アットウィキロゴ
*

梓「……んぁぁ」

目が覚めるのと同時に気怠さを感じた。
それに頭も重いような……。
首をひねってベッドの傍にある時計を確認すると朝10時を過ぎている。

唯「あずにゃんおはよ」

目を覚ました私に気付いて唯先輩がベッドに近付いてくる。
先輩は既に服を着ていて朝の支度を終えているようだった。

梓「あ、おはようございます……」

唯「大丈夫?」

梓「え……あっ」

昨夜の記憶が断片的に蘇る。
後半は飲み過ぎて唯先輩に迷惑をかけたような……。
おまけに寝坊してるし。

梓「すみません……昨日はご迷惑を」

唯「あずにゃんってお酒弱いんだねぇ」

弱くはないつもりだけど旅行特有の解放感からかお酒が進んで……。
景気付けのつもりがチャンスを潰した上に逆効果。
何やってるのよ私。

梓「今日は……曇りですか。プールで泳ぎますか?」

唯「出来れば晴れた日がいいんだよね。それに今日はあずにゃん泳げないでしょ?」

確かに二日酔いの状態で泳ぐのはきついかも。

梓「う……すみません」

唯「まあまあ、今日はのんびりしてようよ」

梓「いえ、もったいないですし観光に行きましょう」

唯「うーん……」

梓「私なら大丈夫ですから」

唯「そう? じゃあご飯食べて午後から出かけよっか」

シャワーを浴びて遅めの朝食を取った後、私達はシンガポール観光へと出掛けた。
最初はホテルの部屋からも小さく見えていたマーライオン公園へ。
ここは代表的な観光地だから必ず行きたいと思っていた場所だ。

梓「観光地だけあって私達以外にも沢山人がいますね」

唯「だね」

入り江の傍へ行くとマーライオンの像が見える。
頭がライオンで身体が魚の白い像は思ったより大きくて、
入り江に向かって口から勢いよく水を吐き出している。
シンガポールとはサンスクリット語で獅子の国を意味する。
まさにシンガポールを象徴する存在だ。
やっぱり生で見ると違うなぁ。

唯「昨日のあずにゃんみたいだね~」

梓「……」

マーライオン公園を後にした私達は夕方頃まで街を散策した。
気温の高さと昨日のお酒の所為か汗をかいては水分補給していたけどおかげで二日酔いは大分楽になった。
散策の途中でラクサという辛い麺を食べたり、屋台でさとうきびジュースを飲んだり、別の店で山盛りのかき氷を食べたり。
散策というアバウトな計画は唯先輩によって食べ歩きに近いものに変わり、
相変わらず食べる事が好きな先輩につられて私も結構食べてしまった。
……おいしかったけど。

シンガポールは場所によって雰囲気がガラリと変わる。
ビル街のような近代的な場所もあれば、打って変わってエキゾチックな建物の並ぶストリートがあったり。
私達は行く先々で逐一感激して、童心にかえった気分でシンガポールを堪能した。
あと先輩はマーライオンの像やお土産を見つける度に私をいじってきた。

唯「はー楽しいね!」

梓「そうですね」

唯「あずにゃん調子はどう?」

梓「もう大丈夫です」

唯「よかった。それじゃあ最後にあそこ行ってみない? 金の肉まんが乗ってる建物」

梓「肉……ああ、寺院ですか。唯先輩にしては珍しいですね」

唯「む、そんな事ないでしょ」

梓「あそこは礼拝する場所だから食べ物はありませんよ。それに私がマーライオンしちゃうかもしれませんし」

唯「ごめん、もう言わないから許して」

梓「それは冗談ですけど私達の服装だと肌が露出し過ぎてて入れないかも……」

唯「えっそうなの!?」

梓「宗教上の理由ですね」

唯「じゃあやめとこ。……お?」

梓「あ、でも羽織るものを貸してくれるとか……って先輩?」

唯「あれなら大丈夫そうじゃない?」

唯先輩がよそ見しているには別の礼拝堂が見えた。
少し離れた場所にあるそれは小ぢんまりとしていてよく見つけたなあと感心してしまった。
シンガポールは多民族国家だけあって宗教も様々だ。
先輩の見つけた礼拝堂と寺院は神様も大きさも綺麗さも違うみたい。

梓「大丈夫そうですけど寺院にも入れると思いますよ?」

唯「いや、あっちにしよう。ああいう感じの所の方がご利益ありそうだし」

真面目な顔つきで何言ってるんだ。

梓「それってちょっと違うような……」

唯「まあまあ、ちょっと寄ってこ?」

梓「いいですけど」

先程の寺院へ一直線のメインストリートから脇道に逸れて歩く事数分。
錆びれた礼拝堂の周りは人も疎らだ。

梓「ええと、趣がありますね……」

唯「とりあえず入ってみよ」

中にもほとんど人はいなかった。
内装はこう、趣のある感じと言うか……失礼な事思うのやめよう。
唯先輩は適当な席に座ると私を手招きして呼び寄せる。
並んで座ると先輩は早速礼拝(?)を始めた。
目を閉じて真剣にお願いしてる。

……せっかくだから、私もお願いしてみようかな。
もしかしたらご利益があるかもしれないし……なんて。

私も唯先輩を真似て目を瞑り手を合わせた。

礼拝堂を最後の観光にして私達はホテルへ戻り夕食を食べる。
……予定だったけど道中食べ歩いた所為でお腹が空かない。
仕方がないので腹ごなしのつもりでカジノにチャレンジしてみる事に。
入り口には黒服の方々が配置されていて、中は赤い絨毯に金色の照明と煌びやかな空間だった。

唯「なんだかセレブになった気分だねっ」

とか言っていた割に開始早々ちいさな山を当てると

唯「わ、私今日はもうこれで! 換金してくる!」

なんて言い出した。
私も私で日和ってしまい

梓「そ、それがいいですよ!」

とか言ってしまった。
唯先輩も年を重ねたんだなあなんて思ったり。
セレブとは程遠いけどまあいいか。

結局軽い食事で済ませて部屋に戻った。

*

梓「しまったあぁぁぁ……」

気持ちよく目覚めて何気なく時計を見ると朝の7時。
まさに今太陽が昇っているであろう時間だ。

昨日は部屋に戻ってお風呂に入った後まったりしていて、気付いたら朝だった。
散策で疲れ切っていたからついベッドで横になって……。
いや、それ以前に楽しくてすっかり忘れてた……あああ。
今日は27日、唯先輩の誕生日当日。
私のぼんやりとしたビジョンでは27日深夜0時にお祝いして、あわよくば告白の返事をするはずだったのに。
いやいや、まだ今日があるんだから大丈夫……大丈夫だよ。
唯先輩は未だベッドで気持ちよさそうに眠っている。
顔を洗って気合いを入れよう。

暫くして唯先輩が目覚めたと思ったら先輩はハッとしてベッドから飛び起きた。
それから窓に駆け寄ってカーテンを開け放つ。
瞬間、眩しい程の光が部屋に差し込んだ。

唯「晴れだよあずにゃん! プール行こプール!」

2日間我慢していた唯先輩は今すぐにでもプールに飛び込みたいらしい。

梓「ご飯食べてからですよ。それと誕生日おめでとうございます」

唯「おお、ありがと~! じゃあご飯食べにいこ!」

この人はもう気持ちがプールにしか向いてない。
起きてから返事の事ばかり考えていたけど、このホテルでの一番の楽しみといったら空中庭園+プールだ。
先輩には楽しんでもらいたいし、何だかんだ言って私も楽しみだし。
それにそんな場所なら気分も盛り上がってすんなり返事できちゃったりするかも。

朝食を済ませてから屋上には更衣室やロッカーがない事を思い出して一旦部屋に引き返した。
宿泊客は部屋で水着に着替えてバスローブを羽織って屋上へ行く人が多いみたいなので私達もそうする事に。

水着は今回のために2人で買いに行った。
私は唯先輩に強く勧められてついその気になってトロピカルブルーなビキニを購入してしまった。
もうちょっと控えめな感じにしようと思ってたのに。
ただ水着自体は可愛くて、胸元にフリルとリボン、ボトムの両サイドにもリボンがついていてかわいい。
フリルが2段になっているショートパレオもついている。
唯先輩はかわいい似合ってるよーって言ってくれたけど大丈夫かな……。

対する唯先輩はちゃっかり自分の好きな物を選んでいた。
私よりもシックなブルーでグラデーション+ボーダーの水着だ。
トップはビキニを重ね着するデザインで、ボトムには水着+黒のデニムショートパンツを着用。
ショートパンツの腰の部分からちらりと覗く水着がポイント。
すごく似合っていてかわいかっこいい。ずるい。

ただ、買い物の後で気付いたけど色が青系で被っていた。

唯「どう? 似合ってる?」

梓「似合ってますよ」

唯「えへ、あずにゃんも似合ってるよ!」

梓「どうも」

唯「おっと日焼け止め忘れるところだったよ。紫外線怖いからね~」

唯「あずにゃんにも塗ってあげるね」

入念に日焼け止めを塗り準備は万端。
さあ行こう。

部屋から空中庭園へ行くにはまず55階までエレベーターで上り、そこでエレベーターを乗り換える必要がある。
55階の受付でカードキーを提示すると空中庭園用のエレベーターに乗れるのだ。
その間私達の期待は高まるばかり。
唯先輩なんかずっとそわそわしている。

長く感じたエレベーターが止まり、ドアから光が漏れると……

唯梓「わあぁぁ……!!」

ぞわぞわっと感動の波が身体を駆け巡る。
空がこんなに近くにあるなんて。

視界を覆う2種類の澄んだ青色。
プールと空の間に敷居はなくて、泳いでいる人のすぐ隣が地上200メートルの空になっている。

唯「お、泳いでて落ちないのかな……?」

と思ってしまうほどだ。
プールサイドにはヤシの木等の緑もあってまさしく空中庭園。
その神秘的な情景に感動したのは私達だけでなく、周りの色んな国の旅行客が揃って声をあげていた。

私達はバスローブを脱ぎ捨てて、逸る気持ちを抑え切れずプールに飛び込んだ。
そして恐る恐る水と空の境界へと近付く。

唯「ああー、こういう風になってるのかぁ」

梓「なるほど」

インフィニティプールの仕組みを理解した後、そのまま地上200メートルの絶景に見惚れていた。
部屋からの眺めも良かったけどそれより2倍も高くて窓もないから迫力が違う。
昨日散策したマーライオン公園やエキゾチックな街並み、さらには周りの高層ビル群までも見下ろせてしまう。
私達は感動しっぱなしで、飽きもせずずっとプールの端で肩を並べていた。

唯「……すごいね」

梓「……はい」

唯「きれいだね」

梓「ですね」

それからは2人してプールではしゃいで泳いで、お腹が空いたらプールサイドでご飯を食べてまた泳いで。
ずっと泳いでいたけど気温と日射しは常夏仕様だから寒くないし、全てを忘れて空中の楽園をエンジョイした。

思い出したのは身体がふやけてきてプールから一旦出た時。
空は既に蒼然としていて太陽の沈んだ方角に僅かな赤みを残すばかり。
私には今日やるべき事があったんじゃないのか。

梓「あ゛あぁぁしまったぁぁぁ……」

唯先輩に言わなきゃいけない事が。

唯「あずにゃん、きれいにこげたね」

梓「ぐああぁぁぁ……」

唯「せっかくプール入る前に日焼け止め塗り合いしたのにね。もっとたっぷり塗った方がよかったかなぁ」

梓「あれ以上塗られても……ていうか日焼けし易いのすっかり忘れてました……」

唯「あはは、現地の人みたい」

梓「笑い事じゃないですよ! この年でこんなに日焼けしたら肌が……」

唯「うん……あ、まだ大丈夫だって」

梓「まだとか言わないで下さい。もう部屋戻る……」

唯「えー、夜景見て行こうよ。もう日も沈んだんだしさ」

梓「……そうですね」

唯「それに焼けた肌とトロピカルブルーがマッチしててかわいいよ! 私の目に狂いはなかった」

プールの傍にあるバーで腰を下ろして一息つくと疲れが一気に押し寄せてきた。
1日中プールに入っていたから当然か。
同じく疲れ気味の唯先輩とカクテルを交わしながらプールやシンガポールの感想を話し合った。

辺りはすっかり暗くなって、代わりにプールや周りの建物がライトアップしていく。
昼の爽やかなイメージから一転して雰囲気のある空間へと変化した。

眼下に煌めく摩天楼を眺めながらカクテルを舌にのせる。
気怠さも手伝っていつまでもこうしていたいと思った。
いつの間にか口数も減り、私達の間には静かな空気が流れている。

……言うなら今しかない。
途端に緊張してきてカクテルが喉を通らなくなった。
けどいいかげん言わなきゃ。
唯先輩から告白されて2週間。
返事をするのは遅れたけどその分毎日色んな事を考えて出した答え。
私は……。

梓「ゆ――!」

梓「……唯先輩?」

唯「……くー」

梓「はあああぁぁぁ……」

寝てた。
今日が終わるまであと数時間、やっとタイミングが掴めそうだったのに……。
でもそうですよね。
今日のプールずっと楽しみにしてたから思いっきりはしゃいでたし。
初日は私が迷惑かけちゃったし、昨日も沢山観光したし。
旅行の疲れが出て当然だよ。
私も寝ちゃいそうだったし。
だけどこんな所で寝てたら風邪引いちゃいますよ。

梓「唯先輩、起きてください」

唯「……ん、ごめん寝ちゃってた」

梓「私は大丈夫ですけどいくら南国だからって夜に外で寝るのはまずいですよ」

唯「だよね」

梓「そろそろ部屋に戻りましょうか」

唯「うん、そうするよ」

部屋に戻って即ベッドにダイブする唯先輩を起こしてお風呂に入ってもらった。
塩素の強いプールだからちゃんと洗い流しておかないと。
お風呂から上がった唯先輩がさっそくあくびをひとつ。
私は先に寝てていいですよと言い残してお風呂場へ向かった。

日焼けにお湯が沁みてどうしようもなかったので入浴は断念。
あとで化粧水いっぱいつけなきゃ。
洗面所で髪を乾かしながら、鏡に映るこんがり焼けた身体にため息をついた。
遊びほうけてるからこんな事になっちゃうんだよ。
私がお風呂に入る時は既に23時を過ぎていた。
唯先輩には今日という日を楽しんでもらえたから、それはよかったけど。
でも言うなら今日がよかった……なんて今さら思っても。
……私のばか。
もうタイミングも何も関係ない、何でもいいから明日の朝一で言わなきゃだめだ。

いくらか髪が乾いたところでバスローブを羽織り洗面所を出た。
部屋は少なめの照明で照らされている。
このくらい明かりがあれば化粧水とコットン取り出せるかな。

あれ、ベッドに唯先輩がいない。


3
最終更新:2011年11月27日 20:02