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その翌日も私は教室の空気として、学校ライフの一日を終えた。

 「憂、今ちょっと時間ある?」

目の前でマリモが二つ浮いている。しかも口を利くとは……なかなかすごいではないか。

取っ捕まえて、今すぐ札幌農学校に明け渡してやろうか。たちまち私は有名人になれるだろう。

 「聞いてるー?うーい?純ちゃんだぞー」

北海道に帰れ。

そう言おうとしたが、どうやらマリモじゃなかったらしい。

頭部の左右に、マリモにしか見えない髪のカタマリをひっつけた女は、私と目が合うと品のない笑みを浮かべた。

「憂は何の部活に入るか決めた?」

まるで十年来のお友達のように話しかけてくるソイツ、鈴木純は私の顔を覗きこんだ。

純「実はさ、私まだ部活決められなくてさ」

なんて馴れ馴れしいのだろう。
確かに中学時代からお互いに顔見知りではあるが、話しをしたことなどほとんどない。

挨拶でさえ交わした回数は五本の指で数えられるほどだ……たぶん。


だいたい私はコイツのことが好きじゃない。むしろ嫌いだ。

うるさいし品がないし。

きっと私みたいな人間のことを陰で馬鹿にして悪口を言いまくっているに違いない。
そのような場面は見たことなんてないし聞いたこともないが、うん、絶対そうだ。

何を悩んでるのかは知らないが、スッカスカの脳みそで何を考えたってムダムダ。

援交でもして警察に捕まってしまえ。ついでに妊娠して一生を棒に振るがいい。


私の心の中の呪詛などもちろん気づいていないマリモ女は更に続ける。


純「そこで私、軽音部の見学に行こうと思って。ほら、たしか憂のお姉ちゃん軽音部に入ってんでしょ?」

思わず眉根に力が入る。なんでそのことを知っているんだ?

まさか私のお姉ちゃんを狙っているのか? そうなのか!?

憂「…………ぁ」

詰問しようとしたが、私は人と話すのが苦手だった。というか喋れない。
人と話そうとすると急に目の奥が玉ねぎをみじん切りしている時のようにツーンとなって歯を食いしばらないととてもじゃないが耐えられないのだ。

冗談みたいな話だが私のような人間なら、おそらく分かってもらえるだろう。


純「というわけでよかったら一緒に軽音部見学に行かない?
  ついでにこれを機会に……」

マリモ女の言葉を遮るように私にしては珍しく口を挟んだ。
しかし、この先に続く言葉を出せるほど私は社交的ではなかった。

憂「その、えと……」

純「ダメ?」

憂「き、今日はその、あ……」

純「もしかして用事でもある?」

私は必死に頷いた。
はたから見たら首をカクカクさせているようにしか見えないだろうけど。

情けない、情けないよ……平沢憂!

お姉ちゃんのようにその場の空気を読まずに、人の気持ちも考えずに、ズカズカ聞くのは無理にしても……!

純「そっかあ。まあいいや。ありがと、私一人で軽音部見に行くわ」

鈴木純がそう言って引き上げると私は自分の胸を撫で下ろしていた。
これでもう赤の他人と話さなくてもいいと思うと、それだけで気持ちが晴れて胸の内側に虹がかかるようだった。

情けない。情けなさすぎて笑えない。

でも。ま、いっか。


どうせ私だし。


うん、今更うだうだ言うことじゃない。
それより愛しのマイシスターのための料理を今日は一段とガンバろう。

ガンバってお姉ちゃんに喜んでもらおう。


憂「と、その前に」


今日は私が日直だ。
日誌をつけよう。




日誌をつけ、日直としての仕事を全うした私はさっさと家に帰ることにした。

今日のご飯は何にしようか。

そういえば、先日購入したフードカッターはまだ一度も使っていない。
せっかくだし餃子でも作ってみようかな。

久々に創作料理に挑戦してみるのも良いかもしれない。
この前の和風出汁と豆腐を使った和風シチューはなかなかお姉ちゃんも気に入ってくれたし、悪くないのでは。


いや、その前にすっかり忘れていたが社会保険組合への試供品の申し込みをしなければ。
お姉ちゃんのために質の良い化粧水と乳液を選ぼう。

きっと喜んでくれるだろう。

たーのしーみー。

ああ、お姉ちゃんのことを考えているとこんな私でも身体がポカポカしてくるから不思議だ。

実はお姉ちゃんは天使なのかもしれない。いや、天使以上の存在だ。


そうだそうだ。日記をつけるのも忘れてはいけない。


帰宅して着替えを済ませた私は少し、休憩がてら日記をつけることにした。

さあ口づけの代わりに愛を綴ろう。

ノートを開く。
見覚えのある字が並べられていた。


憂「?」

おかしい。私のノートはお姉ちゃんへの愛の言葉でほとんど隙間無く埋められていたはず。

しかし、これはどういうことだ?

このノートは私のお姉ちゃんへの愛の文字でうめつくされているはずなのに、実際には今日の学校の一日について記されていた。


ま、まさか!


これが噂のイジメ!?


地球に優しくもないかわりに害もない無味無臭のグリーンガス(なんか矛盾してる気がするけど気にしない) の私に危害を加える輩がいるとは……。

座っていた椅子から立ち上がる。


……予定変更。学校に乗り込む。私を怒らせたことを後悔させてやる!


……できれば穏便に済ませよう。




例えば大好きなあの娘に送ろうとした手紙が何かの間違いで全く関係のない誰かに渡ってしまったなんてことが起きたらどうしようか。

私だったらもう首を吊るなり、屋上から飛び降りるなり、ウォッカを浴びるように飲んでリストカットするなりして、とにかくこの世から消えて無くなろうと思う。

しかし、今まさに似たような状況が展開されているのだから、私は本気で死ぬことを考えたほうがいいのかもしれない。



手渡されたノートを見て私は顔を恐る恐るあげた。

上げた目線の先には見覚えのある顔があった。


私はこの女のことをきっちり記憶している。相手は私のことを知らないだろうが。

中野サンプラザ、ではなく、中野梓

昨日、私が何をとち狂ったのか知らないが話かけようとした女。

どうして話しかけたのだっけ?

そもそも何ゆえ私が日直日誌と日記を間違えたのか。
いや、単純に二つのノートが全く同じもので、しかも両方とも表紙に何も書いてないせいで、うっかり間違えて、担任に日記を渡してしまったわけだ。

おいおい、ドジっ娘属性までつくとは……このままではお姉ちゃんとキャラが被ってしまうではないか。

さてさて、ではどうして担任に渡ったはずの日記を中野梓は持っていたのか。

担任いわく。

 『ノートなら中野さんに渡しておきましたから。
  え?なんで渡したのかって言われても。  
  たまたま職員室に中野さんが来ていたので、平沢さんの机の中にそれを入れておいてもらおうと思ったんですよ』

ということらしかった。


あとであの先公呪ってやる。

帰りにダイソーで五寸釘とを買おう。トンカチと学級写真は家にあったはずだだからモーマンタイ。

梓「そのノートって……」

中野梓が口を開く。

ほほう。
昨日の帰り間際、ゴキブリを唾棄するような目で私を見たことをまさか、忘れているわけではあるまいな。
憎むべき宿敵の名前は全て脳に刻んである。あと半世紀は忘れることはないだろう。
特にその、今流行のA[ピーーー]Bメンバーの一人であるま●ゆみたいな髪型とか絶対忘れないだろう。


私が心の中で中野梓を血祭りにあげようかどうか迷っていると。
ツインテールを揺らして目の前の中野梓が笑い出した。


なんだコイツは?

憂「な、なに?」

大和撫子を代表する奥ゆかしい私の声は、ほとんど笑い声に掻き消されていた。
それでも中野梓は私の声を聞き取ることができたらしい。

梓「だってこんな面白い日記書いてるなんて思わなくて……」

そこで言葉が途切れた。
遅れてすっかり緩んでしまった口許を強制的にチャックしたかのように結ぶ。

鏡がないので自分がどんな顔をしているのかは確かめられないが、さぞかしヒドイ顔をしているだろう。

ムンクの叫びならぬ憂の叫びだ。


憂「み、見たの……?」

突然南極の凍てつく大地に放り出されたゴキブリのように中野梓は、ぎこちなさ全開で頷いた。

梓「う、うん」


私は叫んだ。心の中で。

それこそムンクの叫びのように。
いや、ムンクは実際には叫んでいないし、あれは耳を塞いでるだけなのだけど。

梓「えと、気になって見ちゃったんだけどすごく面白かったよ。小説家になれるんじゃないってぐらい」

中野梓はにこやかに続けた。

梓「本当だよ?
  冗談抜きで面白いって思ったよ。平沢さん文才あるよ」


ていうか私は作文だろうと、勉強だろうとスポーツだろうと家事だろうがなんだってこなせるんだけどね。

コミュニケーション能力だけが圧倒的に欠けているけど。

一向に喋らない私に困ったのか、中野梓は冗談とわざと分かる声でおどけてみせた。

梓「もしかして、そのノートに書いてあることは冗談じゃなくて本気だったりして?」

憂「……」

梓「一日一ページきっちり埋めるなんて、デスノートの魅上照みたいだよね」


褒め言葉のつもりか。
ていうか私が魅上だったらお前は真っ先に削除されてるぞ。

憂「…………」

梓「あのーもしかしてなんだけど」

憂「……」

梓「この日記の内容本気だったりする?」

さっきの質問と内容がほとんど同じでありながら今度は恐る恐る聞いているのが窺えた。

なんて答えればいいんだろう?

憂「…………」

いったいどうしようか。

何とかして誤解を解かないと。
いや、お姉ちゃん好き好きラビューだけど、そんなことが知られたら私の人生は多分終わる。
根暗で内弁慶で空気なシスコン。もはや人間かどうかもアヤシイ。

こうなったらなりふり構っていられない。お姉ちゃんにだけは絶対に迷惑はかけたくない。

私はノートを開いてそこに文字を書き殴った。

梓「あ、ごめん。私、友達と部活見に行く約束してたから、行くね」

ちょっと待てコラ。
中野梓の顔前に私は開いたノートを見せた。

梓「わかった。約束する、」

中野梓はオッケーサインを出してすたこらさっさーと去って行った。

ちなみに私がノートには書いたのは言葉は感じ四つ。


『他言無用』


あとになって私は他言無用という言葉では誤解を解くどころか、更に誤解を深めてしまっていることに気がついた。




会話が苦手な人間というのは、いざ話そうとしても言葉が出てこない。
自分のコミュニケーション能力の無さにうんざりがに(蟹)。
なんでこんな人間になってしまったんだろう。


憂「はあ……」

唯「どうしたの、憂?」

口から無意識のうちに漏れた溜息は、向かい側でから揚げを頬張るお姉ちゃんにも聞こえたらしい。

心配そうに私の瞳を見つめてくるお姉ちゃん。

やべえ。ちょーかわいんですけど。

むしろこっちからも見つめ返したくなるが、そこは私。

恥ずかしくて目を逸らした。
まあ、見つめすぎてお姉ちゃんの純粋で曇りのない瞳に穴を空けたら一大事だ。

憂「少し、ね。嫌なことがあったんだ」

唯「なに?何があったの憂!?」

身を乗り出すお姉ちゃん、もうマジ天使。

憂「大したことじゃないよ……」

大嘘です。ごめんなさい許してくださいお姉ちゃん。
イエスの踏み絵を踏む瞬間のキリスト教徒のように罪悪感が胸中にドッと押し寄せた。

唯「ほんとに?」

憂「本当だよ」

唯「ウソじゃない?」

憂「嘘じゃないよ」

唯「うーん」


そこでお姉ちゃんはポンっと手を打った。

唯「よし、今日はお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ろー」

どうしたらそのような結論に至るのかは、お姉ちゃんを愛してやまない妹である私にすら分からないのだけど、まあそんなことは、お姉ちゃんとのお風呂の前ではあまりにもどうでもよかった。


ういぃやっほおおおおおうい!




憂「いい湯だった……」

お風呂上がりの牛乳を飲みながら私は一人呟いた。
身体がポカポカしているのはなにも、お風呂上がりだからという理由ではないだろう。

目を閉じれば浮かんでくる。


嗚呼、お姉ちゃんと共に入るお風呂!なんて素晴らしいの!お姉ちゃんの水の滴るツヤツヤの髪!
泡が滑り落ちていくなまめかしい肢体!肉付きのいい思わず顔を挟んでもらいたくなる太股!
なぞりたくなる美しいラインを描く鎖骨!可愛らしい私より小さな乳房!吸い付きたくなる胸の頂きを陣取る桃色のち(以下省略)。

天国ってきっとあんな素晴らしい景色が浮かんでるところなんだろうなあ(遠い目)。

よし、今すぐこの幸せを綴ろう。この溢れんばかりのパトスを書きなぐろう。

というか誰かにこの幸せを伝えたい。

世界は捨てたもんじゃない!

世界は素晴らしい!

素晴らしきこの世界!

すばせか!

おめでとう私!

おめでとうみんな!


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最終更新:2012年01月20日 00:50