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中野梓は私とお姉ちゃんを交互に見て、目を瞬かせた。

 『……仲いいんだ』

そんな呟きが聞こえた気がしたがお姉ちゃんに抱き着かれている私には
そんかことは果てしなくどうでもよくて、正直そのように聞こえたのかは、自信がない。

梓「それじゃ」

私はこれで。中野梓は一礼して袖をひるがえした。

唯「梓ちゃん、またねー」

お姉ちゃんが去っていく中野梓に手を振る。

中野梓が振り返ってもう一度お辞儀をして、それから私の方を見た。

遠くからで、しかも夕日を背にしていたから、泥棒猫女が本当に私の方を見たのかは、分からないけど。

梓「さよーならー平沢さん」


手を振る中野梓の背後の夕日が、不思議とさっきよりも眩しく映った。
もっとも、私が手を振りかえしたときには中野梓は夕焼けに溶けていた。




憂「……今日は素晴らしい日だった」

日記の最後の締めを呟いて、私はノートを閉じた。
常日頃から犯罪的なまでにカワイイお姉ちゃんが今日は一段とかわいく見えた。

新歓ライブでギターボーカルとして一生懸命頑張るお姉ちゃん。
中野梓が、軽音部に入ると聞いた時の百万ドルの笑顔のお姉ちゃん。
今日も私の作った料理を美味しい美味しいと食べてくれたお姉ちゃん。

私は幸せだ。特に今日は一段と幸せだ。

それなのに。

私は無意識にノートを開いたり、閉じたりしているのに気づいて、手を止めた。

私は自分の手の中に収まっている紙切れを開いた。
開いた紙にはアルファベットが並べられていた。
携帯電話のアドレスがそこには書かれている。

いつの間にかノートに挟まっていた紙切れ。
並んだアルファベットたちの下には割とキレイな字で、


『メールをこのアドレスに送ってください。中野梓より』


と書かれていた。

一瞬送るか送るまいか迷ったけど私は結局、ゴキブリ女にメールを送った。

どれくらいその紙切れを眺めていたのだろうか。

中野梓から不意にメールが届いた。

今時の女子高生らしい頭の悪そうな文字が並べられていると思った私は、少々拍子抜けした。

ちなみに分量は結構多かった。

これからよろしくね、という挨拶から今日の自分の失敗によって
鈴木純にまで私の秘密がばれてしまったことへの謝罪の文。他にもどうでもいいことが幾つか。

よくこうも書くことが浮かぶものだと私は感心してしまった。

しかし、これはなんて返せばいいのだろう。

私はメールのやりとりをほとんどしたことがない。絵文字も使ったことがなかった。


結局、お湯に浸かってほてったはずの身体がほとんど冷めた頃にメールを返した。

一言。


『おやすみなさい』



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平沢憂の日記から一部抜粋

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今日もお姉ちゃんが可愛すぎて生きるのが楽しい。

鈴木純はジャズ研に入っているらしい。うん、果てしなくどうでもいい。

中野梓は初めての軽音部での活動が楽しみだそうだ。お姉ちゃんに手を出さなければどうでもいい。

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お姉ちゃんがエロ可愛すぎて今日も生きているのが楽しい。

中野梓に部活のことを聞いてみた。なぜか浮かない顔をしていた。歯切れも悪かった。
どうでもいいか。

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今日もお姉ちゃんが天使可愛いくて生きてるのが楽しい。

明日、お姉ちゃんたち軽音部一同は中野梓の歓迎会ということで、どこか行くらしい。
中野梓だけごーとぅーへる。

しかし、ゴキブリにも友愛の精神を忘れないとは、さすがお姉ちゃん。マジリスペクト。

どうでもいいがお姉ちゃんが、あずにゃんってあだ名をつけたため中野梓をゴキブリと呼ぶのはやめることにする。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

お姉ちゃんがマシュマロ可愛くて今日も生きてるのが楽しい。

私と中野梓と鈴木純が某ハンバーガー店で一緒にハンバーガーを食べてから一週間が経過した火曜日。

放課後、中野梓が私より先にギターを背負って帰っていた。
部活はどうしたのだろう。別にどうでもいいが。

しかし、お姉ちゃんもなぜか元気がない。
心配だ。明日あの猫娘を問い詰めるか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――

今日もお姉ちゃんがダラダラ可愛くて生きてるのが楽しい。

最近元気のなかったお姉ちゃんが今日は元気だった。可愛かった。輝いていた。

反対に中野梓は足りない脳みそで何か考えているのか、ずっと浮かない顔をしていた。

いや、猫女のことなんてどうでもいいんだけど。

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今日もお姉ちゃんがアメアメ可愛いくて生きてるのが楽しい。

今日は雨が降っていたのでお姉ちゃんがギターを持って行くのに苦労していた。
何か善後策を練ってお姉ちゃんの労力を減らしてあげよう。

最近元気のなかった中野梓が久々に話しかけてきた。
……って言っても別に特に何か重要な話だったわけではなかったからよく覚えていない。

どうでもいいが、鈴木純の髪型が面白かった。

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ゆっくりと、けれども時間は坂を滑り落ちるように流れていった……まあ、時間が経過して五月になっただけなんだけど。


ゴールデンウィークが明けて一週間。
面倒な学校がまた始まった。

今思うと黄金週間は素晴らしいことの連続だった。

お姉ちゃんと二人っきりの日が二日もあったのだ。

盛りのついた猫のように、あるいは去勢されたアザラシのように
ダラダラ床を転げ回るお姉ちゃんを延々と眺めていられたなんて……デジカメにでも納めておけばよかった。

まあ、いいか。記録、もとい日記はきちんととってある。

ちなみに残りの二日間はお姉ちゃんは軽音部の皆さんと遊びに行った。
私は家にいた。(もちろん、心配だったので家事に影響が無い程度に尾行した。妹として当然の務めである)。


そして現在。お昼休み。


純「家族でバーベキューしたんだって。でも、うちの親、火をつけるのが下手でさあ」

憂「……」

梓「あ、私も中学の頃に友達とバーベキューしたけど、火のつけ方が分からなくて苦労したよ」

憂「……」

憂「……」

純「いやあ、ネギマが一番食べたかったのに忘れちゃって……」

憂「……」

梓「ドンマイだね。ところで純は豚肉派?牛肉派?」

憂「……」

純「鳥が一番でしょ」

憂「……」


お昼休み。

普段一人で食べるはずのお昼ご飯。けれども今日は違った。

純「お茶漬け食べる時ってやっぱ緑茶だよね?」

憂「……」

梓「お湯じゃないの?」


なんていうか、うるさい。


だいたい、どうしてこんなくだらない話題で会話が続くのか。
不思議だ。

純「憂はゴールデンウィークは、なにしてたの?」

口にものを含んだまま喋るな。ぐちゃぐちゃになったシャケがチラチラ見えるんだよ。

憂「別に。家でゴロゴロしてた」

梓「唯先輩から聞いたけど、憂ってすごく働き者なんでしょ?」

いつから私は猫女に呼び捨てにされるようになった。
猫業界は上下関係と異性関係が、厳しいということを教えてやらないといけないみたいだな。


憂「……家で家事して、時々お姉ちゃんの宿題見てあげたりしてた」

梓「へえ……って、なんで唯先輩が憂に宿題を見てもらってんの。
  普通は逆でしょ?」

憂「うちでは普通」

梓「そうなんだ……そういえば憂って料理も得意なんでしょ?」

純「ほほお。言われてみると美味しそうなブツが、いただきっ」

鈴木純の箸が私のピーマンの肉詰めを捕獲するよりも、私がそれを避ける方が速かった。

純「むー、やるねえ。しかし、いつまで私の箸サバキから逃れられるかな?」

憂「……」

梓「憂は唯先輩が出かけたりしてる時は、なにしてるの?」

鈴木純が、私のピーマンの肉詰めを諦めた頃に中野梓が、質問してきた。

憂「特に何もしてない」

どうしてそんなことを聞くんだろうか。
顔を見返すと、猫娘は口許を少し緩めた。

梓「いや、唯先輩が言ってたんだ。憂はお母さんみたいなんだよって」

憂「お母さんみたい?」

梓「うん」

まあ、平沢家の家事のほとんどを担っているのが私なのだから、ある意味それは正しいのかもしれない。

……どうせなら恋人みたいとか言ってほしいなあ。

梓「特にお出かけする時が一番厳しいって言ってた」

純「あれ?憂ってお姉ちゃんのこと好きなんじゃないの?」

憂「……」

思わず辺りを見渡す。

純「心配しすぎだよ……まさか憂がレズビアンだなんて誰も思っちゃいないって」

後半の台詞は私の耳元でささやかれたため、耳に息がかかった。
吐き気と悪寒に苛まれ思わず俯いてしまった。

純「そんなに恥ずかしがらなくてもいいって」

ちげえよ。

梓「それで、憂は唯先輩にお出かけ前に何するの?」

憂「特にはしない。ただ……」

出かける前はどこへ出かけるかを聞く。

そして。

まず、財布は絶対に二つ持たせる。
お姉ちゃんが今までに財布を無くして、泣いて帰ってきたことは珍しくない。
そして身分が分かるものを必ず持ち歩かせる。
具体的には保険証のコピー、さらに私、及び、お父さん、お母さんの携帯電話の番号も。

全て、万が一、億が一事故にあった時ようの対策だ。
そして、もちろん電話も携帯させるのも忘れない。
さらには携帯電話の充電器も持たせる。
それから帰宅時間を聞くのも、お姉ちゃんが出かける前にしなければいけないことの一つだ。


……という、二百文字程度の説明を五分ほどかけて、中野梓と鈴木純にした。


純「たしかにお母さんみたい」

梓「本当だね」

なぜだか知らないが、二人が、まさにお母さんのように「微笑ましいわね」とでも言いたげな顔をした。
バツが悪くなった私は、目線を反らして窓から見える景色に視線を移した。

憂「だって、お姉ちゃんが……す、き……だもん」

無意識に本音を零してしまった。
そんな私を見て鈴木純はもとから締まりの悪い口元をさらに緩めて言った。

純「憂ってさ――」


鈴木純のその後の言葉を聞き取ることができなかった。

チャイムの音がちょうどタイミングよく鳴って、鈴木純の声を掻き消したからだ。

昼休みが終わった。




次の日も次の日も、相変わらず特に何もなく推移していった。
変わったと言ったら、お昼休みに一人でご飯を食べていたのが、三人になったことぐらいだ。


中野梓。

鈴木純。

そして私。


まあ、私はほとんど喋らないで、聞き手として二人の会話に耳を傾けているだけだが。


純「お昼ご飯、食べよ」

憂「うん」

相変わらずモップ女は、姦しい。

梓「疲れたー」

純「お疲れー」

中野梓も、やってきた。

いつのまにか私の机を囲んで昼食をとるのが当たり前になっていた。

純「いや、だから私は鯛焼きはしっぽから食べたいんだってば」

純「普通に頭から食べた方がウマイよ」

梓「そんなことないもん」

純「そんなことあるよ」

梓「憂はどう思う?」

純「憂も普通に頭から食べた方がウマイって思うでしょ?」

不毛な話題をこっちに振らないでほしい。
しかし、質問に答えなければこの二人がさらに
やかましく騒ぎ立てるのは、目に見えているので私は少し考えて、こう答えた。


憂「お姉ちゃんは頭から食べるよ」

純「そ、そうきたか」

梓「唯先輩は参考にならないよ」


どういう意味だ。答え次第では……。


それから二人は再び生産性のない、実にたわいのない会話を繰り広げ始めた。

たけのこの里がどうとか、きのこの山がどうとか。

それを私はぼんやりと眺めながらご飯を食べる。

そして本当に時々だけど会話に混じったり、テキトーに相槌を打ったりする。

そんなお昼休みが徐々に日常として、当たり前のものとして私は、ごく普通に受け入れていた。

正直、楽しいのか、愉快なのか、もしくは不愉快なのか
或いはもっと別の感情なのか、今の状態は自分にとってどうなのか、判断がつかなかった。

でも。


最近は、お昼休みの間、無意識に時計の針を目で追うことが多くなった気がする。

純「ねえねえ、憂の卵焼きちょうだい」

憂「……」

純「昨日、初めて憂が作った卵焼き食べたけど、うちのお母さんが作るのよりウマかったんだって」

梓「純、憂からもらいすぎ」

純「だってえ。本当に美味しかったんだもん」

確かにここのところ、私のお弁当の中身は何かしら鈴木純の胃に入ってる気がする。
本来私が作ったものは、お姉ちゃんに捧げるものであって鈴木純のエサではない。

純「あ、じゃあこのカニカマあげ……んっ!?」

大きく開いた口に卵焼きを突っ込んでやると、鈴木純は目を白黒させた。

純「ごっくん……うん、やっぱ憂の卵焼きは美味しい」

梓「純だけずるい」

そう言いつつ、なぜか私に訴えかけるかのような視線を送る。
いつかの黒猫が脳裏に浮かんだ。

純「梓ももらえばいいじゃん」

梓「そ、それは」

猫娘は、今度は遠慮がちに上目遣いで私を窺う。

なんでだろう。

お姉ちゃんに見つめられたわけでもないのに、中野梓の猫のように丸い目を見ていたら、顔が熱くなるような感覚を覚えた。

私は人見知りだ。

人と喋るのが苦手だ。

人と目を合わせるのも苦手だ。

人と面と向かって喋るなんて、考える前に勝手に身体が拒絶してしまう。

はっきりと原因は分からないけど、多分恥ずかしいから、人とコミュニケーションをとることができないのだと思う。

でも、今こうしていつものように、中野梓から目を逸らしたのはもっと別な理由な気がする。
いや、深く考えるのはやめよう。
頭が痛くなりそうだ。


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最終更新:2012年01月20日 00:55