ジェラルド「おい、お前らはこっちだ!」グイッ

律「離せよ! 触んな!」

紬「抵抗しちゃダメ、りっちゃん。今は大人しくしていましょう」

律「くっ……!」

澪「ひいぃ……」ガクガクブルブル

ヨハン「ノドカ・マナベだな? ナカトミ社員はこっちだ」ガシッ

和「あっ! み、みんな!」

律「和!」

紬「和ちゃん!」

ジェラルド「ホラ、さっさと歩け!」ドン



~機関室前の廊下~

グレゴール「よし、俺達はパーティホールに戻るぞ」

廊下を歩き出した四人の背後。
天井の通風孔のカバーが音も無く外れ、マクレーンと彼の握る拳銃が顔を覗かせた。

マクレーン(そう言わず、ゆっくりしていきな……!)プシュッ プシュッ

ギュンター「うっ!」

ハルトマン「ぐおっ!」

グレゴール「な、何だ!? どうした―― ぐえっ!」

瞬時に二人の後頭部と、振り返った一人の喉を撃ちぬいたマクレーンは、すぐに通風孔の奥に引っ込んだ。

ルッツ「う、上か!」バババババババババッ

慌てて天井の通風孔付近を撃ちまくるが、何の反応も無い。

ルッツ「隊長、三人殺られました! ギュンターとハルトマン、それにグレゴールです!
    マクレーンは逃げていません! 近くで俺達を狙っています!」

クラウス『交戦はするな! お前だけでもパーティホールへ戻れ。すぐにだ』

ルッツ「りょ、了解!」

残った一人は天井を警戒したまま、足早にその場を去る。
通風孔の奥、パイプの中では梓を抱えたマクレーンと唯が息を潜めていた。

マクレーン(さすがに親玉は馬鹿じゃねえか)

マクレーン「ユイ、ついて来い。外に出るぞ」ズリズリ

唯「は、はい……!」ズリズリ

マクレーン「引退してまでパイプん中を這いずり回るなんてな。俺の人生、いったいどうなってんだ。
      なんで俺ばっかりこんな目に……」ズリズリ



~船外・船尾の上甲板~

ゆっくりと通風孔のカバーを外すと、マクレーンはそこから静かに顔だけを出し、周囲を見回した。

マクレーン「見張りはいないか……」キョロキョロ

慎重に、出来るだけ慎重に外へ出て、再度周囲を見回す。
入念な安全の確認を済ますと、通風孔の中の梓へ手を伸ばしながら、唯に声を掛けた。

マクレーン「よし、アズニャンを下ろすぞ。そっと、そっとな」

マクレーン「次は君だ。さあ」

二人を下ろし終えたマクレーンは急いでスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外した。
梓は床に寝かされ、唯も疲れ切ったように座り込む。

マクレーン「さぁて、どうすんだ。考えろ。考えるんだ、ジョン。どうする。どうやったらあの悪党共を
      ブッ殺して、人質を助け出せる……?」

考えながら、拳銃から消音器を外し、弾倉の残弾数を確認する。残り七発。予備の弾倉は無い。

マクレーン「足りねえなぁ…… 五人殺って、あと何人だ?」

そして、機関室で唯と梓を襲った男達の一人が持っていた無線機を見つめる。

マクレーン「それに何故、奴らは人質を三つに分けた? 一ヶ所に集めといた方が楽なのに、
      なんでわざわざ? 何を企んでやがる」

唯「あ、あの」ドキドキ

マクレーン「あ? 何だ」

唯「犯人の数は十四人、かもしれません。もしかしたら、ですけど」

マクレーン「どうして? 何故、君にそれがわかる?」

唯「私達のステージスタッフだったんです。機関室にいた二人も、パーティホールの人達も、全員……」シュン

マクレーン「何だって? じゃあ、ブリッジに連れていかれた“ティーセット”って人質は……」

唯「りっちゃん達かも……」

マクレーン(どういうこった? それじゃ最初から彼女らが標的に入ってたって事か? 目的は俺への
      復讐じゃなかったのか?)

マクレーン「……」

マクレーン「ユイ。君はアズニャンとここにいろ。すぐ戻ってくる」スック

唯「ど、どこに行くんですか?」ギュッ

唯は立ち上がったマクレーンに寄り添うと、彼の服をギュッと掴んだ。
顔には恐怖と不安の色がありありと浮かんでいる。

マクレーン「シージャックじゃ悪党の親玉がいるのはブリッジと相場が決まってる。そこにはリツとミオ、
      それにツムギもいるだろうしな」

マクレーン「様子を見てくる。もし隙があったら、奴らをブッ殺して三人を助け出す」

唯「……」ブルブル

『シージャック』『悪党』『ブッ殺して』『銃』『人質』
怖い。怖くてたまらない。
しかし、震える拳は固く握られ、唇は真一文字に引き絞られた。

唯「わ、わかりました。ここでマクレーンさんを待ってます。わ、私があずにゃんを守らなきゃ……」ブルブル

マクレーン「……君は強い子だな。少しルーシーを思い出した」

唯「ルーシー?」

マクレーン「娘だよ。君には全然似てないけど。年も少し上だ」

唯「マクレーンさんの娘さんだからやっぱり強いんでしょうね」

マクレーン「ああ。前にテロリストに拉致された時は、俺にそいつらの人数を知らせて、その中の一人の
      足を撃った」

唯「わ、私はそこまでは無理かも……」

マクレーン「ハハッ。まあ、そりゃあそうだ」

唯「フフッ」

マクレーン「じゃあ、ちょっと行ってくる」



~船内・ブリッジ~

ジェラルド「ほら、入れ!」ドン

律「いてえな! 押すなよ!」

ジェラルド「座れ! お前もだ! 座れ! おい、イェン。縛るのを手伝ってくれ」

イェン「……ああ」

イェンと呼ばれた東洋人は渋々といった面持ちで、三人の緊縛に手を貸す。
手足を縛られて座る律達の前には、ディスプレイに向かい、キーボードを打つ男の背中があった。
やがて、椅子がクルリと回転し、にこやかな黒人男性の顔がこちらに向けられた。

テオ「ようこそ、お姫様方。歓迎するよ」

澪「あっ、あ、あのコンピュータ担当の…… そんな……」ガクガクブルブル

律「あー腹立つ! こんな悪党と一緒に仕事して気分良くしてたかと思うと、すげー腹立つ!!」

紬「……」ジーッ

ジェラルド「ミスター・テオ。段取りは?」

テオ「ああ、あとはダウンロードだけだ。もうここに用は無い。社長と船長のかけら、それにこのラップトップが
   あれば充分」

ジェラルド「なら、イェンと一緒にコンピュータルームへ移動してくれ」

テオ「わかった」

テオ「それじゃ失礼致します、お姫様方。大人しくしていれば殺しはしないよ」

テオはイェンの先導で操舵室から去り、後には彼女らを連れてきたジェラルド一人が残った。
マシンガンをぶら下げ、視線は常に三人から外さない。

律「はぁ…… 一体、何がどうなってるんだろ…… クリスマスの豪華客船でステージ&クルーズの
  はずだったのに……」

紬「安心して、りっちゃん。きっとマクレーンさんが助けてくれるわ」

律「そもそもあのおっさんのゴタゴタに私達が巻き込まれたようなもんだろ! あのテロリストの
  親玉みたいのが、復讐って言ってたし!」

紬「……その“復讐”って、嘘だと思うの。たぶん」

律「何でわかるんだよ」

紬「あのテオっていう黒人。どこかで見た事があると、ずっと思っていたんだけど」

紬「ナカトミビル占拠事件のハンス・グルーバーの元仲間よ。紹介された名前が違ったし、
  前に見た顔写真が若い時のものだったから気づけなかった……。あの事件から三十年近くも
  経ってるんだから、釈放されていたとしても不思議じゃないわね」

律「ナカトミビルって、あのおっさんが解決した?」

紬「そう。それにあの傭兵のリーダーは、ニューヨーク連続爆破テロ事件のサイモン・グルーバーの元部下。
  この二つの事件には、ある共通点があるの」

律「何だよ、それ」

紬「お金よ。お金目的の単なる泥棒」

律「え……?」

紬「ナカトミビルの時は、世界各地の刑務所に収監されたテロリストの釈放を要求する一方で、
  大金庫にあった6億4000万ドル分の無記名債券を狙ったわ」

紬「そして、サイモン・グルーバーは、ニューヨーク連続爆破テロがマクレーンさんへの復讐と
  思わせておいて、その隙に連邦準備銀行に保管されていた1400億ドル分の金塊を強奪したの」

律「すっげえ…… スケールが違う……」

紬「ハンスの元仲間とサイモンの元部下が手を組んでいる。それとさっきテオが言った『あとはダウンロードだけ』。
  たぶん、ただの復讐じゃない。この船のコンピュータにある何かを狙っているのよ……」

律「はぁ……」ジロジロ

紬「……どうしたの? りっちゃん」

律「いや、なんでそんなに詳しいの? ムギってもしかして犯罪マニア?」

紬「ち、違うわ! 2007年のサイバーテロ事件の特集の中で、マクレーンさんが解決した過去の事件が
  ピックアップされてて、それで知ったの!」アセアセ

律「それにしても、随分あのおっさ、いやマクレーンさんにこだわってるよな」

紬「うん…… だってね、マクレーンさんって私達の父親みたいな年齢でしょ? 風貌だってすごく
  格好良い訳でも、すごく強そうな訳でもない。FBIやCIAみたいな特別な仕事って訳でもない。
  それなのに、大暴れして、悪い人をやっつけて、いろんな人を救って……」

紬「ちょっと変わったヒーロー…… でも、ああいう人がお父さんだったらなぁ、って……
  だから私、マクレーンさんに会ってお話するのが夢だったの」

律「ふーん」

紬「大丈夫よ。マクレーンさんが助けに来てくれる。絶対!」

律「お、『きっと』が『絶対』になったな」

紬「え? あっ……」

律「まっ、こうなった以上、ジタバタしてもしょうがないか。ムギが信じるマクレーンさんを、
  私も信じてみるよ。唯と梓も一緒にいるようだし」

紬「ありがとう。りっちゃん」

律「澪は怖がり過ぎで、ついに気絶しちゃったしな」

紬「あ、本当ね」

澪「……」ピクピク



~船外・ブリッジの窓ガラス近く~

紬と律の信じるマクレーンは、実はこの時、彼女らのすぐ近くに来ていた。
窓から操舵室の中をこっそりと覗いていたのだ。

マクレーン「やっぱり三人はここか。だが、中は見張りの雑魚が一人だけだと? クラウスの野郎は
      どこにいやがる……」

マクレーン「また、通風孔を使うか? パイプん中を伝って、ブリッジの中へ…… いや、それじゃダメだ――」

クラウス『マクレーン。マクレーン、聞いているか』

マクレーンは不意の声に慌てて腰の無線機を確めたが、それではない。
スピーカーによる艦内、艦上の一斉放送だ。

クラウス『まったく君は大したものだ。我々は君の捕捉が出来ずにいる。君が船内にいるのか
     船外にいるのかすらも、まったくわからない。これは困った事だ』

マクレーン(勝手に困ってろ。今、てめえんとこに出向いてやるぜ)

クラウス『そこで可能性をひとつずつ潰していく事にする』

マクレーン(あん……?)

クラウス『まずは船外からだ。カメラの届かない、人が隠れられそうな場所に、あらかじめ遠隔操作式の
     クレイモア地雷をいくつか仕掛けさせてもらった』

マクレーン(なんだと!?)

クラウス『安心したまえ。炸薬量を大幅に抑えてあるから、近距離で爆発しても君なら致命傷には
     ならないだろう。君なら、ね……』

マクレーン(嘘だろ、おい! 船尾にユイとアズニャンがいるんだぞ!)

クラウス『時間が惜しい。三つ数えてから、一斉爆破させてもらうぞ』

クラウス『ひとつ』

クラウス『ふたつ』

マクレーンは急いで立ち上がり、防犯カメラに向かって怒鳴りながら、大きく手を振った。

マクレーン「よせ!! やめろクラウス!! 俺はここだ!」

クラウス『ああ、いたな。マクレーン』

マクレーン「ここにいるぞ! さあ、殺れよ! 殺しに来い!」

チラリと操舵室の中へ目をやると、紬と律がこちらを見ながら何やら騒ぎ立てている。ついでに
見張りの男も同様に、無線機に向かって喚いていた。
三人を助けてやりたいが、今は無理だ。
マクレーンは船内へ続くドアへ猛然と走り出した。

マクレーン「チクショウ、こうなりゃなるようになれだ……!」



~船内・特等船室~

クラウスとディードリッヒの前には三台のラップトップがあり、更にすべての画面が幾つかに分割され、
そのどれにもマクレーンが映っていた。
だが、次々と映像が乱れていき、砂嵐のノイズのみとなっていく。

クラウス「ほう、ご丁寧に防犯カメラを壊していっているぞ」

やがて、マクレーンはある部屋に飛び込んだ。
すぐに室内の様子が映し出されたが、カメラに銃を向けたマクレーンの姿を最後に、砂嵐となる。

ディードリッヒ「リネン室です」

クラウス「ジェラルド。リネン室だ。ブリッジのお前が一番近い」

ジェラルド『しかし、ティーセットは?』

クラウス「構わん。行け」

ジェラルド『りょ、了解!』

クラウス「フランツ、ヨハン。今、大会議室だな? お前らも行け」

フランツ『了解!』


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最終更新:2011年11月30日 21:52