【犬と猫】


猫みたいだ、とよく言われる。

ツリ目だから。
体が小さいから。
からかわれると、すぐムキになるから。

言われ慣れた今となっては、ふーん、てなもんである。
クラスメートたちが話しかけてきたとき、私は眠かった。

机にうつぶせになったまま
「よく言われる」
と返すと、そのうちの一人が
「あ、猫が気のないときに、尻尾だけ振る感じ」
と笑った。

先生が入って来たので、クラスメートたちは、集まっていた机から席に戻った。
私はもそもそと教科書を出した。

「では今日は枕草紙の続きです」

先生の声を聞きながら、思う。

(私が猫なら、先輩方はなんだろ…)

唯先輩は、ハムスターっぽい。
口いっぱいに物を詰め込む系。

澪先輩は、色っぽいから黒ヒョウかな。
でもこわがりな黒ヒョウはおかしいな。
色が全然変わるけど白鳥とか近いかも。

律先輩は、なんだろう。
カチューシャの印象が強すぎて想像しづらいな。とりあえずサルかな。

(ムギ先輩は…)

一つのイメージがぽん! と思い浮かんだ。
うん、間違いない。
ムギ先輩はこれしかない。

ゴールデンレトリバー。
の、子犬

ふわふわな毛に、やや離れて下がり気味の眉。
好奇心旺盛なところ。
どれをとってもムギ先輩にピッタリだ。

私は自分の想像力に満足した。
先輩方に伝えたら、どんな顔をするだろうか?

ムギ先輩は子犬みたいにほっぺたをゆるめて、キラキラした目をするだろうか。
でも律先輩がちょっとめんどくさそうだ…。

「なんで私がサルなんだ!? キー!
キレ方がサルっぽい、ってやかましいわー!!」
「まぁまぁ律、落ち着けよ」

放課後のいつものお茶の時間、話してみたら、案の定、律先輩を怒らせてしまった。
なだめる澪先輩は苦笑している。

「私のドラムはサルのオモチャよりずっと上手いからな!」
「あっ、言われたらそれっぽいかも、やってみてりっちゃん!」

唯先輩の提案に、律先輩はあっという間に、私に詰め寄るのを忘れてサルのオモチャの真似に夢中になる。
『ウッキー!』って唯先輩と二人でポーズを取って、笑い転げている。

私が呆れていると、いつのまにかムギ先輩が、ソファの隣ににじり寄ってきていた。

ももいろのほっぺた。
キラキラする瞳は、上目づかい。

言いたいことがあります! と全身で告げているムギ先輩に、尻尾が見える気がした。

(やっぱり、ふわふわの子犬だ)

「なんですか先輩」

尋ねる私の手取って、ムギ先輩はギュッと握った。

「梓ちゃん、わたしうれしい!」

先輩の目がまっすぐに私を見る。

「わたし、ゴールデンレトリバー大好きなの!
かわいくって、おりこうさんでしょう?
同じに見てくれるなんて、こそばゆいけど、すごくうれしいの!」

あぁ、ムギ先輩に尻尾が生えてたら、ふさふさで、
今まさに左右にぶんぶん振られているんだろうな。

私はまばたきした。
尻尾が見えたからじゃない。
目がちかちかしたみたいになったからだ。

ムギ先輩が、私に顔をが近づけていた。

「梓ちゃんは、犬好き?」

先輩が私の顔をのぞき込む。目がキラキラしている。

この、行動の予想外な感じ。
それもちょっと子犬っぽい。

って、分析してる場合じゃないかも。
先輩、ちょっと顔近すぎます。

体を傾けて逃げる私に、歌うように先輩が尋ねる。

「かわいいと思う?」

先輩が首をかしげる。
髪の毛が揺れてさらりと鳴った。

「はい…」

くりくり動いて、ふわふわで、瞳を潤ませた、

(ムギ先輩)

とてもかわいい。

「うれしい!」

がばっ、とムギ先輩が私に抱き着いてきた。
支えきれなくて私はソファに倒れる。

「んにゃっ!」

くすぐったい! 首が!

「ムギ先輩!?」

ムギ先輩が、私の首をなめている!
くすぐったくてつま先がぶるぶるした。

引きはがそうと、先輩の肩を掴んだ。
でも馬乗りになられているからうまくいかない。
先輩はさらにわたしの頬を舐めた。

「せんぱ…!」

身をよじっても追いかけてくる。
ペロペロどころじゃない、かなりアグレッシブだ。
まるで本当に、興奮した犬みたいだ!

「先輩、正気に戻ってください!」

どうにかしようと先輩の腰に回った私の手の甲、ふんすふんすと何かが当たる。

「え…」

私は手を伸ばし、それを、握った。先輩の動きがぴたりと止まった。

(これって)

先輩はおずおずと私を見上げて、一言言った。

「きゃうん…」


「!!!!」
気付くと、目の前いっぱいに古典の教科書が広がっていた。

「あ、起きた…」

憂の声がする。周りの空気がざわざわしている。
授業が終わっているのだ。

(夢…?)

「梓ちゃん、大丈夫?」

なんて夢だ!
私はもう一回目を閉じた。

(恥ずかしい…!)

「どうしたの梓ちゃん」

お昼食べよ、と誘う憂。

私はまだ体を起こせない。

憂には言えない。

ムギ先輩の頭に、ちょこんと三角の耳が生えていたこと。

掴んだ尻尾が、とてもふさふさしてたこと。

「なんでですかぁああああっっ!!?」
「私が聞きたいよ、梓ちゃん……」




※続きかけたらまた来ます。
 (遅いので忘れた頃になると思います)

むぎむぎきゅんきゅん!



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最終更新:2012年02月01日 23:05