突然ですが、私には誕生日が二度あります。
とは言っても、年に二度年をとる訳ではありません。
今の年齢は律と同じ二十歳、花の新成人です。
本来の誕生日は1月の15日、生まれてこの方この日から移ったことはありません。
パパとママの言葉を信じれば、私は確かにこの日に生まれたのだから。
では、もう一つの誕生日は?
それは1月16日、本来の誕生日の翌日。
不思議に思う人もいるだろうけど、この日は私にとって、本当の誕生日と同じぐらい特別な日なのです。
なぜ「特別」になったかって?
それをこれから、書き綴りたいと思います。
拙い文章で申し訳ありませんが、どうかお付き合いください。
小学生の頃の私は、今以上に内向的で恥ずかしがり屋だった。
そんな私の周りには友達なんて数えるほどしかいなくて、誕生日会を開いてくれる友達になるともう、誰一人としていなかった。
その年の誕生日もまた、パパとママの三人で細々と過ごした。
特に寂しいとは思わなかった。家族だけで過ごす誕生日なんて、ごく当たり前のことだったから。
その次の日のことだ。
誕生日の余韻が抜けきらないまま、ご機嫌で登校する私に、一人の女の子が声をかけてきた。
「みーおちゃんっ、おっはよー!」
「あ、りっちゃん……お、おはよう」
この子は
田井中律、私はりっちゃんと呼んでいた。
りっちゃんが私によく話しかけるようになったのは、この頃のことだった。
「あれ、みおちゃん。今日は何だか元気いいね」
「そ、そう?」
「うん、いつもはもっと暗くてハムスターみたいにおびえてるもん」
りっちゃんにむかっとするのは当時からだ。
「いいことがあったから」
「へー、何があったの?」
「……じょう日」
「えっ?」
「きのうね、たんじょう日だったの」
りっちゃんはすごく驚いた顔をした。
「たんじょう日って、あのみんなで集まってケーキ食べたりゲームしたりする?」
他に何があると言うのか。
と言っても、私はそんな誕生日なんて経験したことないけれど。
「……うん、そうだよ」
「なっ、なっ、なっ、なんで教えてくれなかったのさ!!」
「へっ、なんでって」
「わたしもみおちゃんのたんじょう日行きたかったのにー!」
りっちゃんは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「あのねりっちゃん、そうじゃなくて、いつもたんじょう日はパパとママと過ごすの」
りっちゃんは目を丸くすると、首をかしげる。
「おたんじょう日会とかしないの?」
少しだけ暗い気分になった。
「……わたし、あんまり友だちいないから」
誰かに打ち明けるのは初めてのことだった。
そのまま私は顔をうつむけてしまった。
実はさっき、一つ嘘を書いた。
寂しくない、と言ったことだ。
当時の私は内気な子だったが、決して人嫌いではなかった。
本当は、もっと色んな人に祝ってほしかった。
たくさんの友達に囲まれて、誕生日を過ごしたかった。
でも、私にはそういう友達がいなかったのだ。
「みおちゃん……」
りっちゃんが顔をのぞきこんでくる。
「ねえ、みおちゃん。こっち見て」
「……なに?」
顔を上げた瞬間、思わず吹き出してしまった。
「ぱいなっぷる!」
「ぷくっ、り、りっちゃ、やめて……くくっ」
「ほら、ぱいなっぷる!」
「やめてってば、ぷふっ」
笑いすぎて、お腹が痛くてたまりません。
「えへ、うまくなったでしょ?」
「うん、おかし……」
「今度はねぇ……みのかさご!」
「ふひゃっ」
「ぷぷ、みおちゃん今へんなこえ出した」
「も、もうりっちゃんのせいだよっ」
「あはは、おっかしー」
りっちゃんが笑い出す。つられて私も笑う。
たっぷりここ何年分かの大笑いだった。
そして、ようやく落ち着いた頃。
「ねぇ、みおちゃん。今日いっしょにあそぼうよ」
「えっ、今日? いいけど……」
「みおちゃんのおたんじょう日会やろっ!」
いきなり何を言い出すのかと、びっくりした。
「で、でも、もう16日だよ?」
「いいじゃん、一日おくれでも。みおちゃんの、もう一つのおたんじょう日ってことで」
「りっちゃん……」
びっくりして嬉しくて、子供心ながら涙が出そうになった。
そんなことを言ってくれる友達は初めてだったから。
ぎゅっと胸元に両手をのせる。
必死に涙をこらえて、今できる精一杯の笑顔で答えた。
「うん、いいよ!!」
その後、私とりっちゃんは二人でささやかなパーティーを開いた。
りっちゃんが持ってきてくれたお菓子と、私の家にあったケーキの残りを食べた。
二人きりの小さな誕生日会だったけれど、すごく楽しかったことを今でも覚えている。
りっちゃんはプレゼントに、おもちゃの指輪をくれた。
私が友達から初めてもらう、誕生日プレゼントだった。
「これって、ゆびわ?」
「そうだよー、おもちゃのだけどね」
「ゆ、ゆびわって、好きな人にあげるんじゃないのっ?」
「わたしはみおちゃんのこと好きだよ?」
「へっ」
「だってみおちゃん、かわいいもん」
「か、かわいくないよ」
「そんなことないよ、かわいいよ!」
「あうぅ……」
りっちゃんは無邪気な子だ。
誰かに好きということにまるでためらいがなかったのだ。
それが異性であれ、同性であれ。
一方の私といえば、異性からはもちろん同性からも「かわいい」とか「好き」とか言われたことなんてない。
私はりっちゃんに抱いた淡い感情に、気づかない振りをした。
そういえば、この時言い忘れていたことがある。
何度も何度も言おうとして、ついつい機会を逃してしまった。
だから、かわりにこの場を借りて一言だけ綴りたいと思う。
ありがとう、りっちゃん。
それから律は毎年、私の誕生日会を開いてくれた。
小学校、中学校の友達と、高校に入ってからは軽音部のみんなと。
おかげで私は、寂しい誕生日を過ごさなくなったのだけど。
一方で、16日にパーティをすることはもうなかった。
当たり前と言えばその通りだ。
誕生日の翌日にまた、わざわざパーティを開くことはない。
そんなことするぐらいなら、本来の誕生日を全力で楽しむ。
そんな自然の発想のもと、16日はそれほど特別な日ではなくなったのだ。
その日が再び「特別」になったのは、高校三年生の時のこと。
年も明けた頃、私たちはいよいよ受験直前にあって、勉強漬けの日々を送っていた。
律は毎晩のように私の家にやって来ては、日を跨ぐまで勉強をしていく。
自分の部屋でやれとも思うのだが、一人だと勉強する気にならないそうだ。
私の見る限り、律はかなり頑張っている。
高校受験の時ですら、律はギリギリまで怠けていたのに。
ここまで真剣に勉強に打ち込む律の姿は、今まで見たことがない。
しかし、律の成績はあまり伸びなかった。
この時期になっても、模試の結果はC判定が精一杯だった。
律はそのこともあってか、どうにも疲れている様子だった。
学校の授業でも虚ろ虚ろとして、ちゃんと聞いているのかよく分からない。
せっかく私の家に来ても、ぼんやりすることが多くなった。
そんなある日のこと、勉強に身が入らない律との間で、とうとう事件を起こしてしまった。
「おい律」
「……」
今日も律はぼんやりと、眠たそうな目をしながら、こっくりこっくり船を漕ぐ。
「律ってば」
私の呼びかけに答えない律に、ふつふつと怒りが湧いた。
人の家に来ていながら、失礼じゃないか。
私は律と勉強しなくても一人でできる。言ってみれば、私は律に付き合っているのだ。
当の律がこんな調子なら、わざわざ一緒に勉強する必要がどこにあるのか。
私は不快感を込めてテーブルを叩く。
「りつ!」
「ひぃっ……あ、どうかした?」
「勉強するならちゃんと集中しろ」
「ご、ごめん。ちょっと疲れちゃって」
律は律で調子が悪いのだけど、一方の私も長い受験勉強で、疲れとストレスがたまっていた。
「疲れてるなら、今日はもう帰ったら」
ここは勉強する場所であって居眠りをする場所じゃない。
今は勉強する時間であって、無駄に眠る時間じゃない。
律が不真面目なのはいつものことなのに、どうにも気が立って仕方がない。
「いや、もうちょっと頑張る」
大きなため息が出る。
本当にそう思っているのか、信用できない。
「な、なんだよ態度悪いな」
「お前が言うな」
普段怠けるのは別にいい。軽音部での練習も、ティータイムの合間にする。
でも、練習の時は全身全霊を傾ける。やるときはやる。
それが律のスタンスじゃないのか。
今は受験の直前、人生で一番頑張らないといけない時期だ。
それなのに、普段と同じように怠けていて一体どうするつもりなんだ!
「こんなこと言うのもなんだけどさ」
苛々の募った私の口はもう止まらない。
律の様子がおかしいという疑問より、律に厳しくしなければという思いが勝った。
「隣でいい加減な気持ちでいられると迷惑だ」
「そ、そんな言い方しなくたって」
「だいたい、最近のお前は気が緩みすぎてるぞ」
「そんなことねーし!」
「そんなことあるよ。あるから釘を刺してるんだ」
「私にだって、色々事情があるんだよっ」
「事情って何? 受験より大事な?」
「そ、それは……」
口ごもる律。
言い訳すら出てこないのか。私の苛々が限界に達する。
そして、私は決定的な一言を言ってしまった。
「勉強の邪魔」
「……!」
その時の律の顔は未だに忘れられない。
真っ赤になって、目元に涙をため、かすかに肩をふるわせる。
いつもは元気いっぱいの、少年のように活発な律が見せる「女の子らしさ」だった。
とうとう、律はたまらず涙を流してしまう。
そこで私はようやく、律にひどいことを言ったと悟った。
「ご、ごめん律。言い過ぎ……」
「悪かったよ、邪魔して」
律が立ち上がって、そそくさと帰り支度をする。
律、という呼びかけを遮られる。
「澪もさ、人が悪いよ。邪魔なんだったら、そう言ってくれたらよかったのに」
私が止める暇もなく、律は去ってしまった。
ひとり部屋に残された私はぽつりと呟く。
「……バカ」
律にではなく、自分に向けて。
こんなんだから、いつまで経っても想いを伝えられないんだ。
その日から、律は私の家に来なくなった。
相変わらず授業中は眠そうで、時には実際に寝てしまうこともあった。
そのたびに先生から大目玉を食らうのだが。
辛うじて部室の勉強会には顔を出すものの、私とは目も合わせてくれなかった。
「りっちゃん隊員、お疲れですね」
「あぁ、最近夜遅いから」
「そんな遅くまで勉強してるの?」
「……うん、まあ」
「あわわ、私を置いて一人で先を行っちゃうなんてずるいよ!」
「いや知らんし」
「夜更かしは体に毒ですよ。本番で体をこわしたらどうするんですか」
「梓が心配してくれるなんて珍しいな」
「まぁ、一応先輩ですから」
「一応とはなんだ中野!」
「きゃー♪」
私とは目も合わせてくれないくせに、唯や梓とはやけに仲が良い。
いや、いつも通りなんだろうけど、今日は特に目につくんだ。
「でも、本当に体調には気をつけてくださいよ」
「大丈夫よ、澪ちゃんが体調管理してくれてるだろうから」
「「へっ?!」」
ムギの言葉を聞いて、奇しくも律と声が重なった。
「いつも澪ちゃんの家で勉強してるんでしょ?」
律と気まずい視線を交わす。
「ま、まあな」
「うん、一応な」
私と律のケンカにみんなを巻き込む訳にはいかない。
一時休戦と行こう、と私は目で合図した。
最終更新:2012年01月17日 21:02