紬「さすがお姉ちゃんだね」
唯「憂の気持ちならわかるよ。……姉妹だもん」
もし電話が私に来ていたら、あんなに上手く憂ちゃんをなだめるのは無理だった。
紬「かっこよかったわよ」
唯「へへー」
唯ちゃんは仰向けに倒れ、幸せそうにのびをした。
唯「もうお風呂入る?」
紬「んー、まだ。私のほうにも、りっちゃんとかから連絡が来るだろうし」
唯「ふーん。じゃあちょっと、部屋みてまわってるね」
唯ちゃんはのそのそ立ち上がると、奥の間に消えていった。
普段の帰りは6時前後で、りっちゃんたちが心配を始めるなら、7時くらいまで待たないといけない。
温泉に入れるのは食後になるだろう、と思っていた。
紬「わっ」
予想もしなかったタイミングで携帯が震えて、着信を告げる。
相手は都合いいというべきか、りっちゃんだった。
りっちゃんはしきりに唯ちゃんと引き合わせようとしてくれる、私の味方だ。
私は体を起こし、電話に出た。
紬「……もしもし」
律『よう、ムギ。そろそろ上手くいったか?』
その唐突さに、おまんじゅう売りのおばちゃんの顔が脳裏をよぎった。
紬「どうして知ってるの? ……私と唯ちゃんが二人きりで内緒の旅行に来てるなんて」
ひとまず、わざと墓穴を掘っておく。
律『昨日、唯の部屋入ってこそこそしてたから、ムギの部屋開けさせてもらったんだよ』
紬「乙女の部屋を覗いちゃいやーん……」
律『悪い悪い。そしたらバカでかいスーツケースにムギの服が入ってたから、こりゃああるなって思ってたんだ』
紬「……怒らないの?」
律『このまま駆け落ちして、私らの前から消えるって言うならブチ切れる』
紬「土曜日には帰るわ。唯ちゃんもきちんと家に送る」
律『だったらいいんだ。それで、どうだ。うまくいったか?』
紬「これからだから……どうしてりっちゃんは、そんなに気を揉んでくれるの?」
律『まったくの個人的な事情だよ。さてムギ、私に協力できること、あるだろ?』
この理由を尋ねるならば、協力はしないということだろうか。
紬「……澪ちゃんを足止めできるように、工作をしてあるわ」
律『ほう』
紬「パソコンの昨日の履歴を調べれば、京都、修学旅行で私たちが泊まったホテルのホームページが出るはず」
紬「澪ちゃんがそれを見つけたら、一緒に騙されてくれるだけでいいわ」
律『京都かよ……もっとあっただろ、近場が』
紬「……もし私たちを追いかけるって話になったら、交通費くらいは後で出すわ」
律『うむ、わかった。がんばれよ』
紬「私、この後は電源を切るから。唯ちゃんの携帯も同じくね。……よろしく、りっちゃん」
律『いや、こっちこそありがとう。……けど、日に一回はメールがほしい』
紬「わかったわ、ちゃんと送る……じゃ」
電話を切ると、奥から唯ちゃんが顔を出した。
唯「今のりっちゃんだよね?」
紬「うん。……唯ちゃんの電話も、電源切るからね」
唯「それはいいんだけど……」
携帯の電源を落とす画面って、なんとなく見慣れない。
唯「なんか会話の内容が気になったというか、こう……内通してたよね?」
紬「……うん。よくわからないけど、私たちに協力してくれるみたい。この場所は教えてないわ」
今となっては、りっちゃんが私を唯ちゃんとくっつけようとする理由も、想像がつかないわけではない。
恐らくは、澪ちゃんを唯ちゃんにとられたくないのだ。
りっちゃんは、澪ちゃんを愛している。
そしてこれまでの態度をみると、澪ちゃんもりっちゃんの気持ちを知っているような気がする。
百合修羅場の、高まる予感がした。
唯「変なりっちゃん。記憶を取り戻した私に興味ないっていうなら気楽でいいけど、どうも引っ掛かるね」
紬「まあ詮索はあとにしましょ。どちらにしろ、裏切りようがないわ」
そんなことよりも、心配事はもうなくなったのだ。
唯「そだね。それより温泉だよ、温泉!」
紬「ええ!」
スーツケースからお風呂の用具を出して、
唯ちゃんが部屋で見つけた浴衣とバスタオルを脱衣場に持っていく。
唯「うひひー、紬ちゃんのハダカを見るのは初めてですねぇ……」
紬「私は唯ちゃんのハダカを見るの、6度目よ。合宿3回に修学旅行と、昨日の朝と今ね」
唯「……記憶取り戻したい」
紬「うん、頑張って」
唯「ちぇ。いいよ、今しっかり覚えるから」
紬「み、見つめないで」
そんなこんなで露天風呂に出る。
夏だから、裸でもそんなに寒くない。
浴場は小さめとはいっても、狭苦しさを感じるほどではなかった。
唯「紬ちゃんは先にからだ洗う?」
紬「うん、唯ちゃんは?」
唯「私も洗う~」
2つあるシャワーの前にそれぞれ座り、体を洗うことにする。
唯「紬ちゃんって髪長いよねー。一人で洗えるの、それ?」
紬「前はよく、メイドに手伝ってもらうこともあったけど。今は毎日自分でやってるわ」
唯「め、メイド……あそうだ、今日は私が髪洗ってあげるよ」
紬「本当? それならあとで唯ちゃんの髪も洗ってあげるね」
唯「はいはいー、ではでは」
唯ちゃんはシャンプーを持って、てこてこ歩いてきた。
私の髪を洗うのって大変だけど、
唯ちゃんは長い髪を洗う経験がないからなのか、ちょっとわくわくしているみたい。
紬「じゃあ、よろしくね」
唯「おまかせください!」
シャワーを出して、唯ちゃんに渡した。
唯「うっわ、髪の毛やわらかいね」
髪にお湯を通しながら、唯ちゃんは嘆息した。
紬「それを言うなら唯ちゃんでしょ? 頭撫でるだけですっごく癒されるよ」
唯「自分のは触ってもね……でも紬ちゃんとかに撫でられると安心するのはわかるなあ」
唯ちゃんはシャワーを髪にあてて「ストレート紬ちゃん」などと一通り遊んだあと、
シャンプーをとって毛先のほうから泡立て始めた。
紬「そこからなの?」
唯「あ、頭からがいい?」
紬「唯ちゃんのやりたいほうでいいよ」
唯「ではこのままで……」
少し強い風に、木々が枝葉を揺らした。
唯「紬ちゃん、肌も綺麗だねー」
紬「それだって、唯ちゃんのほうが……」
唯「えー。紬ちゃん真っ白だし、すべすべでやわらかいし……」
唯ちゃんは興味深そうに、私の肩を撫でた。
唯「さすがにそれは、紬ちゃんが自分を知らなさすぎだね」
紬「そうかなあ……」
唯「だから、紬ちゃんは危機意識が足りないんだって」
唯ちゃんの指が髪を通り、首筋を撫でた。
紬「あっ、くすぐったいわ」
唯「んふふ……紬ちゃん、目閉じて」
紬「えっ?」
唯ちゃんは急に私の額に手を伸ばすと、前髪を泡だらけの手で掻く。
唯「シャンプー足すね……」
頭が泡でモコモコにされる。
頭皮に感じる唯ちゃんの力が心地いい。
唯「紬ちゃん、体はメイドさんに洗ってもらってる?」
紬「そこまでは、してもらったことないわ」
唯「なら、私が初めてだね」
泡が垂れてきていて、目を開けることができなかった。
唯「わしゃわしゃ……」
少しして、ボディソープを泡立てた手が首を触ってくる。
唯「あご上げて」
首筋を這い回るように唯ちゃんの手が撫でる。
一瞬、官能的な気分が起きそうになった。
唯「しっかり全身、綺麗にしてあげるね」
紬「ありがとう、唯ちゃん……」
できるなら頭の泡を流してほしいのだけど。
たぶん唯ちゃんは、わかっていて体を洗い始めているのだ。
唯ちゃんの手が、鎖骨を滑り、胸におりてくる。
唯「紬ちゃんはおっきいよねぇ」
紬「……まあ」
唯「唯ちゃんのほうがおっきいよ、って言わないんだ」
紬「……でも、唯ちゃんのほうが可愛いわ」
唯「あんまり褒められた気分はしない……」
おっぱいを触られるのは変な感覚だった。
唯「どう紬ちゃん、私のテクは」
紬「気持ちいいわよ」
唯「そうですかい」
お腹とわき腹をこすった後、唯ちゃんは私の腕をもった。
唯「ほっ。ほっ」
紬「……」
かくして全身を洗ってもらい、泡を流したあと唯ちゃんと交代した。
紬「唯ちゃんってヘアピンとると雰囲気変わるよね」
唯「前髪が目にかかるんだよね。憂も言ってたけど」
紬「こうやって髪が濡れると……すごく色っぽい表情になる」
唯「惚れちゃった? 友達に惚れちゃった?」
紬「欲情しちゃったかな」
惚れてるのはずっと昔からだし。
唯「うひょあ、襲われるー」
結局唯ちゃんは体を洗わせてくれず、背中だけ手伝って、一緒に温泉に入ることにした。
シャワーのお湯がさめて冷えていた体を、熱い温泉の湯が包む。
紬「はぁ……良いわぁ」
唯「あったまるねぇ」
ここのところ酷使している足をお湯の中で伸ばす。
唯「いいとこだね、ここ。静かだし、紬ちゃんと二人きりでいられるし」
紬「うん。ずっとこうして二人でいれたらいいのに……」
唯「いられるよ。私と紬ちゃんなら」
紬「……きっとそうね。私と唯ちゃんだもん」
私たちは顔を見合わせて微笑んだ。
出し抜けに、唯ちゃんがざばっと波だてて立ち上がり、私の膝に両手をおいて前かがみになる。
唯「……ん」
そのまま唯ちゃんは、何も言わずに私にくちづけた。
唯「……愛してる、紬ちゃん」
紬「私も……んっ」
言葉をつむぎきる前に、唯ちゃんがまたキスをする。
唇を糊付けするように、濡れた舌でちょっと舐められ、息をふさがれる。
私は唯ちゃんの頭を撫でて応じた。
唯「……また、しちゃったね」
紬「そうね……なんだかのぼせちゃいそう」
唯ちゃんは再び私の横で、肩まで湯につかった。
すなわち、再度サイドに座ったのだ。
……はい。
唯「紬ちゃんって、のぼせたことある?」
紬「あ、そういえばないわね。唯ちゃんは?」
唯「覚えてないけど、たぶんないよ」
紬「そんなに長風呂ってしないものね」
唯「じゃあ今日はこのままのぼせてみる?」
紬「露天風呂じゃのぼせられないと思うけど……ほら、風が通るから頭がさめちゃうでしょ?」
唯「おー……そうかぁ。じゃあ仕方ないね」
紬「そもそものぼせるなんて危ないから、わざとなんて考えちゃダメよ」
唯「ですね」
1時間近く温泉でゆっくりして、全身ほぐされてツヤツヤになってから、ようやく脱衣場に戻る。
下着をつけずに浴衣をまとい、髪を乾かしてから部屋へ戻って少しすると、夕食が運ばれてきた。
量が多いように見えて、だいたいは器だった。
でもおいしかったし、唯ちゃんも満足げなのでまったく構わない。
夕食が下げられたあと、電気ポットにお湯を沸かす。
ひとまず布団も敷いておき、枕元にテーブルを動かした。
唯「紬ちゃーん、ウノやろうよウノー」
紬「修学旅行じゃないのよ」
急須にお茶を淹れて、湯呑みに注ぐ。
紬「それより、食後のティータイムにしない?」
唯「あっ、いいね。おまんじゅう食べよう!」
甘い餡のおまんじゅうは、緑茶によく合った。
1つ食べ終えてから、私は語り出す。
紬「実はね、唯ちゃん。今日のこの旅行には、目的があるの」
唯「私の記憶めぐりじゃないほう?」
紬「それは元よりどうでもいいわ。……全然関係がないって訳じゃないけど」
唯ちゃんと来るならば、他の誰かとの思い出の場所がよかったのだ。
そうすれば、ここは唯ちゃんにとって、何よりもまず私との思い出の場所になる。
唯「リラックスしてほしいとか、記憶関係なく私といたかった、とかじゃなく?」
紬「それも嘘じゃないわ。だけど一番の目的は、別にあるの」
唯「……それって、何かな?」
唯ちゃんはおまんじゅうをかじり、私の目を期待をこめた瞳で見つめた。
紬「唯ちゃんに、この気持ちを告白すること」
唯「紬ちゃんの……気持ちって?」
私は間を置くためにお茶を一口飲んだ。
紬「……唯ちゃんのことが好き」
紬「友達として以上に、これから人生を一緒に歩いていきたい人として」
紬「私は、唯ちゃんを愛してるの」
唯「……うん」
唯ちゃんは顔を赤くして頷いた。
最終更新:2011年11月17日 21:33