私は先程まで私の中を駆け巡っていた記憶、欲望、その全てをみんなに話した。
もちろん、話したくない事もあった。
しかし、今私が置かれた状況は、私一人で処理出来るものではなかった。
私は皆に頼るしかなかった。
何より、この事故を起こしてしまった以上、隠し事をする権利など私には無いという自責の念があった。
澪「…そうか…」
唯「…ごめんなさい…。本当にごめんなさい…」
紬「…起きてしまった以上、仕方ないわ…。これから私達がどうするか考えましょう…」
律「あぁ…。悲しむのも、唯を責めるのもその後だ…」
律「まず、警察に通報した場合だな…」
澪「過失とはいえ、唯は確実に捕まるだろうな…。私達が共謀扱いにされる可能性もあるし…」
紬「事故だと証明できるとも限らないからね…」
唯「…うぅ」
律「あ、救急車は?もしかしたらまだ助かるかも…」
澪「それでもし助からなかったら唯は捕まるよ…。助かっても殺人未遂…か?法律はよくわからないけど…」
紬「…どの道梓ちゃんは助からないわ。もう心停止から二時間以上たっちゃってるし…」
澪「…そうだな」
唯「ごめんなさい…」
紬「警察に言うのはナシね…」
澪「うん…」
律「え?さすがにそれは…」
澪「…梓は…死んだ…。梓はもういない…これは動かしようのない事実だ」
澪「これで唯まで捕まったらどうなる?」
律「…部活どころじゃなくなるな…」
紬「ええ。私達も唯ちゃんと梓ちゃんがいないままこれから生きていく事になるよね」
澪「それは私達にとって何のメリットにもならない…って事」
律「今は部活とか言ってる場合じゃないだろ…」
澪「律、部活だけじゃない。残りの人生全部、梓と唯の穴を抱えたまま生きる事になるんだ」
紬「でも通報しなければ…少なくとも唯ちゃんだけは守れるよ…」
唯「みんなで今日の事を隠すってこと…?」
澪「…そういうこと。大変だろうけど…」
律「…そ、そんな…。いつかバレるに決まってるって…」
澪「ここはムギのプライベートビーチにある別荘だ。別荘を借りる客以外はまず立ち寄る事はないはず」
紬「家の者に無理を言えば、しばらく人を入れないようにする事も…出来ると思う…」
律「ここに梓を隠すのか…?」
澪「ここらには森もあるし、海もある。隠し場所なんていくらでもある…」
律「…」
澪「律…もうどうしようもないんだ。隠し通さなきゃ…」
律「…」
澪「それとも梓が死んだ事を通報して、唯は逮捕、軽音部は廃部、私達も退学、お先真っ暗だよ…」
澪「それでいいの?」
律「…いや…だ…。でも…お前ら罪悪感はねーのかよ…」
紬「もちろんあるわ…。でもそれとこれは別の話よ…」
律「…」
澪「…決まりだな」
紬「…うん」
律「唯もそれでいいのか…?」
唯「…」
唯「…良くない」
唯「私のバカな行動のせいであずにゃんは死んじゃったんだし、私はちゃんと罪を償うべきだと思う…」
澪「…償ってどーするの?梓が生き返るわけじゃないし、唯の人生が…私達の人生が元に戻るわけでもないだろ」
唯「でも…!ひ、ひ…人殺しなんだからそれも罰なんだよ、きっと…」
澪「私達が寂れた人生を送る事は、梓も望んでないだろ。梓は唯に憧れて入部したくらいだし」
唯「それは論点のすり替えだよ…。今となっては、あずにゃんの気持ちなんてわからないんだし…」
律「…」
紬「わかったわ。唯ちゃんの悪ふざけのせいで私達も人生棒にふるわ。唯ちゃんの人生ももう終わり。ついでに憂ちゃんの人生にも影を落とす事になるわね」
紬「さ、通報して?」
律「ムギ!そういう言い方はないだろ!」
紬「私は、私達全員にとって最善の道を示してるだけよ…」
律「梓が死んだ時点で最善も何もないだろ!」
澪「ああそうだよ。梓が死ななけりゃそれが最高だよ」
紬「でも死んじゃったものは仕方ないでしょ…。私達はその上で最善の選択をしなきゃいけないのよ…」
澪「こんな事故で、私達と唯の人生がめちゃくちゃになるなんて私は絶対イヤだ」
律「隠したってそれは同じだろ!」
澪「同じじゃないよ!少なくとも憂ちゃんや聡、和やさわちゃんにまで嫌な思いをさせる事はない!!」
律「そうじゃない!唯は罪を償いたいと思ってるんだ!それを尊重するのが先だ!」
澪「じゃあそれで私達まで殺人の片棒を担いだみたいに言われたらどうすんだ!?実際はそうじゃなくても、周りがどう思うかなんてわかったもんじゃない!」
澪「その時、律は唯を恨まないって言い切れるか!?私は無理だ!きっと唯を恨んじゃうよ!」
律「…そ、それは…」
澪「私は唯と友達でいたい!唯を恨むなんて嫌だ!だったら私は唯の荷物を唯と一緒に抱えて生きるほうを選ぶ!!」
律「そんな事言って、自分の身を守りたいだけだろ!」
澪「そうだよ!確かに自分の身は守りたい!でも唯もみんなも守りたい!!何でわかんないんだよ!!」
紬「澪ちゃん…ちょっと落ち着こう?私達に今一番必要なのは平常心よ…」
紬「唯ちゃんも、さっき酷い事言っちゃってごめんね?」
唯「…ううん、私のせいなんだし…」
律「ムギ…」
紬「私は、みんなが仲良くしてる軽音部が好き…。こんな風に言い合いをするのは嫌だよ…」
澪「…そうだな。ごめん」
紬「…私はまだみんなと一緒にいたい。一緒にお茶して、練習して、ライブして…それが許されない事だとしても、私はそれを一番望んでるわ…」
紬「みんなはどう…?」
律「…」
律「…わかった…。いいよ。隠すなら私も…それでいいよ…」
唯「り、りっちゃん…」
澪「後は唯だけだ。どうする?」
唯「…」
唯「できないよ…。隠すとしたら、みんなを一生巻き込む事になるし…」
澪「…もう巻き込まれてるよ。通報しようがしまいがそれは変わらない。今はそういう次元の話はとっくに過ぎてるんだ」
唯「…でも…」
紬「どうせ巻き込まれてるなら、ちょっとでも希望が残されてるほうに行きたいわ」
澪「それに唯の荷物なら、私達は喜んで持つよ。私達は唯が大好きなんだから」
律「そう…だな…。私も…唯を守りたい…」
唯「……」
唯「……」
唯「…わかったよ」
紬「唯ちゃん、いいのね?」
唯「うん…。ごめんねみんな…ありがとう…」
この時点で、澪ちゃんとムギちゃんが私達の行動指標になり始めていた。
正直に言って、この時もまだ内心では、私は隠す事に賛成できなかった。
が、私が原因である以上、自分の意見を通すのは身勝手な気がした。
それに澪ちゃんとムギちゃんなら…本当に隠し通せてしまうのでは、と期待してしまったのも事実だ。
矢張り私も所詮自分の身が一番可愛かったのだろう。
そしてこの時、不慮の事故は悪意を持った事件になった。
尤も、首尾よくコレが明るみに出る事がなければ、事故でも事件でもないのだろうが。
第二部 完
それから私達は、露天風呂を出て、脱衣所で話し合う事にした。
澪ちゃんとムギちゃんは寝室か音楽練習室でいいと言っていたが、あずにゃんを欲情に残したまま話し合う事に、私とりっちゃんは抵抗を感じた。
かと言ってあずにゃんの目の前で段取りを決めるのも心苦しかったので、浴場横の脱衣所という何とも格好のつかない場所で、私達は知恵を出し合う事になった。
澪「まず私達の役割を決めよう」
唯「役割?」
澪「うん。最初に役割を明確にして、無駄な争いをする事なく集団として機能させるべきだ」
紬「そうだね。私と澪ちゃんが頭脳、りっちゃんはそれを受けて行動…といったところかしら」
律「うん。小難しい作戦は二人に任せるよ」
唯「私は?」
澪「…言い方が悪いかもしれないけど、唯は私達の言う事だけ聞いてて欲しい…」
唯「う、うん。そうだね。私、すぐボロが出そうだし…」
澪「…ごめん」
紬「それと、頭脳は私達だけど、唯ちゃんもりっちゃんも意見があったらどんどん言ってね」
澪「うん。私とムギはそれを受けて色々考えて、最終的に判断を下すから」
律「わかった」
唯「…わかったよ」
澪ちゃんとムギちゃんは、同じ女子高生とは思えない程、冷静だった。
恐らく、ふたりとも一杯一杯だったはずだが、今この状況下で私達に唯一出来る行動が「話し合い」だったので、それに固執する事で平静を保っていられたのだろう。
いずれにせよ、私には二人が頼もしく見えた。
律「…よし。じゃあ梓をどこに隠すか考えようか」
澪「ちょっと待って。その前に、これから起こるであろう事とそれに私達がどう対応するか…この二つを考えるのが先だ」
紬「そうだね。それに合わせて隠し場所を考えたほうがいいかも」
律「これから起こる事…か。そうだな、まず梓の両親は動くだろうな」
澪「うん。隠したところで、行方不明扱いになるからな」
紬「警察に通報して……警察もご両親も、まず私達のところに来るでしょうね」
唯「やっぱり私達が一番怪しまれるよね…。あずにゃんは合宿直後に行方不明なんだもん」
律「て事は私らで口裏合わせなきゃいけないな」
澪「口裏合わせると言っても、なるべく新しい情報は入れないようにするべきだと思う」
唯「新しい情報?」
紬「嘘をつくとそれを補うための嘘が必要になって、どんどん膨れ上がってしまう…って事ね」
澪「ああ。それにシラをきるだけなら、「忘れてた」で済ませられるけど、全くの嘘は、バレた瞬間に言い訳ができなくなる」
唯「…なるほど」
唯「で、どう口裏を合わせるの?」
律「うーん…合宿終わって別れた後の事はわからない…てのは?」
紬「それはダメよ。駅の監視カメラに私達四人だけが映ってるところを撮られるよ」
律「帰りは電車使わなきゃいいだろ。ムギんちの車とか…」
澪「それだと運転手に私達四人だけってのがバレるだろ。ムギの家の人とは言え、どんな些細な情報も外に出すべきじゃない」
律「そっか…」
紬「梓ちゃんは先に帰ったって事にするのは?」
律「え?それってさっき澪が言ってた「新しい情報」なんじゃないか?」
澪「いや、幹になる嘘はどうしても必要になる。私が言ったのは、本当に必要な嘘以外はつかないって事だよ」
唯「そうだね…。じゃあ、友達から緊急の連絡が来たとか…そーゆー感じはどうかな?」
律「でも梓のケータイの履歴はどーすんだ?電話会社のほうにも記録は残らないし」
澪「…私達と喧嘩して先に帰ったって事にしよう」
唯「え…?それって逆に私達が怪しくならない?」
澪「私達が殺したなら、そんな不利になるような事をわざわざ言わない…そう思うのが普通だろ」
澪「それにこれくらいなら別段、不利でもないよ。どっちにしろそこからアシがつく事はないと思う」
律「そうかもしれないけど…」
紬「うん。私も澪ちゃんの案に賛成だよ」
澪「唯と律が練習しないから、それに腹を立てて梓は帰った…それで十分成立するはずだ」
律「確かに梓っぽいな…」
唯「でもそれだと、今この別荘にあるあずにゃんのケータイの現在位置情報から嘘ってバレないかな?」
澪「そうだな…梓はケータイも荷物も置いたまま帰ったって事にすればいい」
唯「あ、そっか。喧嘩して帰っちゃうんだから、それでも不自然ではないね」
先程の澪ちゃんの意見とは裏腹に、嘘はどんどん膨れ上がっていった。
律「なあ、それだと私らが梓を心配してないと不自然じゃないか?」
澪「そうだな…」
最終更新:2010年01月28日 00:20