アットウィキロゴ


タイムカプセルを埋めて音楽室に戻ると、
私達は五人揃って、静かに自分の楽器のメンテナンスを始める。
唯達、弦楽パートは弦を変え、念入りにチューニングをしている。
キーボードのムギは特にメンテナンスする事も無かったみたいだけど、
私達の曲で使う音色だけじゃなく、普段は使わない音色まで名残惜しそうに何度も鳴らしていた。
多分、それぞれがそれぞれに、自分の相棒との最後の会話を交わしているんだと思う。

勿論、それは私も同じだ。
中学の頃、やっと中古で手に入れた私の相棒のドラム。
買ってから叩かなかった日は一日も無い……とまではいかないけど、
心の中では毎日こいつを叩き続けてた。どんな風に叩いてやろうかって考えるのが楽しかった。
唯みたいに名前を付けたりはしてないけど、こいつだって私の一番の相棒なんだ。
最後まで頼むぜ、相棒。
心の中で呟きながら、私も最後のメンテナンスに取り掛かる。

そういえば、世界の終わり……、
終末は生き物だけが死を迎えるっていう世にも奇妙な現象らしい。
その原理や理屈はともかくとして、
もし本当にそうだとしたら、こいつらはこの世界に生き残るって事なのかな。
こいつらがこの世界に残るのは嬉しいけど、私は同時に寂しくもなった。
例えこいつらがこの世界に残れたとしても、誰も演奏する人が居ないまま、
音を奏でる事もできず、ただ埃を被って風化していくって事になるんだろうか。
その想像は私の心をとても寂しくさせた。

だから、せめて……と思う。
もし新しい人類が生まれるとするなら、せめてできるだけ早く生まれてほしい。
その人類が取り残されたこいつらに興味を持って、
その場に居ない私達の代わりに演奏してやってほしい。
何だったら終末を迎えた地球に興味を持った何処かの宇宙人なんかでもいい。
その宇宙人がこいつらを演奏してやってくれてもいい。
誰でも構わないんだ。
私達の相棒を演奏してくれるなら……。
途方もなく馬鹿馬鹿しい想像だったけど、私は心の底からそれを願う。

皆のメンテナンスが完全に終わった後、
音楽室での最後の練習を手早く終わらせると、私達は講堂の舞台袖に相棒達を運び込む事にした。
ライブまでまだ時間はあったけど、準備は完了させておかないといけない。
特にライブ直前にドラムを運び込んで即座に演奏するなんて、流石の私でも体力的に自信が無いしな。
本当はもう少し練習しておきたくもあったけど、
どうせいくら練習しても練習し足りたと思える事はないだろう。
不安はある。緊張もしている。
でも、それはどんなライブでも同じ事だ。
これは私達がこれまで何度も感じて来た緊張と不安だ。
だから、私達は普段通りその緊張に向き合えばいい。
いつもと同じく、これまで練習して来た自分達の成果を信じればいいだけだ。

舞台袖では和と憂ちゃんが待っていた。
私達を待っていたのかと思ったけど、そうじゃなかった。
和は今日の講堂のイベントを裏方で取り仕切る仕事があるらしく、
憂ちゃんはその仕事を手伝ってるんだそうだった。
何で憂ちゃんが和を、って一瞬思ったけど、すぐに思い直した。
この前、二人で私の家に来た事だし、和と憂ちゃんって実はかなり仲がいいんだよな。
そりゃそうか。
唯が和の幼馴染みって事は、憂ちゃんも和の幼馴染みって事なんだから。
私の知らない所で、二人の間に色んな絡みがあるんだろう。

ふと気になって、私の幼馴染みに視線を向けてみる。
秋山澪……、私の幼馴染みで友達以上恋人未満。
流石に憂ちゃんと和が私達みたいな特殊な関係とは言わないけど、
やっぱり幼馴染みってのは、誰にとっても特別な存在なんだと思う。
憂ちゃんもそうなのかは知らないけど、
唯はたまに私達には決して向けない表情を和に向ける事がある。
安心しているのか、信頼し切っているのか、
私達には立ち入れない関係性を感じさせる温かい笑顔を……。
ひょっとすると、私も澪に向けてそんな表情を向ける事があるんだろうか?
自分では分からないけど、そう考えると少し照れ臭い。

楽器を配置し終わってから、舞台袖の和達と別れて音楽室に戻ると、
妙に嬉しそうな表情を浮かべているさわちゃんが長椅子の上で眠っていた。
しかも、ただ眠ってるわけじゃない。
美容室でシャンプーしてもらう時みたいな体勢で、
長椅子の手すりに首の付け根を乗せて、ガクンと頭だけ床の方に垂らしていびきを掻いていた。
よくこんな体勢で眠れるな。
と言うか、絶対これ首痛めるぞ……。
私のそんな思いをよそに大きな寝息を立てるさわちゃんは、手に大きめの紙袋を持っていた。
死後硬直みたいに固く握られたさわちゃんの手から、無理矢理紙袋を奪い取ってみる。
予想通り、紙袋の中には五人分の洋服が入っていた。
多分、さわちゃんは徹夜で私達の衣装を縫い終えて音楽室まで来てくれたんだけど、
楽器を運んでて居ない私達を長椅子に座って待ってる内に、力尽きて寝ちゃったんだろうな。
私達のためにこんなに頑張ってくれたんだ……。
そりゃ自分の作った衣装を私達に着せたいっていう下心もあるんだけど、
今は私達のライブのために頑張ってくれた顧問の先生が純粋に誇らしかった。

ありがとう、さわちゃん。
面と向かって言った事は無かったはずだけど、本当にありがとう。
さわちゃんが顧問になってくれたおかげで、私達は三年間本当に楽しかったよ……。
私達、これからこの衣装を着て最高の演奏をするから、
さわちゃんへの感謝も込めて、精一杯演奏するからさ……。
だから、見守ってて下さい、先生。

皆もそういう事を考えてたんだと思う。
私が目配せをすると、皆が静かながら強く頷いて、さわちゃんの衣装を手に取り始める。
遅れないように、私も紙袋の中から自分の衣装を探し始める。
これから着替えるんだ。私達の最後の勝負服に。

正直な話、さわちゃんの用意したその衣装は意外だった。
世界が終わらなくても、ライブはこれが最後の機会になるわけだし、
さわちゃんがどんな衣装を用意してても、私達はそれに着替えてみせるつもりだった。
スク水だろうと、ナース服だろうと、チャイナ服だろうと、ボンテージだろうと、
露出の多い服装を好むさわちゃんの求める衣装に着替えようと思ってた。
そういう服に一番抵抗がありそうな澪でさえ、私達のその考えに反対しなかった。
澪だってさわちゃんに感謝の気持ちを示したいのは同じなんだ。
それこそ、私達はV字フロント水着だろうと着……、
いや、流石にV字フロント水着は嫌だけど、ある程度の露出までは気にしないつもりだったんだ。
だからこそ、さわちゃんの用意した最後の衣装は意外だった。
露出が完全に無いとは言わないけど、精々夏服やキャミソールレベルの露出の衣装。
下手すりゃ、私の持ってる夏服の方が露出してるくらいだ。
この衣装でいいのかなって、少し不安になる。

でも、この衣装を持って音楽室に来てくれてる以上、
この衣装こそさわちゃんが私達に最後のライブで着てほしい衣装のはずだ。
なら、私達も迷わない事にしよう。
最後のライブの最後の衣装はこれで決まりだ。

今回の衣装は全員がお揃いの服じゃなかったから、
どれが誰の服かは分かりにくかったけど、
だったら、さわちゃんが何を考えて私達の衣装作ったのか考えればいいだけだ。
まあ、そんなに悩まなくても大丈夫。
私達のスリーサイズまで何故か知ってるさわちゃんの事だ。
これまでもそうだったんだし、それぞれの体格に合った衣装を作ってくれてるに違いない。
それに私の場合はもっと簡単だ。
さわちゃんとは何回も私の好きな色の話をした事がある。
私が好きな色は、普段、私が着用してるカチューシャの色……、
私がそうありたいと思う明るい光の色……、黄色だ。
だから、私には黄色の衣装を用意してくれてるはずだ。
黄色のズボン……、黄色い下着の方じゃないパンツはすぐに見つかった。
これだと見立てて履いてみると、サイズもぴったりだった。
続けて私の体格に合った衣装を探し出し、袖に腕を通していく。

皆が着替えるまで、時間はそんなに掛からなかった。
梓は一番小さな服を着ればいいだけだし、
何か悔しいけど澪は胸元がゆったりした衣装を探せばいいだけだったからな。
着替え終わると、次はその衣装に合う髪型を皆で話し合っていく。
髪が短めな唯と私は普段通りでいいとしても、
澪、ムギ、梓の長髪メンバーはそういうわけにもいかない。
髪が長いと、衣装に合わない髪型が余計に目立っちゃうんだ。
実は私、それが面倒で髪をあんまり伸ばしてなかったりするし。
勿論、今の髪型が気に入ってるからでもあるけど。

話し合った結果、澪は特に髪を結ばず、梓とムギがポニーテールでいく事になった。
梓とムギのポニーテール姿はあんまり見た事が無かったけど、
よく似合ってたし、二人の衣装にぴったりな髪型だと思った。
唯なんか「ポニーテールのあずにゃんも可愛い」って梓に抱き着いたくらいだ。
とにかく、これで全員の着替えは終わった。
後はさわちゃんを起こしてこの姿を見せて……。
そう思った瞬間だった。

突然、何の前触れもなく、私の前髪が私の目を隠すように下りてきた。
何で急に前髪が下りてくるんだ?
そんなの簡単だ。誰かが私のカチューシャを外したからだ。
いや、今はそんな事は重要じゃない。
心の準備ができてる時ならまだしも、
私のこんなおかしな髪型を急に皆に見せるなんて恥ずかし過ぎる。
唯のおでこ禁止らしいが、私は前髪禁止なんだ。
ものすごく嫌ってわけじゃないけど、人にはあんまり見せたくない。
俯いて、両手で顔を隠して、誰かに外されてしまったカチューシャを探す。

カチューシャはすぐに見つかった。
犯人はさわちゃんだった。
涼しい表情をして、何事も無いかのように手に私のカチューシャを持っている。
いつの間にか目を覚ましていて、私の背後からこっそりカチューシャを外したらしい。

私は「返せよ、さわちゃん」と責めるみたいに要求してみたけど、
さわちゃんは何故だかすごく優しい顔を浮かべてから、私に頭を下げた。
「このライブ、前髪を下ろしたりっちゃんの姿を見せてほしいのよ」って、懇願するみたいに。
これまで、衣装の事について、さわちゃんとは何回も話した事がある。
唯やムギは大体どんな衣装でも着るだろうし、
澪は逆にほとんどの衣装を着たがらないだろうから、
いつの間にか私がさわちゃんと衣装の打ち合わせをするようになっていた。
とは言っても、私も別に衣装にこだわりがある方じゃないから、
二つだけ釘を刺しておいて、後の事はほとんどさわちゃんに丸投げしてたんだけどな。

釘を刺した事の一つ目は、単純にあんまり露出の多い衣装は作らない事。
いや、正確には別に作ってもいいけど、私達に着させないようにする事だった。
そんな衣装作られても澪は絶対着ないし、私だって着たくないもんな。
二つ目は、お願いにも似たすごく個人的な約束だ。
こっちの方も単純。
私の衣装は私がカチューシャを着ける事を前提として製作してほしいって約束だった。
どんな衣装でも大体は着るけど、それだけは譲れなかった。
前髪を下ろした私なんておかしいしさ。
少し不満そうにしながらも、これまでさわちゃんは私との約束を破らなかった。
ちょっと露出が多めの事もあったけど、
私の衣装だけはカチューシャに似合いそうな衣装にしてくれていた。
さわちゃんも分かってくれてるんだと思ってた。
私が前髪を下ろしたくないんだって。

いや、違うか。
今もさわちゃんは私が前髪を下ろしたくない事を分かってるはずだ。
分かってるけど、私に前髪を下ろした姿でライブをしてほしいんだろう。
迷いながらさわちゃんの顔を見ていると、さわちゃんは、
「私だけじゃないのよ。クラスの皆も、カチューシャを外したりっちゃんを見たがってるの」って続けた。
そう言われると、ライブを観に来てもらう立場としては弱い。
クラスの皆だって、私が前髪を下ろすのは苦手だって事は知ってるはずだ。
だけど、見てみたいんだと思う。前髪を下ろした本当の私の姿を。
それが誤魔化しの無い私の姿を皆にぶつける事に繋がるんだろうし。
あ、いや、本当の私の姿は、カチューシャを着けてる方なんだけどな。
前髪を下ろしてる方は仮の姿だ。私の中では。

でも、皆がそれを望んでるなら、叶えてあげるのがプロってやつだ。
……プロじゃないけど。
話をさわちゃんにもう少しだけ詳しく聞いてみると、
クラスの皆の中でも、特にいちごが私に前髪を下ろしてもらいたがってるんだそうだった。
いちごかよ……。
それならそうと、私に直接言ってくれりゃいいのにさ。
まあ、いちごも面と向かっては人に言いにくい事があるのかもしれないな。
私は溜息を吐いてから、苦笑する。
心は決まった。
今回くらい、特別出血大サービスだ。
カチューシャを外して、前髪を下ろした姿で演奏してやろうじゃないか。

……つっても、やっぱりちょっと恥ずかしい。
幸い、私の衣装の上着はパーカーだったから、
フードを被る事だけはさわちゃんに許してもらった。
「フードを被らないのが日本の風土なのにー」
って、駄洒落を言いながらだったけど、さわちゃんのその視線はすごく優しかった。
もしかしたら、こうなるのを見越して私の衣装をパーカーにしてくれたのかもしれない。

何はともあれ、こうして全員の衣装合わせが完了した。
皆で肩を並べて整列してみる。
若干コミックバンドっぽかった今までとは違って、
今回は今時の女の子のラフな服装って感じで、何だか本当にガールズバンドみたいだ。
いや、実際にもガールズバンドなんだけど、今までが今までだったからなあ……。
満足そうに私達の衣装を観賞した後、
さわちゃんが最後に手作りらしいバッジを私達に手渡した。
バッジには『Sweets』って書いてある。
折角ガールズバンドみたいな感じになったのに、
どれだけお菓子ばかり食べてるお菓子系だと思われてるんだ、私達は。
……あれ?
お菓子系ってそういう意味じゃなかったっけ?
まあいいや。
お菓子ばかり食べてるってのも、我等が放課後ティータイムの正しい姿だ。
苦笑しながら皆でバッジを着け合って、今度こそ最後の勝負服に着替え終わった。

携帯電話で確認してみると、遂に時間は午後五時を回っていた。
円陣を組んで皆で気合を入れ合おうと思って部室内を見回すと、
いつの間にかムギがお茶の用意をして、さわちゃんが一足先にケーキを食べていた。
本当にマイペースな方々ですね!
肩を落として、澪に視線を向けてみる。
澪も呆れた顔を少し浮かべてたけど、すぐに「仕方ないな」と呟いて自分の椅子に座った。
確かに仕方ないか、と私も思い直す。
これも私達にとっては、バンド活動の一環なんだ。
私も席に付いて、最後になるかもしれないムギのお茶を待つ事にした。


46
最終更新:2011年11月01日 01:07