話は1月15日夜に戻ります。
ドアの向こうには、先ほどの電話の相手である梓が立っていた。
梓「こんな時間にすいません」
時間は8時近い。
少し前まで部室で一緒にいたのにわざわざ自宅まで一体?
私の不思議そうな表情に気付いた梓が申し訳なさそうに再び謝る。
梓「…すいません」
澪「どうしたんだ?」
梓「えっと…」
澪「ま、取りあえず家上がりなよ」
梓は制服のままだし、帰宅してないのだろうか?
梓「いえ、ここで良いです。すぐに済むんで」
澪「そう?」
梓「…実は澪先輩に渡したい物があって」
澪「え?誕生日プレゼントにってCDくれたのに?」
梓「あれは、本当に渡したい物じゃなかったって言うか……」
澪「?」
梓「澪先輩、誕生日おめでとうございます」
梓「これ受け取って下さい。私の気持ちです」
澪「ああ、ありがとう。これは花?」
梓「はい」
梓「あ、あの澪先輩……」
澪「ん、何?」
梓「えっと……」
梓(勇気を出して言うんだ)
梓(澪先輩が好きだって…)
梓(ムギ先輩、私に勇気を下さい)
梓「私、澪先輩の事……」
梓「……私、澪先輩の事素敵な先輩だと思ってます」
梓「それじゃ、失礼します」
澪「あ、梓。ちょっと待って…」
澪「行っちゃった…」
これを渡す為だけにわざわざ来たのだろうか?
何か言いたげだったし。
追いかけよう。そう思ったが、外は極寒の寒さ。
上着を着ないと風邪を引いてしまう。
バタン
上着を取りに家の中に入り、梓から貰った花に目をやる。
澪「これは?」
薄暗い外では良く見えなかったがチューリップだ。
それも真っ赤な。
さっきの梓の態度。真っ赤なチューリップ。
それが導き出す答えは……
澪「!」
自室に戻り、上着を手に取る。
澪「ママ、ちょっと出かけてくる」
雪が溶けかけて足場も悪いから、そんなに遠くへは行ってないだろう。
梓の自宅の方へ歩きながら電話してみる。
澪「話し中か、仕方ないそこら辺探してみるか」
近所の公園
梓「ううっ、私はバカだ」
梓「ムギ先輩にあそこまで協力してもらって結局告白出来ないとは」
梓「うっ、ぐす」
梓「……ムギ先輩に電話して謝ろう」
prrrrrr
梓「もしもしムギ先輩?」ぐすっ
紬『梓ちゃんどうしたの?泣いてる?』
梓「ううっ」
紬『プレゼント渡せなかったの?』
梓「ひぐっ、花は渡せたんですけど」
紬『断られちゃったの?』
梓「受け取って貰えたんですけど、その…告白できなくて」
梓「澪先輩の家から走って帰って来ちゃいました」
梓「ムギ先輩、ごめんなさい」ぐすっ
紬『……梓ちゃん、落ち着いてよーく聴いて』
紬『花言葉って知ってる?』
梓「え?あ、えーと渡す花にも意味があるって奴ですよね?」
紬『そう、梓ちゃんが渡した花はチューリップでしょ?』
梓「はい」
紬『チューリップ、それも真っ赤な奴ね』
梓「そうです」
紬『それの花言葉はね「愛の告白」』
梓「えええ?」
紬『多分澪ちゃんなら分かってくれると思うわ』
梓(ムギ先輩は、私が告白出来なかった時のために……)
澪「あ、居た!」
梓「澪先輩?」
澪「プレゼント渡すだけ渡してさっさと行っちゃうんだから」
梓「ぐすっ、ごめんなさい」ごしごし
澪「梓、泣いてるのか?」
澪「良かったら何があったのか話してくれないか?」
梓「……はい」
私の誕生日プレゼントにマフラーを編んでくれていた事。
そのマフラーを来る途中に落として汚してしまった事。
部活の時にプレゼントしてくれたCDは、あり合わせで買った事。
梓は、辿々しい口調ながらも話してくれた。
何だろう、胸がきゅんきゅんする。
紬『梓ちゃん携帯の通話入れっぱなし///』
澪「手に持ってるのがそのマフラー?」
梓「……そうです」
澪「見せて」
梓「でも」
澪「良いから」
梓「はい」がさがさ
澪「汚れてるって言っても端っこがちょっとだけじゃないか」
梓「でも、そんなのを澪先輩にプレゼントする訳には」
澪「例え汚れてようが失敗しようが、梓が私のために作ってくれた。それだけで嬉しいんだ」
澪「このマフラーは、ありがたく貰っておくよ」
マフラーを受け取る時に梓の手が触れる。
澪「手、随分冷たいな」
梓「澪先輩に電話かける勇気が無くってずっと外に居たんで……」
澪「バカ、風邪でも引いたらどうするんだ?」
梓「バカですよね」
俯き話すその梓の顔を見ると、いたたまれない気持ちになり、自分でも信じられない様な行動に出ていた。
澪「冷えた身体、私が温めて上げる」
梓「え?」
ぐいっ
梓の身体を抱き寄せ、両手で抱き込む。
梓「み、澪先輩?///」
澪「こんなに身体が冷たくなってる」
澪「赤いチューリップ渡して逃げちゃうなんて」
澪「私の返事も何も聞いてないだろ?」
澪「私の気持ちはヒナギクだよ」
梓「ヒナギク?」
紬『!』
紬『さすがね澪ちゃん。花言葉に花言葉で返したんだわ』
紬『惜しいけど、これ以上聴くのは野暮』
プツン
梓「あのヒナギクって?」
澪「え?分からない?てっきり伝わる物かと思ったけど説明する事になるとは///」
澪「ヒナギクの花言葉は……」
澪「あなたと同じ気持ちです」
梓「え?じゃ、じゃあ?」
澪「ああ、そう言う事だよ」
梓は、しばらくポカンとしたまま硬直していたが、やがて
梓「あの、私からちゃんと告白させて下さい」
梓「もう逃げませんから」
梓は、いったん宙に視線をやると深く息を吸い込み私をキッと見つめた。
梓「私、澪先輩が好きです。大好きです」
梓のはっきりとした言葉に思わず目頭が熱くなる。
梓「澪先輩?」
流れ落ちそうな涙を堪え、にっこりと微笑む。
澪「ありがとう。すごく、嬉しい」
少し震える声で梓への感謝の気持ちを述べると梓が恥ずかしそうにうつむいた。
梓「やっと、伝えられました///」
はにかんだ顔の梓の頬が赤く染まる。
梓「くしゅん」
澪「何時までも外にいたら本当に風邪ひいちゃうな。もう時間遅いし、送って行くよ」
梓「良いんですか?」
澪「ああ」
梓「じゃ、お願いします」
澪「梓、手出して」
梓「はい?」
ぎゅっ
澪「まだ冷たいな」
梓「澪先輩の手は温かいです」
梓の手に指を絡める。 いわゆるラブ握り。
梓は照れながらもそれに応じるように、私の手をしっかりと握り返してくれた。
梓「澪先輩、意外に大胆ですね///」
澪「夜だし、人目も無いからかもな」
自分でも驚くような行動だった。
自分のために頑張ってくれた梓の笑顔が見たいから?
梓とふれ合っていたいから?
澪「誰かにバッタリ会わない限り大丈夫だって」
唯律「あ」
澪梓「あ」
バッタリ
律「ななな、なんで、澪と梓がこんな時間に二人で居るんだよ?」
澪「それはこっちの台詞だ!何で律と唯が一緒に居るんだよ?」
澪(言えない、さっき恋人同士になっちゃったなんて)
律(言えない、澪のプレゼント物色した後もこっそり二人でデートしてるなんて)
律「いやー、さっき偶然そこで唯に会ってな」
唯「え?部活の後から私達ずっと一緒……モガッ」
律「唯、少し黙っててくれ///」
澪「あー、そうなんだ」棒読み
律が必死に眼で訴えてくる。この場はそっとしておいてくれって。
偶然会った二人が腕組んで歩いてる訳無いだろって突っ込みたいが、そっとしておいてやろう。
律「じゃ、じゃあな気をつけて帰れよ」
澪「ああ、そっちもな」
澪「まさか、律と唯がって驚きだな」
梓「私もビックリです」
澪「向こうも驚いてるだろうけどな」
梓「ふふ、そうですよね」
澪「明日、皆に私達の事話すよ」
梓「お願いします。私からだと言い出しづらくって」
澪「ムギとか驚くだろうな」
梓「あ、ムギ先輩は知ってます」
澪「え?そうなのか?」
梓は、ムギに告白を手伝ってもらった事を教えてくれた。
澪「じゃあ、ムギが私達の愛のキューピッドなんだな」
梓「そうですね」
中野家到着
梓「ありがとうございました」
梓の言葉と同時に手が離れた。
澪「じゃあ」
梓「お休みなさい」
その手に少しの名残惜しさを感じながら梓を見送る。
手に残る梓の温もりを感じながら私は家路を歩いた。
次の日
澪「行ってきまーす」
いつもより少し早く家を出る。
今日は、梓と一緒に登校する約束をしていた。
あの後、電話で私から提案してみた。
梓は、律の事を気遣ってたみたいだが(いつもは律と登校してる為)
律には唯が居る。心配する事はない。
むしろ、向こうも喜ばしいだろう。
待ち合わせの場所に到着して、時計に目をやる。
20分も早く着いてしまった。
自然と早足になってしまっていた様だ。
しばらく待つ事になるかな?そう思ってると
梓「澪先輩!」
梓が息を弾ませて駆け寄ってきた。
澪「随分早いな、まだ20分前だぞ?」
梓「そう言う澪先輩だって」
澪「私は、せっかちだから良いんだよ///」
私達って似たもの同士なのかも知れない。
梓「あっ、マフラーしてくれてるんですね」
澪「とっても温かいよ」
梓「嬉しいです」
梓「……でも汚れ」
澪「何だ、まだ気にしてるのか?」
梓「……はい」
澪「じゃあさ、ここの汚れが見えないようにアップリケでも付けてくれないか?」
梓「アップリケ、それ良いですね」
澪「絵柄でも文字でも入れれば汚れ見えないしな」
梓「じゃ、今度の休みにでも付けますね」
澪「ああ頼む」
澪「そろそろ行こう」
ぎゅっ
梓「あ……」
私は自然と梓の手を握っていた。
昨日は、夜だし人目も無いからと言ったが今は朝。
それも登校中だ。人目に付く事くらい分かっている。
恋愛ごとに関しては、自分は奥手だと思っていた。
恥ずかしがり屋な性格のため、人前で恋人と手を繋ぐなんてとてもじゃないけど出来ないと思っていた。
それが今はこうして梓と手を繋ぎ、登校している。
好きな人の為だったら変われるって事だろうか?
―――――
信号が赤に変わり、足が止まる。
すると梓は周りを伺う様にキョロキョロし始めた。
澪「?」
梓「あの、お願いがあるんですけど……」
澪「何だ?」
梓「ハグハグして下さい///」
澪「ハグハグ///」
実のところ、私も唯みたいに梓に抱きついてみたいと常々思っていた。
でも、そんな事私に出来る訳もなく願いは叶わずにいた。
昨日は、勢い余って梓を抱きしめちゃったけど、もっとじっくり味わいたいな、
何て思ってたら梓からハグハグして下さいってお願い。
周りに人目も無さそうだし、もうハグハグしちゃいます。
澪「良いよ、ハグハグして上げる」
私は、両手を広げて梓を迎え入れた。
梓は、少し照れくさそうに笑うと私の胸に飛び込んできた。
梓「澪先輩」
私が梓を、梓が私を互いに抱きしめ合う。
澪梓 ハグハグ、ハグハグ。
昨日と違って梓の身体は温かい。
身長差のせいで、抱きしめると私の胸にすっぽり入っちゃうんだよな。梓の頭。
梓「頭、撫でて下さい」
澪「ん……」なでなで
澪「梓は意外に甘えんぼさんなんだな」
梓「良いじゃないですか、ずっと澪先輩とこうしたかったんですから///」
ああもう、可愛いな。
私の顔、だらしない笑顔になってるかな?
律「朝からお熱いですな、お二人さん」
唯「見せ付けてくれますな」
澪梓「!!!」
澪「お前ら何時の間に?///」
律「二人が手繋いで歩き始める所からずっと後ろ付けてました!」
唯「ラブラブすぎて中々声掛けられなかったんだよ!」
律「ハグハグして下さい///」←梓の声真似
唯「良いよ、ハグハグして上げる」←澪の声真似
唯律 ハグハグ、ハグハグ。
澪梓 ///
最終更新:2012年01月15日 21:13