ホモ「そうそう、唯ちゃんがレズになったのは、私のせいじゃないわよ。……ってか、そのこと二人知ってる?」
紬「ビ、ビアンって言ってください、せめて」
ホモ「……で、どうなの? もう言っちゃったから遅いけど」
唯「私がレズだっていうのは、目をさましてしばらくしたときにはもう気付いてたよ」
唯ちゃんまで。
紬「……私は、退院のあとに、唯ちゃんからこっそり聞かされました」
ホモ「知ってたんならよかったわ。で、そう、唯ちゃんはアタシと話す前からレズだったのよ」
ホモ「ていうか、最初はアタシ、おかまだとは言ってなかったし。影響を与えようがないのよ」
紬「……」
言われなくても雰囲気でわかると教えたほうがいいのだろうか。
ホモ「まぁ最初は、幼馴染みの、誰だっけあの子」
唯「和ちゃん?」
ホモ「そうそう和ちゃん、その子を好きだって相談されたの。小学校あがったくらいかな?」
ホモ「その時は子供だからと思ったけど、何年経ってもクラスの女の子がかわいい、店員の女の人を好きになった」
ホモ「まぁー男の話なんかひとつもしないの」
私は、この話を横で聞いていていいのだろうか。
ホモ「4年の時かしら? 憂ちゃんが好きだって言われたときは、あぁ、この子本物だわって思ったわねぇ」
唯「……結局わたし、誰が好きだったの?」
唯ちゃんが核心にせまる質問をした。
ホモ「そりゃあ――」
私は、とっさに耳をふさいだ。
ホモ「……でしょ」
唯「やっぱり、そうなんだ」
唯ちゃんはなんだか諦めたような顔をしていた。
ホモ「あれ、むぎっこ、何してんの?」
紬「え、いやっ、何でもないですっ」
唯「へ? 紬ちゃん、どうかしたの?」
紬「いいの、いいの気にしないで!」
ホモはにやにや笑っている。
唯ちゃんはともかく、この人には間違いなくバレた。
わたしは、なんて軽率な行動をしてしまったのか。
ホモ「ウフフッ、まあいいじゃない唯ちゃん、人には秘密があるものよ」
唯「うーん?」
ホモ「それより唯ちゃん、これからは誰狙ってくの?」
唯「いや、まずは記憶を……」
ホモ「過去の恋愛にこだわるのね」
唯「それもそうだけど、もっと大事なことがあるって思うよ。私の記憶には」
唯「なんか最近、気持ちがすかすかするんだ。思い出したいって感じるよ」
唯ちゃんはホモ田さんの前で、今まで言わなかった気持ちを語った。
ホモ「まあ、それならそれで頑張りなさい。私の話が役に立つといいけど」
ホモ田さんはふっと笑うと、席を立った。
ホモ「ついでだから、唯ちゃんTシャツ見ていかない? 新作があるのよ」
唯「ほんとに? どんな?」
唯ちゃんも立ち上がって、店頭に出ていく。
ホモ「これ、ミソスープ」
唯「うわぁ、味噌汁みたいな黄色に本物のワカメで文字がつけてある! いらない!」
ホモ「うそん、気に入ると思ったのに」
唯「こんなところにワカメがあったら食べちゃうよ」
ホモ「うーん、まぁこれは唯ちゃんにあげるわ」
唯「え、いらないよぉ……」
ホモ「まぁまぁ」
唯「うわあぁぁ……」
カウンターから出て待っていると、ホモ田さんが唯ちゃんを連れて戻ってきた。
ホモ「あんたは何か欲しいもんないの?」
紬「あ、夏だから帽子が……」
ホモ「帽子ね、商店街の端にできた店が良いもの揃ってるわよ」
紬「……は、はい。ありがとうございます」
ホモ「あっ、そうだそうだ。どっかにクーポンがあったはずよ。あげるから、ちょっと来なさい」
紬「えっ?」
ホモ田さんは唯ちゃんをそのままに、私を倉庫に連れ込んだ。
奥まで来て、ホモ田さんは私を睨むような目で見た。
ホモ「あんたね、しょうもないこと気にしてんじゃないわよ」
紬「えっ、えっと?」
ホモ「唯ちゃんが前に誰を好きだろうが、つきあってようがいいじゃない。そのことよ」
紬「だけど、わたしは……」
顔が熱くなる。
ホモ「私の話で……っていうか、あんたも唯ちゃんの友達なら分かってると思うけど、とにかくタラシなのよ」
それは分かる。傍から見ていただけでも、唯ちゃんは色んな子が好きだった。
紬「はい、だから……」
ホモ「だからって退いてどうすんのよ、バカッ。はっきり言うけどね、記憶を失った今がチャンスよ」
ホモ「終わった恋なんて所詮思い出なの。唯ちゃんの記憶を取り戻すーなんて言ってるよりあんた、やるべきことがあるわよ」
ホモ「いい加減、唯ちゃんも落ち着くべき。そう思わない、“ムギちゃん”?」
紬「! で、でも私じゃ……」
そうか、小野田さんは唯ちゃんが自分の恋を赤裸々に話せる人だった。
全てを知っていて当然なのだ。
ホモ「ムギちゃんが唯ちゃんのこと好きなら……ムギちゃん以上に、唯ちゃんに愛されてほしい人はいないわ」
ホモ「……つらかったでしょう」
紬「っ、私は、だって……」
ホモ田さんの手が私の頭に乗る。
ホモ「あなたには、きっと今しかないわ」
ホモ「唯ちゃんか、唯ちゃんの記憶か、ヘタレてないで決めなさい」
紬「はい……はいっ」
ホモ「……さ、デートの続き、いってらっしゃい。涙拭いてからね」
背中を押された。
初めてのことだった。
紬「私……頑張りますっ!」
私は走って、唯ちゃんのところに戻った。
唯「あ、おかえりー紬ちゃん」
紬「お待たせ、唯ちゃん。クーポンなかったって」
唯「あれ、そうなの? まあしょうがないか」
唯ちゃんと一緒に店を後にし、車椅子を開いて座らせる。
紬「先に、帽子買いにいく?」
唯「なんか今日はアーケードあるし、いいかなあって思うけど」
紬「3時くらいに公園にいく予定があるから、その時に寄っていこうか」
唯「うん、そうだね」
人通りの少ない商店街を、車椅子をおして歩いていく。
唯「次はどこ?」
紬「楽器屋さんだよ。唯ちゃんのギターを買ったところ」
唯「楽器屋さんかあ。何か思い出せるといいなあー」
車椅子が、なんだか重くなったような気がした。
――――
唯「なんか帽子かぶって車椅子にのってると、すごく病人の雰囲気が漂うね」
紬「でも、とってもかわいいよ」
唯「エヘン」
ふんぞり返った唯ちゃんを公園まで運ぶ。
結局、商店街のいろんな店に行き、いろんな人と話したけれど、
唯ちゃんの記憶はいまいち刺激されていないようだった。
紬「これから、唯ちゃんが昔よく遊んでた公園にいくからね」
メモを見ながら歩いていくと、子供のはしゃぎ声が耳に届く。
紬「好きだったのはシーソーで、憂ちゃんと二人がかりで和ちゃんを高く上げっぱなしにして遊んでたって」
唯「うわ、イジメだよそれ」
憂「おかげで未だに、和さんは高いところが苦手なんですよ」
ほんとにびっくりした。
ほんとにびっくりした。
紬「う、憂ちゃん……」
憂「そろそろかと思って、寄ってみました。道中で会えるとは思いませんでしたけど」
唯「憂、おかえりー」
憂「ただいまお姉ちゃん」
心臓がドキドキする。
悪いことをしていたわけじゃないし、しようとしていたわけでもないのに、罪悪感に苛まれる気分だった。
唯「憂も公園、一緒に行く?」
憂「うん、いいですよね紬さん? ちゃんと勉強もしますから」
私が言う前にさっと単語帳を取り出す憂ちゃん。
唯「いいよね?」
昼下がりの公園で唯ちゃんといい雰囲気になろうと思ったのに、これじゃ何もできない。
紬「……い、いいわよ、もちろん」
ちょっと表情がこわばった気がする。
私はなんてひどい友達だろうか。
公園にくると、ブランコやすべり台で遊んでいる子供たちから離れて、
あつらえ向きにシーソーが時を止めたようにじっと動かず佇んでいた。
憂「やりましょう、紬さん」
紬「……本気?」
シーソーに乗るのは初めてだけど、落っこちたりしないだろうか。
服が汚れても怪我をしてもいいけど、唯ちゃんに心配をかけたくない。
憂「お姉ちゃんのためです」
紬「……うん」
だけどそれを言われたら、頷かないわけにはいかない。
唯「憂、ほんとにやるの?」
憂「半分は、このつもりで来たからね。お姉ちゃんもやるんだよ」
唯「うーん、まあ……」
シーソーにまたがり、かすがいみたいな持ち手をつかむ。
反対側に唯ちゃんと憂ちゃんが来て、足がつくぐらいに浮かされる。
憂「いきますよ、紬さん」
唯「しっかり捕まってね!」
紬「わ、わかったわ!」
言うなり、体ががくんと落ちる。
紬「ひゃっ……」
唯「とぉ!」
次の瞬間、すごい力にお尻から押されて、体が宙に浮く。
紬「ひっ、やだっ、こわいこわい!」
憂「なかなかいいですよ、紬さん!」
紬「なにがっ……」
泣きそうになるのをこらえつつ、がくんがくんと揺らされる。
いっそのこと唯ちゃんが全部思い出してしまえば、この責め苦は終わるのだろうか。
唯「はぁ、はぁ……どうだ、紬ちゃん!」
足がつかないままで止められる。
紬「……」
怖がったらだめなんだ。
ここで怖がりな顔を見せたら、唯ちゃんに、和ちゃんの顔を思い起こさせてしまう。
紬「まだまだっ!」
私は、把手を握りしめた両手に力をこめた。
憂「な、なにっ!?」
紬「うぅーんん……!」
全力でシーソーを地面に向かって押し込んでいく。
足さえつけば、あとはこっちのもの。
紬「えーい!」
唯「ふおお!」
憂「ひいぃっ!?」
私たちは、唯ちゃんを挟む並びでベンチに腰かけた。
唯「紬ちゃんには勝てないねー……」
憂「参りました、紬さん」
紬「とんでもない、怖かったわ」
憂「はい……本当にごめんなさい」
そんなに真剣に謝られても困ってしまう。
実際のところそこまで怖くなかったし。
というか全然怖くなかったし。
唯「ふわ……あー。なんか運動したし、ちょっと涼しくなってきたから……」
唯ちゃんがゆらゆら揺れた。
シーソーのように、どちらが重いのかはかるように何度か左右に揺れたあと、
憂ちゃんの太ももに顔をうずめた。
憂「お姉ちゃん、お昼寝する?」
唯「うむ……おやすみ」
あっというまに唯ちゃんは寝息を立て始める。
紬「……そんな体勢じゃ寝にくいよ」
私は唯ちゃんの脚を持って、私の膝に乗せてあげた。
唯「ぐぅぐぅ」
憂「ごめんなさい紬さん、付き合ってもらっちゃって」
憂ちゃんは唯ちゃんの頭を撫でながら、私を見る。
紬「何言ってるの。憂ちゃんたちだけの問題じゃないんだから、当たり前じゃない」
そう答えると、憂ちゃんはじっと私の目を、穿るような視線で見つめてきた。
紬「……何?」
憂「本当に、嫌な顔ひとつしませんね」
紬「……」
憂ちゃんが何と答えてほしいのかわからなかった。
憂「今日、わざわざ寄ったのはシーソーが半分で」
憂「紬さん。あなたと話をしたかったのが、もう半分です」
紬「私と……」
きっと話題は唯ちゃんのことだろう。
それは予想がつくけれど、いったい何についての話だろうか。
憂「単刀直入に訊いてしまいます。紬さんは、お姉ちゃんが好きですよね?」
紬「……好きよ? もちろん」
私は唯ちゃんの脚に手を置いて、とぼけた。
憂「寝込みを襲って、キスするぐらいにですか?」
紬「あ……う、憂ちゃん、何の話だか、さっぱりわからないわよ?」
退院の晩のあの行為、見られていたのだろうか。
憂「忘れたとは言わせませんよ。私は、あの時の感触をまだ覚えています」
紬「は……ぅぁ」
しばらく、憂ちゃんの言った意味が本気でわからなかった。
私は唯ちゃんを襲ったはずだ。
だけど、考えてみればみるほどおかしい。
あの夜、唯ちゃんを抱きしめたらお風呂に入りたての石鹸のにおいがした。
それなのに朝、唯ちゃんはシャワーを浴びていた。
紬「ち、違うの……あれは寝ぼけていただけで……」
憂「寝ぼけて唇を吸って、キスしたまま寝ようとしますか?」
憂ちゃんの顔だけが笑っている。
憂「認めないと、お姉ちゃんを起こしちゃいますよ? 私が膝を揺すればすぐです」
紬「……っ」
憂ちゃんはきっと、女同士とかに生理的嫌悪はないのだろう。
だけど、言っていいのだろうか。
今も、唯ちゃんが最も近しい憂ちゃんに伝えて、本当に大丈夫なのだろうか。
紬「……そんなことを聞いて、何がしたいの」
憂「まあ、コイバナといいますか」
紬「……私と?」
憂「はい。私だけ話すのでは、不公平ですし」
会話が続けば続くほど、疑問が次々浮かび上がる。
けれど、この憂ちゃんの口ぶりからすると、ひとつ確かなことがある。
紬「……ここまでして、憂ちゃんは私に恋の相談をしたいのね?」
憂「はい。……でも相談というからには、一方的ではありませんよ」
どうするのが正解なんだろうか。
私が弱味を握られているのは間違いない。
だけどきっと、憂ちゃんの恋愛相談に対して真剣に受け答えできるほど、私は優しくもない。
紬「……そうよ。唯ちゃんが好き」
すこし悩んで、唯ちゃんの寝顔を確かめてから、私は言った。
紬「キスしたいくらいに」
憂ちゃんは満足げに頷いた、ように見えた。
憂「やっぱり、そうなんですね。安心しました」
紬「安心?」
最終更新:2011年11月17日 21:14