~船内・リネン室~

ジェラルドはすぐにリネン室の前に駆けつけていた。
命令を受けた他の二人はまだ到着していない。
とはいえ、それを悠長に待っている訳にもいかない。

ジェラルド「野郎、ブッ殺してやる!」

思いきりドアを蹴り開け、マシンガンを室内に向けて構える。
ダストシュート、乾燥機、プレス機。
しかし、マクレーンの姿は無い。
ジェラルドはゆっくりと室内へ足を運ぶ。

ジェラルド「どこに消えやがった……!」

マクレーン「あああああ!!」

絶叫と共にドアの陰からマクレーンが襲いかかる。
背後を取られたジェラルドがマシンガンを乱射するも、当たるはずが無い。

マクレーン「このロクデナシが!」ドガッ ドガッ

ジェラルド「ぐへぁ!」

脇腹、右腕と連続で殴られたジェラルドはマシンガンを取り落とした。
勢いづき、顔となく腹となく、矢継ぎ早に殴りつけるマクレーン。

マクレーン「この! この!」ドゴッ ドゴッ ドゴッ ドゴッ

ジェラルド「ぐおっ! んぐっ!」

怯んで上体を折り曲げたジェラルドの襟首を掴むと、マクレーンは彼の体をプレス機の方へ放り投げた。
そして、素早くスイッチを押す。

ジェラルド「うぐう……」

プレス機の上でグロッキー状態のジェラルドへ向けて、分厚く重い鉄板が上から迫ってくる。

ジェラルド「うわっ、わああああ! ぎゃああああああああ!!」グシャリ


ジェラルドの悲鳴がリネン室に響き渡り、途切れた直後、ヨハンとフランツの二人が到着し、
室内に踏み込んだ。

ヨハン「おい、いないぞ!」

フランツ「た、隊長、マクレーンがいません! それと、うえっ…… ジェ、ジェラルドが殺られています!」

クラウス『いないはずがないだろう! 逃げ場は無いんだ! 部屋中を撃ちまくれ!』

フランツ「撃て! 撃て撃て撃て!」バババババババババッ

ヨハン「うわあああああ!」バババババババババッ

二人が全弾を撃ち尽くし、マシンガンの弾倉を交換する数瞬。
ダストシュートから上半身を現したマクレーンが、ジェラルドから奪ったマシンガンを撃ちまくる。

ヨハン「ぐあっ!」

フランツ「ヨハン!? このクソ野郎!」チャキッ

マクレーン「うおっ!」バッ

銃口を向けられると同時に両手を離し、ダストシュートの中を階下へと落ちていくマクレーン。
落下地点の鉄製のダストボックスの中はゴミだらけで、一応のクッションにはなったが痛いものは痛い。

「クソッタレ、腰が……」

いや、痛がっている暇も無かった。
フランツがダストシュートの中に身を乗り出し、こちらに銃口を向けている。

マクレーン「やばい!」

全力で体重を乗せて、ダストボックスを横様に倒す。
ダストシュート内に銃声が鳴り響き、ダストボックスはカンカンと金属的な着弾音を響かせている。

フランツ「吹っ飛ばしてやるぜ、へへへ……!」

間を置かず、フランツが胸の手榴弾のピンを引き抜き、一個、二個、三個とダストシュートへ投げ込む。
マクレーンが状況を把握する暇も無く、三つの手榴弾が爆発した。

マクレーン「うわああああああああああ!!」

強烈な爆発音と爆風によって、マクレーンはダストボックスごと部屋の端まで吹き飛ばされる。
痛みと痺れが強く打った全身を駆け巡った。
そのおかげで、ひどい耳鳴りと身体中の出血に気づくのに、しばらく遅れてしまった。

マクレーン「いってえええ…… くううう、チックショウ…… あんの野郎……!」

マクレーンはフラフラと起き上がると、足を引きずりながら部屋を出た。
リネン室では大興奮のフランツが無線機を耳に当てているところだ。

クラウス『フランツ、状況を報告しろ。爆発の影響でその辺一帯のカメラと防犯装置がイカれた。
     こちらからは確認出来ない。フランツ!』

フランツ「隊長、殺りました! マクレーンの奴、手榴弾で木っ端微塵です!」

クラウス『死体は確認したのか?』

フランツ「い、いえ。しかし、あの爆発じゃあ――」

クラウス『馬鹿者! 相手はジョン・マクレーンだぞ! たとえバラバラになってても生首を
     見るまでは安心するな!』

フランツ「はっ、はい!」ビクッ

慌ててドアに向かうフランツ。
ドアを開けると、そこには怒りと笑いを同居させた表情のマクレーンがいた。
唸りを上げた拳がフランツを襲う。

マクレーン「親分の言う通りだぜ!」ドガッ

フランツ「ぶはっ!」

よろけたフランツの胸にぶら下がった手榴弾。
それに目をつけたマクレーンは、そのうちのひとつのピンを素早く引き抜いた。

フランツ「うわああ! ピンが! ピンがぁ! あああああ!」

マクレーン「シャツがきたねえ! ママに洗濯してもらえ!」ドンッ

フランツ「わああああああああ!!」

マクレーンに激しく蹴りつけられたフランツは、ダストシュートの中を悲鳴と共に落下していった。

クラウス『フランツ、状況はどうなっている!? マクレーンの死体は確認したか!?』

無線機を拾い上げると同時に、階下から爆発音が響き渡る。

マクレーン「いよっ、隊長ぅ。俺まだ生きてる。ヘヘヘヘヘッ」

クラウス『マッ、マクレーン……!』

マクレーン「フランツとヨハンと、あー、それとジェラルドがくたばって、残りの射的クラブは
      何人になったかなあ。当ててやろうか? お前を入れてあと六人だろ。ん? 違うか?」

クラウス『ちょ、ちょっ、調子に乗るなよ……!』

マクレーン「ちょ、ちょっ、調子に乗ってんのはてめえだ、クラウス。いいか、ケツを蹴っ飛ばして
      地獄のサイモンのとこまでブッ飛ばしてやるぜ。ズボンとパンツを下ろして待ってな」

クラウス『き、貴様ァ……』

マクレーン「……おおっと、言い忘れるとこだった。アレは隠しとけよ。てめえの粗末なモノなんて
      見たかねえからな。あばよ」

無線機を床に叩きつけると、興奮で忘れていた痛みが戻ってきた。
フラフラになりながら、マクレーンは様々な意味で頭を抱える。

マクレーン「さて、どうしたもんかな……」



~船内・特等船室~

クラウス「……」

ディードリッヒ「隊長……」

クラウス「……テオ。状況は?」カチャ

テオ『そろそろ大詰めだ。社長と船長の虹彩、指紋認証が終わったから、すぐにダウンロードに取り掛かれる。
   ダウンロードそのものは、まあ二、三十分ってとこだね』

クラウス「そうか。出来るだけ急いでくれ。それと、人質を少し使わせてもらうぞ」

テオ『ティーセット以外ならな。彼女達は生かしといてくれよ。そういう契約になってる』

クラウス「わかった」

クラウス「ディードリッヒ。大会議室とパーティホールを完全封鎖して酸素濃度を下げろ。二時間で
     ゼロになるようにだ」

ディードリッヒ「なっ……! 隊長、それは――」

言い終わらないうちに、ディードリッヒの眉間に拳銃の銃口が当てられる。

クラウス「二度は言わん」

ディードリッヒ「りょ、了解しました……」



~船外・船尾の上甲板~

マクレーン「よう、戻ったぜ……」

唯「マクレーンさん! 良かった! 無事だったんだね!」ギューッ

マクレーン「いだだだだだだだだ! 痛い痛い痛い! あんまり無事じゃないって!」

唯「あっ、ご、ごめんなさい」

マクレーン「ああ、大丈夫。また何人か悪者をやっつけてやったぜ。へへへ」

梓「マクレーンさん、怪我だらけ……」

マクレーン「お、アズニャン。ようやく目が覚めたようだな」ナデナデ

梓「なっ……!」カァッ

マクレーン「ん? どうかしたか?」

梓「な、なんでもありません。あの、さっきは助けてくれて、あ、あー、ありがとうございます……」モジモジ

唯「あずにゃん、照れてるー! かわいー!」ギューッ

梓「ててててててれてません!」

マクレーン「さあ、お喋りはその辺にして、中に入るぞ」

唯「えっ、中に……?」

マクレーン「心配するな。カメラも防犯装置も壊れている場所があるんだ。それに奴らの残りの人数から推して――」

言葉を切り、ゆっくりと船全体を見渡す。

マクレーン「――もう船の中をくまなく探し回る程の余裕も無い。行くぞ」



~船内・コンピュータルーム~

イェン「ミスター・テオ。あとはダウンロード終了を待つだけなんだな?」

テオ「ああ、そうだよ」

イェンは腰に差した無線機を取り出し、クラウスに通信を送る。

イェン「クラウス隊長。俺が出ます」

クラウス『……お前の強さは信頼しているが、マクレーンは手強いぞ』

イェン「俺が、マクレーンを、始末します……!」

クラウス『わかった。行け』

イェン「了解」

テオ「おいおい、君が行っちゃったら、僕の護衛がいなくなるだろ」

イェン「アンタにはわからんだろうがな、ミスター・テオ。マクレーンが生きている限り、
    護衛がいようといまいとアンタの運命は変わらん」

テオ「ああ、何を言っているのかまったくわからん。東洋思想ってヤツか?」

もうテオの言葉には答えず、イェンはコンピュータルームを後にした。



~船内・キッチン~

マクレーン「ここなら安全だろ。ちょっと一服、失礼するよ」シュボッ

唯「……フフッ」ジーッ

マクレーン「何だ?」スパー

唯「ムギちゃんの言った通り、やっぱりマクレーンさんはすごいヒーローなんだね!」ニコッ

マクレーン「よしてくれ。俺はヒーローなんかじゃない」

唯「で、でもヒーローだよ! 私達を助けてくれたし、悪者をやっつけてくれたし」

梓「あの、私も唯先輩に賛成です」オズオズ

マクレーン「……」

唯「マクレーンさん……?」

マクレーン「ヒーローだの何だのって祭り上げられた男の末路を知ってるか? 悲惨だぞ」フゥーッ

マクレーン「駆けずり回って、撃たれて、ボロボロになって、ご褒美と言えば褒められるだけ。
      『アンタは偉い』とか何とか書いてある賞状くらいなもんだ」

マクレーン「四十年間、必死になって務めて、もらえたのはビックリするくらい僅かな年金。
      それだけじゃ生活費と借金返済にゃ足りないから、警備員のアルバイトでもしなきゃならん」

マクレーン「女房とはずいぶん前に離婚。アイツの人生に俺はいなかった事になってる。
      娘とはたまに電話をしても、最後は必ずケンカ。孫になんて会った事も無い」

マクレーン「家に帰ってたった一人で食べる夕食はシリアルとバドワイザー。なあ、これのどこが
      ヒーローだってんだ」


梓「……」

マクレーン「いつも思ってたよ。『こんな人生、まっぴらごめんだ。誰か代わってくれ』ってな」

唯「……」

マクレーン「すまん……」スック

立ち上がり、拳銃をベルトに挟む。視線は二人と合わせない。

マクレーン「君達はここにいろ。一応、マシンガンを置いていく。使い方は――」

梓「どうしてですか……」グスッ

マクレーン「あん?」

梓「じゃあ、どうして私達を助けてくれたんですか? どうしてそんなになってまで悪者と
  戦おうとするんですか!? ヒーローじゃないのに!!」グスッグスッ

唯「あずにゃん……」

マクレーン「……他にやる奴がいないからだ。誰かが代わってくれた事なんて無かった」



~船内・ブリッジ~

澪「う…… う~ん……」ムクッ

律「やっとお目覚めか? 澪」

澪「夢じゃなかったんだ…… 夢だったら良かったのに……」ドヨーン

律「ムギ、どうだ?」

操舵室の中央に位置するデスクのディスプレイ。
紬は両手両足を縛られながらも、何とか立ち上がってそれにジッと見入っている。
しかし、すぐに溜息を吐きながらゆっくりと座り込んだ。

紬「うーん、ダメね。私じゃわからないわ。テオはずっとここをいじっていたから、何か出来るとは
  思うんだけど」

律「ムギがわかんないんじゃ、私や澪にわかるワケもないよなー」

紬「和ちゃんだったら、もしかしたら…… こういうのにすごく詳しいから」

律「和は他の社員と大会議室。どっちにしてもダメか……」

不意に天井のスピーカーから太い声が響いてきた。

クラウス『マクレーン。よく聞け、マクレーン』

紬「また、マクレーンさんに向けての一斉放送ね」

律「とっととこっから出せよー!」

クラウス『貴様が予想外に暴れ回るせいで、我々は大分損害を被ってしまった。そこで貴様の動きを止める為に、
     ある手段を取らせてもらう事にした。ナカトミ社員、及び招待客の方々、恨むならマクレーンを恨め』

律「な、何言ってんだ? コイツ……」

クラウス『ナカトミ社員のいる大会議室と、招待客のいるパーティホール。この二ヶ所を完全に封鎖、
     密閉し、室内の酸素濃度を急速低下させる。本来はこれも火災対策用のシステムだがな』

律「はあ!?」

紬「何て事を……!」

クラウス「二時間で酸素濃度が0%になる。まあ、そのはるか前に皆、意識を失い、そのまま
     死ぬだろうな」

澪「そんな…… それじゃ……」ガクガクブルブル

クラウス『さあ、どうする? 貴様一人の手で、少なくとも三十分以内に排気システムを停止させ、
     ロックされたドアを開けて人質を救出しなければならん。しかも、二ヶ所共だ。
     ハァーッハッハッハッハァ!』

歯を食いしばる律。
眉根を寄せる紬。
青ざめる澪。

クラウス『もがき苦しめ。絶望しろ。またな、マクレーン』


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最終更新:2011年11月30日 21:54