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お姉ちゃんとお風呂に入るという奇跡体験をした次の日の学校。
てっきり反動で何かとんでもない不幸が降りかかってくるのでは、と危惧したが徒労に終わった。
いつも通り、学校の空気としての役目を終えた。

しかし、一ついいことがあった。
新入生のために行われた新歓ライブ。
ギターを掻き鳴らしてシャウトするお姉ちゃんマジロッカー。

唯『かーれーちょっぴりらいすたーっぷりっ!』

これで萌えないとかもう人間じゃない。
お姉ちゃんと同じ学校に入ってよかった、ていうかお姉ちゃんの妹でよかった。


うん。帰ったらすぐ日記をつけよう。昨日の奇跡体験と合わせて今日はニページ書いてしまおう。

気分がよすぎてモンローウォークして帰宅したくなる。が、奇異の目を向けられるのはイヤなので自粛。
お姉ちゃんのモンローウォークとかならすごく見てみたいけど。
モンローウォークってすごくセクシーなんですよ。
見たことないけど。

梓「平沢さん」

私の脳内でお姉ちゃんがお尻をぷりっぷり振りながら歩くという薔薇色の光景が一瞬でセピア色になった。
声をかけてきたのはあの中野梓だった。

梓「昨日のことなんだけど……」

中野梓が今この場で何を話そうとしているのか分かって私は内心で狼狽した。
いやいや、今、この場面で話すな。一応気を使って声のボリュームを小さくしているのだろうが、そんな気遣いができるならまず、TPOをわきまえろ。

まだクラスメイトが何人も教室に残っているだろうが。

梓「私、昨日少し考えたんだけど」

憂「な、中野すぁん」

私は私の中の勇気を振り絞って声を吐き出した。

梓「?」

憂「少し待っちぇ。その話するの……」

梓「わかった」


や、やった! やったあ! お姉ちゃん!私、喋れたよ!
噛みまくったけど人とお話しできたよ!




結局、クラスメイトが全員教室から去るのには十分近くかかった。
皆がいなくなったのを確認した中野梓は、私の耳元に唇を寄せた。
いや、今は誰もいないからそんなことはしなくていいんだが……さすが、自ら進んで奇妙な髪型にしているだけのことはある。

梓「それで、昨日の話なんだけどね」

憂「うん」

中野梓が、薄い胸を張った。

そういえばまな板も、古くなってきたしそろそろ新しいものを購入しなければなあ。

梓「冷静に考えたら、お姉ちゃんを好きになるっていうのはダメだと思う」

憂「……」

梓「だってそれって近親相姦でしょ? 危ないよ」

とりあえ、自らゴキブリヘアーで登校してくるお前には言われたくない。

梓「今ならまだ引き返せるよ」

憂「……」

さながらドラマのワンシーンのようにステキすぎる台詞をキメた中野梓は、私の目を覗きこむ。
しかも両の頬をがっしり掴んで。

はたから見たらこれ、キスシーンみたいで誤解されるからやめてほしいのだが。

梓「今ならまだ引き返せるよ」

二度も言うな。
ていうか私は奥ゆかしいことで有名なんだよ。お姉ちゃんに手を出すなんてできるわけがない。

さて、どのような言葉で私のほっぺを両手で挟みこんでるゴキブリ女から逃れようか。

梓「そもそも近親相姦以前に同性なんだよ? 
  レズビアだよ?そんなのダメだよ」

中野梓が悲痛な面持ちで私を見る。
ああ、コイツは稀にみる馬鹿だけれど実はスゴイいいヤツなのかもしれない。


 「カニさんだよ~ちょっきちょっき」

その時。

マリモ女が教室に入ってきた。蟹のように手をちょっきちょっきさせて。

教室に入ってきた。入ってきちゃった。


ちょき

ちょき


その時。


鈴木純のちょきちょきが止まった。

唖然とした顔で、私と中野梓を呆然と眺める。

純「い、今の会話……マジ?」


どこからどこまで聞いたんだろう。

大ピンチの予感。悪寒。私のオカンは海外。
あんまり面白くないな。さすが私だ。

大ピンチ。だけど不思議なほど私は冷静だった。

純「『同性なんだよ?レズビアンだよ?そんなのダメだよ……』って、あんたたちってそういう関係なの!?」

呆然とした表情はいつの間にか引きつっていた。
ていうか都合よく誤解されやすいところだけ聞き取ってんじゃねえよ。

梓「え?……ち、違うよ!?」

ようやく中野梓がマリモ女の言葉に反応を返した。

梓「平沢さんが好きなのは私じゃなくてお姉さんなんだよ!」

おいいいいいぃぃぃっ!


一番知られてはいけない部分をカミングアウトしてんじゃないか!


純「お姉さん……それって平沢唯さんのこと?」

梓「う、うん。そうなんだ。平沢さんはお姉さんのことがすごくすごく好きで、お姉さんのことについて毎日毎日、日記に書いてるんだ」

憂「!?」


いやいや、全開にした蛇口みたいに全部包み隠さずカミングアウトしちゃってるけど……ええ!?

昨日の約束は何だったんだ!?

梓「……ってしまった!」

今更、ゴキブリ女は自分のミスに気づいて口許を押さえた。
ていうか現実で『しまった!』っていう人を初めて見た。

純「えーとお……そうなんだ。じゃあ私、ジャズ研行くから」

露骨に鈴木純はひいていた。
そして何事もなかったかのように、或いは無理やり忘れようと踵を返した。

梓「ち、ちょっと待って!」

私が誤解を解くのを諦めて、首吊り自殺を考えかけたところでゴキブリツインテールがカニ女を引き止めた。

梓「今のは嘘。真っ赤な嘘だよ!」

ちなみに私の顔は真っ青。

梓「本当は平沢さんはバイでどっちでもいけるんだよ。雑食なんだよ!」

人をギャルゲーの主人公みたいに言うのはやめろ。

ついでにバイじゃない。

私は偏食家なんだ。私が愛してるのは世界でただ一人、平沢唯だけだ!
ていうかどんどん恐ろしいキャラ付けをするな!

純「そ、そう。へえすごいすごいわーおわんだふー」

ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。


鈴木純はカニの分際で拍手しながらムーンウォークして教室から出て行った。
見事な足さばきである。

梓「追いかけて誤解を解かなきゃ!」


私は中野梓に腕を引っ張られながら、鈴木純を追いかけるはめになった。

……明日から高校に通えないかも。




純「そんなこともあるんだね」

鈴木純はハンバーガーにかぶりつきながら、私と中野梓を交互に見た。

――結局、あの後私と中野梓は何とか鈴木純を引き止め、誤解を解くことに成功した。

ただし私がお姉ちゃんのことを愛していることや私がお姉ちゃんへの想いを綴った日記を毎日書いていることなど、全てつまびらかになってしまったが。


梓『その……私のせいで平沢さんの秘密がばれたから……ハンバーガー奢るよ』

純『あ、じゃあ私もついてっていい?』


ちなみにこれは誤解を解いた後の会話である。
正直、赤の他人と食事などしたくなかったし、そうでなくともファーストフードを積極的に食べようとは思わなかったが、どうしてもと言うので結局私は中野梓と某ハンバーガー店へ来ることになった

純「にしても悪いね。私までなんか知らないけど奢ってもらちゃって」

ちゃっかり中野梓に奢ってもらっているカニ女はチキンナゲットを美味しそうに口にほうり込む。

梓「それより平沢さんのことなんだけど……」

憂「なに?」

梓「いや、ほらさっきの話だよ」

近親相姦がどうとかいう話か。

なんて答えればよいのかわからなくて、ストローに唇をつける。
ジンジャエールに含まれた炭酸に思わず顔をしかめてしまった。


梓「さっきも言ったけどやっぱり近親相姦でしかも、しかも同性愛なんてよくないよ……」

喋っているうちに興奮して中野梓は自分の声が大きくなっていることに気づいて、口許を押さえた。

憂「私は……別にお姉ちゃんになにかしようとしているわけじゃないよ」

あくまで芸術作品を鑑賞するかのように、眺めているだけで十分に幸せなのである。

欲を言えばお姉ちゃんからも私宛てにラブリーなメッセージが届かないものかどうか。

それにしても中野梓にしろ鈴木純にしろ、妙に喋りやすい。

まあ、人間以下としてしか見てないからかもしれないが。




純「んじゃ、おいとまするわ。ごちそうさまー」

店に来て十五分もしないうちに、鈴木純はそう言って帰っていった。

梓「食べるの速かったね」

憂「そうだね」

黙ってほとんど食べることしかしていない私よりもはるかに速い。
ジャズ研がどうとか、カッコイイ先輩がどうとか購買がどうとか。
そんなことを機関銃のように語りまくっていたにも関わらず、どうしてああも速く食事を済ませることができたのか、いささか謎だったが、まあカニ女のことなど気にしても仕方がない。

私は再びハンバーガーにかぶりついた。

梓「あのさ、一つ聞いていい?」

憂「なに?」

梓「平沢さんってスゴク変な性格してるよね?」

聞いていいと言いつつ、まるで質問になっていない中野梓の言葉に、私はどんな顔をしてしまったのだろうか。

梓「……スゴクじゃなくて少し変な性格してるよね?」


今更訂正しても遅いわ。


梓「その、ごめん。私、日本語下手だから……」

憂「……そう」


降って湧いた沈黙の中で私は少し考えてみた。

自分の性格。

昔からこんな性格だったのかと言うとどうだろう。
別に幼少期からこのような鬱々とした性格ではなかった気がする。私の記憶が正しければだけど。

大人しい性格ではあったが、いちいち自分のことを卑下するような子供ではなかった……はず。

でも気づかないうちにこんな性格になってしまっていた。

もしかしたらきっかけのようなものはあったのかもしれない。


思い出せないけど。案外きっかけなどなかったのかもしれない。
もしくは、実は私は過去にとんでもない体験をしてそのショックで、こんな人間になってしまったのかも。



……まあ、そんなわけないのだけど。

私は、自分で言うのもおこがましい話だが、記憶力がいいのだ。

私が生まれた時から今日に至るまでの姉妹の感動震撼感無量エピソードを今すぐ語ることだってできる。

うん、記憶喪失の線もなさそうだ。

じゃあなんでこんな性格になったのかという話に戻るわけだが、どうでもいい。

今更この性格が変わるとは思えないし。


梓「やっぱ訂正」

ちびちびとジュースを飲んで黙ってしまった私に
気まずくなったのか中野梓は、無理矢理笑っていると分かる笑顔でこんなことを言った。

梓「変わった性癖してるね?」


口に含んだジンジャエールは相変わらず酸っぱかった。




その後、某ハンバーガー店を後にした私と中野梓は一緒に帰ることになった。

意外と家が近いらしい。

どうでもいいけど。

梓「私、新歓ライブ見たら軽音部に入りたくなってね」

憂「うん」

梓「明日入部届けを出しに行こうと思って」

憂「そう」

梓「そういえば、平沢さんのお姉さんは今日ライブでギターしてた人なんだよね?」

憂「うい」

ただ頷くだけなのに噛んでしまった。
中野梓は気づいていないみたいだけど私の顔は少し赤くなってしまった。

……こ、これくらい、は、恥ずかしくなんてないんだからっ!

梓「じゃあ、私こっちだから」

十字路の前に来たところで、ツインテールが振り返った。

梓「バイバイ」

中野梓が手を振ったので、私もまあ、手を振り返してやろうとしたところで、聞き覚えのある声がした。


「うーいー」


嗚呼……この鼓膜を震わすどころか溶かしてドロドロにして変な液体を耳の穴から垂らしてしまいそうになるプリティな声は……

憂「お姉ちゃん」

だった。


夕日をバックに向かって来るお姉ちゃんの笑顔に私は胸をときめかせる。

唯「憂、今日は遅かったね」

憂「うん、ちょっとね」

本当に脳みそが入っているのかどうか、思わず、かっ開いて見てみたくなるくらい頭の軽い女のせいで、いつもより遅くなっちゃたんだ。

とは、口の中に留めておいた。

いやいや、それよりもっとお姉ちゃんに言わなければいけないことがあるではないか。

今日のお姉ちゃんの新歓ライブに震撼した私の感想を言わなければ。

お姉ちゃんの勇姿を見れた感動を伝えなければ。

私が意気込んで、お姉ちゃんに話そうと口を開いた時、

梓「今日のライブすごくよかったです」

誰だよお前。

いつの間にか私の隣で、私のお姉ちゃんのプリティフェイスを見上げてゴキブリツインテールが目を輝かせていた。

唯「?」

お姉ちゃんが、ゴミ捨て場で喋るナマゴミでも見つけたかのように首を傾げた。

梓「あ、すみません。私は中野梓っていいます。平沢さんとはクラスメイトです」

そしてたった今敵になりました。

梓「平沢さんとは今日お友達になりました」

クラスメイトの部分は否定しないが、お友達になった覚えはない。
チーズバーガーで私を釣れると思っているのなら大きな間違いだ。

唯「へえ、憂のお友達なんだ。こちらこそ初めまして平沢唯です」

梓「よろしくお願いします」

ああ、さすがお姉ちゃん。
汚らわしい泥棒猫女にまで握手を交わすなんて。
後できちんと手を洗ってもらおう。野良猫はどんな病原菌を持っているか分からないから。
そういえば、家のどこかにノコギリがあったな。どこに閉まったのかな?

梓「それで、私、軽音部に入ろうと思うんです」

唯「ホントに!?」

ヤベー。お姉ちゃんの顔が夕日とか関係無しにシャイニングして見える。
泥棒ゴキブリがジャマだなー。

梓「本当は今日軽音部にお邪魔する予定だったんですが……」

なぜか一瞬だけ、中野梓の視線が私に移動した。

唯「やっっったあ!やったよーうーい」

思わず後ろに倒れそうになるのを、何とか踏ん張った。
お姉ちゃんが喜色満面で私に抱き着いてきたのだ。

ベッドの上だったら間違いなく、勢いに身を任せているところだ。


Uh……し・あ・わ・せ・はーと。


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最終更新:2012年01月20日 00:52