憂「圏外なのにメールで連絡をとれるはずがありません。では、どうやって連絡をとったのか。そして、何故嘘をついたのか」
律「あのぉー憂しゃん。そりゃ確かに私はムギとグルになって澪を驚かそうとしたけど、あの紙は全く……」
憂「あぁもうそれも私が言いたかったのに!」
全てわかってますよ感を出したかったのに、途中で自白が入ると複雑な気分になる。
憂「そうです、律さんは紬さんと一緒に澪さんを驚かす計画を立てていたのです」
澪「おい、律ぅ?」
律「ご、ごめんって」
外野の声は気にしない。
憂「その計画ではおそらく、律さんが姿をくらまし、紬さんが不安を煽るという形だったんでしょう。そして、姿を隠している間も連絡を取るために、トランシーバーか何かを用意していた。」
律「おっしゃるとおり」
唯「でもりっちゃんはここにいるよ?」
お姉ちゃんの合いの手はばっちりだ。
憂「そう、この計画は紬さんによって変更されたんです。紬さん自身が身を隠し、律さんまでをも不安がらせるというように」
みんな納得したようなしてないような顔をしている。またもや和さんが口を開く。
和「確かにその可能性もあるけれど、もし違ったらムギが危ないんじゃない?」
透「そうだね、どっちにしろみんなで捜したほうが……」
憂「ですから、その必要はありません」
和「憂、あんたね……」
和さんが呆れたような目をしている。しかし私が次に発した言葉により、その目は色を変えるはずだ。
憂「紬さんの居場所は、その手紙に書いてあるんです。暗号として」
唯「あんごー?」
憂「そう。みなさん、その紙の二文字目を、縦に読んでみてください」
私の言葉に、律さんが持つ紙をみんなが覗き込んだ。
コワイ
アイテハ
シンデ
ナグルモ
アラタナ
透「ワ・イ・ン・グ・ラ、――ワイン蔵か!」
憂「そうです。透さん、このペンションにあるワイン蔵へ案内してください」
透「あ、あぁ。そこの地下室に続く階段からいけるよ。けど、鍵がかかってるはずだ」
憂「鍵がかかってるから入れない。それは、ここが見知らぬペンションならそうかもしれませんね」
真理「もしかして紬ちゃん……」
真理さんは気付いたようだ。他にも何人かがはっとした表情を浮かべている。
憂「ここは琴吹グループのペンションです。ならば、紬さんは地下室へ向かう鍵を、管理人室から、あるいは事前に合い鍵を、手に入れることはできるはずです」
「ご名答よ」
談話室の集まりの外から聞こえた。声のしたほうを向くと、おそらく地下室へ続くのであろうドアから、紬さんが姿を現していた。
紬「一応トランシーバーを取りに戻ろうとしたら、憂ちゃんが推理を展開してたもんだからドアの向こうで聞いてたの。さすが憂ちゃんの洞察力はすごいわね」
律「ムギ、心配させるようなことするなよー」
律さんがほっとした様子で声をかけた。
紬「あら、最初に澪ちゃんに心配させようとしたのは誰だったかしら?」
律「そりゃまぁ、その、悪かったけど」
澪「全く……ま、ムギが無事でなによりだ」
これにて一件落着、というやつだ。ただ、せっかく考えたイタズラ計画を、勝手な判断で無駄にしてしまったのは申し訳ない気もする。
その点を一応謝ろうかと思い紬さんのほうを見ると、逆にあちらが口を開いた。
紬「それにしても憂ちゃんすごいわ。まるで探偵さんみたい」
私が、探偵……?
律「確かにな。私がメール云々言ったのが嘘だって気付けるあたり、してやられた感じだ」
澪「暗号をさらっと読み取っちゃうあたりもすごいよ、私は紙を見るのも嫌だったのに」
梓「澪先輩は怖がりですからね。でも私だって多少怖かったのに、憂は落ち着いてた」
和「ムギの計画は狂ったみたいだけど、いいもの見せてもらったわ」
真理「そうね、透なんかよりよっぽど頭が冴えてるんじゃない?」
透「そこで僕を引き合いに出さないでよ。でも、そうかもしれない」
みんなが口々に私を褒める。なんだか、本当に探偵としての素質がある気すらしてきてしまう。
だが、肝心のお姉ちゃんがまだ何も言ってくれてないのが気になった。
憂「あの、お、お姉ちゃんはどう思う……かな?」
お姉ちゃんははっとした様子で、目を輝かせてこう言った。
唯「すごいよ憂!憂にこんな才能があるなんて知らなかった!ねぇ、帰ったら私を助手として雇ってください!」
じょ、助手!?
紬「憂ちゃんが探偵事務所を開設するのなら、私も資金援助させてもらうわ」
私が、お姉ちゃんを助手にして、探偵になる……。
なんとも楽しそうな話じゃないか!
憂「やってやるです!」
梓「よく言った憂、やっちまえー」
それからシュプールの中は、私の開業決心を祝う宴会場となり、朝まで飲めや歌えやの騒ぎとなった。
シュプールから帰ったら、私の新しい人生が始まる。それはまた、別のお話…………。
完 ~大団円~
憂「だめだよ憂ぃ、こんなところでぇ」
憂「何言ってるのお姉ちゃん、奴の目を欺くためにカップルのふりしなきゃいけないんだから」
憂「そ、そりゃ尾行中は自然に振る舞わなきゃいけないけど」
憂「だからお姉ちゃん、目を閉じて……」
憂「う、うん。優しくしてね……」
憂「お姉ちゃん……」
唯「うーいー、たっだいまー!」
慌ててヘアピンを外して後ろ髪を結う。
憂「お、おかえりお姉ちゃん!」
どうやら気付かれずに済んだようだ。
4ヶ月前、シュプールで紬さんの産み出した謎を解いた私は、みんなの勧めるがままに探偵事務所を開いた。現役美少女女子高生が探偵をやっているということでテレビで取り上げられたりもし、依頼者はわりと来たほうだと自負している。だが――
唯「あのさー憂、自分で自分を美少女って言うのはどうなのかな。あ、いやもちろん憂がかわいいのは間違いじゃないんだけど」
憂「もうっ、私の心の声を読まないでよ。カギカッコに囲まれてないイコール発声していないなんだから、お姉ちゃんにはわからないはずなの!」
唯「あはは、ごめんごめん」
ここで少し思考を巡らす。もしお姉ちゃんが私の心を読めるなら、冒頭の一人芝居もお姉ちゃんにはばれているのだろうか。いやそんなまさか――
唯「私は何も聞いてないし知らないから安心していいよ」
なるほど、なら安心だ。これ以上は気にしないようにしよう。
唯「ところで憂、またお客さんが来てるんだけど……」
そうだ話が逸れてしまったが、依頼者はこうやって来るものの、未だに一件も解決したことがないのだ。……この言い方は誤解を招くので言い直すと、一件もまともに取り合ったことがないのだ。
憂「どんな依頼?おもしろそう?」
唯「んーとね、彼女が浮気してるんじゃないかってことでその調査を……」
憂「却下。つまらなさそう」
私のもとに来る依頼は、こういった浮気調査や、迷子犬探しなどばかりなのだ。私は、もっと深い謎を、スリル満点の中で、解決したいのだ。
唯「シュプールでも特にスリルなんてなかったけどね」
もう突っ込まないよ、お姉ちゃん。
唯「というか依頼を最後まで聞いてよ、まだ全然本題じゃないんだから。不謹慎だけど、スリリングでサスペンスなミステリアスな事件の匂いもするよ」
憂「そこまで言うなら……続きを話して」
唯「えとね、依頼者さんが浮気調査を自分でしようとしたらしいの。その過程であるとき彼女の家を訪れると、鍵が空いてたんだって」
それで浮気の現場に出くわした、とでも言うのだろうか。
唯「そうじゃなくて、彼女の姿がなかったんだって。不思議に思いながらも、また鍵開けっぱで留守にするのは悪いから帰りを待ってたら、いつの間にか家が火事になってたんだって!」
火事?誰もいないはずの家から?
唯「ミステリアスな雰囲気でてきた?あとは依頼者さん本人から聞いてね」
憂「わかったよ、遅くなっちゃったけど通してあげて」
唯「は~い」
良い返事の手本のような返事をし、お姉ちゃんは部屋を出ていった。
お姉ちゃんが帰ってくるまで、さっき聞いた話を思い返す。火事の原因として真っ先に思い付いたのは、浮気相手による放火だ。浮気相手が依頼者のことを知り、彼女を恨んだというわけだ。
唯「どうぞ、こちらです」
お姉ちゃんがドアを開けた。その向こうからお姉ちゃんに案内されて入ってきたのは、なんとも体格が良く、顎髭も雄々しい、熊のような男の人だった。
「初めまして、ミキモトです」
そう言って渡された名刺には、美樹本洋介、と書かれていた。フリーのカメラマンらしい。そして今更だが、私の手元に返す名刺がないことを後悔した。
美樹本「女子高生探偵の君を選んだのは、僕の彼女と歳が近いし同性だから、写真を見せることに抵抗が少ないからなんだ」
憂「写真ですか?」
美樹本「そう。助手の子から話は聞いたと思うけど、彼女の家に無断で入っちゃってね。そこで何か浮気の証拠はないかと写真を撮ってきたんだ。今は火事の原因の手がかりはないか、って目で見るようになったけど」
彼女の部屋とはいえ、無断で人の部屋を撮影するのはあまり感心できなかった。
美樹本「この火事があってから、彼女は僕が放火したと疑って聞かなくてね。でも当然僕はやっていない。だから、火事の原因を、そして放火なら放火犯を、君に突き止めてもらいたいんだ」
美樹本さんはそう言うと、机の上に写真を数枚広げた。
憂「とりあえず、それぞれの写真について、間取りや用途と合わせて教えてください」
美樹本「オーケー。じゃあまず玄関から――」
美樹本さんの話を要約すると、写真の説明はそれぞれこうなる。
1、玄関
家の北側に位置する。
かわいいパンプスやブーツがいくつか並ぶ。男物の靴は美樹本さんのもの以外ない。
靴箱の上にはずらりとぬいぐるみが整列させられており、大事にされているのが伝わる。
2、寝室
家の北東側に位置する。
少し梯子を登るタイプのシングルベッドが一つ置いてあり、その下は収納スペースとなっているが、何が入っているのかまではわからない。
ベッドサイドにはすっきりとしたテーブルと座布団が備えられ、暗くしてからも手元だけを照らす電気スタンドが置いてある。
3、客間
家の南東側に位置する。
客間と美樹本さんは紹介したが、床に新聞紙が散らばっているなど、ただの生活スペースに見える。
窓際に無造作に鎮座する金魚鉢には金魚が一匹泳いでおり、その目線の先、部屋の側面には引き出しのぴったり閉じたタンスがあった。
4、リビング
家の南および南西部を占める。
大きな薄型テレビの正面にソファーがあり、普段ここでくつろいでいる様が想像できる。
ソファーの後ろに据え置かれた食卓には、各種調味料や金魚の餌がきれいに揃っていた。
美樹本「次は、見てわかるだろうけどキッチンの写真――」
憂「もう充分です。」
えっ、という顔でお姉ちゃんと美樹本さんが私を見る。
美樹本「もう火事の原因がわかったのかい?」
憂「えぇ。火事の原因は、これです」
そう言いながら、勿体振りつつ、私は一つの写真を指差した。
唯「客間、だね」
美樹本「これがいったいなんなんだ?」
憂「その写真一枚では判断しかねました。ですが、他の写真と合わせて考えると、一つの答えが導き出されるのです」
美樹本「となると、君がもう充分と言ったタイミングからして、リビングか」
私は、少し迷った末に頷き、続ける。
憂「リビングは特に重要です。見てください、ここに金魚の餌が置いてあります」
二人は写真を覗き込んで確認すると、私に向き直る。
憂「ですが、肝心の金魚は客間にいます。これでは不便極まりないと思いませんか?」
美樹本「それはまぁ、そうだろうけど……ならわざわざ餌か金魚を移動させたってことか?」
憂「移動させたのは金魚鉢のほうです。」
美樹本「なぜそう言える?」
憂「客間は他の写真と比べ、金魚鉢以外にも不自然な点があるからです」
この言葉に美樹本さんは改めて写真を覗き込むが、私の言う不自然な点がわからない様子で顔を上げる。
憂「家の中は全体的に整理整頓されています。しかし、この部屋は新聞紙が散らばり、金魚鉢も無理矢理そこに置いたようです」
再度写真を見た美樹本さんが、今度は頷く。
美樹本「確かに彼女は、普段から仕事場なんかもきれいに片付けているタイプだ」
唯「でも、新聞紙を散らかした部屋に金魚鉢を置いたのはなんで?」
お姉ちゃん、助手なのに普通に疑問ぶちまけないでよ。かわいいから許すけど。
私は二人の注目を浴びるように、無言で人差し指を立て、顔の横まで上げた。この感覚が、気持ちいい。
憂「放火の時限装置を作るためです」
美樹本「……なんだって?」
憂「窓は南から日光を取り込んでいて、その日光は金魚鉢に注がれます。すると、金魚鉢によって日光は屈折し、焦点に集光されます。その焦点に、燃えやすい新聞紙があったらどうなりますか?」
美樹本「発火する……そういうことか!」
唯「で、でもなんで自分の家に放火装置なんか……」
ここからは推理というより、私の推測と言っていい。
憂「美樹本さんは彼女の浮気を疑ってらしたんですよね?おそらく浮気は事実、いや向こうが本命だったんでしょう。彼女は自分の二股を疑いだした美樹本さんをうっとうしく思いはじめたんです」
美樹本さんが眉間に皺を寄せる。
憂「そこで彼女は美樹本さんを泳がせ、自分の家を物色させることにしたんです。そしてそのとき、火事を起こすことに」
美樹本さんの顔が怖い。私を睨まれても困る。
憂「美樹本さんが火事に巻き込まれたら自分は自由になりますし、そうでなければ現状のように美樹本さんを放火犯に仕立て上げ、縁を切ることができます。それに、金品を持ち出しておけば、大した損失もなく火災保険で金銭面でも得できます」
美樹本「信じがたい話だが……ありがとう、少し話してみることにするよ。彼女と、それに、警察とね」
話が一段落し、美樹本さんは所定のお金を払って帰っていった。
後日何気なく新聞を読んでいると、自宅に放火して火災保険を騙し取ったOLの話題が載っていた。もしかして美樹本さんの一件じゃないか、と思いOLの名前を見ると、渡瀬可奈子さん……しまった、美樹本さんの彼女の名前を聞いていなかった。
その記事を頭から全て読んだが、美樹本さんの名前はなく、当然平沢探偵事務所の名前もなかった。せっかく私が解決した事件第一号かもしれないというのに、あんまりではないか!
憂「うぅ~お姉ちゃーん、私のことが載ってないよー」
憂「よしよしかわいそうな憂。今日はいっぱい慰めてあげるからね」
憂「えっ慰めるって、いったい何をするの」
憂「うふふっ、それはまだ内緒だよ。痛くないようにするからね」
憂「うん、お姉ちゃん……」
唯「ただいまー」
私はヘアピンを外し、後ろ髪を結った。
終 ~憂の探偵物語~
最終更新:2012年02月04日 22:55