放課後、軽音部部室

しとしと


律「降らないと困るだろ、農家的に」

紬「うふふ。でも澪ちゃんは、良い歌詞が浮かぶんじゃなくて?」

澪「そうなんだけど、結局ありがちな文章になるんだよな」

紬「色々難しいのね」

唯「飴が降る。オレンジ、イチゴにマスカット。フルーツカラフルトッピング。みたいなのは?」

澪「良いな、それっ」

律「良いのかよ、おい」

   しとしと

律「しかし、じめじめするのは何とも困るぜ」

紬「私も湿気で、髪型が変わるのよね」 ぐいぐい

唯「ムギちゃんは癖っ毛でも可愛いから大丈夫だよ」

紬「そうかしら」

澪「自分では、案外自分の魅力に気付かない物さ」

唯「だったら、私の魅力ってなんなのかな」

澪「・・・そうだな。例えば、この寝癖とか」

唯「澪ちゃんひどいよー」

律、紬「あはは」

   カチャ

梓「済みません、遅れました」

唯「あずにゃん、雨降ってるよ」

梓「風情があって良いですよね。世界が静かになった感じで」

澪「梓も中々に詩人だな。次の曲は、梓が歌詞を書いてみるか?」

梓「私はそんな。あまりパッとしたフレーズも浮かびませんし」

律「面倒な事は、全部澪に押しつければ良いんだよ」

澪「律、お前な」

紬「まあまあ。梓ちゃん、お茶どうぞ」

梓「頂きます」

しとしと

梓(時間がゆっくり流れるみたいで、たまには雨も良いのかな)

唯「・・・ああ、分かった」

律「何だ、急に」

唯「昨日あずにゃんが、洗面台で顔を洗ってたじゃない。どうしてかなと思ったら、今日雨が降るからだったんだね」

梓「・・・私は猫じゃありませんし、顔を洗ったのはケーキのクリームが付いたからです」

澪「猫も顔やヒゲは、毎日洗ってるしな」

唯「そっか。結構核心を突いたと思ったんだけどな」 じー

梓「ネコヒゲは生えてませんよ」

紬「でも、ネコヒゲを付けた梓ちゃんもきっと可愛いわよ」

唯「ネコ耳ブームの次は、ネコヒゲブーム到来だね」

律「だったら取りあえず、澪で試してみるか」

澪「油性のペンを持つんじゃない」 ぽふ

しとしと

唯「全然止まないね」

律「雨乞いするか、雨乞い」

澪「願って止む物でも無いだろ。大体、雨乞いじゃないぞ」

律「あ、そうか。難しいな」

紬「てるてる坊主、作ってみる?」

唯「良いね。てる坊ちゃん」

律「誰なんだよ、それ」

紬「自分で言い出してなんだけど、私てるてる坊主作るの初めてなの」

律「あれか。雨が降りそうな時、琴吹家ではウェザーコントロールか。ドライアイスを空中散布するのか」

澪「いくら何でも、それは無いだろ。・・・無いだろ?」

紬「勿論そんな事しないわよ。晴れの日には晴れの日の良さ、雨の日には雨の日の良さがあるんだから」

唯「世の中何にでも、良い所があるって事か。良かったね、りっちゃん」

律「いやいや。その言葉、100%お前に返すから」

   10分後

律「意外と紐のバランスが難しいな」

澪「・・・なんだ、その顔は」

紬「ちょっと澪ちゃんぽいわね」

律「あ、分かっちゃった?」

唯「私も、私も」

澪「・・・なんだ、その顔は」

唯「あずにゃんだよ、あずにゃん」

梓(唯先輩には、私がこう見えてる訳か。・・・というか私、牙は生えてないよ)

   しとしと

律「止まないな、当たり前だけど」

紬「本降りになる前に、今日はもう帰ろうか」

梓「そうですね。・・・唯先輩、どうかしました?」

唯「なんだか、壁が濡れてない?」

律「血の色に?」

澪「えっ」 びくっ

唯「いや。これは多分、雨漏りだよ」

律「ちぇー、少しは乗れよな」

唯「えへへ。でもそうすると、澪ちゃんが怖がるかなと思って」

紬「唯ちゃんは、本当に優しいわね」

澪「よし。これからは、唯澪で頑張ろう」

唯「だったら、りっちゃんとムギちゃんとあずにゃんも加えて頑張ろうよ」

律「それだと、全員入ってるだろ」

唯「たはは、そかそか」

澪、紬「あはは」

梓(みなさん、それより壁を見て下さい)

紬「・・・これって雨漏りじゃなくて、窓の隙間から雨が吹き込んでるわね」

澪「そういえば、じめじめして暑いからって少し開けたんだ」

律「閉めると暑いし、開けると濡れるし。どうにもならんな」

唯「そう考えると、お日様って偉いよね。いつもは全然気にしないけど、こういう時はそのありがたみが身に染みるよ」

律「そのお日様も出てこないし、今日はもう帰ろうぜ」

 ゴロゴロ、ドカーンッ

澪「わっ」

梓「にゃっ」

澪(にゃ?)

律「雷、落ちたな」

唯「お、おへそ。おへそ隠さないと」

梓「・・・どうして私のおへそを押さえるんですか」

唯「おへそ。おへそ取られちゃうよ。あずにゃんの、可愛い可愛いおへそが取られちゃうんだよっ」

梓「真顔で言わないで下さい。私まで怖くなるじゃないですか」

律「でも待てよ。へそが取られて、なんか困るか?」

唯「え?」

梓「そう言われてみると」

澪「正直、無くて困る物でも無いか」

紬「みんな、何言ってるのっ。おへそのないウェスト周りなんて、ご飯のないカレーライスみたいな物じゃないっ」

律「微妙に例えが分からんし、ご飯がないならカレーライスじゃないだろ」

澪「ムギの説はともかく、おへそを隠すのは戒めというか婉曲な注意じゃないかな」

唯「戒め?」

澪「雷でおへそを隠す時って、大抵梅雨時や夏場の夕立だろ。そして暑い時期に雨が降れば、急に気温が下がる」

梓「だからお腹が冷えないように、服を着たり何かを掛ける。引いては、おへそを隠すって事ですか」

澪「ああ。つまりは親心。子を思う優しさから来てる伝承じゃないかな」

唯「ありがたやー、ありがたやー」

澪(なんで私が拝まれてるのかな)

律「オチも付いた所で、今日は帰るぞー」

紬「戸締まりオッケーです」

澪「忘れ物も無しと」

梓「トンちゃん、また明日ね」

唯「トンちゃんのおへそは・・・。ああ、そかそか。カメさんだから、おへそ無いのか」

梓「唯先輩は、ちゃんとありますか?」

唯「もう、あずにゃんのいじわる」

律、澪、紬「あはは」


   夕方、商店街

律「しかし止まないな」

紬「私の髪の毛予想だと、明日まで降りそうね」

澪「ぷっ。随分斬新な予想だな。・・・あじさいか」

梓「やっぱりあじさいには、雨が似合いますね」

澪「花や植物全般もだろうな。可憐さと切なさが相まって、儚くも凛とした雰囲気を醸し出すんだ」

律「語るな、この野郎。・・・唯、どうした」

唯「でんでん虫いるよ」

澪「えっ」 びくっ

律「というか、でんでん虫なんて久し振りに聞いたぞ」

律「秋山先生、でんでん虫はどうですか」

澪「ま、まあ。かたつむりも、雨には似合うと思うぞ。・・・遠目に見るならな」

梓「確かに、あまり間近で見たくは無いですね」

唯「でも、でんでん虫ってすごいよね。家をしょって過ごしてるんだから。ちょっとしたキャンピングカー?」

紬「怠けてるようで、家を背負ってるんだから意外に頑張ってるのよね。案外、侮れないわ」

唯、律、澪「うん、うん」

梓(そんな真面目になる事かな)

唯「澪ちゃんの傘も、あじさい色だね」

澪「ああ。深いブルーだから」

律「唯のは赤の花柄か。持ち物だし、本人の性格が出るのかもな」

澪「律は思いっきり黄色か」

律「目立つし、他の人も持ってないから間違われにくいだろ」

紬「りっちゃんぽい、元気一杯なイメージよね」

唯「軽音部でも、キレンジャーのポジションだからね」

律「否定はしないが、お前が言うな」 ぽふ

梓「ムギ先輩はフリル付きで、やっぱり様になってますよね」

紬「うふふ、ありがとう」

唯「ムギちゃんだったら、番傘とかも似合いそうだよね」

律「番傘か。私はああいうのって、唐傘小僧のイメージなんだよな」

梓「でも番傘って和傘ですよね。どうして唐傘、なんですか?」

澪「古代日本では海外から来た物に、唐という文字を当てたんだ。だから和傘でも、唐傘という訳さ」

紬「澪ちゃんは物知りね」

澪「敵を知り己を知れば百戦危うからず。唐傘小僧、恐るるに足らずだ」

律「唐傘小僧に、恐れる要素があるのかよ」

唯「あずにゃんは、傘もちんまりしてるね」

梓「あまり大きいと、持ちにくいですから」

律「風に吹かれたら、飛んでいくんじゃないのか」

梓「飛びませんよ。飛んでいくイメージは、むしろ唯先輩じゃないですか?」

澪「それ、なんだか分かるな。お花畑の上で、ふわふわ舞い上がってるんだろ」

紬「そこには、一体どんなお花が咲いてるのかしらね」

澪「見てみたいよな。見渡す限り一面のお花畑を」

律「花が咲いてるのは、お前達の頭の中だろ」

 ゴロゴロ、ゴロゴロ

唯「雷、まだ鳴ってるね。あずにゃんのおへそ、大丈夫?」

梓「他に心配する事があると思うんですけどね」

唯「・・・でも、おへそのないあずにゃんのお腹も案外良いのかな」

梓「え?」

紬「・・・うん。そう言われてみると、逆にありかしら♪」

梓「えー?」

唯「その時はおへそのないあずにゃんのお腹を、撫で撫でしてみたいよね」

紬「あー、分かる分かる♪」

律「だったら、私のお腹がそうなったら?」

梓「びーたん、びたーん。ですよね」

唯、澪、紬「あー、分かる分かる♪」

律「えーっ?」


   翌朝 3年生教室

しとしと

唯「今日も止まないね」

澪「楽器的にも、あまり良くないんだよな」

律「ムギ予報ではどうなんだ?」

紬「・・・この手触りだと、夕方頃には晴れるかも」

和「何の話してるの?」

唯「ムギちゃんがね、癖っ毛の具合で天気が分かるんだって」

和「唯は寝癖の具合で、昨日の寝相が分かるわね」

唯「もう、和ちゃんはー」

律、澪、紬「あはは」


   2年生教室

純「あー、最悪だ。髪の毛が、湿気で全然収まんない」 ぐいぐい

梓「何?力が覚醒したの?もうすぐ、スーパー純に変身する訳?」

純「あのね。私も梓みたいに伸ばせば、少しは収まるのかな」

憂「でも長くすると、手入れが大変でしょ」

梓「まあね。髪を洗ったり乾かしたりする時間も長いし、夏は暑いし。どこかにからまっちゃたりするし」

純「ふーん。梓は梓で、苦労してるんだ」

梓「そこまででも無いんだけど。結局、好きで伸ばしてる訳だし」

純「私は、好きでこの髪型にしてる訳じゃ無いけどね・・・」

純「大体この髪型って、逆に個性がありすぎるというか強いんだよね」

梓「でも、どこから見てもすぐに純って分かるじゃない」

憂「迷子になった時、ちょっと便利だよね」

純「これは、目印じゃないんだってば」

梓「特徴的なのが嫌だって事?」

純「嫌って程でも無いんだけどさ。これを見て、どう思う?」

憂「純ちゃんだなって思うよ♪」

梓(地味に天然だな)

純「・・・もう自分で言っちゃうけどさ。モップみたいなんだよね」

梓「それは、その」

憂「あ、あはは」

純「後は「なんで頭にクリついてんの?」とか、言われたりしてさ」

憂「イガクリかな、やっぱり」

純「種類はどうでも良いのよ」 ぽふっ

梓「じゃあ、美容院に行ってみれば?」

純「そこまで思い切りたくないというか。なんというか」

憂「だから私達に相談してくれたんだよね」

純「ま、まあね」 てれてれ

梓(全く。純はまだまだ、匂いが青いな♪) くんかくんか

憂「まずは髪を解いてみる?」

純「そうすると、ボンバヘッドになりそうなんだよね」

憂「ああ、癖っ毛だから。でもお姉ちゃんも癖っ毛で、そこがすごい可愛いんだよ♪」

純「そういう問題なのかな」 するっ

梓「・・・まあ、良いんじゃないの」 ぷるぷる

純「梓。あんた、笑ってるでしょ」

梓「そ、そんな事ないひょっ」

純「ひょって何よ。ひょって」

憂「・・・うーん、上手くブラシが通らないね」

梓「濡れタオル持って来たよ」

憂「ありがとう。・・・ちょっと落ち着いたかな」

梓「ん?ちょっと良い感じじゃない?」

純「本当?鏡、鏡見せて・・・。あ、これはちょっと」 にっこり

憂「でも、いつも濡らしておく訳にも行かないし。ストレートパーマは?」

純「お金掛かるし、真っ直ぐにしたい訳でも無いんだよね」

梓「注文が多いな、純は」

憂「小麦粉まぶされちゃうかもね」

梓「一体、どこの料理店なのよ」


2
最終更新:2011年11月16日 03:26