ってもらいたいって気持ちもあるけどね」
皆、静かに唯の言葉を聞いていた。
唯がそこまで未来について考えてたとは思ってなかったんだ。勿論、私も含めて。
少し強い風に吹かれるその唯の表情は、とても力強く、頼もしく見えた。
「すげーな、唯……」
私が感心して言うと、唯が頭を掻きながら表情を崩した。
「いやー……、
実は今言った事のほとんどが、オカルト研の子達からの受け売りだけどねー」
「私の言ったすげーを返せ!!」
一瞬にして全身から力が抜ける。
澪達も困った感じで苦笑してるみたいだ。
唯も黙っときゃいい話で終われたのに……。
まあ、そういう事を黙ってられないのが、唯って奴なんだけど。
でも、言われてみると、
確かにさっきの唯の言葉はオカルト研の子達が言いそうだった。
世界の終わりの後に生まれる新しい人類なんて、いかにもオカルト的だ。
別に悪いわけじゃない。
そう考えると楽しくなってくるし、
それを真面目に考えてタイムカプセルを残そうと思い付いたのは、確実に唯の発想だろうしな。
「でも、そうだな……」
私は空を見上げながら誰にでもなく、自分に向けて呟いてみる。
「未来の私達じゃなくても、
未来に生きてる誰かがこのタイムカプセルを受け取ってくれたら、嬉しいよな……。
私達が生きた証拠が残るって事だもんな……」
「人は……、二回死ぬ……か」
答えを期待したわけじゃなかったけど、私の呟きに続く言葉があった。
その言葉は澪が呟いたものだった。
澪に視線を向けて、私は小さく訊ねる。
「何だ、それ?」
「いや、唯の話を聞いてて、何となく思い出したんだよ。
聞いた事ないか、律?
人は二回死を迎える。
一回目は肉体的に死を迎えた時。
二回目は誰からも忘れ去られた時……って、よく聞く言葉だよ。
もしもだけどさ……。
もしも本当に新しい人類が生まれて、
このタイムカプセルを見つけてくれたら、その人達は確実に私達の事を考えるよな?
私達の事を考えて、心の中に残してくれるはずだよ。
だったら……、それはつまり……」
「私達の二回目の死は無くなる……って事か?
私達の事を考えてくれる人が居る……か。
肉体的に死ぬ事には違いないけど……、ちょっと嬉しいな」
唯がそこまで考えていたのかは分からない。
未来の人に残す物=タイムカプセルって単純に連想しただけかもしれない。
勿論、それでもよかった。
その単純さが唯の強さで、
そんな唯が私達の仲間でいてくれる事が私達の幸せだったんだと思う。
「素敵な考えだね」
嬉しそうな感じで、微笑みながらムギが言う。
ムギも何度も世界の終わりの事を考えて泣いたと言っていた。
まだ心の中にしこりは残っているんだろうけど、
ムギは世界の終わりを前にして歩みを止めてしまうより、
私達との最後のライブを目指す事を選んでくれた。
泣く事をやめ、取り戻せたそのムギの笑顔は眩しい。
「でも、大丈夫かな……?」
不意にムギの笑顔が曇る。
でも、それは世界の終わりに悲しみを感じてるからじゃなかった。
もしかしたら唯よりも天然かもしれない、
ムギらしい心配をしただけだって事はそのすぐ後のムギの言葉で分かった。
「ここにタイムカプセルが埋まってるって、未来の人達は気付いてくれるかな?
何か目印みたいな物があった方がいいんじゃないのかな?」
私はそんなムギの天然な心配を苦笑しながら、ムギの肩を軽く叩いた。
天然ではあるけど、もっともな心配ではあるよな。
「そういやそうだよな、ムギ。
世界の終わりの後にどれくらい残るかは分かんないけど、
せめて目印になる物くらいは置いておいた方がいいかもな。
できるだけ頑丈で、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにない目印がいいよな。
何かちょうどいい物あったっけか?」
「ふっふっふ……」
私が呟くと、いきなり唯が不敵に笑い始めた。
腰に手を当てて、完全に悪役の笑い方だ。
「何だよ、唯。
気持ちわりーな……」
「気持ち悪いとは失礼な。
でも、許してしんぜよう、りっちゃん隊員。
何故ならば、ふっふっふ……。
目印になりそうな物は既に私が用意しているからなのです!
ふっふっふ……。ふっふっふ……」
「ふっふっふ……はもういい。しつこい」
「えー……。
カッコいい笑い方なのにー……」
「おまえにはそれがカッコいいのかよ。
それはそれで別にいいけど、目印って何なんだよ?
何を用意してるんだ?」
私が訊ねると、いきなり唯が申し訳なさそうな顔になって、ムギを手招いた。
自分を指で指しながら、ムギが首を傾げる。
「え? 私?」
「ごめんね、ムギちゃん。
その目印、結構重いから、運ぶの手伝ってくれる?
皆をびっくりさせようと思って、ちょっと遠い所に置いてるんだ」
「そうなんだ。分かったわ、唯ちゃん。
じゃあ、りっちゃん、澪ちゃん、梓ちゃん。
唯ちゃんと一緒にちょっと行ってくるね」
「大丈夫か、ムギ?
私も手伝おうか?」
澪が心配そうに申し出たけど、軽く笑顔を浮かべてムギが首を横に振った。
まあ、結構重いって言っても、唯基準での結構な重さなんだろう。
唯がムギ一人だけを指名した事から考えても、二人で十分持ち運べる目印に違いない。
ムギもそれを分かっているからこそ、澪の申し出を断ったんだろうな。
唯とムギが二人で駆け出していく。
最終更新:2011年11月01日 00:14