紬「驚いた?」
唯「ううん、知ってた。……けど、紬ちゃんにこうしてはっきり伝えられると、嬉しいなって」
紬「……え、知ってた?」
唯「あ。……うん、実は昨日の夜、憂から告白されて」
紬「そ、それで?」
唯「私は紬ちゃんが好きだから、って断った。そしたら憂が教えてくれたんだ」
憂ちゃんが朝見せた涙は、そんな理由があったらしい。
紬「……って、え?」
唯「だから、紬ちゃんが好きだから断ったの。でなきゃその場で憂を押し倒してたよ」
唯「さっきの言葉、結婚しようってことでいいよね。紬ちゃんとなら私、迷いなしにオッケーだよ」
唯ちゃんは温泉まんじゅうを剥き、私の口元に近付けた。
唯「大好きだよ、紬ちゃん。私でよかったら、どうか一生愛してください」
わかってはいた。きっと相思相愛だって信じていた。
それでも、唯ちゃんの言葉に目頭が熱くなる。
まだ唯ちゃんにお願いしたいことはある。
だけど今は、愛し合えているというだけで心がはねあがる。
私は口を開け、唯ちゃんが差し出した温泉まんじゅうを入れてもらった。
紬「ゆい、ちゃぁんっ」
あんこの甘みを感じた瞬間に、私は唯ちゃんに飛びついていた。
唯「……ずっとこうなりたかったよ。ありがとう、紬ちゃん……」
紬「ゆいちゃん、ゆいちゃんっ、ああぁっ……」
唯ちゃんは裸の上に着た浴衣をはだけ、泣きじゃくる私を抱きしめる。
紬「ぐすっ……」
私がみっともない泣き顔をあげると、唯ちゃんは小さく笑った。
唯「ふふっ、キスしたら泣きやむかな?」
紬「っん……」
しゃくりあげた瞬間に、唯ちゃんはキスしてきた。
唯「んっ、だいすき……紬ちゃん、んっ、んむ」
紬「唯ちゃ……んぁっ」
名前を呼んだとたんに舌が入り込んできた。
唯ちゃんのほうから、大人のキスをしてくれた。
唯「……ん、甘いや」
舌は、私の口の中に残った餡をちょっぴり食べていき、引っ込められた。
紬「……ちゃんとできたね」
私が頭を撫でると、唯ちゃんは不思議そうな顔をした。
紬「……唯ちゃん、約束してくれる?」
唯「紬ちゃんのお願いなら、どんなことだって」
私は唯ちゃんの目をじっと見る。
紬「これからも……記憶が戻って、昔のことを思い出しても、私を一番に好きでいてほしいの」
唯「……わかった、約束する。昔の私が誰を好きでも、紬ちゃんが大好きなのは変わらない」
唯「でも、そんな心配はいらないよ。私は絶対、前から紬ちゃんが好きだったと思うもん」
紬「……ふふ。思い出したら、また唯ちゃんと語りたいわね」
唯「語る? どんなことを?」
紬「二人きりの、恋の内緒話をね。ミルクティーを飲みながら」
私は強く唯ちゃんを抱きしめる。
あのころと違って、唯ちゃんは私だけのもの。
唯「ミルクティー……かぁ」
抱き合ったまま、唯ちゃんは私ごと布団に倒れ込む。
唯「わからないけど、紬ちゃんと一緒なら、きっと楽しい時間だったんだろうな」
紬「うん、とっても楽しかった」
その当時は、あれでも唯ちゃんと二人でいられることが嬉しかった。
傷つけられても、二人がよかった。
紬「けど、今度あのころみたいな話をしたら、ただじゃおかないからね?」
唯「……紬ちゃんがいやなことなんて、絶対にしない」
唯ちゃんは肩を撫でるようにして、私の浴衣をはだけさせた。
唯「……どうする?」
紬「はじめから、このつもりで連れてきたのよ?」
唯「そっか。じゃあ、紬ちゃんからする?」
紬「……ほんとうのこと言うと、唯ちゃんにしてほしい」
さて。
ちなみに、これから先にあった感覚と愛の言葉の授受について、私は一切口外するつもりはない。
――――
ミルクレープを食べ終え、クリームを舐めたフォークを振りながら、唯ちゃんが言う。
唯「例えばさぁ、私がムギちゃんと付き合ったら、ムギちゃんのことを紬って呼ぶとするよね」
紬「うーん、そうね」
私は甘いミルクティーを飲み、全身にその温度を行き渡らせた。
唯「それと同じで、あずにゃんと付き合ったら梓って呼んだり」
唯「りっちゃんと付き合ったら律って呼んだり、するのかな?」
紬「むむー……そういうのは、付き合ってから相談してみないとねぇ」
唯「けど、付き合ったら呼び方変わるのっていいよね。恋人になった! って感じがする」
紬「うん、積極的に変えてみるといいわね」
唯「もしさあ、ムギちゃんなら呼び捨てかちゃん付けか、今まで通りかなら、なんて呼んでほしい?」
紬「ん、どちらでもなくて……紬ちゃん、かな?」
唯「へぇー、紬ちゃん……なんかいいっ」
紬「そ、そうかな?」
唯「これから紬ちゃんって呼んであげよっか?」
紬「いやいや、だめよ。付き合ってるんじゃないのよ?」
唯「だ、ね。まあそれなら、あずにゃんは梓ちゃんとか、澪ちゃんは……そのままだ」
紬「あははっ」
唯「もし澪ちゃんと付き合うとしたら、なんて呼んだらいいだろう……」
紬「やっぱり呼び捨てかな?」
唯「いや、統一したい……まあ澪ちゃんは、澪ちゃんでいいや」
紬「私が言うのなんて、気にしなくてもいいのに」
唯「いーえ、貴重な参考意見なんですから! 紬ちゃん!」
紬「だ、だからそれはだめっ!」
唯「紬ちゃん、そう照れないでよぉ」
紬「照れてないもん!」
――――
なるほど。
紬「……ん」
唯「おぉ、おはよう、紬ちゃん」
紬「あ……おはよ」
結局どれくらい盛っていたのか。
体を起こそうとするだけでフラフラだ。
唯「よしよし、まだ動かなくていいから」
まさか、体力がないとあなどっていた唯ちゃんが、あそこまでできるとは。
紬「め、めんぼくないです」
というより、この程度でくたくたな自分が情けないのか。
浴衣の残骸を腰につけている唯ちゃんがお茶を汲んでくれたので、
おまんじゅうとともに朝食がわりにする。
紬「今何時くらいかな……」
障子があってわかりにくいが、外の明るさは少なくとも早朝のものではない。
昼まで眠ってしまったのだろうか。
唯ちゃんが上手すぎて、大寝坊だ。
携帯の電源をつけてみる。
紬「うわー……」
とたんに大量の着信通知とメールがなだれこむ。
このさき澪ちゃんとうまくやっていけるだろうかと、怒り心頭なメール文を見て思う。
とりあえず時間は12時前だと確認できたので、
いそいでりっちゃんに無事のメールを送り、電話がくるまえに電源を切った。
唯「このあとどうするー?」
紬「んー、わたし動けない……」
唯「けど、せめてお昼食べないとエッチもできないよ」
紬「……そ、そうね」
まず、汗やら唾液やらラブジュースやらでベタベタになった体を洗うことにした。
そのままでは着替えすらできそうにない。
唯「お昼食べたらどうするー?」
温泉につかりながら、唯ちゃんはぎゅうっと抱きしめてくる。
紬「……えっち、したい?」
唯「紬ちゃんがしたいことを聞いてるのっ」
唯ちゃんは顔を赤らめて怒る。
体を押し付けて、誘っているのは唯ちゃんのほうのくせに。
それはそれとして、これからも
平沢唯ゆかりの地めぐりは続けていく建前上、
なかなか二人でエッチできる機会は来ないように思われる。
と、なればやっぱり。
紬「えっと……唯ちゃんさえいいなら……」
その日はお昼ご飯と晩ご飯が美味しかったとだけ。
翌朝、最後に温泉を楽しんでから旅館をあとにした。
財布がいっきに薄くなる。
寮につく頃には、りっちゃんに渡すかもしれない交通費も残らなそうだ。
帰りがけに、おまんじゅうのおばちゃんの店にまた寄った。
「おや、こないだの。もうお帰り?」
紬「はい、目的も果たしましたし」
唯「どもども、こちらのお嬢さんとお付き合いさせていただいております」
紬「わたしは、こちらのカワイコちゃんと」
「そう、うまくいってよかったね。私のおかげかしら?」
紬「それはないです。あ、おみやげに温泉まんじゅう12個、2つください」
「はいっ、1760円ね」
紬「温泉まんじゅうは役に立ちましたよ」
「こんなん、どこの温泉地でも売ってるけどね」
帰りの電車で、唯ちゃんは静かに眠り始めた。
車内にはそれなりに人がいたけれど、唯ちゃんが窓際なので、通路からは死角。
ばれないと思って、何度かキスをしてしまった。
唯「……襲われたいの」
あわてて首を振る。
唯ちゃんの安眠は妨害してはいけない。
当たり前のことを、何をいまさら。
携帯の電源を入れて、怖いけれど澪ちゃんにメールを送ることにした。
紬『これから寮に帰ります。唯ちゃんは私と付き合うことになりました』
紬『私の恋人に手出しをしたり、唯ちゃんの決めたことに文句を言うなら、澪ちゃんでも許しはしません』
紬『心配してくれたなら、ありがとう。ごめんなさい。二人とも、何事もなく済みました』
携帯を閉じると、壁に寄りかかっている唯ちゃんを抱きよせて、私のほうに傾けさせた。
紬「……」
しばらく待っても、メールは返ってこなかった。
本当に縁を切られてしまったのだろうか。
紬「……あれっ?」
最悪の想像に向かっていると、携帯が震える。
メールをくれたのは、りっちゃんだった。
律『私たちも、今日そっちに帰る。澪は寝てるだけだから、返事ないけど心配すんな』
律『まあ、かなり拗ねちゃいるけど。怒るのは筋違いだって、澪も落ち着いてわかったんだとさ』
紬『それなら、よかった』
律『あと、あの文面はまた澪がキレかねないから消したぞ』
紬『……ありがとう、心配になってたの』
律『お安いご用。それより、唯と付き合えたんだな』
紬『うん、両想いだった』
律『だろうと思ってた。ムギ、ほんとありがとう』
紬『りっちゃんは澪ちゃんが好きなのよね?』
私は出し抜けに訊いてみた。
律『まあ、隠す理由もないよな。ムギにはもう予想ついてるだろうし』
思ったより返信は早かった。
律『私は高2の一時期、澪と付き合ってたんだ。部屋にいて、おかしくなって、そうなった』
律『でも、割とすぐ別れることになったよ。澪が本当は唯が好きだって言い出してさ』
律『両想いじゃなかった。ってな。まあ私は未練たらたらで、澪を唯にとられたくなかったって訳』
紬『だけど、私が唯ちゃんと付き合ったところで、澪ちゃんの気持ちはきっと……』
律『かもな。でも絶対無理ってなりゃ、そのうち諦めるだろ。そんときに私が隣にいたらいい』
律『なんだかんだで、襲いかかった私に澪は、好きだって言ってくれたこともあったんだし』
律『何より私は、ずっと澪のこと、好きでいられるから』
紬『もう一度、告白っていうのは?』
律『今は傷心の澪を慰めてやるだけさ。下心はバレバレだけどな』
紬『とにかく、今度のときはちゃんと告白しようね』
律『わかってますとも』
紬『それじゃあ、また寮で』
律『うむ。澪が起き次第、こっちもここを出るからな。それじゃあ気をつけて』
紬『りっちゃんもね!』
律『おう、サンキュ』
そこでやりとりを終わらせた。
どうやら澪ちゃんには許してもらえたらしい。
気になるのは、梓ちゃんに和ちゃんだ。
りっちゃんがうまく情報を遮断したのか、着信さえきていない。
だけど唯ちゃんを連れ出したことが伝わっているのだとしたら、これは大激怒とみるべきで。
さすがに、頭が痛くなる。
唯ちゃんを起こし、乗り換えをして、見慣れた風景に戻ってくる。
紬「……ねぇ、唯ちゃん。すこし寄りたいところがあるんだけど」
唯「いいよ、まだ帰るにはもったいないもん」
紬「それじゃあ、次の駅で降りよっか」
私たちは、高校のころ何度も下車した駅で、同じように、ただ手を繋いで電車をおりた。
スーツケースはコインロッカーに預けて、駅から数分歩いて喫茶店に到着した。
最終更新:2011年11月17日 21:34