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冬休みが終わり大学寮に戻ってきた、余計な土産を持って。
いわゆる『正月太り』というやつだ。
否定したいけれど、体重計は嘘をつかない。
そういうわけで、最近は歩く姿勢を見直している。
コンビニへ行くとき、本屋へ行くとき。
そして、講義の時間が重なった幼馴染と歩くとき。
「みおー、ちょっと歩くの速くないか?」
「そうかな? いつも通りだぞ、律」
とは言ってみたけれど、
いつもより速くなっていることは否定できそうにない。
太陽が出ているものの、気温は低い。
建物の影になっていた場所は凍結しているようで、鈍い光を発している。
あまり力を入れないよう、慎重に脚を運んだ。
「お、スピード戻ったな」
「まだ凍ってるから、気をつけないとな」
「そうそう、澪しゃんは転ぶとき私を巻き添えにするからなー」
「あ、あれは……たまたま律がそばにいたから。根に持ってる?」
「うんにゃ、全然。――次はちゃんと支えるからさ」
日差しのような笑みを受けながら、いつも通りに歩みを進める。
大学に入ってから、律と一緒に歩くことは少なくなった。
所属している学部が違うせいもあるし、交友関係の広がりも関係している。
今までは律にべったりだった、それは否めない。
高校時代からそのことは気にしていたけれど。
私も変わらないとな――。
そういう思いは無意識下にずっとあった。
表面化したのは、大学生という身分を得てからだろう。
なにしろ自由だ、高校みたいに決められた授業というものがない。
講義の取り方によっては昼過ぎまで寝ていてもいい。
早い人は三回生の前期で単位を取り終え、
必修のゼミやサークル以外は大学に来ないらしい。
律が講義をたくさん受けているのも、それを狙ってのことだろう。
ともかく、私は自分の早さで進んで行こうと思う。
「そういえば幸と菖は?」とたずねると。
「ん、先に行ったらしいぞ」という返事が返ってきた。
寮から大学は近い。
代わり映えのしない風景を横目に、律と並んで歩く。
考え事をしていると、あっという間にキャンパスに着いた。
守衛のおじさんに軽く会釈し、キャンパスに踏み入る。
メインストリート脇には枯れた木が等間隔に植えられていて、
白い雪が枝をうっすらと飾り立てている。
「澪、見てみろよ。ええと……アレだ!」
「なにが『アレ』なんだ?」
「えっと……『枯れ木もなんとかの賑わい』だよ!」
律にしては詩的だなと思いつつ、もう少し悩ませておくことにした。
今は枯れてしまっているが、秋には見事な紅葉を見せていた。
イチョウの黄色や、カエデの赤。
大学の建物は白いし、道は灰色だ。
その中で原色の木々はひと際目立っていた。
ふと思い出し、「紅葉きれいだったな……」という言葉が漏れる。
「思い出した! 『枯れ木も山の賑わい』だ」
「そうだな、律にしてはいいこと言うじゃないか」
「へいへい、わたしはどうせガサツですよーだ」
ガサツに見えて繊細な部分もある。
そんな部分もまた魅力なんだろう。
二人並んで灰色がかったキャンパスを歩む。
ときどきすれ違う人にぶつからないように。
しばらく歩いたのち、講堂の前に到着した。
「じゃあ澪、あとでなー」
「真面目に講義受けるんだぞ、律」
「わーかってるって。単位全部取ってやるからな」
律は背中を向けて私から遠ざかり、「じゃあな」と手を振ってみせる。
そして小走りになって、あっという間に視界の外へと消えた。
「――さて、どこにいるかな」
ドアを開けて講堂に入り、よく見知った姿を探し始める。
ふわっとしたロングヘアーに切りそろえられた前髪。
栗色がかった茶髪、そして高い身長。
講堂の階段を上りながら視線を左右に動かす。
しばらくうろうろして、窓側の列で彼女を見つけた。
「さち、おはよう」と、いつも通りのあいさつをする。
「……おはよう、澪」
「あれ? 寝不足?」
「そうじゃないけど……、いつも通り、かな」
彼女の名前は『林幸』という。
私は最初、『林さん』と呼んでいたけれど、
あるきっかけから『幸』と、下の名前で呼ぶことになった。
というより、呼ぶことにした。
「眠いって訳じゃ……ないんだけど」
睡眠時間に関係なく、彼女はいつもこんな口調だ。
幸の隣に腰を下ろし講義の準備を始める。
バッグからテキストやノート、
その他諸々を取り出す。
手を動かしながら、「この講義終わったら学食行かないか?」と尋ねる。
「うん……、行こっか」と、二つ返事で答えてくれた。
「律も一緒に来るし、あやめもたぶん一緒だよ」
「そっか、菖もいるんだ……」
幸は表情に乏しいけれど、口元がわずかにゆるんでいることが確認出来た。
私と幸は『似たもの同士かな』と、心の中で密かに思っている。
使用楽器は共にベース、髪はロングで、どちらかというと引っ込み思案。
身長は私が160センチ、平均より少し高い。
ちなみに律は154センチ。
そして幸は168~9センチといったところだ。
彼女はそれをコンプレックスと思っているけれど。
そして、胸部の膨らみも人並み以上。
それはあまり気にしていないらしい。
「講義は午前中で終わっちゃうから暇なんだよなあ。幸、どうする?」
「どうって……あんまり考えてな――、教授来たよ」
幸は40歳過ぎであろう男性教授を見て、講義の準備を始めた。
私も準備を整え、90分に渡る講義に備える。
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キャンパスにはまだ雪が残っていて、灰色と白に染められている。
大勢の学生を横目に、学食へ行く道すがら。
「疲れたなー、幸」
「そうだね、やっぱり90分は長いと思う」
「そうだな、高校までは50分だったもんな」
「うん、でも慣れてきたかも」
「そう、何事も慣れだよな。律のドラムも走り気味だけど、ついていけるし」
「……自然に出て来たね、その話」
「ち、違うぞ! 今のは音楽の話で、別に律じゃなくて、その――」
幸の笑顔は、『別に否定しなくても』と語っているみたいだ。
「い、急ぐぞ! この時間帯は学食混むからな」
歩幅を広く、足早にキャンパスを進む。
幸も悠々とついて来て、賑わっている学食に踏み入った。
いつも通り学食は賑わっていた。
食事を乗せたトレーを持ちつつ席を探す。
出来れば律と菖の姿を確認したい。
当ても無く探していると。
「澪ちゃーん、さちー。こっちだよ」という声が聞こえた。
声の主は菖で、律も向かいの席にいる。
「先客ありだな、菖。律もついでに」
「おー、澪ちゃん。幸も久しぶり、って朝も会ったけど」
「なにおぅ! 澪、『ついでに』なんて。私たちの仲だろ?」
菖と律は、すでに食事に手を付けている。
受講した講堂と学食が近いからだろう。
私は律の、幸は菖の隣にそれぞれ座った。
「幸、今日のはあっさりしてるな」
「そうだね……、カロリー低目にしてみた」
「聞けよぅ!」と律の声。
無視するのも気が悪いと思い。
「律、後期もレポートたくさんあるんだろ?」
「う、うん」
「だったら、私も手伝うぞ」
言い終わるや否や律の表情が晴れて。
「ありがとうな、澪!」
と、感嘆符つきの返事をくれた。
食事を終えようとしたとき。
「ねえねえ、幸、澪ちゃん。このあと用事ある?」
と、菖が身を乗り出し。
私は「何もないけど」と答えて、幸は首を横に振った。
「じゃあさ、今から服買いに行かない? 冬物バーゲンやってるしさ!」
「私はいいけど、律は……」と、ちらりと目線を送る。
「いいよ、澪。三人で行ってこい。それにさ――」
私が聞き返そうとしたところに、律が。
「前に、『可愛い服着るぞ』って言ってたから、ちょうどいいだろ?」
「う、うん。出来れば律も一緒がよかったんだけど」
律はこの曜日、午後からの講義もとっている。
流石に自主休講をすすめるつもりはない。
「私もりっちゃん誘いたかったんだけど――講義あるからしょうがないよね」
菖のフォローが入り、みんなの同意をとる。
そうして、私と幸と菖は買い物。
律は講義という予定になった。
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菖に連れられ、服屋さん――もといセレクトショップにやってきた。
二階建てのビルを丸々占拠していて、
通りに面した箇所はガラス張りになっている。
一階はメンズのフロアなので、私たちは二階へと階段を進んだ。
服屋といえば個人経営、もしくはお手頃のチェーン店という先入観がある。
今いる店は全国チェーンだがお手頃ではなく、むしろ高い傾向らしい。
しかし今はバーゲンの時期。
タグには五割引きから七割引きされた値段のシールが貼られている。
「似合う! 似合うよ澪ちゃん。私のコーディネートも捨てた物じゃないね」
「そ、そうかな……。ちょっと恥ずかしい、かも」
試着室から出てきた私に、菖が歓声を送り。
幸は柔らかな表情を浮かべた。
髪をサイドでまとめ。
デニム地のホットパンツを履き、脚を八割方露出している。
そのままでは寒いので、黒のタイツで脚をカバー。
淡いピンクのTシャツを着て、その上に水色の袖なしパーカーを羽織った。
「澪、似合ってる……」
幸の感想もあってか、私も上機嫌になった。
あとの心配は値段だけ。
「えっと、いくらかな?」
とりあえず試着を終え、服のタグを確認する。
軒並み五割から七割引きなので、財布のダメージも許容範囲だ。
「しかし安くなってるな……、元値は結構するけど。菖、なんでだろ?」
「まあ、冬バーゲンも終盤だし。売れ残るよりはマシ、ってところかな。
それにね――、サイズが大きいから残ってる可能性も高いし」
「あ……そうか。私大きいから――」
私の返答に、菖と幸の表情が曇った気がした。
けれど、「二人ともスタイルいいよ! 気にすることないって」
と言う菖のフォローが入り、続けて。
「私を見なよ。背は低いし、ぺったんこだし。
コンプレックスは人それぞれだけど、私はそこまで気にしてない。
小さいからバーゲンの売れ残りもゲット出来るし、活用しないと」
幸の表情が和らぎ、いつもより芯のある声で。
「……そうだね、私も菖も平均から外れてるけど。
頑張ってみるよ。ありがと」
やっぱり確信した。
私と律、幸と菖。この組み合わせは似ているということを。
有り体に言えば『凸凹コンビ』。
そして、本質的なところは通じているのかなと一人納得した。
最終更新:2012年02月03日 23:32