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 「ええと、大丈夫?
  どこか痛いところとか、具合の悪いところとかはない?」

憂「……だ、ぃじょうぶ」

金髪(染めているんだろうか?)の先輩が私に優しく尋ねたので、私は精一杯の勇気を振り絞って返事をした。
顔を俯けているから私は相手の顔をきちんと見ていないし、相手も私の顔を完璧に窺うことはできない。
もっとも、こんな状態で大丈夫だと言っても説得力のカケラもないのだろう。
金髪の人はもう一度私の按配を確かめた。

 「いや~、しっかし突然倒れるなんてビックリしたな。
  一瞬、本気で死んだかと思っちゃった」

能天気な声で先ほど、私を気絶させた先輩が言った。
声だけでなくおでこを晒しているところも、私とは正反対だった。

 「縁起でもないことを言うな。
  というか、いきなり初対面の人にあんなことをしちゃだめだろ、バカ律」

髪と髪の間からわずかに見えるその黒髪の美人さんが、おでこさんに手刀を下した。
おでこさんが頭を押さえて文句を言う。


……しかし、まさかこんなに簡単に気絶するなんて……!


おでこの人によって私はあろうことか、気絶してしまった。
もっともこのとき不幸中の幸いだったのは、気絶した私の腕からおでこさんがお盆を回収したことと。
一番そばにいたお姉ちゃんが意識の途絶えた私を咄嗟に支えてくれたことだった。

どうやら背中を床に打ち付けたらしい音は、聞き間違えだったみたいだった。
もしかしたら、幻聴とかいうものかもしれない。

ちなみに気絶していた時間は本当にわずかなもので、カップラーメンができあがる時間よりも早く私は目を覚ました。

 「ごめんな、律がおどかしちゃって……お前も謝れ」

髪の長い人がおでこさんの頭を無理やり押えつけた。

 「いや、ほんとごめんね。
  悪気はなかったし、そんなに驚かすつもりもなかったんだけど……」

おでこさんが本当に申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせて頭を下げた。

……どちらかと言えば、あの程度のことで気絶してしまう私のほうが悪い気がしたが、それだけのことを
伝えるだけのコミュニケーション能力は私にはなかったのでただ黙ってうなずいた。

梓「本当に大丈夫なの、憂?」

再び目の前をトラックに横切られた猫のように、ぎょっとした私の隣には中野さんがいた。
少しだけ低い位置にある両目が心配そうに私の顔を窺った。
私は気恥ずかしくて目をそらした。

憂「……う、うん……もう、大丈夫」

梓「ならいいけど。
  今度から気絶するときは気絶するって言ってね」

言えるか。
と、いう突っ込みはしないで私は黙ってうなずいた。

憂「そ、その……め、めめめ迷惑をかけて……すみ、ません…………でした……」

一応迷惑をかけた身として、私は噛みまくりながら謝罪した。

 「まあ気にしなくていいって」

 「お前が言うな!」

おでこさんが茶化した感じで言ったと同時に、黒髪美人さんがすかさずゲンコツでツッコミを入れた。

それだけのことなのにお姉ちゃんの部屋に笑顔が咲いた。


私は相変わらず俯いたままだったけれど。




 「どうも、初めまして。琴吹紬っていいます。キーボードを担当してます」 

金髪の人は――琴吹紬さんというらしい。
よく見るとこの人もかなりの別嬪さんなのだけど、どうも私たち庶民とは一味違う気品のようなものを漂わせている……気がする。
なんでも軽音部のお菓子を毎回持ってきているのはこの人らしいが……金持ちなのだろうか?
ただ、ひとつだけ気になるとすれば眉毛が……いや、この際アレには触れないでおこう。


 「さっきはごめんね。
  私は軽音部の部長の田井中律。ドラム担当なんだ。よろしく!」

おでこさん――もとい、田井中律さんは相変わらずハキハキと自己紹介をした。
どことなく鈴木さんに似た雰囲気の人だ。
あの人をさらに三割増しぐらいで元気にしたらこんな感じになるかもしれない。


 「私は秋山澪。ベースを担当している」

黒髪美人さん……秋山澪さんは思いのほかおとなしい自己紹介をした。
少し目つきがキツいような気がするけど、すごい美人な人だ。
ぱっと見た感じでは非常に頼りになりそうな感じがしたけど、なぜだか自分と似たようなものを彼女から感じた。
……いや、気のせいかもしれないけど。


そして――

梓「今さら私は自己紹介しなくていいよね?」

アンタの先輩はわざわざ自己紹介してくれたけどな。
もっとも今さら自己紹介するような関係ではないはずなので、私は特に触れなかった。

中野さんはそれで話は終わりと私が持ってきて、田井中先輩が死守したジュースに口を付けた。
人ん家なのに妙にリラックスしてやがる。
ていうか、今日が初めてといった感じでもなさそうだが、私が不在の間に何度か来ているのだろうか?

律「……っと、そういや憂ちゃんの自己紹介を聞いてないな」

不意に田井中先輩がそんなことを言った。
途端に全身の毛穴が全開になって汗が噴き出る。

イヤな予感。

律「せっかくだし憂ちゃんにも自己紹介してもらおうぜ」

田井中先輩がみんなを見渡す。
誰も異議を唱えてくれない。


……どうやらこの短時間で、私は彼女のことを嫌いになりそうだった。




律「へえ、憂ちゃんは料理が得意なんだ」

唯「そうだよ~。憂の料理は本当においしいから毎日作ってもらってるんだ」

澪「それは、はたしていいのか?」

私はすっかりお馴染みになってしまった『黙ってうなずく』をした。

意外なことに私の自己紹介は上手にとまではいかないまでも、いい感じに終わった。

べつに私の会話スキルが上達したとかではなく、単純に聞き手のみなさんが私に話しやすくしてくれたのだ。
聞き手の態度次第でここまで会話のデキが変わるなんて初めて知った。
特に田井中先輩は、本当に聞き上手で私の自己紹介を上手く誘導してくれたのだった。

どうやらどっかのモップさんとは、似ているようで全く異なる人種らしい。

憂「……」

どうやらお姉ちゃんはステキなお友達を作ることができたらしかった。

田井中先輩も秋山先輩も琴吹先輩もみんないい人だった。
まあ、よくよく考えればお姉ちゃんの友達が悪い人なわけないか。

本当に楽しそうにお喋りしているお姉ちゃんたちを眺めていると、自分でもよくわからない感情が浮かび上がってきた。
私は理由もなく、中野さんを見た。

梓「ん?」

中野さんは猫のように小首を傾げると、またジュースを煽った。




憂「ほっ……」

安堵のため息が出たのは、軽音部のみなさんが帰ったあとのことだった。
いくら軽音部の人たちがいい人揃いとは言え、喋ったのは今日初めて。
私のような人間が疲れないわけがなかった。

それでも悪い気分ではなかった。

唯「憂、今日はご苦労様。ありがとね」

お姉ちゃんにお礼を言われてしまった私はほっぺを赤くした。
嗚呼……ありがたいお言葉。

唯「やっぱり友達とのお喋りはいいねっ」

お姉ちゃんが満足げに鼻の穴を膨らませた。

このとき、私にしては珍しくお姉ちゃんにある質問をしたくなった。

たぶん、私には『それ』はよくわからないことだから。
私は、少しだけ息を吸い込んで言った。
鼻の奥がツン、と少しだけ痛くなった気がした。

憂「お、お姉ちゃんは……軽音部の人、好き?」

唯「うん! みんな大好きだよ!」

迷いなんて微塵も感じさせない即答だった。
いや、こんな質問に意味がないことぐらい私だって理解している。
お姉ちゃんがそう答えることなんてわかりきっていたことなんだから。

じゃあなんで質問したんだろう?

唯「憂はスキ?」

不意にお姉ちゃんが私に質問を返してきた。
主語が抜けていたが、お姉ちゃんの質問の意味はもちろんわかっていた。
けれども、私は反射的に首を傾げた。

唯「憂はあずにゃんや純ちゃんが好き?」

憂「……」

もとから火照っていた頬がさらに熱くなるのを感じた。
私は――お姉ちゃんからの質問に答えなかった。


答えれなかった。




軽音部のみなさんが来ていたせいですっかり忘れていたが、圧倒的に今晩のおかずの材料が足りなかった。
そのため、私は現在最寄りのスーパーに向かっていた。

まもなく山の中に姿を隠そうとしている太陽をしり目に、私は影を引きずって歩いていた。
一人で道を歩くのは嫌いじゃない。
でも、今日はあまり気が進まない。
なんだか足取りが重い。

 「あら?」

思わず、そんな声が背後から聞こえてきたので足を止めてしまった。 

 「偶然ね、憂。
  もしかして今はスーパーに向かっている最中?」

落ち着いていて静かな声。
それでいて、なぜかよく通る声はお姉ちゃんの次ぐらいには聞き馴染んでいた。

私は振り返った。

振り返った先には赤いアンダーリムの眼鏡をした幼馴染が立っていた。

憂「……のどかちゃ……和さん……」

真鍋和さんは私に歩み寄ると、どこか呆れたように頭を垂れた。

和「……たまには唯におつかいに行ってもらえばいいのに。
  あの子をあんまり甘やかせるのはよくないわよ?」

私はなにも言わなかった。
これは、私が口下手で上手く話せないからではなく、最早お約束と言っていいやりとりであったからだ。

和ちゃん……和さんは私がお姉ちゃんを溺愛していることを知っている。
そして私もそのことを知っているし、何度も注意されてきたことだった。

和「まあ自分からそうしいるんだろうから無理強いはしないけど」

これもいつも通りのやりとりだった。

憂「……今、帰り?」

和「ええ。今日は生徒会の役員会議があって。
  って、言っても大した話し合いじゃなくわ。
  明日の朝礼の連絡事項についてと各フロアの掃除用具の点検について話あっただけだから。
  おかげで今日は比較的早く帰れたわ」

和さんはみんなが認める働き者だ。
お姉ちゃんも和さんをとても頼りにしているし、慕っている。

憂「そう、なんだ。……お疲れさま」

和「そういう憂こそこれからまだやることあるんでしょ?」

憂「うん」

さすがに十年近く付き合いがある和さんとはマシな会話ができる。
もっとも、はたから見たらそんなに違いはないのかもしれないけど。

和「じゃあ引き止めるのも悪いから、私は帰るとするわ」

憂「うん……。バイバイ」

私は和さんと別れてスーパーに向かった。



憂「ふう……」

『二つ』の日記をきっちり書き終えたところで、私は前もって用意していたコーヒーに口をつけた。

時計の時針は十二時あたりを指しているので、少々コーヒーを飲むには遅すぎる時間かもしれない。
コーヒーに含まれているカフェインが眠気の妨げになるという話は誰もが知っている話だ。
もっとも今夜はなかなか眠気が訪れないので、そこまで気にすることもない。


不意にケータイの着信音がけたたましく鳴った。
自分で言うのも変な話なのだけど、私のケータイが鳴るのはかなり珍しい。

基本的に私と同じで私のケータイも無口なのだ。

ケータイを手に取って開くと、見慣れた名前がディスプレイが表示された。

鈴木さんからだった。


――――――――――――――――

From スズキ ジュンさん
件名 ふっふっふ

本文

明日楽しみに待ってなよ(#^.^#)

無口な憂をギャフンと言わせるからね!!


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To:スズキ ジュンさん
Re:ふっふっふ

本文

ぎゃふん


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From:スズキ ジュンさん
Re:ふっふっふ

本文

はやいよ!


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それから数回鈴木さんと他愛のないメールのやりとりをして、私はケータイを閉じた。
最近はメールをする回数も多少は増えたので、打鍵のスピードが多少は速くなった気がする。
もっともメールをしている相手はだいたい同じだし、
最近の女子高生はもっとメールを打つのは速いだろう。

既にお風呂は済ませていたし、やるべきことはすべて終わらせてあったので私はベッドにつくことにした。

眠気はまるで訪れなかったけど、だからと言って夜更かしをするつもりもなかった。
明日もお姉ちゃんや『あの二人』のお弁当を作らなければいけない。

しばらくは先ほど飲んだカフェインののせいで眠ることはできないだろう。
私は真っ暗な天井を見つめた。

眠れない。
それに手足のつま先がなんだか暖かい気がした。

なぜか口元が緩んだ。

あえて私はその理由を知ろうとはしなかった。


その理由を知ったら余計に身体が熱くなって眠れなくなってしまいそうだったから。




結局私が眠りの世界に落ちたのは、ベッドについてから三時間近く経過してからだった。
つまり、ほとんど眠ることができなかった。
それでも日頃の習慣が睡魔に打ち勝って結果としていつも通り、私は食事を用意してそれからお姉ちゃんを起こしに行った。

これもまたいつも通り、私とお姉ちゃんは仲良く二人で登校。

今日は運がいいことに、雨は降らなかった。




純「ふっふっふ、憂。おはよう」

憂「お、おはよう……」


朝、教室に入るといきなり鈴木さんがほとんど息がかかるぐらいにまで顔を寄せて挨拶をしてきた。
私はとっさに身を引いて、一応礼儀として挨拶を返した。

しかし、朝から気色の悪いものを至近距離で魅せられて私の顔色は露骨に白くなった。

純「んん? どうした憂?」

口元を地面を這うネズミのように弛緩させて、鈴木さんは小首を傾げた。

……すげー変わった表情だな。

純「今日は覚悟しておきなさいよ。
  とっておきの中のとってきおきをくらわせてやるんだから」

私には鈴木さんがなんのことを言っているのかわからなかった。
体育の授業種目であるバレーのことだろうか。

少し考えてみたが、すぐに無駄だと気づいて私は他ごとへと思考を移した。

梓「ういー、じゅーん、おはよー……」

普段に比べるとずいぶんと抑揚のない声で、中野さんは教室に入ってきた。

……いつもの雰囲気となんだか違う。

猫のようにくりっとした瞳は眠気のせいなのか半開きになっていた。
私とスズキさんに挨拶をすると、中野さんはそのままスズキさんの隣の席に腰を下ろした。

梓「あーあ、眠いー……」

中野さんはそのまま机の上に突っ伏してしまった。

憂「……どうしたの?」

一応たずねてみた。

梓「……乙女修行してた……」

意味の分からないことを言って、中野さんは人の机にも関わらず寝息を立て始めた。

ようやく違和感の最大の原因がわかった。

彼女の象徴とも言えるツインテールの髪型が今日は、力尽きたようにストレートになっていた。


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最終更新:2012年01月20日 01:06