213 :>>164より 2012/02/04(土) 18:14:26.49 ID:+BVtJ5c7O


憂「だめだよ憂ぃ、こんなところでぇ」

憂「何言ってるのお姉ちゃん、奴の目を欺くためにカップルのふりしなきゃいけないんだから」

憂「そ、そりゃ尾行中は自然に振る舞わなきゃいけないけど」

憂「だからお姉ちゃん、目を閉じて……」

憂「う、うん。優しくしてね……」

憂「お姉ちゃん……」

唯「うーいー、たっだいまー!」

慌ててヘアピンを外して後ろ髪を結う。

憂「お、おかえりお姉ちゃん!」

どうやら気付かれずに済んだようだ。


214 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:15:15.17 ID:+BVtJ5c7O


4ヶ月前、シュプールで紬さんの産み出した謎を解いた私は、みんなの勧めるがままに探偵事務所を開いた。現役美少女女子高生が探偵をやっているということでテレビで取り上げられたりもし、依頼者はわりと来たほうだと自負している。だが――

唯「あのさー憂、自分で自分を美少女って言うのはどうなのかな。あ、いやもちろん憂がかわいいのは間違いじゃないんだけど」

憂「もうっ、私の心の声を読まないでよ。カギカッコに囲まれてないイコール発声していないなんだから、お姉ちゃんにはわからないはずなの!」

唯「あはは、ごめんごめん」

ここで少し思考を巡らす。もしお姉ちゃんが私の心を読めるなら、冒頭の一人芝居もお姉ちゃんにはばれているのだろうか。いやそんなまさか――

唯「私は何も聞いてないし知らないから安心していいよ」

なるほど、なら安心だ。これ以上は気にしないようにしよう。


215 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:15:46.47 ID:+BVtJ5c7O


唯「ところで憂、またお客さんが来てるんだけど……」

そうだ話が逸れてしまったが、依頼者はこうやって来るものの、未だに一件も解決したことがないのだ。……この言い方は誤解を招くので言い直すと、一件もまともに取り合ったことがないのだ。

憂「どんな依頼?おもしろそう?」

唯「んーとね、彼女が浮気してるんじゃないかってことでその調査を……」

憂「却下。つまらなさそう」

私のもとに来る依頼は、こういった浮気調査や、迷子犬探しなどばかりなのだ。私は、もっと深い謎を、スリル満点の中で、解決したいのだ。

唯「シュプールでも特にスリルなんてなかったけどね」

もう突っ込まないよ、お姉ちゃん。


216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:16:44.24 ID:+BVtJ5c7O


唯「というか依頼を最後まで聞いてよ、まだ全然本題じゃないんだから。不謹慎だけど、スリリングでサスペンスなミステリアスな事件の匂いもするよ」

憂「そこまで言うなら……続きを話して」

唯「えとね、依頼者さんが浮気調査を自分でしようとしたらしいの。その過程であるとき彼女の家を訪れると、鍵が空いてたんだって」

それで浮気の現場に出くわした、とでも言うのだろうか。

唯「そうじゃなくて、彼女の姿がなかったんだって。不思議に思いながらも、また鍵開けっぱで留守にするのは悪いから帰りを待ってたら、いつの間にか家が火事になってたんだって!」

火事?誰もいないはずの家から?

唯「ミステリアスな雰囲気でてきた?あとは依頼者さん本人から聞いてね」


217 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:17:26.86 ID:+BVtJ5c7O


憂「わかったよ、遅くなっちゃったけど通してあげて」

唯「は~い」

良い返事の手本のような返事をし、お姉ちゃんは部屋を出ていった。
お姉ちゃんが帰ってくるまで、さっき聞いた話を思い返す。火事の原因として真っ先に思い付いたのは、浮気相手による放火だ。浮気相手が依頼者のことを知り、彼女を恨んだというわけだ。

唯「どうぞ、こちらです」

お姉ちゃんがドアを開けた。その向こうからお姉ちゃんに案内されて入ってきたのは、なんとも体格が良く、顎髭も雄々しい、熊のような男の人だった。

「初めまして、ミキモトです」

そう言って渡された名刺には、美樹本洋介、と書かれていた。フリーのカメラマンらしい。そして今更だが、私の手元に返す名刺がないことを後悔した。


218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:18:15.69 ID:+BVtJ5c7O


美樹本「女子高生探偵の君を選んだのは、僕の彼女と歳が近いし同性だから、写真を見せることに抵抗が少ないからなんだ」

憂「写真ですか?」

美樹本「そう。助手の子から話は聞いたと思うけど、彼女の家に無断で入っちゃってね。そこで何か浮気の証拠はないかと写真を撮ってきたんだ。今は火事の原因の手がかりはないか、って目で見るようになったけど」

彼女の部屋とはいえ、無断で人の部屋を撮影するのはあまり感心できなかった。

美樹本「この火事があってから、彼女は僕が放火したと疑って聞かなくてね。でも当然僕はやっていない。だから、火事の原因を、そして放火なら放火犯を、君に突き止めてもらいたいんだ」

美樹本さんはそう言うと、机の上に写真を数枚広げた。

憂「とりあえず、それぞれの写真について、間取りや用途と合わせて教えてください」


219 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:18:42.52 ID:+BVtJ5c7O


美樹本「オーケー。じゃあまず玄関から――」

美樹本さんの話を要約すると、写真の説明はそれぞれこうなる。


1、玄関

家の北側に位置する。
かわいいパンプスやブーツがいくつか並ぶ。男物の靴は美樹本さんのもの以外ない。
靴箱の上にはずらりとぬいぐるみが整列させられており、大事にされているのが伝わる。

2、寝室

家の北東側に位置する。
少し梯子を登るタイプのシングルベッドが一つ置いてあり、その下は収納スペースとなっているが、何が入っているのかまではわからない。
ベッドサイドにはすっきりとしたテーブルと座布団が備えられ、暗くしてからも手元だけを照らす電気スタンドが置いてある。


220 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:19:24.00 ID:+BVtJ5c7O


3、客間

家の南東側に位置する。
客間と美樹本さんは紹介したが、床に新聞紙が散らばっているなど、ただの生活スペースに見える。
窓際に無造作に鎮座する金魚鉢には金魚が一匹泳いでおり、その目線の先、部屋の側面には引き出しのぴったり閉じたタンスがあった。

4、リビング

家の南および南西部を占める。
大きな薄型テレビの正面にソファーがあり、普段ここでくつろいでいる様が想像できる。
ソファーの後ろに据え置かれた食卓には、各種調味料や金魚の餌がきれいに揃っていた。


221 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:20:01.72 ID:+BVtJ5c7O


美樹本「次は、見てわかるだろうけどキッチンの写真――」

憂「もう充分です。」

えっ、という顔でお姉ちゃんと美樹本さんが私を見る。

美樹本「もう火事の原因がわかったのかい?」

憂「えぇ。火事の原因は、これです」

そう言いながら、勿体振りつつ、私は一つの写真を指差した。


222 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:21:20.80 ID:+BVtJ5c7O


唯「客間、だね」

美樹本「これがいったいなんなんだ?」

憂「その写真一枚では判断しかねました。ですが、他の写真と合わせて考えると、一つの答えが導き出されるのです」

美樹本「となると、君がもう充分と言ったタイミングからして、リビングか」

私は、少し迷った末に頷き、続ける。


224 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:22:21.08 ID:+BVtJ5c7O


憂「リビングは特に重要です。見てください、ここに金魚の餌が置いてあります」

二人は写真を覗き込んで確認すると、私に向き直る。

憂「ですが、肝心の金魚は客間にいます。これでは不便極まりないと思いませんか?」

美樹本「それはまぁ、そうだろうけど……ならわざわざ餌か金魚を移動させたってことか?」

憂「移動させたのは金魚鉢のほうです。」

美樹本「なぜそう言える?」

憂「客間は他の写真と比べ、金魚鉢以外にも不自然な点があるからです」

この言葉に美樹本さんは改めて写真を覗き込むが、私の言う不自然な点がわからない様子で顔を上げる。


227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:23:28.56 ID:+BVtJ5c7O


憂「家の中は全体的に整理整頓されています。しかし、この部屋は新聞紙が散らばり、金魚鉢も無理矢理そこに置いたようです」

再度写真を見た美樹本さんが、今度は頷く。

美樹本「確かに彼女は、普段から仕事場なんかもきれいに片付けているタイプだ」

唯「でも、新聞紙を散らかした部屋に金魚鉢を置いたのはなんで?」

お姉ちゃん、助手なのに普通に疑問ぶちまけないでよ。かわいいから許すけど。
私は二人の注目を浴びるように、無言で人差し指を立て、顔の横まで上げた。この感覚が、気持ちいい。


228 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:24:32.14 ID:+BVtJ5c7O


憂「放火の時限装置を作るためです」

美樹本「……なんだって?」

憂「窓は南から日光を取り込んでいて、その日光は金魚鉢に注がれます。すると、金魚鉢によって日光は屈折し、焦点に集光されます。その焦点に、燃えやすい新聞紙があったらどうなりますか?」

美樹本「発火する……そういうことか!」

唯「で、でもなんで自分の家に放火装置なんか……」

ここからは推理というより、私の推測と言っていい。


229 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:26:01.52 ID:+BVtJ5c7O


憂「美樹本さんは彼女の浮気を疑ってらしたんですよね?おそらく浮気は事実、いや向こうが本命だったんでしょう。彼女は自分の二股を疑いだした美樹本さんをうっとうしく思いはじめたんです」

美樹本さんが眉間に皺を寄せる。

憂「そこで彼女は美樹本さんを泳がせ、自分の家を物色させることにしたんです。そしてそのとき、火事を起こすことに」

美樹本さんの顔が怖い。私を睨まれても困る。

憂「美樹本さんが火事に巻き込まれたら自分は自由になりますし、そうでなければ現状のように美樹本さんを放火犯に仕立て上げ、縁を切ることができます。それに、金品を持ち出しておけば、大した損失もなく火災保険で金銭面でも得できます」

美樹本「信じがたい話だが……ありがとう、少し話してみることにするよ。彼女と、それに、警察とね」

話が一段落し、美樹本さんは所定のお金を払って帰っていった。


230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:26:53.87 ID:+BVtJ5c7O


後日何気なく新聞を読んでいると、自宅に放火して火災保険を騙し取ったOLの話題が載っていた。もしかして美樹本さんの一件じゃないか、と思いOLの名前を見ると、渡瀬可奈子さん……しまった、美樹本さんの彼女の名前を聞いていなかった。
その記事を頭から全て読んだが、美樹本さんの名前はなく、当然平沢探偵事務所の名前もなかった。せっかく私が解決した事件第一号かもしれないというのに、あんまりではないか!

憂「うぅ~お姉ちゃーん、私のことが載ってないよー」

憂「よしよしかわいそうな憂。今日はいっぱい慰めてあげるからね」

憂「えっ慰めるって、いったい何をするの」

憂「うふふっ、それはまだ内緒だよ。痛くないようにするからね」

憂「うん、お姉ちゃん……」

唯「ただいまー」

私はヘアピンを外し、後ろ髪を結った。


 終 ~憂の探偵物語~

232 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:28:55.80 ID:HgzXi+tR0


憂が痛い子になっとるwwwww

233 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:29:00.31 ID:4DnTYsnA0


>>230
最後の一人芝居ワロタ

234 :>>1より分岐 2012/02/04(土) 18:30:10.18 ID:+BVtJ5c7O


唯「はぁ~るばる~きたぜはあっこだてー♪」

私は今、お姉ちゃんと一緒にスキー場へきている。
目の前は一面にそびえ立つ白銀世界。その根本に、私達がお世話になるペンションが見えていた。

ここで、一つ訂正。

憂「お姉ちゃん、ここは函館じゃなければ北海道ですらない、長野県だよ」

唯「いやー雪景色を前にしたらつい言いたくなっちゃって」

お姉ちゃんの言うこととはいえ、さすがに無理がある。それとも実は北海道に行きたかったのだろうか。長野のスキー場しか当たらない商店街の福引きには、帰ったら苦情を入れなければ。


235 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:30:35.73 ID:+BVtJ5c7O


唯「ふいーやっとペンションについたね」

憂「荷物置いたら早速スキーに繰り出しちゃおっか」

言いながらがちゃり、と戸を開けると、からんからん、と鈴が鳴る。その音をきっかけに、

「やあ、いらっしゃい。ご予約のお名前は?」

とオーナーらしき人が奥から姿を見せた。

憂「平沢です。平沢……唯で予約したんだっけお姉ちゃん?」

いきなり自分に話を振られたせいか、少し驚きを見せるお姉ちゃん。

唯「えっそうなの?商店街の福引きで当たったんだから商店街の名前で予約入ってるのかと思ってた」


236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:31:24.95 ID:+BVtJ5c7O


「あっはっは、平沢憂さんのお名前で予約をいただいてるみたいだよ」

予約の名前まで商店街は面倒見てないよ、と言おうとするのを遮るように笑い声が響く。なんだ、自分の名前で予約してたのか。

「そっちのヘアピンを付けてるのが姉の唯ちゃん、ポニーテールが妹の憂ちゃんだね、……ポニーテールが憂ちゃん。よし覚えたよ。ようこそ、ペンション『シュプール』へ!」

憂「はい、お世話になります!」
唯「よろしくお願いしまーす!」

私達はきれいに揃ってお辞儀をした。こういう何気ないところでも息が合っちゃうのは、やはり類い稀なる姉妹愛のおかげだろう。


237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:32:13.39 ID:+BVtJ5c7O


「透ったら、かわいい女の子の名前を覚えるのだけは得意なんだから」

お辞儀をしている間に奥から新たに女の人が現れていた。なかなか美人と言ってよさそうな顔立ちをしている。
透と呼ばれたオーナーらしき人は、女の人の急な登場で……というよりその言葉を発した顔が不敵に微笑むのを見て、明らかに同様している。

透「いやぁっ、そのっ、ほ、ほら、お客さんの顔と名前を覚えるのは大事じゃないか、真理もそう思わないかい?」

真理さんはその不敵な笑みを崩さない。

真理「ええそう思うわ。じゃあ昨夜泊まって今朝帰った、ピンク色ポニーテールの女の子の名前は何だったかしら?」

透「三浦さん」

きりっとした顔でそう答えた直後、はっとした様子で慌てだした。

透「あ、べ、別にかわいいから覚えていたわけじゃあな、ない、よ」


239 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:32:50.41 ID:+BVtJ5c7O


目が泳ぎまくりの透さんを尻目に、真理さんはこちらに向き直り、軽く礼をした。

真理「ようこそシュプールへ。私はここのオーナーの琴吹真理よ、よろしくね」

透「あっあぁ僕もオーナーでね、こほん。琴吹透です、よろしく」

そう言って透さんも頭を少し下げた。なるほどやはり透さんはオーナーで、真理さんと二人合わせてオーナー夫妻ということらしい。
……いや、そんなことより。

憂「あの、琴吹って、あの琴吹グループの方なんですか?」

唯「てことはムギちゃんの親戚?」


241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:33:21.02 ID:+BVtJ5c7O


珍しい苗字だしほぼ間違いないだろう。質問を投げかけられた透さん……ではなく真理さんがにこやかに回答する。

真理「もしかして、紬ちゃんのお友達かしら。紬ちゃんは、私の遠い親戚に当たるのもちろん琴吹グループの社長もね」

透「確か真理の、再従兄弟の叔母の従姉妹の甥の……いや再従兄弟の叔母の従姉妹の姪の……?いや再従兄弟の叔父の……?」

真理「私さえ覚えてないことを無理に言わなくていいの」

冷静に真理さんが突っ込む。見た目どおり透さんには天然な一面があるのかもしれない。
逆に意外性という点で気になることはあるけれど、それを指摘するのは野暮というものだろう。

唯「あれっ?真理さんが琴吹家の人ってことは、透さんは婿養子?」

あぁ、純粋過ぎるよお姉ちゃん。気になったことは聞きたいんだよね。


244 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:34:14.91 ID:+BVtJ5c7O


透「そ、そういうことになるね。シュプールの所有権がブツブツ……ああそれよりっ!」

話を逸らしたげに、何か思い出した顔をして言う。

透「紬ちゃんも今夜ここに泊まるみたいだよ」

なんだって?そんな偶然がまさか、そう思いお姉ちゃんに目をやると、同じく私に顔を向けていた。

唯「偶然ってあるもんだねぇ~。ムギちゃんは一人で泊まりに来てるんですか?」

この問いに対する答えは後ろから聞こえてきた。

「いいえ、友達を三人連れてるわ」


245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:34:53.85 ID:+BVtJ5c7O


予想外の方向から聞こえた声に振り向くと、そこには見慣れたメンバーが揃っていた。

唯「ムギちゃん!それに、澪ちゃんりっちゃん!そしてあずにゃ~ん!」

梓「ちょっ、いきなり抱きつかないでくださいっ」

猫まっしぐらという勢いで、梓ちゃんの華奢な体はお姉ちゃんの腕に抱えこまれることとなった。いや梓ちゃんのほうが猫っぽいから猫まっしぐらという表現はややこしいので何か別の表現を――ま、そんなことはどうでもいいや。
それより、せっかくの姉妹水いらず旅行が成り立たないであろうことを残念に思う。

律「おっすー唯、憂ちゃん」
澪「こんなとこで合うなんて奇遇だな」

こうなったものは仕方ない、軽音部のみなさんと旅行に来たと思って楽しむほかないだろう。ただ。


246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:35:36.82 ID:+BVtJ5c7O


憂「みなさん、こんにちは。今日はどうしてこちらに?」

一応聞いておきたい。なぜ軽音部が揃っているのにお姉ちゃんがその輪に加わっていないのか。

律「軽音部のみんなでどっか泊まりがけの旅行でも行こうぜってなっただけさ。てか唯、なんで断ったのかと思ったら憂ちゃんと旅行かよー、言ってくれたら憂ちゃん込みでプラン立てたのに」

え、お姉ちゃんは軽音部の旅行を蹴って私との旅行に……?

唯「てへへ、なんか言いにくくって。ムギちゃんのお世話にばっかりなるわけにもいかないしね」

少し照れ気味のお姉ちゃん、もしかして二人きりの旅行を大切にしてくれたのかな。ありがとうお姉ちゃん!


247 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:36:15.11 ID:+BVtJ5c7O


紬「あらあら、憂ちゃん一人増えるくらいかまわないのに」

唯「ま、私達は福引きで当たった旅行だから結局自腹は切ってないんだけど」

ふんす、と胸を張るお姉ちゃん。別に威張るところじゃないよ。

澪「福引きで旅行が当たるなんて、さすが憂ちゃんは日頃の行いがいいな」

唯「澪ちゃん私はー?」

律「いやあさすが憂ちゃん素晴らしい」
紬「いつも家事も勉強も頑張ってるものね」
梓「マイナス要素を乗り越えるほどの素晴らしさ」

唯「みんなひどいっ」

みんなひどいっ。


248 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:36:40.38 ID:+BVtJ5c7O


透「あの~盛り上がってるとこ悪いんだけど」

あはは、とみんなが笑う中、申し訳なさそうに透さんが口を挟んできた。

透「とりあえずみんな、チェックイン手続き済ませてもらっていいかな?」

真理「立ち話もしんどいだろうし、荷物置いてからそこの談話室に集合するといいんじゃない?」

そう言った真理さんが指差したのは、二階へ続く階段付近の、テーブルとソファーが置いてあるだけのスペースだった。談話室というより、談話スペースといった感じだ。

律「それもそうか。じゃあみんな、荷物置いたらスキーの準備してそこに集合な」


249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:37:07.35 ID:+BVtJ5c7O


澪「透さん、みんなの部屋割りはどうなってますか?」

透さんは待ってましたとばかりにシュプールの見取り図を取り出す。

透「紬ちゃん達四人はここからここまでの四部屋、唯ちゃんと憂ちゃんはこことここの二部屋だよ。まあ自由に入れ替えてくれてかまわないけどね」

差し出された見取り図はペンション二階のもので、階段を登った地点から左右に廊下が伸びている。左手前三部屋のうち手前から二部屋が私達の、その向かい側奥から四部屋が紬さん達の部屋だそうだ。奥から四部屋目だけは階段より右になる。

階段隣の部屋を私が引き受け、お姉ちゃんがその隣、向かい側奥から順に紬さん、律さん、澪さん、そして梓ちゃんと決まり、それぞれ自室へ荷物を置きに向かった。


250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:37:38.63 ID:+BVtJ5c7O


スキーに明け暮れ、日も暮れ始めた頃、激しくなってきた雪から逃れるように、私達はシュプールに戻った。
からんからん、と扉を開けると、ちょうどそこには真理さんがいた。

真理「みんな揃ってのお帰りね。もうすぐ夕飯ができるから、着替えたら食堂にいらっしゃい」

はーい、と声が揃う。言われたとおりみんな自室へ戻り、一旦談話室に集合してから食堂へと向かうことにした。

唯「いやあ憂はスキー上手だったねぇ。私なんて、何回雪だるまになりかけたことか」

階段を登りながらお姉ちゃんが言う。律さんと澪さんは先々行ってもう部屋に入ったようだが、私達がのんびり話しながら歩いているせいで、後ろの梓ちゃんと紬さんは歯痒い思いをしてるかもしれない。

憂「でもお姉ちゃんだって終わりのほうは滑れるようになってたじゃない。じゃあ、またあとでね」

唯「うんばいばーい。」

お互い自分の部屋の前に立って挨拶を交わし、同時にドアを開け、同時に閉めた。
時計は午後6時半ほどを指していた。


253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:38:35.22 ID:+BVtJ5c7O


たん、たん、たん。着替えを終えた私が階段を降りると、そこには既に四人の姿があった。一人足りない。

澪「お、きたきた。あとはムギだけだな」

すると律さんが思い出したように口を開いた。

律「あームギならさっき話したんだけど、なんかお腹壊したみたいで、トイレに篭るからあとで軽い食事だけ用意してほしいってよ」

お嬢様育ちの体に雪山は冷え過ぎたのだろうか。紬さんには悪いと思いながらも、空腹には勝てないので、ぞろぞろと食堂へ向かった。


255 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:39:14.08 ID:+BVtJ5c7O


食堂は、丸いテーブルが並び、テーブルを挟んで二人ずつ座れるようになっている。私はもちろんお姉ちゃんと同じテーブルにつき、澪さんと律さんも同様に、梓ちゃんが余る格好で着席した。
私達の他にお客さんはほぼおらず、端のほうに家族連れが一組座っているだけ……ってあれは。

憂「ねぇお姉ちゃん、あの人達もしかして」

唯「家族団欒って感じだね」

お姉ちゃんの言うとおり、そこにはいかにもスポーツマンといった体格の男性と、女子高生のようなそれでいておばさんのような年齢不詳の女性と、小学生らしき子供が座っていた。男女二人の横顔を見る限りでは、どちらもまあまあのレベルの顔立ちである。


257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:40:41.99 ID:+BVtJ5c7O


ただ、私が気になったのはその仲睦まじさではなく、食事を運んできた真理さんと親密そうに話している点だ。

憂「常連さんかなあ」

唯「知り合いっぽいよね」

そんなことを言っているうちに、真理さんはまた奥へ引っ込んでしまった。話し相手が去って周囲に注意が向くようになったのか、男性がこちらの視線に気付き、顔をこちらに向けた。
じろじろ見ていたことが申し訳なくなり咄嗟に目線を逸らす。が、視界の端に映る男性の顔はまだこちらを見据えている。その視線の先を追うように、女性もこちらを向いた。
その直後だった。

パーン!


259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:41:22.20 ID:+BVtJ5c7O


何かが破裂するような音が辺りに響く。音のしたほう、先程の家族のあたりを見ると、男性の顔は斜め後ろを向き、女性は中腰になり片手をテーブルについて片手を横に振り切っていた。一言で表せば、女性が男性にビンタした。

「またポニーテールの女の子に見とれてたの!?最っ低っ!」

「ご、誤解だよ、信じてくれ」

「気分悪い。私達は部屋に戻るけど、あなたはしばらく来ないでね」

女性はそう言い残し、子供を連れて立ち去っていった。言われてみると、あの女性の髪型も私と同じポニーテールだった。そして、残された男性の髪型もポニーテールと言えなくもない。


260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:41:59.64 ID:+BVtJ5c7O


私達の料理を運んできた真理さんが男性に話しかける。

真理「俊夫さん、相変わらずみどりさんの尻に敷かれてるんですか?」

俊夫「いや、そんなことは、まぁ、ある、かな?はは……」

俊夫さんと呼ばれた男性は、照れ笑いを浮かべながら、食事の続きを食べ始めた。
私達のテーブルにも、おそらくそれと同じ料理が並べられる。

唯「わあ美味しそう、いただきまーす!」

憂「いただきます」

お姉ちゃんと同時に料理に手をつけてから気付いたが、澪さん達の配膳はまだ終わっていなかった。ごめんなさい。


261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:42:53.98 ID:+BVtJ5c7O


食事を終えた私達は、透さんと真理さんを交えて談話室でおしゃべりを楽しんだ。途中で紬さんも加わり、真理さん特製のサンドイッチをつまんでいた。ちなみに俊夫さんは部屋に戻るに戻れずまだ食堂にいる。
私の心の隅のほうでは、俊夫さんとみどりさんの二人は大丈夫なのだろうかと気になっていたが、わざわざ口には出さなかった。が、わざわざ口に出す者もいる。

唯「そういえば、真理さんはさっきのお客さんと知り合いなの?」

相変わらずお姉ちゃんは、気になったことは聞いてしまう人間のようだ。といっても、ビンタについてとやかく言うわけではなさそうだが。

真理「俊夫さんとみどりさん?あの二人はね、まだ私の叔父がこのペンションを経営していた頃に、ここでアルバイトをしていたの」


262 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:43:51.02 ID:+BVtJ5c7O


透「もう何年前の話になるかな。僕らがシュプールに来て初めて会ってから三日月島で再開して、夏美さんの供養までが一年で、それからみどりさんの服役期間が……えぇと、何年だったかな」

服役?みどりさんは刑務所に入っていたということだろうか。

真理「余計なこと言わなくていいの。そんなことより、みんなバンドを組んでるのよね、どんな曲やってるの?」

律「ずばり!オリジナルでカッチョイイのをやってます」

真理さんがうまく話を逸らした。よりによってその話にされると、私は会話に入れないんだけどなあ。


263 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:44:25.78 ID:+BVtJ5c7O


ぽっぽ。ぽっぽ。談話室の鳩時計が11回鳴く。気付かないうちに随分時間が経っていた。
俊夫さんが階段を通るところを見ていないが、まだ食堂にいるのだろうか。よっぽど恐妻家らしい。

真理「今日はもうお開きにしましょうか」

真理さんの一言をきっかけにみんな立ち上がり、順番に階段を登っていく。真理さんは透さんに向けてさらに、

真理「ここは私が片付けとくから、俊夫さんの様子を見てきて」

と言っていた。気になっていたのは私だけではなかったらしい。

透さんが食堂に向かうのを尻目に、私達は階段を上り、各自部屋へ戻った。


264 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:44:56.93 ID:+BVtJ5c7O


こんこん。お風呂に入ろうとパジャマを用意したところで、ドアがノックされた。お姉ちゃんだろうか。

憂「はーい」

鍵を開けると、ドアノブを回すまでもなく、外側からドアが開かれた。そこにいたのは、お姉ちゃんではない。

憂「えと、みどりさん……でしたっけ」

みどりさんは私の問いに答えることなくずいっと部屋に入り、後ろ手にドアを閉める。その表情からは威圧感が漂い、思わず後ずさりしてしまう。


265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:45:23.36 ID:+BVtJ5c7O


憂「あの、何かご用でしょうか……?」

みどりさんがまた一歩足を踏み出し、つられて私は一歩下がる。それでも距離は少し縮まっていて、さらに顔を突き出され、ついのけ反ってしまう。

みどり「あんた」

ついにみどりさんの口が開かれる。

みどり「私の旦那に色目使ったでしょう」

……えっ。


266 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:45:51.26 ID:+BVtJ5c7O


憂「ご、誤解です!そんなつもりはなくて、ただちょっと見てただけで、す、すみません!」

おそらく私に非はない。だが時として、自分が悪くなくても謝らねばならぬこともあるのが人生だ。

みどり「ふざけないで。私のプライドがどれだけ傷付いたかわかってるの?」

もちろんわかりません。なんて言えるはずもない。ただひたすらに頭を下げる。

憂「以後気をつけますので、申し訳ありませんでした」

みどり「いいや納得いかない」

怒りの表情を浮かべ、みどりさんは続ける。

みどり「あの人なんかより私のほうがよっぽどいいポニーテールしてるじゃない!」

……はっ?


267 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 18:46:17.26 ID:7UHQ2waQ0


えっ


憂「かまいたちの夜」 6

最終更新:2012年02月04日 23:33