今度は言えるから…(紬 view)

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 私は何も出来なかった。

 りっちゃんが…澪ちゃんが…唯ちゃんが苦しんでいた。
 知っていたのに、私は動けなかった。


 始めは時間が解決してくれるものだと思っていたの。

 皆仲良しで、特にりっちゃんと澪ちゃんは幼馴染…幾度と喧嘩もあったはず。
 だから今回もきっと大丈夫だろう…と。

 これは当事者たちの問題だ。私が口を出していいことではない。
 そう思って私は見守ることにした。


 だけど…私の思惑とは裏腹に状況が好転しなかった…。

 お互いが持つ苦しみの根本に目を背けたまま、以前のように過ごした。

 梓ちゃんという新たな仲間を迎えた後も変わらない。

 思い思い共に過ごせる時間を何よりも大切にしているつもりだった。

 …でも…その考えは改めさせられることになる。

 受験前の部室。珍しく梓ちゃんと2人きりだったときのことだ。

「……あの…訊きたいことがあるんですけど…いいですか?」

「…なに?」

 私はごく普通に返したけれど、梓ちゃんはとても不安そうだった。

「…梓ちゃん?」

 俯いた梓ちゃんの傍に寄り、覗き込もうとした。

 そんな私を見て覚悟を決めたように顔を上げた。

「…私が入部する前、何かあったんですか?」

 …え?何で梓ちゃんがそれを?

 予想外の話に私は目を見張った。

「最初は…気のせいだと思ったんです。先輩たち皆さん仲良くて、いつも楽しそうで。疲れることも多いけど、皆さんと一緒に居る時間が好きです私。」

 でも…、と梓ちゃんは震える声で続ける。

「……ごくたまに見かけるんです。悲しそうな…苦しそうな先輩たちを。どうしてそんな眼をするんですか?どうして……っ」

 放っておくんですか…そう言われた気がした。 


 皆を見守る立場だったはずなのに、変わっていた。

 いつも私に新しい発見をくれるりっちゃん。
 入部するときも、バイトをするときも、りっちゃんがきっかけを与えてくれた。

 傍に居ると楽しくて、そんなりっちゃんをいつしか眼で追っていた。

 りっちゃんに想われる澪ちゃんが羨ましかったのかもしれない。

 どんなに想っても、私はりっちゃんの一番にはなれないから。
 過ごした時間も、互いを想う気持ちも澪ちゃんには敵わないもの。

 こんな気持ちになりたくないのに…皆大切なのに。

 本当に大切なら動くべきだった…。
 互いが互いを想って傷つき合うなんて哀し過ぎる…。

「こめんね…梓ちゃん。私は何も知らないの。」

 そうとしか言えない。だって…私は本当に何も聞いていないから。 

「…そうですか…ごめんなさい」

 以降、梓ちゃんがこの件に触れることはなかった。



 更に月日が経ち、事件が起こる。

 進学したばかりの7月。ついこの間私が誕生日を迎えたばかりの頃だ。

 澪ちゃんが…交通事故に遭った。

 連絡を貰ってりっちゃんと病院に駆けつけると、唯ちゃんはうずくまっていた。

「澪ちゃんが…みおちゃんが…!」

「お…落ち着け唯!……大丈夫だから…」

 混乱し泣き叫ぶ唯ちゃんをりっちゃんが宥める。

 りっちゃんだって本当は泣きたいはずだ。
 …澪ちゃんと一番長く居たのはりっちゃんだから。

 それでもりっちゃんは…身体を震わせながらも唯ちゃんの前では強がっていた。

 だったら私のすることは…。
 本当はりっちゃんの、唯ちゃんの傍に居たいけど今は私にしか出来ないことをしよう。


 医者に話を聞き、澪ちゃんの入院手続きを終えた頃にりっちゃんが病室から出て来た。

「………澪はどうだって?」

「命には別状ないって。 少し頭を強く打ったみたいだけど、大きな損傷は見られない…って」

「……そっか。全部任せちゃったな…ありがとうムギ」

 憔悴しきった笑みを向けるりっちゃん。こんなときにまで私に気を使わなくて良いのに…。

「ううん。私にとっても澪ちゃんは大切だから…」

 こんなことしかできない自分がもどかしい。

「…少し外で話を聞いてくれないか…?」

「………唯ちゃんと澪ちゃんはいいの…?」

 唯ちゃんは酷い混乱状態に陥っていたし、澪ちゃんはまだ目覚めていない。

 澪ちゃんの両親にも連絡入れたが、到着するまでには時間が掛かる。

「何とか落ち着いた。…澪は唯に任せるよ。だから…」

 りっちゃんがそう言うなら私からは何も言うことも無い。

 だって今りっちゃん酷い顔してるもの。

「……行きましょうか」

 私はりっちゃんを促し、病院の脇の、あまり人が来ない場所へと移動する。
 互いに何も言わず歩き、着いてからもしばらく沈黙が続いた。


「…あんな唯…初めてだよな…」

「…ええ」

 普段からは想像できない取り乱し方で泣き叫ぶ唯ちゃん。

 見ているこちらが苦しくなるほど、悲痛な声だった。

「…ったく。あんな姿見たら不安になるだろ…酷い状況なんじゃないかって」

 りっちゃんは仰ぐように顔を上げる。

「本当人騒がせなやつだよなー」

「りっちゃん」

 私は言葉を遮る。病院で初めてりっちゃんとまともに目があった。

「もう…いいの。もう…我慢しなくていいから」

 そういって抱き締める。りっちゃんの身体が震えていた。

「…っ。……………わぁ~!」


 ずっと…ずっと堪えて来たりっちゃん。

 何かがあったのは予想ついてた。澪ちゃんの前で作り笑いしていることも多かったから。そして今回の事故だ…もう限界だったのだろう。

 せきを切ったように、りっちゃんは泣き出した。

 りっちゃんだけじゃなく私の目からも涙が零れる。


 私たちは落ち着くまで、ずっと2人で泣き続けていた。






 面会時間が終わって、澪ちゃんを病院に残したまま帰って来た私たち。
 待っていた皆に澪ちゃんの容態を伝えた後、私はりっちゃんを自室に招いていた。

 心配だったのもあるけど、りっちゃんが何か話したそうにしていたから。 

 唯ちゃんの方は…晶ちゃんたちに任せよう。

「…高1のときなんだけど…さ」

 準備しておいたアイスティーを置いて、私が落ち着いたところで話し始める。

「澪が唯をどう思ってるのか、って不安だった…。」

 静かに話すりっちゃん。私はその声に耳を傾ける。

「好きなやついないよな?って訊いたら、澪は嘘ついて…私はそれに気付かない振りした。」

 りっちゃんの声が…ぶれた。

「注意すべきだったんだ。そしたら澪のやつ、あんな真似しなかったのに!」

「…………どういうこと…?」

 声がかすれる。一体何があったの?

「澪のやつ…唯を振ったんだ…」

 ……え?予想外の事実に私は固まった。

 澪ちゃんが唯ちゃんを、唯ちゃんが澪ちゃんを。互いに想い合っているのを知っていたから。

 でも理由に気付いた。多分、澪ちゃんがりっちゃんに遠慮したんだ。
 そしてこれが、3人の中の、わだかまりの原因だったんだ。

 りっちゃんが手で自分の顔を覆う。

「澪から聞いたわけじゃないけど…見てたら分かった。ある日を境に澪を見る唯の眼が変わったから。」

 懺悔するようにりっちゃんは言葉を続けた。

「怒ればよかった…私を理由にするな、って。お前が唯を好きなの知っているんだぞ、って言えば良かった」

 でも言えないまま、ずっと過ごしてきた…そういうことなんだろう。

 澪ちゃんが事故に遭って今までの後悔があふれ出した。ずっと見ていた私ですら苦しかったのに。
 りっちゃんは…それ以上の苦悩を抱え続けていたんだ。


 目の前のりっちゃんは今にも壊れそうで、口を開いていた。

「りっちゃん…私、りっちゃんが好きよ」

「…一体何を…」

 呆然とするりっちゃん。それでも私は続ける。

「こんなときにごめんね。でも私は…りっちゃんをずっと見てきたから」

 言うつもりはなかった。
 私には今の関係を変える勇気は無かったから。
 そんな私だから3人の問題に関与できなかったのだ。

「でも私は…」

「いいの。りっちゃん。今は私のこと考えなくていいの。私はりっちゃんの気持ちが定まるまで待つから」

 困惑するりっちゃんの言葉を遮る。
 返事が欲しい訳じゃない。重荷になりたくもない。ただ伝えたいのは1つだけ。

「…何があっても、私はりっちゃんの傍にいる。だから澪ちゃんに伝えてあげて。あなたの本心を」

 そう言うと…りっちゃんは笑ってくれた。


 ようやく私たちの時は動き出したのだ…。

 りっちゃん。私はずっと見ているから。

 頑張って――。 


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最終更新:2011年12月03日 20:01