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目が覚めた。
頭が痛い。頭痛。

ーーん。
耳の奥で甲高い音が鳴り響いていた。

がちゃり。

玄関の扉が開く音。
先輩たちのはなし声。
時計を見た。
5時34分32秒……33……34

もう夕暮れなんだ、って思った。
眠りはじめてどのくらいたったのかな。
まあ、たいしたことじゃないけど。

そういえばどんな夢を見ていたんだっけ。もう思い出せないよ。思い出せない。

そこなら幸せになれるはずだったのになあ。

先輩たちが上がって来る間、そんなことをわたしは考えていた。


【唯】

唯「ううっ寒いねー」

律「だよなあ。べりーべりーこーるど」

わたしたちは四人であずにゃんの家に向かっていた。

紬「今日は梓ちゃん起きてるといいわねー」

律「ま、寝てたら叩き起こせばいいだろ」
澪「おいおい」

律「冗談だよ。じょーく」

唯「あずにゃん今日は起きてるよー」

紬「なんでわかるのっ?」

唯「かんです」

律「勘かよー」

みんなの前へスキップで出てわたしはつまずいた。後ろを向いて愛想笑い。えへへ。

律「しっかし、この道にもなれちゃったよなあ」

電柱を見上げてりっちゃんが言ってその隣の自販機にコインを入れた。
がたんがらん。
ぴぴぴぃ。

律「ちぇっ、はずれだー。毎日買ってるのになあ」

紬「73連続ー」

律「あれっ数えてんの?」

紬「えへへ計算しただけ。あの日から今日まで」

澪「73かあ。長いのか短いのかよくわかんないよなあ」

自販機から缶ジュースをりっちゃんが取り出した。

律「ひゃっ冷たっ」

りっちゃんは大げさに驚いて見せた。

澪「あったかーいにしとけばいいのに」

律「いつもあったかいやつだから飽きたんだよ。。ほっぺた冷たいぞ唯。ぺたー。……あれれ?」

唯「へ?ぼうっとしてた……あっ冷たいっ!」

律「おそっ」

りっちゃんは缶ジュースのプルタブを開けるのに苦戦していてムギちゃんが何かを言って澪ちゃんは笑った。
わたしはまだあの日を思い出し続けていた。

夕暮れの空を鳥が横切っていった。
あの日、あずにゃん家からの帰り道もやっぱり夕日が出ていたような気がする。
ちがうのかなあ。


日曜日わたしたちは映画を見ることになっていつもの待ち合わせ場所であずにゃんを待っていた。『すいません寝坊しちゃいました』ってメールがきた。
ただあずにゃんはいつまで待っても現れなかったんだ。

わたしたちは変だなあとかなんとか思いながら、あずにゃん家まで迎えに行った。
チャイムを押しても反応がなくて、勝手に上がった。こういうふうにあずにゃん家に入ることは何度かあった。そんなときあずにゃんは「なんでいるんですか」って嬉しそうに笑ったんだ。

あずにゃんは寝ていた。
揺すってもつねっても起きないからそのままにしていて、わたしたちはしりとりをしながら待っていた。

三時間くらいしてあずにゃんは起きた。
ふあふぁぁあって二回あくびをして言った。

梓「おはようございます」

澪「いやもう朝だよ」

それがなんかおかしくてわたしは笑った。

律「まったく約束を忘れたのかよー」

梓「あっ!約束ー……約束……あれれ」

あずにゃんは真剣に5秒くらい考えてそして首をかしげた。

梓「あ……なくなってる」

紬「え?」

梓「実はさっきまですごく楽しくて幸せな夢をみてたんですよ。それでどうやら帰るのを忘れてきちゃったみたいなんです」

律「誰が?」

梓「わたしが」

紬「どこから?」

梓「夢の中から」

唯「ほんとかなあ……ていっ」

梓「あ」

あずにゃんにわたしは抱きついた。
あったかくて柔らかくていつもと同じだった。

でも照れない。
あずにゃんはあくびをして寝惚けた顔をしていた。
むむう。
まあこれはこれで悪くはないのかなあ。

とにかく、あずにゃんは眠くて眠くて仕方がないらしい。
ほんとは夢の中にいるから。

よくわかんないけどここにいるあずにゃんは確かに足りない。何がって言われても困っちゃうけどちょっと欠けてる。
でもやっぱりあずにゃんはあずにゃんなんでしかないからどうしようもないなあとわたしは思ってしまった。
だからわたしたちは「いい夢見ろよ」てな感じでそこを後にした。

次の日もその次の日もあずにゃんはそんなぐだぐだな感じだった。

それでわたしたちもどうするでもなく毎日だらだらあずにゃん家に通っていた。


和ちゃんにこのことを話したら「完全に惰性じゃない」って言って「だけど軽音部らしいかしら」と笑われた。


わたしはあずにゃんの夢の中がここより幸せで、あずにゃんがそれを望んでるなら、それでいいんじゃないかなあって思っている。

缶を開けて吹き出した炭酸に戸惑うりっちゃんも口笛の吹き方をムギちゃんに教えてる澪ちゃんも頑張って息を吹いてるムギちゃんも、きっとそう思ってるんじゃないかな。

もちろん、こんなふうにいつまでも続けられるわけはないし、現実的な問題をいっぱいあるけどわたしは気づかないふりをして口笛を吹く。
ムギちゃんが「あーずるいっ」て頬を膨らませた。

そんなことを考えていたらあずにゃん家についた。
チャイムを押しても反応がなかった(いつものことだけど)から家に入った。

梓「おはようございます」

澪「わっ」

律「だからもうおはようじゃないしー」

紬「今日は起きてたのねー」

梓「はいまあ……ふああ……さっきまでねてましたけど」

唯「わたしの予言は当たったね!」

梓「?」

澪「あ、そだ。お菓子持ってきたから小腹でも空いたら食べてくれ」

梓「どうも」

律「澪は小腹が空くたびに何か食うからあれなんだよなあ」

澪「うるさいっ」

律「いたっ」

紬「梓ちゃんはいつもどんなものを食べてるの?」

梓「カップ麺とかたまにみんなが持ってきてくれたものとか……でもだいたいは夢の中ですましちゃいますけど」

唯「ひゃうっ。くれいじーだよー」

梓「むう」

澪「親は海外で仕事だっけ?」

梓「えーと、親は爆発しました」

紬「え?」

梓「ああ……それ夢でした。ごっちゃになって」

唯「えへへばかにゃんだねー」

梓「うっさいです」

うにゃああ。
あずにゃんは変なあくびをした。

澪「ふああ……あ」

澪ちゃんもつられてあくびしてちょっと照れた。

紬「もうそろそろ寝る時間ねー」

律「活動時間が30分くらいってのはどうなんだろうな」

唯「ウルトラマンの10倍だよっ」

梓「あ、あの……」

律「どしたー」

梓「みなさんありがとうございます。わたしなんかほっといてくれていいのに……その毎日毎日……」

唯「あずにゃんそれ昨日も言ったよー」

梓「え、あ、すいません……記憶がぐにゃぐにゃで」

唯「いいよいいよ、毎日感謝されるのも気分いいんだよー」

澪「それにわたしたちだってこうやって梓と会うの楽しいんだ」

紬「うんうん。だから精一杯いい夢見てね」

律「あ、でも夢に飽きたらいつでも戻ってきてもいいんだぜ」

唯「よしっ、じゃあ最後にあずにゃん分もらっとこかなー」

梓「……ん」

くたり。
あずにゃんに触れた。
とろんとしてるのは気のせいだろうか。

唯「久しぶりのあずにゃん分だよー」

梓「わたしが寝てるときも抱きついてるくせにです」

唯「なんでわかったのー」

梓「匂いとかです」

唯「わぅっ、なんか恥ずかしいねー」

梓「じゃあ香りで」

唯「そういう問題じゃないんだっ」

澪「じゃあわたしも最後に……お菓子の中で特にオススメはスニッカーズだから」

律「いやそれはいいだろっ」

澪「おいしいし腹持ちもいいんだぞっ」

律「だから澪しゃんはーー」

澪「だまれっ」

律「あたっ」

紬「じゃあ梓ちゃんおやすみなさい」

唯「おやすみー」

梓「おやすみです」



【梓】

わたしは学校の屋上にいた。
どこかで歌声と演奏の音がした。
唯先輩が隣に座っていた。
そこでわたしは気づく、泣いてるんだ。さっき聞こえた音は唯先輩が泣く声だったんだ。

梓「何がそんなに悲しいんですか?」

唯「ううん違うよ。泣いてるのはあずにゃんのほうじゃん」

梓「何言ってるんですか。ほらっハンカチ使ってください」

わたしはそう言ってポケットから白いハンカチを出し唯先輩に渡した。体を近づけたときに唯先輩がわたしの目の下に触れた。
唯「ほらっ泣き虫だっ」

梓「……む」

風が吹いた。
ぴゅう。
目の下が冷たい。
それで自分が泣いてるってことに気づいた。

唯「はいっ」

唯先輩はわたしのとは別のピンクのハンカチを放り投げた。
わたしはそれで涙を拭いた。

唯「こわい?」

梓「だって、そのうちみんな失くなっちゃうんですよ」

唯「あずにゃんは病気だ」

梓「そうでしょうか」

唯「そうだよ。大好き症候群だよっ」

梓「どうしようもないんでしょうね。きっと」

唯「そうだねえ」

何だっけ。
末期患者が残りの人生を出来るだけ平穏に幸福に過ごすための場所。
わたしはそのイメージを抱いていた。

唯「ホスピス」

そう、それ。
ここはまるでそんな感じだ。
どうしようもないくらいどうしようもない。

梓「だからこんなとこまで来てる?」

唯「だからこんなとこまで来てる」

もう一度涙が溢れだした。
わたしは唯先輩に飛びついて思いっきり声をあげたいと思う。でも、できない。
それが魔法の解ける合図だからだ。

~~~~~~~~~~

時計のライトが顔を照らした。
眩しくて目をそらしてしまうが時刻は見えた。
丑三つ時だ。
もちろん幽霊なんて信じてるわけじゃないけど。

きっかり15秒数えてわたしはベッドから飛びだし、鉛筆をとり、ノートを開いた。ここには見た夢を書きとめることにしている。
夢を書いとくとね、夢の中で自由になれるんだって―――唯先輩に勧められた。

わたしはさっき見た夢を思い出そうとした。でも、ほとんど忘れてる。
とりあえず唯先輩、、屋上、、むむむ、、、と書いた。
なんとなくパジャマのポケットに手を突っ込むとピンクのハンカチがあった。
それでハンカチと書き足しておいた。

試しにノートのページを前に繰ってみた。・先輩たちと海に行ってクラゲを撮った
  • ドーナツ食べ放題の店で純と憂と戦った・天使を助けてお腹いっぱいごちそうしてもらった
  • 唯先輩と花火をした
  • ライブハウスで演奏した

ちゃんとした記録になっている。今回は調子でも悪かったんだろうか。
ところどころ絵なんかも書いてある。
そしてどれも幸せな夢だった。
前回書いたときのことを思い出そうとしたけど、ダメだった。

わたしはあきらめて一階に降りた。
暗闇の中で点滅するものがあってそれは電話機の留守電のようだった。
発信者は憂からだった。


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最終更新:2011年12月27日 21:33