唯なんて嫌い。

唯なんて大嫌い。

ほんとむかつく。

私は、唯なんて大嫌い。

田井中律は、平沢唯なんて大嫌いだ。


唯「澪ちゃん、りっちゃん、おはよう!」

澪「おはよう唯」

律「……おー」

登校中、私と澪を見つけると、元気に声をかけてくる。

必ず澪を先に呼ぶ。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


唯「りっちゃん、どうしたの?」

律「ん? なーんでもないよ」

澪「本当だ、律元気ないな」

普段鈍いくせにすぐに人の異変に気がつく。

今日は澪よりも早い。

唯のくせに。

むかつく。

唯なんて大嫌い


唯「だいじょうぶー?」

律「だからなんでもないって」

唯「ほーんと?」

律「ほんと」

唯「ふうん」

いいながら私の腕にまとわりつく。

いくら食べても太らないっていってたけど。

柔らかい感触が伝わってくる。

気持ちいい。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


律「はなれろよ」

唯「やーだ」

律「恥ずかしいから」

唯「だめだめ」

ぺたぺた触ってくる。

離れない。

人が見てるのに。

仲いいね、って声が聞こえてくる。

違うし。うざったいし。

唯なんて大嫌い。


澪「唯、人目もあるし、そろそろ」

唯「そっか、そうだね」

律「そうだよ」

私から離れる。

あっさりと。もう飽きた、と言わんばかりに。

腕が寒い。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


唯「じゃあ、次は澪ちゃん」

澪「え? こらこら!」

澪の大きな胸に飛び込む。

唯「柔らかい、えへへ」

澪「だ、だめだぁ!!」

へらへらにやけている。

これ以上ないってくらいに嬉しそうな顔で。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


唯「いたいよぉ……」

澪「当たり前だろ。ゲンコツだ!」

律「そうだ。自業自得」

ようやく澪から離れた。

ぶたれた頭を押さえている。

名残惜しそうに澪の胸をちらちら見ている。

私のときはあっさりしてたのに。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


唯「いたいいたい」

澪「うう、ごめん」

律「だから自業自得だっつうの」

唯「むう、りっちゃあん」

涙目を私に向ける。

うるうるきらきらしている。

もえもえきゅん。って違う。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


唯「ようやく学校に着いた!」

律「遅くなったのは、唯のせいだけどな」

澪「確かに」

唯「でも、たくさん二人といられて、嬉しかったよ」

……。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


澪「うっ! わぁあ!」

律「お、すごい量のラブレター」

唯「よく下駄箱にそれだけ詰められるね。……おっと?」

律「どうした?」

唯「ううん」

うつむいて、何か隠している。

少し頬が赤い。

らしくない。

隠しごとするなんて。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


律「とりゃ!」

唯「うわっ」

律「どれどれ? ……え」

可愛い便箋。

澪の下駄箱に入っているのとおんなじような。

なんで隠すんだ。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


澪「唯も、もらっているじゃないか」

唯「なんか、最近よくもらうんだあ」

律「ふん」

眉をハの字にしていても、

口元はしっかりにやついている。

へらへらしている。

むかつく。

唯なんて大嫌い


紬「あら、三人ともおはよう」

澪「おはよう」

律「おっす、ムギ」

唯「おはよう! ムギちゃん」

紬「わっ! 唯ちゃん」

唯「あったかあったか」

体温が高いムギに抱きつく。

ほっとしたような顔。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


唯「ムギちゃんあったかいね」

紬「唯ちゃんもね」

離れない。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


澪「そんなにムギはあったかいのか?」

唯「あったかいよ。りっちゃんは冷たいけど」

律「悪かったな」

唯「とくに、おでこのあたりが」

律「わっ」

丁寧に私のおでこをさする。

じんわりと熱が帯びる。

唯「だから、私があっためてあげるね」

あったかあったか。

……。

むかつく。

唯なんて大嫌い。



授業中。

薄目になっている。

それから目をつぶり、次第にこくこくと首が揺れる。

幸せそうな寝顔。

私はじっとそれを見ている。

「田井中さん、集中して」

唯のせい。

唯なんて大嫌い。


紬「唯ちゃん、次教室移動よ」

唯「ううう、ごめん、まだ準備していなくて」

ばたばたとしている。

そうとう焦っているらしい。

澪「律、唯の準備手伝ってあげているのか」

紬「りっちゃん、やさしいわね」

自然に手が動いただけ。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


唯「先に行ってていいよ」

紬「え、でも」

唯「悪いし」

澪「じゃあ、行くよ。早く来るんだぞ」

ばたばた。

ごそごそ。

ようやく準備が整った。

唯「りっちゃん、待っててくれたの?」

ちょっと壁に寄りかかってただけ。

律「……別に」

唯「……えへへ、ありがとう」

あったかい笑み。

……。

倍むかつく。

唯なんて大嫌い。


唯「ありがとね」

律「ほら、さっさといくぞ」

唯「りっちゃんって面倒見いいなあ」

律「そうかよ」

唯「りっちゃんのそういうとこ、好きだなあ」

……。

唯なんて大嫌い。

嫌い、だし。


唯「わ、わわわ」

姫子「唯、そこはこうやるんだよ」

唯「あー、そっかあ」

理科室の実験。

隣の姫子に、いろいろと助けてもらっている。

いつもそう。

唯「姫ちゃん、面倒見いいなあ」

姫子「そんなことないよ?」

唯「姫ちゃんのそういうとこ、好きだよお」

デジャブ。

やっぱり、

唯なんて大嫌い。


和「唯、昔からああいう子なの」

実験道具を片づけに、私の席の近くまで来た和に肩を叩かれた。

律「え? いや、和が何言いたいのか分かんないけど」

和「みんなのことが好きなのよね」

律「え、あの、だから」

和「唯ってば、小学校のときにもね」

小一時間、私の知らない唯の話が続いた。

思わず聞き入ってしまった。

別に。

唯なんて、大嫌いだし。


律「へえ、そうなんだ」

和「そうなのよ、それで唯……」

唯「和ちゃーん!」

和にしがみついてきた。

唯「ここが、分からないのです!」

和「もう、しょうがないわね」

唯「和ちゃん、頼りになるなあ」

またデジャブ。

むかつく。

唯なんて大嫌い。


紬「唯ちゃんのお弁当、相変わらずおいしそうね」

澪「憂ちゃんの手作りだもんな」

律「いいよなー、私も食べたい」

唯「じゃあ、食べる?」

律「おう。あーん……」

フォークじゃなく、弁当箱ごと渡される。

唯「あ、一口だけだよう」

……。

ばか。

唯なんて大嫌い。


唯「なんで、りっちゃん食べないの?」

私は答えない。

唯「私食べるの遅くなっちゃうよお」

答えないし。

唯「そうだ! はい、あーん」

フォークをおかずに突き刺し、私の口元へ。

律「……あーん」

むかつく。

やっぱり、

唯なんて大嫌い。


最終更新:2011年12月22日 20:44