今度は言えるから…(律1st view)

-------------------------------------------------------------------------

 どうして…こうなったのだろう?

 澪の想いを否定したかった訳じゃない…。
 ただ、澪が私から離れていく、それが寂しかっただけなんだ…。

「澪~…って何だこれ?」

 澪の部屋の、机の上にあったノートを開こうとした。

「うわ!勝手に覗くな!」

「いたっ!」

 ゴツン、と殴られた。

「私が部屋を空けた隙にまた…。」


 以前と同じように私に接する澪。
 多分…澪にとって、私のしたことは『当然のこと』で…責める理由にすらならないんだろう。

 いつも通りの会話。いつも通りの私たち。
 大学生になっても高校時代と変わらぬ仲を保っている。


 取り返したノートを脇に隠そうとした澪の表情が、ほんの一瞬だけ寂しいときのものになる。
 視線の先にあるのは、澪が大事にしている薄い一冊のフォトアルバム。

 ああ…まただ。一体アレから何度この表情を見て来ただろう。…胸が苦しい。


「そういや今日珍しく私に梓から電話あったんだ」

「…へぇ。梓、なんだって?」

「ドラムの相談。ドラム担当の新入生が初心者らしい。初期どうやって練習してたか知りたいんだと」

「さすが梓。ちゃんと先輩やってるな。…律とは大違いだ」

「なにおう。私だってなぁ~」


 どんなに苦しくても…辛くても…私はそれに気付いてはいけない。
 澪に辛い選択をさせたのだから――。





 始まりは高1の冬…まだ梓が入学すらしていない時期の話である。
 バレンタインが近付いてきて、女子高であっても話題が上っていた。

「バレンタインか…今年はどうなるやら」

 文化祭の初ライブが終わって、澪にはファンクラブができた。
 男子0の女子校だ。澪にはチョコが殺到するかもしれない。

「………さあな…」

 あまり思い出したくないのか、澪は少し遠い目をしていた。

 すっかりトラウマだな…文化祭。
 加えてファンクラブ…恥ずかしがりやの澪には荷が重いかもしれない。
 だけど…まあ何とかなるだろう。澪は応援してくれる人を蔑ろにはしないしな。

「澪は今年は誰にあげるか決めてるのか?」

 去年までは私と聡の2人だけだった。…市販のチョコだけど。

「ん……軽音部と和、憂ちゃん…かな?いつもお世話になっているし」

 あとはいつもの如く聡…と。今年は随分と多いな。

「あはは。大変だな」

「和に迷惑かけているのは主に律だけどな」

 他人事のように言う私を軽く責めるような言い方。

 口ぶりと裏腹に喜んでいる。きっと友人が増えたという実感があるからだろう。
 喜ばしい話だ。人見知りが激しい澪に、こんなに友人がふえるなんて。

 …でも懸念があった。1人だけ…違う態度をとる相手が居る…。


「…本命はいないよな?」

 そういった瞬間、澪の表情が強張った。


 言わなきゃ良かった…澪の反応を見てそう思った。
 女子高だから、そういうことは無いと思っていたのに。

 澪に好きな人ができるなんて…想像だにしていなかった…。

「……はは。居る訳無いだろ。女子高だぞ?」

 すぐに笑って否定したけれど、嘘だと分かる。

 本当…澪は嘘が下手だよな。一体どれだけ傍にいると思っているんだ。

「あはは…そうだよな。すまん変なこと訊いた」

 でも認めたくなくて…私はその嘘に気付かなかった振りをした。


 後に私は後悔することになる。
 この出来事があの2人を苦しめ続けることになったのだから――。





 過去はやりなおせない。澪の選択を責めることもできない。

 だってあいつは…私の不安に気付いて選んだのだから。

 そして…当時の私の心境を考えると間違った選択とは言えなかった。

 もしあの頃、澪が自分を優先していたら私はここにいない。
 今の放課後ティータイムはきっと出来なかっただろう。


 でも…もし、もう一度。
 もう一度だけでいいから……やり直せるなら。

 今度は送り出そう…澪を。祝福しよう…あの2人を。

 どんなに寂しくても…きっと今度は大丈夫だから。

 澪じゃないけど…神なんて本気で信じていないけど、祈らずには居られない。


 ああ、カミサマ。
 もしいるならチャンスを下さい。

 大切な親友たちを救うチャンスを――。




 そしてそのチャンスは意外な形でやってきたのであった…。


2
最終更新:2011年12月03日 19:58