どうしよう、体が熱いよ。

 顔だけじゃなくって全身がかーっと熱くなってる。

唯「そこからはもう……私の口からはいえないっていうか、凄すぎて説明できないっていうか……」

紬「え、えー……」

 唯ちゃん、生殺しなんてひどいわ。

唯「つ、紬ちゃんだから話したんだよ。他の人に言っちゃだめだからね」

紬「うん。それはわかってるけど……ええと。聞いてもいいかな」

唯「……うん」

 唯ちゃんは私の質問することがなんとなく予想できているみたいだった。

紬「唯ちゃんって……ビアンなの?」

唯「そうみたい……」

 ため息まじりに唯ちゃんは答えた。

唯「記憶喪失の前はちがかったの?」

紬「えっと……き、聞いたことないわ」

唯「そっか……でも、あずにゃん抱きしめたりしてたあたり、ぶっちゃけ怪しいよね」

紬「……うん、怪しいって思ってた」

唯「紬ちゃんは、私がこういう人でも抵抗なさそうだよね……だから話したんだけど」

唯「……ええっと、私、あずにゃんが好きだったのかな?」

紬「わかんない。憂ちゃんが好きなのかなって思うときもあったし」

紬「同じくらい、梓ちゃんやりっちゃんや澪ちゃんや和ちゃんにも……」

唯「……うん」

 唯ちゃんは複雑そうに天井を仰いだ。

唯「なるほど……私は私、変わってないね」

紬「そうだね」

 私はちょっと笑って、唯ちゃんの横顔にもう少しと近付いた。

唯「記憶喪失……加えて記憶障害、さらに同性愛者ときたかぁ」

 ぼそぼそと、隣で寝ている梓ちゃんにさえ聞こえないように唯ちゃんは呟いた。

紬「同性愛は無理だけど……記憶喪失と記憶障害は治るって、お医者様言ってたわ」

唯「そうだよね。まず、この忘れっぽい頭をどうにかしないと」

 唯ちゃんは指で頭をとんとんと叩いた。

紬「私たちもみんな協力する」

 私はその手を握り、両手で包み込む。

 あたたかい手首の脈がトクトク鳴っているのがわかった。

唯「ありがとう、紬ちゃん」

 唯ちゃんはにこりと笑う。

 たとえ辛いことがあったとしても、唯ちゃんは記憶を取り戻したがっている。

紬「唯ちゃんの18年間、なかったことにはさせないから」

 私は背中についた目で、澪ちゃんを強く睨んだ。

 そのうち皆の目が覚めて、いつの間にか混ざっていた和ちゃんへの驚きをひとしきり述べたあと、

 憂ちゃんが用意がととのったと言って私たちを呼びに来た。

 これは申し訳のない話なんだけれど、唯ちゃんたちのお父様お母様は私たちに気を遣って、

 今日のパーティーには参加せず別日に唯ちゃんの退院を祝うことにしたらしい。

 なので今日は、唯ちゃんたちのご両親に会うことはないのであしからず。

 ともあれ私たちは階下におり、憂ちゃんが腕をふるったディナーをごちそうになることになった。

 みんなのグラスにジュースが入ると、りっちゃんが乾杯の音頭をとる。

律「えー、この度は我が戦友平沢唯の快気の祝いにお集まり頂き感謝申し上げます」

梓「80代か」

律「茶化すな」

律「えっと、まあ、唯のこれからの末永い健康を願って、乾杯!」

みんな「かんぱーい!」

――――

澪「ふえぇ……食べすぎちゃったよぅ……」

 あれだけあった料理は1時間ほどでなくなり、

 デザートのいちごプリンを食べながらみんなでこれから何するか、と話し合う。

和「ねぇ、軽音部のライブのDVDは見せてあげた?」

律「見せたよ。見たの覚えてるか、唯?」

 りっちゃんがニヤッと悪く笑ったのが見えた。

唯「ん……あっ、覚えてない!」

 元気よく答える唯ちゃん。

 私も澪ちゃんのパンツが見たいので黙っておく。

梓「じゃあもう一度見ましょうか」

澪「……いいけど、あとで私、ちょっとトイレ借りるから」

唯「え、じゃあ覚えてる……」

澪「じゃあって何だ!」

 結局DVDは見ることになった。

 澪ちゃんは私とりっちゃんで逃げられないようにロック。

 梓ちゃんに再生してもらった。

和「まずは、1年の学祭ね」

梓「はい。私も映像でしか見たことないですが……」

唯「たしか、私が声をからしちゃってたんだよね」

律「そう、だから澪がボーカル」

 りっちゃんが澪ちゃんの腕をぎゅっと抱いた。

 澪ちゃんは恥ずかしがるけれど、あれから澪ちゃんは人前で歌ったり演奏することにも、

 恥ずかしさだけじゃなくて楽しさがあると気付いたと思う。

梓「始まりますよ」

 画面の中で幕が上がり、さわ子先生の衣装を着た私たちがステージに立っていた。

憂「お姉ちゃんかっこいいね」

和「ええ、ほんとね」


 MCもなく、りっちゃんのカウント、唯ちゃんのギターから「ふわふわ時間」が始まる。

 これが私たち軽音部の最初の曲、最初の演奏。

 四小節手拍子を送り、私たちのパートが混ざる。

『君をみてると、いつもハートドキドキ……』


『い゛~つもがんっばーる』

唯「ぷっ」

『ひいぃみのよ゛こっがーお』

唯「ふっ、くく……」

 唯ちゃんが自分の声で笑ってる。

 つかまえて頬擦りしたい。

唯「一生懸命やってるなぁ……」

 演奏は大きなミスもなく成功に終わった。

『みんな……ありがとぉーっ!』

澪「あぁ……ああ……」

 澪ちゃんがぷるぷると震え出す。

 りっちゃんがさらに澪ちゃんにぐっと寄り添って、強く押さえつけた。

『澪ちゃん!?』

唯「しましま……」

澪「……こっ、高1のころなんだから別にいいだろっ」

唯「しましまパンツの澪ちゃん」

澪「やめろっ変な覚えかたしないで!」

紬「今はしましま穿いてないの?」

律「いや、ほとんどしましまとか水玉柄だぞ」

澪「もう許してくれませんか」

梓「じゃあ次は、最初の新歓ですね」

律「梓が唯にホレたライブだったな」

 ようやく解放された澪ちゃんは涙目でトイレに駆けていった。

梓「いえ、あの時はまだ……って何言ってんですか。え、何言ってるんですか!」

律「お、落ち着けよ梓」

唯「あずにゃん、早く再生してよー」

梓「はっ、はい」

 最初の新歓ライブでは、「私の恋はホッチキス」で唯ちゃんが歌い出しを忘れたのを覚えている。

 すかさずフォローしてみせた澪ちゃんがかっこよかったなぁ、という思い出だ。
唯「……このシーンを見るたび、私のどこが憧れるような先輩なのかと思うよ」

梓「……でも、ギター弾きながら歌うのって難しいですから」

唯「わたし、どうやってできるようになったんだろう……」

律「……それは、だな」

 りっちゃんが私に目配せする。

 一回話したはずだよな、という確認だと思い、私は頷いた。

律「さわちゃんは覚えてるか」

唯「あっ、先生だよね。顧問の」

律「唯はさわちゃんの家で弾き語りの特訓をしたんだ。それで声がかれて、ああなってたんだけどさ」

唯「じゃあ私がバンドに復帰するには、また声をからさないと……」

律「そうかもなあ」

唯「ううっ、憂ー……」

憂「ゆっくりでいいからね、お姉ちゃん」

唯「憂……!」

 りっちゃんは私の横にお尻を浮かせてくると、私だけにささやきかけた。

律「今、本能的に憂ちゃんに甘えに行ったな」

紬「そうね。やっぱりわかってるみたい」

律「……あぁ」

 りっちゃんはさらに声をしぼった。

律「憂ちゃんは嘘をついてないと私は思う」

紬「……起きてたのね」

 驚いたけれど、慌てる気にはならなかった。

 私はいたずらをたしなめるように、りっちゃんに微笑んだ。

律「……さあて、ほら唯、ちゃんとライブ見なさい」

唯「はーい。……でも見るの5回目くらいじゃん」

 ほんとうは5回目どころではない。

 入院している間も、何度もDVDプレーヤーを持ってきてライブの映像を見せたし、

 ライブの前後であったことを話して聞かせた。

 そうすれば唯ちゃんの記憶がきっと戻ると信じて。

 だけど実際は、くりかえし刷り込んだことで、唯ちゃんがライブの内容をあらかた覚えただけだった。

 しましまパンツのくだりで澪ちゃんをいじるのは楽しいみたいだけど、それ以外にはあまり興味を示さない。

 もはやライブの映像は、唯ちゃんの記憶を刺激するものではなくなっている。

和「確かに、せっかく唯の退院パーティーなのに唯が退屈なものを見ててもしょうがないわね」

梓「……そうですね」

 梓ちゃんがリモコンを操作してDVDを止めた。

澪「また見たくなったら言うんだぞ、唯」

唯「うん、ありがとう澪ちゃん」

憂「そうだ、それなら、うちのビデオ見ませんか?」

律「憂ちゃん家のビデオ?」

和「ホームビデオね」

 憂ちゃんは頷いた。

憂「見せようと思って、家に残ってるテープをまとめておいたんです」

憂「……お姉ちゃん、見たい?」

唯「うーん、ちょっと前のことも思い出せないのに、子供の頃のことなんて思い出せるかなあ」

憂「思い出さなくてもいいよ。ただ、昔の私たちのこと見てほしいなって」

唯「そう? じゃあ見ようかな」

憂「わかった、じゃあ持ってくるね」

 2階に上がっていった憂ちゃんとほとんど入れ替わりで、澪ちゃんが戻ってきた。

澪「あれ、ライブはもう終わりか?」

律「唯ちゃんが飽きちゃったんですの」

唯「代わりに、子供のときの私を見るんだってさ。ホームビデオ」

澪「そっか。確かにそのあたりも、大事な思い出だしな……」

 澪ちゃんはトイレに行ったその手で「ごめんな」と唯ちゃんを撫でた。

憂「みなさん、ビデオ持ってきましたよ」

 戻ってきた憂ちゃんは、5本の小さなビデオテープを持っていた。

梓「それ、どうやって見るの? 普通のビデオデッキには入らないんじゃ」

律「やれやれ……これだからゆとりは困るな」

梓「オッサンが何を言うんですか」

澪「まあまあ。で律、どうやって見るんだ?」

律「それは憂ちゃんにきいてよ」

 りっちゃんがふっ飛んだ。

唯「だ、大丈夫……?」

律「今のは、き、きいた……」

 頭に拳骨を落とされて、りっちゃんがうずくまっている間に梓ちゃんが訊いた。

梓「えっと、それでどうするの?」

憂「古いビデオカメラに入れて、テレビに出力してもいいんだけど、これを使うの」

 憂ちゃんはテレビ台の下を探って、四角のくぼみがついたVHSテープ形の物体を取り出した。

 そしてそのくぼみに、「唯6歳憂4歳 クリスマス」と書かれたテープを嵌め込む。

憂「ここに、こう……テープを入れると、ビデオデッキで普通に見れますよ」

紬「手馴れてるのね」

憂「それはまあ、よく見てますので。再生するよ、お姉ちゃん」

唯「あ、うん」

 どたどたと鳴る足音がして、赤いちゃんちゃんこを着た唯ちゃんがカメラに映り込んだ。

 物陰から二人に隠れて撮影しているのか、枠が暗いように見える。

唯『うい、ういー!』

憂『おねえちゃん、どうだった?』

 唯ちゃんを追って動いていたカメラが止まり、

 床に赤ちゃん座りをしていた憂ちゃんにしがみついた。

憂『わっ!?』

唯『うわあぁぁんっ、ういーっ』

 カメラが少しズームすると、唯ちゃんの横顔が涙と鼻水に濡れているのが見えた。

唯『サンタさんっ、きてなかったあ!』

憂『ええっ!』

律「ちゃんとサンタ信じてたんだな……」

唯「そのようだねー」

唯『わたし、いい子にしなかったもんね……』

唯『けさもいっぱいおこられちゃったし』

憂『でもっ、あれは、ホワイトクリスマスって、おねえちゃんがプレゼントしてくれたんだよ』

唯『ううっ……いけないことだったのかなあ……ひっ、ぐすっ』

憂『おねえちゃん、なかないで!』

唯『ういい……』

憂『そうだ、おねえちゃん。目とじて!』

唯『んー……? こう?』

紬「あ……」

唯「ワオー」

憂『ん……むちゅー』

 画面の中の幼い憂ちゃんが姉におこなったのは、マウス・トゥ・マウスだった。

 カメラがぐっとズームして、画面いっぱいに唯ちゃんと憂ちゃんのキスが映し出される。

 どうしよう、みなまで言わせないで。

唯『ん……』

律「な、長い!」

 その間およそ20秒。

憂『ふ……ぷはっ、はぁー』

 ちゅー、というよりもはや接吻が終わって、カメラが引くと憂ちゃんは唯ちゃんに倒れ込むように抱きついた。

唯『うい……』

憂『えへへ、サンタさんはこなかったけど……わたしからのプレゼントだよ』

唯『ういっ、ありがとう!』

 唯ちゃんが憂ちゃんをぎゅっと抱きしめて、ふと何か思い付いたように顔をあげた。

唯『ねーうい、ういも目とじて!』

憂『うん』

唯『んー、ちゅっ、むちゅー』

憂『んむー』

 今度はカメラは寄らず、居間で固く抱き合ってキスをする姉妹の全体像をひたすら切り抜いていた。

 くすぐったそうに動く、靴下に包まれた小さな足がえっち。

紬「……」

 うん、これエッチなビデオだよ。

 唯ちゃんも顔赤くしてる。私だけじゃない。

唯『ん……あぁっ、カメラとってる!』

 突然唯ちゃんがこっちを振り向いて、指差して糾弾した。

  『気にしないで』

憂『やだよー、とらないで!』

唯『めっ! とめて!』

 そこでビデオは終わった。

紬「ふぅ……」

 思わぬ百合分補給になった。

澪「ちっちゃい唯と憂ちゃん、かわいかったな」

梓「唯先輩にもあんなにちっちゃい子供のときがあったんですね」

律「憂ちゃんは子供のときからしっかりしてたなー」

 この面々はあのビデオで和んだらしい。

 私がおかしいのだろうか。いや、絶対この人たちがおかしい。

 あるいは気付いてないふりをしてるだけだよね。

 友達のホームビデオでエッチな気持ちになったなんて言えないもんね。

和「唯……昔の自分みて、どう?」

唯「うん、まぁ、なんか……」

憂「和ちゃん、そんな話は今日もういいよ。それより次の見ようよ、ビニールプールで遊んだときのやつだよ」

 次回は水着回らしい。


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最終更新:2011年11月17日 21:03