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四限目が終わり昼休みが始まる。
普段通り、私と中野さんと鈴木さんは集まって昼ごはんを食べることにした。

憂「……どうぞ」

純「おお! かたじけない!」

梓「ありがと」


これまた恒例の二人のためのミニ弁当を差し出すと、二人は嬉しそうに受けとった。

たまたまだが、そこで私は気づいた。

二人が目くばせをしたことに。

純「平沢憂さん!」

突然大きな声をあげたかと思うと、鈴木さんは椅子から立ち上がった。
私は思わず前髪の下で顔をしかめた。

……なんでこう、注目を浴びることをするんだろ?
恥ずかしいからやめてほしい。

しかし、これで終わったわけではなかったみたいだった。

梓「平沢憂さん!」

今日の授業をすべて居眠りでやりすごしてすっかり元気になった中野さんが、鈴木さんと同じように席から立った。

……ていうか授業を全部寝るとか、それこそコイツは猫なのだろうか。

憂「な、なにかな……?」

ビクビクと答えつつも、私は声に避難の色を交えて突然立ち上がった二人に質問した。
二人はニヤリと唇のはじっこを持ち上げた。

なんだろう。
この二人はやることが意味不明すぎてついていけない。

純「ふっふっふ、実は今日は私と梓からプレゼントがあるんですぜ」

梓「いつも憂にはお世話になってるから……私と純であるものを持ってきたんだ」

いつの間にか教室の中にいる人間全員から注目を浴びている気がするが、私は極力気にしないようにした。

憂「……そ、それはありがとう……」

純「礼には及ばんよ」

鈴木さんは妙に低い声で答えた。
二人は背中で両手を組んで直立不動の体勢でいた。

……二人のポーズは、ヘマをして鬼上官から叱責を受けている兵隊さんのように見えた。


「「さあ! 受け取ってください!」」


ババーン!!

そんな感じの効果音がどこからか聞こえた気がした。

鈴木さんと中野さんは二人同時に私の顔面に四角い小包を突きつけた。

「「日頃の感謝の気持ちをこめて作りました!!」」


……もしかしてこれはお弁当?


憂「ええと……」

戸惑う私に説明をくれたのは鈴木さんだった。

純「えっへん! 説明しよう!
  ほら、私と梓っていつも憂にミニ弁当を作ってもらってるじゃん?」

梓「憂がイイって言ってくれたからついついほとんど毎日作ってもらってたけど……。
  やっぱり毎日お弁当を作ってもらうのは悪いでしょ?」

中野さんが説明を引きついだ。

純「そこで私と梓も憂に弁当を作るという日頃のお弁当の感謝をしようと思って……」

梓「今日、ついにそれを決行したのデス!」

二人は自信満々、喜色満面に宣言した。

私は正直に言うと、困ってしまった。

この手のお礼というのはお姉ちゃんからぐらいしかもらったことがないのだ。
なぜか顔に血がのぼって、脂汗がこめかみを滑り落ちた気がした。

……あと、ツッコミどころもあるし。

どうしてお礼に弁当なんだよ。
しかも二人分も渡されたら、性格上まず断ることのできない私はどちらも平らげなければならないではないか。

太るじゃん!

私はどういうカオをしたらいいのかわからなくて、俯いてしまった。
いささか標準より長いスカートの裾をつかむ手のひらはやっぱり汗ばんでいた。

純「まあまあ。
  シャイで素直じゃない憂が恥ずかしがっちゃうことは、計算済みだから安心して」

鈴木さんは私の右肩にポンと手を置いた。

憂「そ、その……」

確かに私は恥ずかしがり屋だし、根暗だから鈴木さんの考えは正しいのだけど。
なんだかそうやって面と言われると、一矢報いてやりたくなる。

私は歯を食いしばって、手の甲が真っ白になってしまうぐらいに力を入れて顔をあげた。
鈴木さんと中野さんをにらむかのように見つめる。

正直人と視線を合わせるのは極端に苦手だ。
その証拠に目の奥が急速に痛くなって、鼻の奥が玉ねぎをみじん切りにしたかのようにツンとした。
歯を食いしばっていないと、目をあけることも難しかった。

それでも私は二人をにらむかのように見つめた。

そして息を思いっきり吸い込んだ。

こういうとき、なんて言えばいいのかは私でもわかる。

憂「ありがとう!!」

妙に掠れていたが、私の喉から出たのは自分でも信じられないほどの大声だった。

大きな声というのはどうやったら出るんだろう、と私は割と真剣に考えたことがある。

これはたぶん私の人生の中で一番大きな疑問ではないだろうか。

大声でゲラゲラ笑っている人を見たりしたり、テレビの画面の中で大きな声で歌っている
歌手を見たりする度にそれが気になって仕方がなかった。

自分には到底できることではない……いや、たぶん生きているうちに大きな声を私が出すことなんてないのではないか。

真剣にそう思っていた。

これまでは。

純「……」

梓「……」

二人が本気で唖然としていた。

道端の野良ネコが突然話し出したりしたって、こんな顔はしないだろう……。
そんなことを思うぐらい二人の顔は驚きに凍り付いていた。

あと少しで目が零れ落ちてしまうかもしれなかった。

梓「ええと……どういたしまして」

先に我に返った中野さんがそう言った。

純「いや、いくら嬉しいからってそんな大きな声で言わなくても……ていうか」

そこで鈴木さんは言葉を切った。
私の顔を困ったように、けれどもどこかおかしそうに眺めた。

純「そんな泣きそうな顔しないでよ」

一瞬、なにを言われたのか分からなかった。
ただそう指摘されてひとつ気づいたことがあった。

どうも視界が滲んで、二人の顔がぼやけて見えるのだ。

憂「あれ……?」

私本人は二人をにらみつけているぐらいのつもりでいたのに。

どうやら極度の緊張でいつの間にか目じりには涙が浮いているらしかった。

純「まあ、とにかくこれ食え」

容疑者にカツ丼を差し出す刑事さながら、鈴木さんは私にお弁当を手渡した。

憂「う、うん……でも……」

そこで素直に弁当を開けて食べればよかったのだけど、泣き顔を見られたことに対する恥ずかしさが、私に素直な態度をとらせなかった。
とっさに言い訳が口をついた。

憂「わ、私、自分のお弁当……あるから……」

この先からなんと言えばわからなかった。
食べたくない、遠慮する、自分で食べて……浮かんでは消えていく台詞のどれを言おうか。

しかし、私が続きの言葉を発する必要はなくなった。

梓「あ、憂のお弁当なら私が全部食べておいたから大丈夫だよ」

しれっと中野さんが言った。……おい、ちょっと待って。

カバンの中を確認する。

な、ない……私が作った弁当が、ない!

梓「これで食べ過ぎ、なんてことはないでしょ?」

中野さんは得意げに笑ってみせた。

……これってイジメじゃないですかね?

純「さて、これで憂は私たちの弁当を食べざるをえなくなったね」

梓「さあ、召し上がれ召し上がれ」

……明日の弁当はシュウマイの予定だったけど、コイツらのは辛子を中に大量投入しといてやる。

まあ、どちらにしよう二人からのお礼はきちんと受け取るつもりだったので、私はあきらめたフリをして弁当の包みを広げた。

なぜだか胸の鼓動が速くなっていく気がした。
……気のせい、風のせい。

たぶん、この二人の作った弁当というのが気になるだけだ。

私はそう言い聞かせて、素早くお弁当のふたを開けた。

最初に開けたのは、鈴木さんのほうの弁当箱だった。


憂「……」

開いた弁当はこれと言ってコメントが浮かばないぐらいに普通で、私は胸を撫で下ろした。
もしこれでとんでもないゲテモノ弁当が出たらどうしようかと思っていたからだ。

ただ、弁当箱の中身の半分が2分の1サイズに切られたバナナで埋めてあるのは、少々どうかと思う。

純「どうよ、私の弁当は?」

憂「……まだ、食べてないよ?」

純「憂ほどの料理家だったら食べなくてもおいしいってわかるでしょ?」

憂「……」

そんなわけあるか。
だいたい見た目で味が判断できるなら、舌は料理人の命だなんて格言が存在するか。

ていうか、おいしいのは決定事項みたいに言うけど……ねえ?

梓「純のお弁当だけじゃなくて、私の弁当も見てよ」

私と鈴木さんのやりとりに中野さんが割って入った。

……なぜだろう。あまり気が進まない。

梓「は、や、く」

憂「は、はい……」

二つ目の包み。
鈴木さんのものより一回り大きいそれを開いた。

憂「……」

弁当を開けた瞬間と同時に顔をしかめてしまった。
鼻につく焦げくさいにおい。
この時点で明らかに「やらかしてしまっている」ことがわかった。

梓「ど、どうかな?」

緊張した面持ち、というより単純に自分の料理の下手さから表情を固くした中野さんが私に尋ねた。
さっきまでの自信満々の顔はどうやら勢いにまかせたヤケクソだったらしい。

憂「……」

正直言って、コレは食べたくない。

ほぼ黒く塗り潰された食材たちが蹂躙する弁当箱。
異臭ただようお昼ご飯。

梓「……憂?」

それでも鈴木さんも中野さんも私のためにお弁当を作ってくれた。

それを無下にするのはいくらなんでも……ねえ?

憂「中野さん」

梓「……うん」

私は言った。

普段より眉尻の下がった中野さんの顔を見て。
ちょっと緊張した面持ちの鈴木さんの顔を見て。


憂「いただきます」




胸やけに近い不快感に悩まされながら、私は職員室へ続く廊下を歩いていた。

どうやら二つのお弁当は思いのほか、負担になってしまったらしい。
お昼を終えてからというものの、あまり体調が優れないのだ。

憂「……」

まあ、体調が優れない本当の理由はべつにある気がしないでもなかった。

お腹をさすりながら職員室の扉のとってに手をかける。
教師がたくさんいる職員室というのは、正直あまり行きたい場所ではない。
ていうか、行きたくない。

では、なぜ私がこの教師の魔窟に来ているのかと言えば、それは簡単な話で呼び出されたからにほかならない。

呼び出し……少なくとも私自身に呼び出しを食らう原因が悪いことであるとは思えない。
悪いことなんて実際にしてないわけだし。

しかし、イヤな予感がした。

なにかイヤなことを……私がイヤと思うことが起こるような気がする。




憂「……しちゅれいします……」

『失礼します』を噛んでしまった。

しかし、幸いなことに私の声が少女小さかったのか、誰もこちらを見なかった。
もちろん、職員室だから教師はたくさんいるのだけど。
先生と交流することなんてほとんどないし、そもそもする気もないけれど意外と私は先生から話しかけられる。

たとえばテスト後とか。
あるいは、スポーツテストや体育のあととか。
部活の勧誘やら模試を受けないかどうかとか。

一回、テニス部の勧誘をその部の顧問から受けて、なにも返事ができすにいたらいつのまにか参加していたなんてことがあった。
しかも中学時代、テニス部に入っていたせいで私は華麗なストロークやらボレーやらを披露してしまい断るのには苦労した。

一瞬、その顧問がいるのではないかと身構えたが、この時間帯は部活に顔を出していることを思い出して警戒を解いた。


 「平沢さん?」

……ふと、そんな声が聞こえて振り返ると山中さわ子先生がいた。
思わず飛びのきそうになるのを堪えて、私は挨拶をした。

憂「こ、こんにちは……」

さわ子「わざわざ呼び出してごめんなさいね。……っと、ここだと邪魔になるから移動しましょ」

そう言って山中先生は自分の席へと移動し、私もそれについていった。
……そういえば、私は山中先生に呼ばれたんだったな。
職員室に至るまでの憂鬱さですっかり忘れていた。

さわ子「これ、明日の一限の音楽の授業で使うプリントなんだけど……」

言いつつ、山中先生は私に大量のプリントを手渡した。

さわ子「これを明日までに配っておいてほしいの。明日の授業で使うから、おねがいね」

山中先生はおしとやかで美人な先生で生徒からの人気も高い。
私はこれと言って先生に対して思っていることはないが、優しい先生だということで嫌ってはいない。

もっとも、お姉ちゃんの話によると優しいだけの先生でもないみたい。
過去にクリスマス会をやったときも、山中先生はいつのまにか我が家に侵入して一緒にクリスマス会を満喫したらしい。
けれども山中先生ほどの美人さんが、クリスマスイヴにデートもしないで生徒と過ごすなんて……。
案外、寂しい人なのかもしれない。
ちなみに私はそのクリスマス会のときは準備だけ手伝って、マン喫に逃げた。

……ある意味、私が一番寂しい人か。

 「あれ? 憂ちゃんじゃん」

またもや聞き覚えのある声。
しかし、今度はやや距離 があるところか、つまり遠いところか声が聞こえた。

さわ子「りっちゃ……田井中さん。職員室で大きい声を出してはダメでしょ?」

ようやくその声のデカイ人が田井中先輩であることを思い出した。
一方で山中先生は、あっという間に机まで来ていた田井中先輩を注意していた。

律「よっ、憂ちゃん元気?」

田井中先輩は気さくに私に話しかけてきた。
なんとなくだが鈴木さんに似ているものを感じたが、それは少々先輩に失礼というものだろう。
田井中先輩のおでこの眩しさの前では、鈴木さんのモップはかすむどころか見えないだろう。

……なんだろう。
日頃から悪態ばかりついているせいか、ついつい褒めようとしている人もけなしているような気がする。

憂「えっと……ぼちぼちです」

律「そいつはなにより!」

相変わらずテンションの高い人だ。

そういえば、お姉ちゃんは田井中先輩とは気が合うそうだが、なるほどわからなくもない。

……と、そんなことをてきとーに考えながらそれとなくこの場から退散しようとした私に、

律「あ、今憂ちゃんヒマ?」

田井中先輩が私とは真反対の笑顔で尋ねてきた。

再びイヤな予感!


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最終更新:2012年01月20日 01:11