アットウィキロゴ
取り残された私達は、とりあえずタイムカプセルに入れる物を選別する事にした。
梓の学生鞄の中から、唯が持って来た物と被ってない物を探し出していく。
ある程度選別した後、紙袋の中から金属の箱を取り出してみる。
唯が持って来たタイムカプセル用の金属の箱……、
って、よく見りゃこれ箱っつーかクッキーの缶じゃねーか。
こんなので下手すれば億単位の年月を経てまで、
缶の中身を風化させずに護れるもんなのか……?

あ、でも、唯も唯で一応それは考えてたみたいだな。
箱というか缶を開いてみると、
中にはそれより小さい缶が、四重くらいに重ねられてしまわれていた。
缶一つじゃ不安だけど、四つくらい重ねれば何とか保つかなって思ったんだろう。
単純と言うか、何と言うか……。
一缶だけよりはそりゃマシだろうけど、
億単位の年月相手じゃ付け焼き刃もいい所って感じだ。

澪達もそれは気付いてたみたいで、缶を見ながら肩をすくめている。
でも、その表情に呆れはない。私も呆れてなんかない。
まったく唯の奴は……、って思わなくもないけど、
缶の中身を守れるかどうかは、私達には別に重要じゃないんだ。
実際問題、新しい人類ってやつが生まれる可能性がどれくらいなのか、私には分からない。
残念だけど、その可能性は途轍もなく低いんだろうなって思う。
宇宙は広くて、地球に似た環境の星も多いみたいだけど、
まだ宇宙人が見つかってない事から考えても、
人間みたいな生き物がこの宇宙に生まれる確率は本当に低いんだろう。
そんなに低い可能性なのに、
地球に人間みたいな生き物が二回続けて生まれるなんて奇蹟に等しいよな。

だけど、それでもいいんだ。
届かないタイムカプセルだとしても、無駄になる想いだとしても、
少なくとも私達の生きた証はこの世界に残る。残せるんだ。
残す事と、残そうって思う事にこそ、意味があるんだと思う。
それが誰の手に届かなくても、目に触れなくても私は構わない。
もしも本当に新しい人類なんかが生まれて、
私達のタイムカプセルを見つけてくれれば、それだけで御の字ってやつだ。
そんでもって。
その新しい人類がタイムカプセルの中身を調べながら、
「この時代の技術でこんな物が残せるはずが無い!」とか言ってくれると嬉しいんだけどな。
人差し指を立てながら私がそれを言ってみると、澪から呆れた声色の返答があった。

「どういうオーパーツだよ……。
と言うか、全部この時代の技術で作られてるものだし……」

何の面白味もない返答をありがとう、澪。
でも、澪の口からオーパーツって言葉が出てくるとはな。
キャトルミューティレーションやチュパカブラも知ってるし、
こいつって結構オカルトの事を勉強してんだよなあ……。
そういや、こいつ前に言ってたな。
恐いのを見るのは嫌だけど、恐い物の正体を知らない方がもっと恐いって。
律義と言うか、難儀な性格をしてる奴だよな、澪も。
確かに人間は分からない物を恐れる生き物だとはよく聞くけどさ……。

「でも、もしかしたら世界のオーパーツって、そういう物かもしれませんよね」

珍しく私をフォローするように梓が言った。
梓の口からオーパーツって言葉が出るのは別に意外じゃなかった。
何となく梓は色んな事にマニアックな印象がある。
いや、私の勝手な印象で悪いけど、何故だかものすごくそんな気がする。
私の考えを知らず、マニアック(仮)な梓が続ける。

「知ってます?
今の技術の機械を使えばすぐに作れる物なんですけど、
機械が無い当時の技術で、人力で作ったら五十年くらい掛かるオーパーツがあるらしいんですよ。
そのオーパーツを見つけた人達は、
「この時代の技術でこんな物を残せるはずが無い!」って頭を悩ませたんですけど、
後々詳しく調べてみると、本当に五十年掛けて作ってただけだったらしいんですよね。
何とも拍子抜けな話ですけど、何事もそんな物なのかもしれませんね。
もしかしたら、律先輩みたいな人が後世の人を驚かせるためだけに、
そんな風に五十年掛けて趣味で作ったオーパーツも多いのかもしれないなって思います」

「おまえは私を何だと思ってるんだ……」

「え? 律先輩ってそういう人だと思ってましたけど……」

「中野ー……、いや、否定はできんな……」

「否定しろ!」

顎に手を当てて首を捻ると、澪が私の後頭部を叩いて突っ込んだ。
そんな私達の様子を梓が楽しそうに見つめる。
明日世界の終わりが来るってのに、何とものんびりしてるよな、私達も。
まあ、それが放課後ティータイムだ。
放課後こそが私達の真骨頂。
世界の終わりだって、いつもみたいに穏やかに迎えてみせる。

「お待たせ、皆ーっ!」

不意に校庭に私達の中で一番マイペースな奴の声が響いた。
声の方向に視線を向けると、唯とムギがかなり大きな何かを持って歩いていた。
私は大きく手を振って、唯達に声を掛けてみる。

「お疲れ様ー。
目印って何だー……って、それ見覚えあるな」

「ふっふっふ……。皆さんももうお分かりですね。
何を隠そうこれこそ……、えーっと……」

首を捻りながら、唯が私達の立つ桜の樹の下にまで歩き寄って来る。
どうやらそれの正式名称を忘れたらしい。
突っ込もうかとも思ったけど、
それをわざわざ運んで来てくれた唯にそんな扱いをするのも申し訳なかった。
私は口を閉じて、唯がそれの正式名称を思い出すのをじっと待つ事にした。
実を言うと、私もそれの名前をよく憶えてないしな。

「えーっと……、何だっけ……?
何かの石で……、えっとー、何とかストーンって名前で……。
何ストーンだったっけ……?」

そうこうしている内に、唯達は穴の横まで辿り着いてしまっていた。
唯はムギと腰を下ろしてそれを地面に置くと、
何故かピースサインをしながら不敵に笑ってそれを指差して言った。

「そう!
これこそ私達のタイムカプセルの目印……、
ジュリエットのお墓(仮)なのです!」

あ、こいつ諦めた。
これの名前、思い出すの諦めやがった。

「ジュリエットのお墓(仮)って……」

梓が呆れ顔で呟く。
まあ、唯の言う事も間違ってはいないんだが……、
いや、やっぱり間違っていた。
唯の持って来たタイムカプセルの目印は、
前に私達がロミジュリの劇を演じた時にオカルト研から借りた何かの模型だった。
あの時、ジュリエットのお墓の代わりに使ったから、
確かにその模型はジュリエットのお墓(仮)と言えるんだが、
せめて正式名称くらい憶えてないと、いまいち締まらないぞ、唯よ……。
私がそれを指摘すると、不機嫌そうに唯が頬を膨らませた。

「何さー……。
じゃあ、りっちゃんはこの石の名前、憶えてるのー?」

それを私に振るのかよ。
一度聞いた気はするけど、
私もあの時はジュリエットを演じるので精一杯だったからなあ……。
首を捻り、どうにか頭の中に浮かんだ名前を言ってみる。

「ロ……、ローゼンストーン……?」

「ロゼッタストーンだろ、律」

一瞬にして突っ込んだのは澪だった。
ロミオを演じてたのに意外と余裕があったのか、
それともオカルトに詳しいからこの石の名前を知ってたのか……。
どっちでもよかったけど、多分後者なんだろう。
澪に突っ込まれた私を指差して、唯が実に嬉しそうに笑った。

「りっちゃんだって憶えてないじゃん。
それでこそりっちゃんだよ!」

「ロゼッタのロの字も出て来なかったおまえに言えた事か!」

言いながら、私は唯の頬を軽く引っ張ってやる。
それでも、唯は笑うのをやめずに、嬉しそうににやけていた。
唯の奴は前々から私の事ばかり馬鹿にしてかかるが、
真面目な優等生が多い我が軽音部の中で、自分サイドの仲間が居る事が嬉しいんだろうな。
まあ、私も同じ様に唯に救われてる所は結構あるけどさ。
とは言え、馬鹿にばかりさせるのも腑に落ちない。
もう機会も無いかもしれないし、思う存分唯の頬を引っ張っておく事にしよう。

ある程度唯の頬を引っ張った後、私が唯の頬から手を放すと、
若干呆れた表情を浮かべてた澪が少し神妙な顔になって言った。

「でも、よかったのか?
そんな高そうな物、オカルト研から借りて来ちゃって。
迷惑だったんじゃないか?」

それは確かに澪の言うとおりだった。
結構な大きさだし、本格的な造形だから、相当高価な物に違いない。
私が少し不安に思いながら唯の顔を覗き込んだけど、
唯は幸せそうに微笑んでから指でピースサインを形作った。

「大丈夫だよ、澪ちゃん。
オカルト研の子達、「新人類へのメッセージのためなら喜んで」って笑って貸してくれたもん」

あのオカルト研の子達が笑って……?
全然想像できないけど、嘘を言う必要も無いし、その唯の言葉は本当なんだろう。
学祭以来、唯はオカルト研の子達とかなり交流があったみたいだし、
無表情に見えるあの子達の笑顔を引き出せるくらい仲良くなってたんだろうな。
流石は唯だよな。
笑顔のまま、幸せそうに唯が続ける。

「このジュリエットのお墓(仮)を貸す代わりに、
タイムカプセルにオカルト研の研究レポートも入れてほしいって頼まれたけど、
別にいいよね、皆?」

「まあ、お世話になってる立場だし、
それくらいこっちも喜んで入れてあげようぜ、唯。
でも、『終末宣言』以来、会う機会が無かったけど、あの子達も元気そうでよかったよ」

私が返すと、珍しく唯が苦笑した。
苦笑される方ならともかく、唯が苦笑するなんて、何かすごい事があったんだろう。

「うん。元気だったよ、オカルト研の子達。
おしまいの日の後に生まれるはずの新人類の研究が忙しいって楽しそうにしてたし。
何だったかなあ……?
終末をちょ……ちょうえつ? したエク何とかって新人類が生まれるって言ってたよ」

「エク何とか……?
よく分からんが、それはすげーな……」

「エクシードですか?
超越と書いてエクシードって読む」

私の言葉に続いたのは、マニアック(仮)な梓だった。
何でここでおまえが答えるんだ……。
私だけじゃなく、梓の事なら基本的に全肯定する唯も複雑そうな表情を浮かべた。

「す……、すごいね、あずにゃん!
確かそういう名前だったと思うけど、まさかあずにゃんが知ってるなんて……」

「前に本で読んだ事があったんですよ」

何の本だよ!
そう突っ込もうかと思ったが、
何だか藪蛇になりそうだったからやめておいた。
それでも、私にはただ一つ思う事があります……。
多分その超越(エクシード)ってのは、
オカルト用語じゃなくて、少年漫画的な用語に違いないという事です……。
いや、深くは突っ込まないけどさ。
とりあえず、これから先は梓の枕詞のマニアック(仮)から、(仮)を取る事にしよう。

「それじゃあ、タイムカプセルの中身を入れちゃわない?」

タイムカプセルを埋めるのを一番楽しみにしてるはずのムギが、楽しそうに声を上げる。
私達の会話に割って入るなんてムギらしくないけど、早く埋めたくてうずうずしてるんだろう。
いつまでも雑談してるわけにもいかないし、私もそのムギの提案に異論は無かった。
見渡してみると、唯達にも異論は無さそうで、それぞれに頷いていた。
思い思いに色々な物を詰め込んでいく。

唯が預かったオカルト研のレポート。
放課後ティータイムのマークを描いたピック。
さわちゃんの作ったHTTのTシャツ。
新曲を含めた私達の全曲分の楽譜。
新入生歓迎ビデオのディスクの新旧二枚。
猫耳に虎耳にウサミミに犬耳に象耳。
予備で持って来てた私の白いカチューシャ。
ライブハウスで演奏した時以来、
皆の楽器のケースに貼っていたバックステージパス。
私が授業中に唯と回し合ってた手紙。
唯が憂ちゃんと制作した、一年の頃の私達と梓との合成写真。
『終末宣言』後、試しに何曲か演奏を録音してみたカセットテープ。
そして、その一番上には……。

「えっ……?」

梓が小さく声を上げる。
まさかこれをタイムカプセルの中に入れるとは思ってなかったんだろう。
半分泣きそうな表情になって、それを入れようとする私の右腕の袖を掴んだ。

「そんな……。それを入れちゃ駄目ですよ、律先輩……。
だって……、それを入れちゃったら……、先輩達の思い出が……。
私……、私のせいで……」

その声色は掠れてきていた。
泣きそうになっているのを、ぐっと堪えているんだろう。
私は私の右の袖を掴む梓の手を左手で優しく包んで伝える。
そうじゃないんだって。
梓のせいなんかじゃないんだって。

「違うぞ、梓。
これをタイムカプセルに入れようって思ったのは、梓のせいじゃない。
梓のおかげなんだぜ?」

「梓がさわ子先生に差し入れに行ってる間に、皆で話し合ったんだ。
こうするのが一番いいんだってさ」

私の言葉に続き、澪が梓の頭を軽く撫でながら言う。
私の包む梓の手が強く震え始める。
恐怖から震えてるわけじゃない。
いよいよ涙を堪えられなくなってきてるんだろう。
勿論、梓を泣かしたいわけじゃないけど、
私達のこの言葉だけは大切な後輩に伝えなきゃいけなかった。

「梓ちゃんが教えてくれたのよ?
私達は物に頼らなくても、絆を信じられるんだって」

母親みたいな優しい顔を浮かべながら、ムギがタイムカプセルにそれを入れる。
『い』という文字のキーホルダー……、
梓が居ない間に学生鞄から外しておいたキーホルダーを。

「そうだよ、あずにゃん?
私達は大丈夫。思い出のお土産が無くたって、心はいつまでも一緒だもんね」

『ん』のキーホルダーをタイムカプセルに入れ、
唯は涙をこぼし始めていた梓を後ろから強く抱き締める。
また梓の手が大きく震えるのを感じる。

「大切なのは物じゃなくて、物に込められた気持ちだからな。
梓がそれを信じてくれてるのに、
先輩の私達が信じないわけにはいかないだろ……?」

澪が『お』のキーホルダーを置く。
妹を見守るみたいに、置いた手を動かして梓の頭を撫でる。

「でも……、それはやっぱり……。
うっ……、ううっ……、私が……、
私がキーホルダーを失くしちゃった……、せいで……。
そんな私の……、ひっく……、馬鹿みたいな失敗に……、
先輩を付き合わせてしまうなんて……、私の……せいで……」

泣き声を混じらせながら、梓が声を絞り出す。
梓は責任感の強い子だ。皆への優しさから、責任を背負い込む子だ。
自分一人が耐える事よりも、周りの人達を巻き込む方を辛く感じる子なんだ。
だから、どうにか乗り越えた気でいたキーホルダーの事で、
また私達に迷惑を掛けてしまってる気になっているんだろう。
でも、私達には決してそれが迷惑じゃなかった。
それを示してやりたいと私は思った。

「前も言っただろ、梓?
私はおまえのおかげで私自身や軽音部の事を、深く考えられたんだよ。
私だけじゃない。
唯も澪もムギも、おまえの思い悩む姿を見て、色んな事を考えられた。
おまえが教えてくれたんだ。
私達がどれだけ軽音部の事が大切だったのかってさ。
だから……、大丈夫だ」

言って、私は『け』のキーホルダーをタイムカプセルの中に入れた。
『け』『い』『お』『ん』の配置で、キーホルダーがタイムカプセルの中に並ぶ。
そこに『ぶ』のキーホルダーが無い事は少し寂しかったし、
梓もそれを申し訳なく思ってるんだろうけど……、
その『ぶ』のキーホルダーの事を皆が忘れなければ、それでいいんだと思う。
澪の話じゃないけど、私達がキーホルダーの事を忘れなければ、
キーホルダーは私達の手元から無くなった事にならないんだ。

「私達はキーホルダーの事を憶えてる。絶対に忘れないよ、梓。
キーホルダーが無くても平気だし、何の心配もしてない。
梓が心苦しく思う必要は何も無いんだ。
でも、一つだけ心に残しておいてくれ。
私達はキーホルダーとおまえの事を憶えてる。忘れてやるもんか。
だから、おまえも憶えておいてほしい。
失くしたキーホルダーと私達の事を。
私達はおまえの事を憶えていて、おまえは私達の事を憶えていてくれる。
結局の所、それが私達の絆に繋がるんだって思うからさ。
その絆があったって事実だけは、世界が終わったって変わらないんだよ。
それだけは頼むぜ、梓」

「は……い……!」

「声が小さいぞ、中野!」

「はい……っ!」

涙を流しながら、梓が力強く宣言してくれる。
唯が梓を支えながら、その場に立たせてやる。
涙こそ流れていたけど、梓の瞳には強い光が宿っていた。
もう大丈夫だ。梓も、私達も。

穴の中に置いてから、皆でタイムカプセルを埋めていく。
土を完全に戻し終わった後、その上にロゼッタストーンを配置する。
未来の人達に届くかどうかは分からないけど、
少なくともこれで私達の生きた証は残せたと思う。
それだけで勇気が湧いて来る。
後は私達が今生きてるんだって、世界に向けて見せ付けてやるだけだ。

誰が言うでもなく、一人一人が音楽室に向けて駆け出していく。
世界最後の……、いや、高校最後のライブに向かって、突っ走っていく。
世界の終わりなんか関係なく、このライブだけは最高のライブにしてみせる。
絶対、歴史に残してやるんだ。

走っている途中、
ふと目に入った校舎の時計は、午後二時三十分を回っていた。
ライブの開演時刻は午後六時三十分。
ライブまで、残り四時間。


45
最終更新:2011年11月01日 00:15