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梓「……帰ってきちゃった」

電車を降りて改札口を出ると懐かしい街並みが広がる。
高校生の頃毎日見ていた景色。
歩道に並ぶ街路樹や昔よく使ったコンビニなんかもそのままだ。

ただ今日の天気のせいでちょっと暗い。
街の彩りも薄い気がする。
もうすぐ冬だからかな。

雲が低いけど真っ直ぐ実家に帰るっていう気分じゃない。
傘は……いらない。

駅を出て宛もなく歩く。
気付いたら家とは逆方向へ向かってた。
帰るのがめんどくさくなりそう。
でもいいや。

人通りの多い道を避けていたら閑静な住宅街に出た。
馴染みのない場所だけど知り合いにも会いたくないし丁度いい。

……あ。
手の甲に小さな水の粒。
頬にも。
やっぱり振ってきちゃった。

元々人通りの少ない道の上に雨も降ってきて辺りには誰もいない。
ある意味アッチと変わらないかも。
何となく帰ってきたけど、私は何がしたいんだろう。

大学を出て都会で一人暮らしして今までやってきたけど……。
周りに友達はいないし仕事はきついしで気が付いたらいつも一人。
会社は賃金、労働時間、人員全て最悪。
転職先を探してる最中だったけど辞表を提出してしまった。

最初はスッキリしたけど次の就職先は中々決まらなくて、ズルズルとそのまま生活して……。
そんなだったから友達や先輩からの連絡に応え難くて気が付いたら音信不通状態。
地元に戻って来た所で友達に連絡も出来ない。

梓「はぁ……」

雨で髪の毛も顔も濡れてる。
それにこんな場所で、涙が零れても誰にも気付かれないだろう。

と思ったら人がいた。
女性らしい傘を差して、道の脇にしゃがみ込んでいる。
空き地の草むらを見てるみたいだけど……どうしてこんな雨の中で?
少し気になったけど視線を逸らした。
雨を拭うふりをして目を擦り、女性を避けるように道路の反対側へ。
そうして気付かれないように通り過ぎようとした時。

  「あずにゃん」

梓「えっ」

懐かしいフレーズに思わず声が出てしまった。

答えたからには振り向かない訳にもいかない。
恐る恐る顔を向けるとしゃがんでいた女性もこちらを見ていた。

梓「あ……」

  「あっ!」

一年以上会っていなかったけど顔を見てすぐにわかった。
あだ名で呼ばれた時点で薄々気付いてたけど。

  「あずにゃん!?」

梓「あ、はいっ……」

私は体裁を激しく気にしつつもなるべく自然な感じで受け答えた……つもり。
というか、どうして呼んだ本人が驚いてるんだろう。

  「あ、あ、あずにゃんっ……!」

梓「え、っと、お久しぶりです」

  「あずにゃーん!!」

唯先輩が傘を投げ捨ててこちらに駆けてきた。

梓「ちょ、ちょっと……ぐえっ」

そのままタックル風味に抱き付かれて執拗にハグされた。
大人びた顔つきになったと思ったけどやってる事は昔と変わらない。
あの頃の唯先輩のにおいがする。

唯「あずにゃん久しぶりだよー!」

梓「そ、そうですね」

懐かしい感覚に気持ちがほころぶ。
その一方で今まで連絡を無視していた言い訳を考える。

唯「ああぁ~会いたかったよあずにゃ~ん」

梓「……」

どうしよう、どうしよう。

唯「あずにゃんてば全然連絡くれないんだもーん」

きた。

梓「あ、ええと、それには事情がありまして……ですね……」

携帯が壊れて……違う。
仕事が忙しくて……だめだ。
ええと、ええと……!

梓「ちょっと、仕事やめちゃいまして……」

嘘が下手くそな前に、私ってこういう場面で嘘がつけないんだった。

唯「そうだったんだぁ」

梓「あは、ははは……」

唯先輩はそれ以上追及せず私との再会をとにかく喜んでいる。
正直に言ってしまったけど、先輩の反応を見てほっとした。

唯「ふう~」

唯先輩のにおいが遠ざかり、ちょっとだけ後ろ髪を引かれる。
先輩は一歩下がって私を見つめてきた。
まだ後ろめたさが残っていて目を逸らしてしまう。

梓「な、なんですか?」

唯「あずにゃんびしょ濡れだね」

梓「え、あ……」

傘を投げ捨てた唯先輩も濡れていたけど、私はそれ以上にびしょびしょだった。
でも泣いていたのは誤魔化せたっぽい。

唯「そうだ、私の家に来なよ!」

梓「えっ……」

唯「どしたの?」

梓「あ、いや……」

唯先輩の家という事は憂の家でもあって、
音信不通してた身としては同級生の友達と会うのは特に気まずい。

唯「大丈夫」

梓「え?」

唯「私の家ここの近くだから」

そう言うと唯先輩は私の手を引いて歩き出してしまう。
投げ捨てた傘もそのままに行こうとしたので慌てて指摘すると、先輩ははにかんで傘を拾った。

梓「それから、こっちって逆方向じゃあ」

唯「私今アパートで一人暮らししてるんだぁ」

その言葉にいくらか気が休まった。

二人で静かな雨道を歩く。
私達以外に誰もいないとは言え、手を繋いで相合傘はかなり恥ずかしい。
それに唯先輩は手を繋ぎながら二人の間に傘を差しているので歩き辛そうだ。

梓「あの、ちゃんとついて行くので手離して下さい」

唯「やだ」

梓「え……」

唯「……すぐそこだからさ。ね?」

お願いっ!
という顔をされて、しぶしぶ了承する。
二十歳を超えた辺りから「○○歳って思ったより大人じゃないんだなぁ」と感じていたけど、
流石にこれは高校生じゃないと恥ずかしい。
いや高校生でも恥ずかしいか。
対する唯先輩はそんな事お構いなしでとても楽しそうにしている。
こういう所も変わってないなぁ。

そうして連れてこられたのは小ぢんまりとした二階建てのアパートだった。
その一階の端っこが唯先輩の部屋らしい。……私の住んでたアパートより綺麗かも。

唯「ここが私のマイホームだよっ」

得意気にドアを開けて私を中へと促す。その仕草は昔の唯先輩よりも上品に見えた。
ちゃんと大人やってるんだな……。

私が玄関へ一歩踏み入れた時、何かが私の足をすり抜けて行った。

梓「うわっ!」

  「にゃーん」

梓「……ねこ?」

唯「あっおかえり~」

梓「唯先輩猫飼ってるんですか?」

唯「え? ああこの子はお隣さんのねこちゃんだよ」

栗色の毛並をしたネコがずかずかと入っていった。
私と初対面なのに警戒心がないというかなんというか。

梓「自分の家の様に入っていきましたよ……雨に濡れてはいないみたいですけど」

唯「たまに遊びに来るの。かわいいよね~」

これはきっといつもの事で、唯先輩の事だからお隣さんとも仲が良いんだろうな。

猫に続いて私もお邪魔させてもらう。

唯「狭い所だけど適当にくつろいでね」

玄関の左手に台所、右手にお風呂とトイレがあって、その奥にあるリビングに腰をおろす。
思いのほか片付いていて綺麗だ。
……トイレとお風呂別々なんだ、いいなぁ。

唯「ほい、タオルだよ」

梓「ありがとうございます」

部屋を見回すと可愛らしい小物やインテリアが目につく。
唯先輩らしい趣味だな。
それにギー太もちゃんと置いてあって、その後ろにもう一本ギターがあるみたい。
唯先輩もギターを複数持つようになったんだ……。
あんまり家の中をキョロキョロ見回すのは良くないと思いつつも気になってしまう。
と、その中にケージを見つけた。

梓「このケージって、この猫のですか?」

唯「んーん、それは私が飼ってるねこちゃんのだよ」

梓「唯先輩も飼ってるんですか。でも見当たりませんね」

唯「あーうん、今はお出かけ中……かな?」

梓「そうですか。でも勝手に縄張り荒らして大丈夫なんですか?」

唯「うん、仲良いんだよ」

こうやってまた唯先輩と話せるなんて……嬉しいな。
会ってからまだほんの少ししか経ってないのにどんどん元気を貰ってるみたい。

唯「今お風呂沸かしてるからあずにゃんお先にどーぞ」

梓「え?」

唯「シャワー浴びてるうちに沸くと思うから」

梓「……いや、そんな、悪いですよ」

唯「えーそんな事ないよ?」

梓「そ、それに着替えもないし」

唯「貸してあげるっ!」

梓「そう言われましても……」

唯「いいからいいから、このままじゃ風邪引いちゃうよ?」

梓「でも……」

唯「はいこれ着替えね! それとも……一緒に入る?」

唯先輩がわざとらしくもじもじし始めた。

梓「一人で入らせて貰います」

唯「あずにゃんのいけずー」

梓「……じゃあ失礼して」

唯「ごゆっくり~」

上手く丸め込まれた気もするけどとりあえず頂こう。

冷え切った身体だとシャワーが熱く感じる。
自宅以外のお風呂場に入ったり人のシャンプーを使うのなんていつ以来だろう。
あ、このシャンプー唯先輩のにおい……。
泡を洗い流しながらお風呂場の曇った鏡にもお湯をかける。
自分の顔を見ると、涙の跡も目の赤みもなかった。

梓「はふぅ……あ゛~……」

ぴりっとした熱さの後に心地よい感覚。
最近はシャワーばっかりだったから余計に気持ちよく感じる。
あったかいなあ。
湯船ってこんなによかったんだ。

何となく地元に帰ってきたら唯先輩と会えて、おかげでわだかまりが少しずつとけてきた。
後で音信不通の事謝っておかないと。みんなにも近いうちに……。



迷路を彷徨っているような、出口の見えない感覚。
そのうちもがく事もしなくなって、迷路は霧に覆われて。
そこに唯先輩が……。



梓「ふー……」

身体は十分温まった。
そろそろ上がろう。


梓「ありがとうございました」

唯「どういたしまして」

リビングに戻ると唯先輩がティーカップを手に一息ついていた。

唯「あずにゃんの分もあるよ」

梓「どうもです」

唯「やっぱり紅茶だよね~」

梓「はぁ……おいしいです」

唯「よかった」

梓「こうして唯先輩と紅茶を飲んでると昔に戻ったみたいです」

唯「そうだねえ。でも高校生のあずにゃんはオヤジ臭くなかったのに……」

梓「へ?」

唯「『あ゛~……お湯がしみるぅ』」

梓「きっ、聞こえてたんですか!? ていうか後半は言ってません!」

それから高校の時の話になって、部活みたいにずっとお喋りした。
毎日紅茶を飲んでお喋りしていただけだと思っていたけど、
今こうして話してみると毎日が楽しかったんだなと実感する。

唯「おっと、もう外真っ暗だね」

梓「あ、ほんとだ……」

話に熱中してて気付かなかった。
家に連絡も入れてない。

唯「そろそろ夕ご飯の支度しなきゃ」

梓「そうですか、じゃあ私そろそろ……」

唯「あれっ食べていかないの?」

梓「えっと……いいんですか?」

唯「もちろん!」

梓「それじゃあ、お言葉に甘えて」

もっと唯先輩と話したかったし。

私は家に連絡を入れて、リビングで暇を潰していた。
栗色の猫も自分の家に帰ってしまい少し寂しい。
唯先輩には夕飯の手伝いを申し出たけど断られちゃうし。
……あんな生活を続けてろくに食事も作っていなかった私じゃあどっちみち足手まといか。
一人暮らししてたのに……よし、料理を覚えよう。

ぼーっとテレビを眺めていると唯先輩が料理を運んできた。
私もこのくらいはしなければ。

唯「ありがとーあずにゃん」

梓「いえ、こちらこそ何から何まですみません……」

唯「それより早く食べよ? 私けっこー自信あるんだよね」

ごはん、お味噌汁、煮物に炒め物。
確かにどれも美味しそうだ。
それに……

梓「久しぶりだな」

唯「何が?」

梓「誰かの作った料理を食べるのってほんと久しぶりです」

唯「そっか~、それじゃあたくさんお食べ。味もいいから!」

梓「ありがとうございます。いただきます」

唯「いただきまーす」

煮物を一口。
味がしみてて、あったかくて。

梓「おいし……」

唯「でしょー?」

梓「凄いですね唯先輩。私てっきりチョコカレー鍋みたいなのが出てくると思ってました」

唯「えー!」

梓「えへへ……」

唯「あ、でもねーチョコカレー鍋って意外と美味しいんだよ!」

梓「ええー……」

唯「ところであずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「あずにゃんはギターの練習続けてる?」

梓「うっ」

ギターなんてたまにさわる位になっちゃってたな。

梓「え、えっと、昔ほどじゃないですけど少しは……」

唯「そっか、続けてるんだね……よかったぁ。あずにゃんなら続けてると思ったよ」

梓「うぅ……そ、そうだ、唯先輩ギー太以外のギターも持ってるんですね」

唯「え゛っ?」

梓「ギー太の後ろに置いてありますよね。……あれ? よく見たらそのギターってムスタングですね」

唯「え、あ、ああぁそうなんだよ~楽器屋さんで見てたらつい欲しくなっちゃってさ!」

梓「私のギターと同じモデルかも」

唯「な、何でも最近人気があるモデルらしいよ!」

梓「色もむったんと一緒……」

唯「そ、そうでしたっけ? いやー偶然だね! それより私の作った味噌汁どう? おいしい?」

梓「? はい、おいしいですけど……」

唯「ソレハヨカッタナー! あずにゃんの大好物のなめこをいっぱい入れておいたから!」

梓「えっと、大好物ってほどでは……」

唯「それからこの煮物がね――」

唯先輩と食べるご飯はとても美味しくて話も弾んだ。
食後はせめてものお礼にと食器を洗った。
ゆっくり食べていたからいい時間になっている。
今度こそおいとましないと。

梓「今日は本当にありがとうございました。美味しかったです」

唯「あずにゃん!!」

梓「な、なんですか?」

唯「せっかくだから泊まっていかない?」

梓「せっかくって何ですか。唯先輩明日仕事あるんですよね?」

唯「そうだけどさ、久しぶりに会ったんだよ?」

梓「でも悪いですよ……」

唯「お願いですっ、このとおり!」

梓「なんで唯先輩がお願いするんですか……うーん、唯先輩のご迷惑にならないなら、私からお願いします」

唯「ほんと!? よかったぁ~」

何故かとっても引き留められてしまい、私はまたまた唯先輩の好意に甘える事にした。


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最終更新:2011年11月11日 03:25