紬「明日、梓ちゃんの荷物を梓ちゃんの家に届けましょう」

唯「あずにゃんが荷物を忘れていって、先輩が届ける…うん、不自然じゃないよ」

澪「その時は梓の親の前で、梓を心配するフリもしておかないとな」

律「そういうのは私が得意だから私がやるよ」

紬「そうね。お願いしますりっちゃん」

唯「あと、さわちゃんと…憂と純ちゃんはどうする?」

澪「同じだよ。合宿中に別れてからの事は知らないで通すしかない」

律「先生はなんだかんだで鋭いからな…。用心しないと」

唯「憂もだね…」

澪「大体の事は、知らないでシラを切るしかないな」

唯「じゃああずにゃんは何時頃に別荘を出た事にする?そこも口裏合わせとかないと…」

紬「それは細かく決めても逆に怪しいわ。そうね…お昼前くらい…って事にしない?」

澪「うん。午前の練習を始めようとしても、唯と律が遊んでばかりで全然始められない。それに腹を立てて別荘を飛び出した…。一応筋は通ってるな」

律「私と唯は、海で遊んでたって事にしよう」

唯「うん」

澪「相手は警察だ。もっと細かい事を聞かれるかもしれない。でもあまり細かい事まで覚えてるのも不自然だ。これ以上の事は覚えてないで通すしかないな」

紬「でも記憶がみんな同じところで途切れるのも不自然よ」

律「じゃあ、唯は今までのところまで証言して、後は私達で補足だな」

唯「うん、わかった」

澪「多少食い違いが出るかもしれないけど、その時は「そうかもしれない」程度でごまかすしかないな」

実際、この後澪ちゃんとムギちゃんが細かい部分の補足をして、私とりっちゃんはそれに従い、私達が疑われる事は殆ど無かった。
綿密に練られた二人の設定は、食い違いなど生む事もなかった。

澪「…なんにせよ、細部はこれから決めればいい。後は…何かあるかな?」

律「今のところは特にないな」

紬「うん。これ以上は予測しようがないよ。その都度対応するしかないわ」

澪「そうか…。じゃあ次は…」

唯「あずにゃんをどこに隠すかだね…」

律「ムギ、別荘はどのくらい閉鎖できるんだ?」

紬「この別荘だと…一ヶ月が限度かな…。それにさっきはああ言ったけど、別荘を閉鎖するのはかなり不自然かも…」

律「ああ…それはそうかも…」

澪「閉鎖は無し…か。て事は別荘内に隠すのはダメだな」

紬「ええ。お客様が来るかもしれないし。この別荘はあまり人気ないけど、管理人は常駐してるの。今は私が言って出払ってもらってるけど…」

律「海に捨てるのもリスクがデカすぎるな。森に埋めるのは?」

紬「…この辺りは地盤が緩くて、よく地崩れを起こすの。人気がない理由もそこなんだけど…」

澪「なるほど。埋めても地崩れで出てくる可能性があるな…」

律「…燃やすしかないのかな…」

唯「…」

澪「ダメだ。燃やしても骨が残るだろ。それに灰から何かバレるかもしれない」

紬「うん。警察がどの程度動くかわからないけど、別荘のまわりは確実に調べられると思う」

澪「そうだ。私らは警察について何も知らない。塵一つからでも私達に辿り着けるくらいに思ってたほうがいい」

澪ちゃんは頭が良かったが、真価はその臆病な性格にあった。
いくら頭が良くても、それを過信せずに、自分はただの高校生である事を自覚していたのだ。


唯「…うーん、どうする?どこに隠す?」

律「…やっぱさ、自分達で管理するのが一番安全じゃないか?」

唯「…管理?」

私がりっちゃんに聞き返したのは、言葉の意味ではなかった。
管理という言葉であずにゃんを無機質に扱った事に対してだ。
私はむっとした表情をしていたはずだが、りっちゃんはそれに気づかずに言葉を続けた。

律「どこに隠したって不確実だし、何がキッカケで発見されるかわからない。だったら自分達で梓の死体を管理するのが一番確実で安全だ」

澪「管理って…どうするんだ?持って帰るわけにも……。あ…!」

紬「…まさか……」

律「…持って帰ろう。みんなで分担して…」

澪「お、おいおい…それって…」

そこで澪ちゃんは言葉を濁した。
全員がその意味を理解していた。
いや、最初から全員の頭の中にはその方法が浮かんでいたが、なるべくそれを実行しないで済む様に、ここまで意見を出し合っていた。

唯「…それは…ちょっと…」

律「…それしかないじゃん…」

紬「…確かに…そうだけど」

澪「…し…死体損壊は更に罪に問われるんじゃなかったか?」

律「だからバレなきゃいいだろ」


澪「そりゃそうだけど…」

律「…私だってこれ以上梓を傷つけるマネはしたくない。でもやらないと…バレるのは時間の問題だろ」


唯「うう…」

紬「…やりましょう…」

澪「ムギ!?」

紬「私にも他の策は思い浮かばないわ…。梓ちゃんを解体して、分担して持ち帰って管理する。ミスをしない限り、それが一番確実よ」

澪「でもさ!警察が家を調べたらどうするんだよ!」

恐らく澪ちゃんもこれが最善の策だと言う事は悟っていたはずだ。
しかし痛い事を苦手とする澪ちゃんの性質が、それを必死で拒んだ。

紬「よほど私達が怪しくなければ、家宅捜索なんてしないと思う」

澪「…」

律「つーかそこまで怪しまれた時点で、素人の私達じゃもうどうしようもない。相手は警察なんだし」

律「そうならないために、徹底的に予防策をとっておくべきだろ」

澪「…」

澪「…そうだな…。それしか…ないな…」

唯「う…うぅ…」

まさかここまでする羽目になるとは思っていなかった。
私は未だに現実を直視できていなかったが、みんなはもう受け入れ始めていたのかもしれない。

今さら事態の重さを理解した私は、自分の能天気さを殊更恥じた。

私の足元に開いた穴が微弱の重力を以って私をゆっくりと吸い込み、その穴が少しずつ広がっていくような、ぬめりとした感覚に襲われた。

私が同意を躊躇っているのを見かねたりっちゃんが、返事を促す。

律「いいな?唯」

唯「私には…難しい事はよくわかんないから…みんなの決定に従います…」

唯「それに、私に意見する資格なんてないよ…」

私はそう言って思考を停止させた。

律「…」

律「ムギ、ノコギリとかある…?」

紬「うん…。木材調達用のが物置にあるはずだから、持ってくる…」

それからムギちゃんとりっちゃんは物置に向かった。
私と澪ちゃんは言葉も交わさず、目も合わせず、朽ちた樹木の様に立ち尽くしながら、二人の帰りを待った。
これから行われるソレに向けて、心の準備をしていた。
いくら準備をした所で、整うはずもなかったが。

10分後、りっちゃんとムギちゃんは、18歳の少女には不似合いないかついノコギリを抱えて脱衣所に戻ってきた。

私達は返り血を浴びないよう、衣服を脱いで浴場に入った。
これは血塗れた衣服の処理に手間取らないようにという澪ちゃんの提案だった。
澪ちゃんは平時ならそんな提案をしないだろう。その事がますます私に事の異常さを痛感させた。

律「…ここなら血が出てもすぐに流せるな」

紬「ええ。全部水で流せるわ…」

律「まさか裸で人をノコギリで切る事になるなんてな…」

唯「うぅ…あずにゃん…」

澪「…」

顔を真っ青にして、歯をガチガチ鳴らしながら、澪ちゃんは無言のまま私の手を強く握っていた。
解体はりっちゃんとムギちゃんが行う事になった。

律「じゃ、いくぞムギ…」

紬「う、うん…」

律「梓、ごめん…」

りっちゃんはそう言って、あずにゃんの肩のあたりを足で押さえながら、右手にノコギリをあてがった。

ギコギコという音と共に、あずにゃんの細い腕から血が滲み、水溜りが出来た。

唯「ううっ…」

紬「…う」

ムギちゃんはあずにゃんの腰のあたりを、りっちゃん同様におさえながら、左足の膝にノコギリの刃を入れていった。

澪「うぷっ…」

ギコギコという音が不規則なリズムで、満天の星空の下、湿った空気を伝って私の耳の奥に響いてくる。

律「う…お、おえええええ…」

何分かかけてあずにゃんの右手を切り落としたりっちゃんは、嗚咽を漏らしながら、嘔吐した。
嘔吐物の刺激臭と、あずにゃんの血の匂いがあたりに立ちこめ、私も嘔吐した。

澪「う…うああ…ぁあぁぁぁ…」

澪ちゃんは全身を震わせながら、隣で咳き込む私の手を握って、声をあげて泣き続けていた。
先程までの冷静な澪ちゃんとは似ても似つかない。

それからりっちゃんは、げほげほと咳き込みながら、あずにゃんの右肩にノコギリをあて、前後に刃を動かし始めた。

唯「ごめん…ごめんねあずにゃん…ごめん…」

念仏も、お祈りの言葉も、何も知らない私はただただ謝罪の言葉を繰り返しながら、その光景を目に焼き付けていた。

何十分、いや、何時間かもしれない。
気の遠くなるほど長い時間をかけて、りっちゃんとムギちゃんはあずにゃんの両手両足を切断した。

すでに私の胃は空になっていたが、それでも食道を胃液が逆流し、露天風呂の石畳の上にぼたぼた落ちていった。

律「ふっ…うぐぅ…あぁ…ああああぁ…」

りっちゃんは声をあげて泣きながら、あずにゃんの胴体部分にノコギリをあてて、先程の様に前後に動かした。
しばらくそれを繰り返していると、ぼろんと、あずにゃんの腹からチューブ状のモノが出て来た。
大腸か小腸か、とにかくそれが消化器系の一部である事がわかった。

屋外にも関わらず、密室のように充満する悪臭はよりいっそう酷くなり、私達は嘔吐を繰り返した。

ギコギコギコギコ
ギコギコギコギコ

ギコギコギコギコ
ギコギコギコギコ

ギコギコギコギコ
ギコギコギコギコ

ギコギコギコギコ
ギコギコギコギコ

解体を終えた私達は、血と嘔吐物を、シャワーを使って洗い流した。

この夜、私達は決して流れる事のない罪を犯した。




律「血も流したし、これで終わりか…」

紬「うん…」

澪「…右腕、左腕を二つに分けたから計4つ。脚も同様に4つ…」

唯「胴体が二つと…頭…だね…」

紬「…ギターケースの余りが別荘にあるから、それに入れて持って返りましょう…」

唯「私が上半身と頭を持って行くよ…」

律「じゃあ私が右脚と右腕…」

澪「私は左腕と左脚…」

紬「私が下半身ね…」

律「これで…大丈夫だよな…?」

紬「うん…。後は管理を間違えなければ…」

律「私はクローゼットの奥に入れておくよ」

澪「私も…」

紬「私は自室の金庫にしまっておくわ…」

唯「私もクローゼット…かな…」

律「よし…」

澪「当たり前だけど、誰も部屋に入れないようにな…」

唯「うん。気をつけるよ…」

紬「…」

暫しの沈黙の後、ムギちゃんが俯きながら口を開いた。

紬「あの…提案があるんだけど…」


澪「なに?」

紬「私の部屋なら、全部管理できると思うんだけど…。それなら万が一見つかった時も、うまくやれば捕まるのは私だけで済むわ」

唯「そ、そんなの…」

全員が沈黙する。

いつの間にか空は白んでいて、浴場からはうっすらと遠くの山の輪郭が見えた。


律「ダメだ。ムギ一人が捕まるなんて絶対ダメ。ここは全員がリスクを背負うべきだ」

澪「今までの話の流れだと、リスクを背負うってのは矛盾するかもしれないけどさ…私達の誰か一人でも欠けたら意味がない。誰も欠けないように、私達はこうする事を決めたんだから」

紬「…そうよね。ごめんなさい…」

律「いいかみんな。ここまで来たら、一蓮托生だ。なにがあっても隠し通す。軽音部を守り抜くんだ」

澪「うん。わかった」

唯「わかったよりっちゃん…」

山の向こう側から、陽が昇るのが見えた。厭味なほど、空は広かった。
朝日が私達の顔を照らし出すと、あずにゃんを除いた全員の、目と鼻が赤くなっているのがわかった。
誰が見たって、泣き腫らしたのだと一発で分かるだろう。

いつかの倫理の授業中、大昔の哲学者がある事を言っていたと先生が説明するのを思い出した。
夜に生まれて、朝には消えるもの――それは希望だと。

希望の象徴たる朝日が、まるでこの世の終わりを告げている様に見えた私には、その言葉の意味がよく分かった。

第3部 完


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最終更新:2010年01月28日 00:22