~機関室内~

男1「よし、これで“郵便配達”はすべて終わった。クソッ、予定より大分時間がかかっちまったな」

男2「それじゃ俺は“ステージ”で隊長と合流するからな」

男1「わかった。俺は“クラブハウス”に戻る」

彼らの背後の暗がりでガタリと音がした。
何者かがつまずいたか、転んだかのような音だ。

男1「誰だ!?」

唯「ひぇえ、ごめんなさい! つい、出来心で!」ドキドキ

梓「すみません! すぐに出て行きますので! ……って、あれ?」

梓「私達の音響スタッフの人だ。こんなとこで何してるんだろ」

男1「お、おい、“ティーセット”だぞ」

男2「ああ、そうだな。こりゃいいや、手間が省けるってもんだ」

男1「おい、よせ。それはヒナドリの仕事だぞ」

男2「構うかよ。仕事は速い方がいいだろ」

二人組の一人が唯と梓にズカズカと近づき、梓の肩を乱暴に掴んだ。

男2「さあ、こっちに来い。手間かけさせんな、このファッキンジャップ」グイッ

梓「むっ……」

唯「えっ……? な、何するんですか?」

梓「この!」ドガッ

男2「いってえ!!」

男は情けない悲鳴を上げ、しゃがみ込む。
梓が男の脛を強烈に蹴り上げたのだ。

梓「『Fucking Jap』くらいわかるです!」

男2「このクソガキ!」バキッ

男が梓の頬を激しく殴りつけた。

梓「ぎゃっ!」ドサッ


小柄な梓は簡単に後方へ飛ばされ、倒れ込む。

唯「あずにゃん!? やめて! 乱暴しないで!」

男2「さっさとこっち来い!」ガシッ

男が唯の髪の毛を鷲掴みにして引き寄せたその時、機関室の入口近くで声が聞こえてきた。

マクレーン「おい、お前ら。そんなとこで何やってんだ」

男1「警備は全員殺ったはずだろ。他にもいたのか?」

男2「チクショウ、暗くて見えねえ」

マクレーン「ユイ、アズニャン。君達もいるんだろ」

男2「何でもいい。とっとと殺っちまおう」プシュッ プシュッ

マクレーン「うおっ!? おおっ!? 何だ何だ!?」

空気を弾くような音。足元の床や手すりで突然、散り始めた火花。
即座に消音器付きの拳銃で撃たれていると判断したマクレーンは、慌てて機関室のドアに身を隠した。
長年の習慣から反射的に腰の辺りへ手を伸ばすも、そこに望む物は無い。

マクレーン「クソッ、そういえば俺、もう民間人なんだよな……」

何か無いかと周りを見回した視線の先には、“船舶用発炎筒”と書かれた金属製の箱が壁に掛けられていた。



男1「おい、逃げられたのか? 厄介な事になるぞ」

男2「うるせえな! 追っかけて殺しゃあいいだけだろうが!」

男の一人は煩わしそうに怒鳴ると、マクレーンを追う。
しかし、機関室を出ようとした次の瞬間、何故か強く目が眩んだ。

男2「うわっ!」

控えめの照明に慣れた目に、マクレーンが激しく光る発炎筒の信号紅炎を突きつけたのだ。

マクレーン「こんの野郎!」

マクレーンは怯んだ男の拳銃を押さえ、発炎筒を彼の口内深くへ押し込んだ。

男2「おごぉ!」

マクレーン「くたばれ! くたばれコンチクショウ!」

もみ合う二人。
やがて、プシュプシュと続けざまに銃声が鳴ったかと思うと、男の方がズルリと崩れ落ちた。
拳銃を奪ったマクレーンは、遠慮無しにズカズカともう一人の男との距離を詰める。

男1「そ、それ以上近づいたら、このガキを殺すぞ!」グイッ

唯「ひいっ!」

マクレーン「殺れよ。俺にゃ関係無い」

男1「てっ、てめえ……」

マクレーン「!」プシュッ

額を撃ち抜かれた男は唯の襟首を掴んだまま、その場に倒れた。

マクレーン「引き金を引く時はためらうな。おわかり?」

唯「あ、わわっ……! こっ、こ、この人、し、し、しっ、死ん……――」

唯「そ、そうだ! あずにゃん! あずにゃんが!」

マクレーン「大丈夫。気絶してるだけだ」

唯「よ、よかった……!」ギュッ

マクレーン「それにしてもこいつら、何者だ? こんなとこで一体、何をやってやがったんだ?」

マクレーン「何だか嫌な予感がするなあ、おい」



~ブリッジ~

リズミカルにキーボードを打つ音が続き、最後に一際高くエンターキーを打つ音が部屋に響いた。

黒人「よし」

黒人男性は眼鏡を押し上げると、無線機を手に取る。

黒人「クラウス隊長、船内の全システムを掌握した。外部への連絡手段もすべて遮断してある。
   もうコードネームも暗号も必要無い。次の段階に進むぞ。どうぞ」

通信相手『了解。我々も行動に移る。どうぞ』

黒人「……本当に任せて平気だろうな」

通信相手『荒事は我々に任せておけ。雇い主であるアンタの計画通りに事を進めてやる。それに、
     マクレーンは私にとっても仇だ』

黒人「わかった。こっちはこっちの仕事を続けさせてもらう」

通信相手『了解、ミスター・テオ』

テオと呼ばれた黒人男性は無線機を傍らに置いた。
無線機からは続けて通信音声が聞こえてくる。

通信相手『点呼を行う。イェン、アリ、コルネリウス、ディードリッヒ、エルヴィン、フランツ、
     ジェラルド、グレゴール、ギュンター、ハルトマン、ヨハン、ルッツ』

通信相手『アリ、コルネリウス、応答しろ。アリ、コルネリウス』

テオ「んー、こっちはハンスの仇、って事にしておこうかね」

再び室内にカタカタとキーボードを打つ音が戻ってくる。



~機関室~

マクレーン「さあ、とっとと皆のとこへ戻るぞ。この子は俺がおぶってやる」グイッ

唯「は、はい…… ありがとう……」

マクレーン「何だ、英語が話せるのか」

唯「ええっと、ちょっとだけなら」

マクレーン「よし、行こう。……ん?」

急に機関室内のモニターに電源が入り、映像が浮かんだ。
天井に向かってマシンガンを発砲する兵装の男達。叫び逃げまどう着飾った男女。

唯「パーティ会場だ……!」

マクレーン「おいおいおいおい、どうなってんだよ……」

そして二人は気づいていなかったが、天井にあるいくつもの防犯カメラが、いつの間にかすべて
マクレーン達の方を向いていた。


~パーティホール~

和「律! ムギ! こっちへ来て! 離れないで!」

澪「あ、ああ、ああ…… 何なの…… 怖いよ……」ガクガクブルブル

律「な、なあ、これってもしかしてシージャックとかテロとかってヤツじゃないのか……」

紬「そのようね。それに…… 彼らをよく見て」

律「あいつら、私達のステージスタッフじゃないか!」

和「そ、そんな…… ちゃんと身元確認も確かな、一流の人達ばかりなのに……」

ステージにゆっくりと一人の男が上がる。
他の男達と同じ兵装。背はあまり高くなく、禿げ上がり気味の黒髪はリーゼント風のオールバックに
固められている。

クラウス「静粛に願おうか」

律「あいつ、機材運搬係の班長だ……」

クラウス「マクレーン、そちらでは私の顔も声も確認出来るだろう。こちらでも同様だ」

ステージ後方の巨大なスクリーンに三人の人物が映し出される。
梓を背負ったマクレーン。そして、彼のスーツの端を握る唯。

律「おい、唯だ! 隣に唯がいる!」

紬「梓ちゃんも一緒だわ」

澪「えっ、唯……? 梓……?」ガクガクブルブル

和「唯!!」

クラウス「はじめまして、ジョン・マクレーン。私の名はクラウス。もっとも、君は私の名に
     聞き覚えなんて無いだろう」

マクレーン『ああ、確かにな。そのマヌケ面も見覚えが無い』

クラウス「しかし、『サイモン・グルーバー』という名前には聞き覚えがあるはずだ」

マクレーン『……』

紬「サイモン…… ニューヨーク連続爆破テロの主犯ね」ヒソヒソ

律「何でそんな事を知ってんだよ」ヒソヒソ

紬「TIMEに記事が出てたの」ヒソヒソ

クラウス「マクレーン? 聞こえているかな?」

マクレーン『ああ、聞こえてるぜ。それで? お前は何者だ? まさかグルーバー三兄弟なんて
      コミックみたいなオチじゃないだろうな』

クラウス「いや、違う。私はかつて彼の部下だった。東ドイツ時代からな。あのニューヨークの
     一件の時も彼の為に働いていた」

マクレーン『そして、ヤツが死に、仲間達が逮捕される中、運良くあの場から逃走出来たってとこか?』

クラウス「その通りだ。面白味の無い背景で申し訳無い」

マクレーン『んで、今回のこれはサイモンの仇討ち、と』

クラウス「ああ、重ね重ね面白味が無くてすまんね」

マクレーン『ようし、じゃあ問題を出してみろよ。“サイモン・セッズ”だろ? 簡単な問題なんか出してみろ。
      ケツの穴に手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやるぜ。このなぞなぞ好きのジャガイモ野郎が!
      ああん!? どうした!?』

クラウス「マクレーン、マクレーン、マクレーン。悪いがサイモン・セッズは無しだ」

クラウス「こう見えても私は典型的なドイツ人でね。ジョークは得意じゃないし、勤勉に仕事に
     取り組む以外に能が無いんだ」

クラウス「だからお遊びは一切無しだ。余計な事は抜きで、全力を挙げて君を殺す」

マクレーン『ハッ、そいつはすげえ。じゃあ、さっさとここに来て俺と勝負しろよ、ボケ。
      男同士、サシの勝負だ!』

クラウス「何故、私がそんな非効率的で危険な作戦を遂行せねばいけないのかね? ……既にそちらへ
     部下を送った。人数と物量で君に何もさせず、始末する」

マクレーン『上等だ。迎え撃ってやるぜ、アホンダラ』

クラウス「それも困るな。では、こうしよう。ディードリッヒ」スッ

クラウスの傍らに控えていた男は合図を見ると、持参のラップトップのキーを素早く打った。



~機関室~

クラウスの言葉に続き、天井の数ヶ所から白いガスが勢いよく噴き出した。

マクレーン「クソッ、火災用の消火ガスだ! 体を低くしてろ!」

唯「ゲホッ、ゲホッ! うう、このままじゃ息が出来なくて死んじゃうよ!」

マクレーン「いや、違う。殺す為じゃない。俺達をこの部屋から出す為だ。ガスにまいって部屋から
      出たところを、待ち構えたヤツの部下共がバンバンバン、さ」

唯「そんな……!」



~機関室前の廊下~

そこにはガスマスクを着けた四人の男が、ドアの前に控えていた。
無線機を握る一人がクラウスに通信を入れる。

グレゴール「五分経ちましたが、出てきません。突入します」

クラウス『よし。細心の注意を払え』

グレゴール「了解」

室内は煙が充満しており、視界がひどく悪い。
足を進めていくと、発炎筒をくわえた男の死体が床に転がっている。
更にそこから少し離れた場所にももう一人、男が倒れていた。
どちらも射殺されている。

グレゴール「やっぱりか…… 隊長、アリとコルネリウスが殺られています」

ギュンター「マクレーンがいないぞ……?」

ハルトマン「ど、どこへ消えた……」

ルッツ「おい、アレを!」

一人が指差した、その先。
天井近くの通風孔のカバーが外され、脚立が立てかけてある。

グレゴール「通風孔です! 奴ら、通風孔の中を通って逃げました!」



~パーティホール~

クラウス「ふむ、やるものだな。……テオ、少し手を止めてこちらを手伝ってくれ。マクレーン達は
     今どこにいる?」

テオ『ああ、状況はモニターでずっと見てたよ。だけど、さすがのタカギ号も通風孔を通る生物の
   位置まではわからないな』

クラウス「そうか。少し欲張り過ぎかな」

テオ『その代わりと言っちゃ何だが、無人の部屋やスペースの防犯用動体感知システムをすべて
   最大精度にしておいた。マクレーンが穴から這い出た瞬間、アラームが鳴って、カメラが姿を捉える。
   いかが?』

クラウス「申し分無い」

テオ『だが、船外に出られたら厄介だぞ。カメラはあるが中よりもずっと少ないし、さすがに
   防犯システムも届かない』

クラウス「外に出る分には問題無い。奴にとって、我々の制圧や人質救出が一層困難になるだけだ。
     少々仕掛けも施しておいたしな。ありがとう、テオ」

テオ『どういたしまして』

クラウス「では、人質の選別に入ろう。エルヴィン、招待客はこのままパーティホールだ。
     フランツとヨハンは社員や関係者を大会議室へ。ジェラルド、“ティーセット”をブリッジへ
     連れて行け。彼女らが二手に分かれてしまったのは誤算だったがな……」


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最終更新:2011年11月30日 21:51